シュクメイ
以前は賑やかで活気のあった陽炎の町。
ノボルと邪病のせいで人の気配が全くない。
だが…いる筈の無い声と気配を感じていた。
メルと共にいた時にあったドラヤキを売る
出店の看板も、今は破け煤焦げている。
フエンとカフエリは至る所で
メルの声と想い出を感じていた。
「感傷に浸るな!しっかりしなさい!」
「気持ちを切り換えて~。」
落ち込んでいると思ったムーリスとカラ。
子供である二人へ伝えた言葉には
それなりの意味がある。
これから激しいノボルとの戦いが待っている。
心に隙が生じた時、どんな強者も容易く命を落とす。
その恐ろしさを長年と培われた経験で知っているカラとムーリスだった。
「…分かってる。」
「大丈夫ですから。」
フエンとカフエリは、それ以上何も言わずに、メルの気配と匂いが残る家へと戻って行く。
「…ネミル達が、心配だから様子を見てくる。」
カフエリはノボルの襲来で、傷つき疲れはてたネミル達の入る部屋へと向かって行った。
フエンも静かにその後を追い掛ける様に歩いていく。
ユウトは、アユムにどうしても聞きたい事があった。
カフエリ達の気配がその場から消えたのを
感じ取ると、深く息を吸いユウトは、心を整えていた。
それを真っ先に感じ取るアユム。
その場の空気が重苦しく辛い。
アユムは針を刺されたような痛みが胸に突き刺さる。
「さてと……アユムさん、もういい加減、真実を話して下さい。」
ソファに座り手を組んで話すユウト。
やり場のない怒りを、圧し殺して笑うユウト。
その表情がどこか冷たい。
白く冷たい壁にもたれかかるアユム。
「あの時の話しを、聞いてたんだね…ユウト。」
深くため息をするが、誰もその真意を知ることはない。
「ごめん…まだ話せない。」
その一言でユウトは悟ってしまう。
この中の誰かにまた不幸が訪れる事を……。
アユムは以前に未来の事を全てミサキから
聞かされていた事を知ってしまったユウト。
「やはり、精霊樹の方へ行くしかないな…。」
ローブの裾を強く握り締め
ユウトは覚悟を決めていた。
理由は何であれ未来を知っているのに
口をつぐむアユムに苛立つユウト。
恐らくミレイもユウトと同じ
気持ちなのかもしれない。
メルがいつも座る赤茶色の背もたれが
欠けた椅子。
それを物悲しげに眺め、牙を強く食い縛る。
「……俺カらも、一つ良いカ?」
先ほどから黙っていたロウガも、覚悟を決めていた。
「こコからハ、俺ヒトりで動きたイ。」
「スマない……。」
物陰にて隠れ気配を消して大人達の話しを、聞いていたフエンとカフエリ。
嗅覚の鋭いロウガは、二人に聞こえる様に
わざと大きな声で話し始めた。
「あいつがメルを乗っ取りヤガッた…。」
「そのセイか、以前よリも俺の中デ、全てヲ壊しタイ、衝動が強くナっている。」
「いつまで、正気ヲ保てるかワカんねぇ……。」
自分の大きく硬い手を見つめるロウガ。
「絶対二仲間を傷ツケたくねぇし、戦士トしての誇りだけは失いたかネェ…。」
「だが……それもどうナルか、俺にもワカンネぇ。」
「モシも、モシも……見境なく襲ウ、バケモンになっちまったら俺を必ず止めてくれ!」
そう必死で訴えるロウガの左目が赤黒く染まっていた。
大人達の動向を隠れて見ていた
カフエリとフエン。
ふわりと姿を見せる。
そして、ロウガの左目を二つの小さな手が
優しく撫でた。
「私が…私達が、必ず止めるよロウガ!」
必死で溢れそうになる涙を、堪え笑うカフエリ。
「そうなったら安心して……骨も残さず、焼き尽くしてあげる。」
怯えているロウガに微笑むフエン。
その手は小刻みに震えていた。
とても暖かく、そして幼く儚い二人の優しさにロウガは、何故か安心感を感じていた。
その二人の放つ空気がメルに
何処か似ていたからだろう。
「…なら、安心ダナ。」
無骨で大きな手を二つの小さな頭に
軽くポンッと置いて笑う。
ロウガとは血縁者でもなければ旧くからの
知り合いでもない。
しかしカフエリ達とロウガの
間には確かに絆があった。
それはメルが必死で守り築いてきた
確かな足跡だろう。
歪で不思議な絆を羨ましそうにカヨウは見ていた。
沈黙と悲しみに包まれた大人達に自分達の想いをぶつけた。
「…メルは私達が必ず取り戻す。」
「どうか私達に力を貸して下さい!」
カフエリとフエンがユウト達に頭を下げ頼んでいた。
そんな姿を見て笑う大人達。
「メルさんは友達だよ当たり前でしょ!」とユウトは立ち上がり天井を見上げる。
「一応眷属だしね…。」
ミレイが爪を研ぎ微笑む。
「大人になったね…。」と
寂しげに笑うクリエラ。
「チビ達だけに、やらせるわきゃねぇだろ!」酒瓶に口を付けながら、ぶっきらぼうに笑うクレア。
カラとムーリスは二人の手を握り真剣な眼差しを送る。
「私達があなた達を鍛え上げる。」
鋭い目付きが少し怖いカラ。
「ふふふ。多分~、少しきついけどね。」
妖しげに魔力を滾らせるムーリス。
「まず…精霊樹から片付けようか…。」
アユムがボソッと呟く。
コカトリス問題を思い出し叫ぶ大人達。
「あ~、コカトリスの事を忘れてた。」
ずっと静かに様子を見ていたフォードが
恐る恐る手を上げた。
「あの…私ならコカトリスをどうにかできると思います。」
「なぜか私には『聖刻唄』が使えるので…。」
それを聞いたクレアが一番に驚く。
「やっぱり…フォード、おめぇセイレーンと同じ事できんのか。」
セイレーンと聞いて、首を傾げるフォード。
自分の出番が来たとばかりにアユムが喋ろうとするが…。
「あぁ…歌声で空間や物質を操る魔物だね。」
ユウトが先に話してしまい言葉を失ってしまう。
「それじゃあ、明日出発しよう!」
先ほどまで寝ていたネミルが
なぜか拳を振り上げ、掛け声を挙げていた。
フエンの方頬がひきつり右手に魔力を込めた。
首を横に降りそれをカフエリが制止する。
重い空気が少し明るくなる。
一部始終をずっと見守っていた懐かしい気配。
綠炎に燃え揺らめく魂が突如として目の前に現れた。
その正体にすぐ気付くフエン。
「フグエルレン様?」
(お前達に、言わねばならん事がある。)
(以前の衝撃でわしの依り代が壊れた。)
(わしはもう…この世に留まれん。)
(皆、達者でな。ありがとう。)
一方的に伝えるとフグエルレンの
魂は天に帰って行く。
翼竜特有の獣臭と温もりを
少し残して……。
カフエリとフエンは笑って見送る。
「ありがとう。さよなら…。」
その光景をカヨウだけ
ただ妬ましそうに睨んでいた。
それはカヨウが今まで生きて
来て味わった事の無い。
暖かい家族のような特別な
繋がりだからである。




