セカンドステージ"コア"
『始まりの土地』
それは、この世界アルメーリアにて最初に生命が誕生した場所。
世界中の魔力や精霊力は、この場所から生まれるエネルギーで補われていた。
そして始まりの遺跡『コア』
はどんな望みも叶える秘宝
があると伝えられている。
数多の冒険者達がそれを求め向かうが、実際に秘宝を見た者はいない。
いや…。
正確には、始まりの土地に足を踏み入れ、生きて帰って来た者がいないというのが正しい。
フエンとメルは、メル人形達から送られる映像によりその片鱗を知る事となる。
赤く生臭い壁に、白い管が螺旋状に張り巡らされ脈動を打つ。
皮膚が放りつくような熱でメル人形の一部が少し熔ける。
今、メル人形達は何かの体内にいる。
始まりの土地の領域へと入る前は新緑が溢れる美しい自然。
大きな崖から流れる滝の激しい水飛沫により虹が生まれる。
蒼く煌めきを放つ鳥が透き通る声で希望の歌を口ずさむ。
この光景を表すとすれば…。
聖者がこの世で役目を終え
行着く場所、誰もが口を揃え
言うであろう天国だと。
聖域へと踏み入れるその瞬間。
先頭を飛ぶメル人形が声高く叫ぶ。
「フエン様!異質な魔力を感じます。撤退指示を!!」
しかし…。気付くのが遅かった。
天空を全て覆い尽くす程に
巨大な光が透き通る火吹き竜。
大きな口を広げ凄まじい勢いで
息を吸い込む。
飲み込まれるフエンが操るメル人形達。
ゴックン!
飲み込む音が聴こえ姿が
見えぬ火吹き竜は、何処かへと飛び立って行く。
◆◆
(被害と今の状況を…教えて。)
敬礼をするメル人形。
周囲を見渡し点呼をとる。
吸い込まれた先が良くなかったのだろう。
胃酸らしきものに触れドロドロに溶けていた。
「フエン様、被害状況をお伝えします。」
「同士70体の内35体は、完全に本体が熔け、再起不能。」
「10体、手足の一部欠損。尚、歩行と戦闘に関して、従来比、戦闘能力15%低下。」
「自己修復機能起動、再生終了時間約28分経過後修復可能。」
(ごめんなさい、メル…。メルを傷つけちゃった…。)
偽物とはいえ、メルの姿を模したメル人形達。
傷付く彼らを見てフエンの心が乱れてしまう。
❰フエン。落ち着け。今は冷静になるんだ。❱
メルが必死で声をかけるが…。
(……エ…ン。……フエン。)
懐かしく暖かい感じがする。
ふと、声のする方へフエンは、意識を向けてしまう。
そのせいで、フエンの肉体から魂が引き剥がされ別の場所へと飛ばされてしまった。
命令する者がいなくなった事によりメル人形達は、混乱して
その場から動けなくなってしまう。
しかし…。フエンの魔力で意思を持つ事ができたメル人形達。
「皆!フエン様の指示があるまで耐えるのだ!!」
一体のメル人形が号令をかけた。
「了解!」
その場でフエンの新たな命令がくるのを信じて忠実に待つのであった。
◀▶◀*◀▶◀*◀▶◀*◀▶◀
「おい……起きろってば、フエン!」
「マルビロの近くで、アークデーモンが出たってよ。退治するぞ!」
その声に驚き目を開けた瞬間。
フエンを包んだのは、どこか懐かしくも、
”知らない温もり”だった。
目の前には、どこかロウガの面影がある、
獣人のメグラ。
椅子に座りシンブンを読む、慈愛に満ちた
修道者ユウ。
そして美しく成長したエルフのカフエリ。
何より、そこには、優しく微笑むいつもの
メルがいた。
フエンは驚き、自分の手を見る。
そこにあるのは小さな子供の手ではなく、
成熟した魔神の女性の体だった。
(これ…は、なに?)
何か言葉を話そうするが…。
「あぁ。うぅ。」と唸るような声しかでない。
そう、言葉を話せないのである。
フエンの脳裏には本来ある筈の無い記憶。
舌を切られた絶望の過去が呼び起こされる。
手足が震え、歯を食いしばる、悲壮感が胸を締め付けるが、涙も出ない。
それでも、隣にメルがいて、震える手を優しく包む。
優しい匂いと肌の温もり。
それだけでフエンの心が救われる様な気がした。
かつて、自分達を守る”保護者、父”としてのメルではなく、共に肩を並べて歩く一人の男としてのメル。
カフエリが”彼”と親しげに話す度にフエンの胸が強く締め付けられる。
(息が…苦しい。何で?!)
声の出ない喉を震わせ、フエンはただ、メルの腕を強く掴む事しかできなかった。
その様子を見ていたユウとメグラ。
ぴゅー、ぴゅー、と、吹けぬ、口笛を鳴らして賑やかすメグラ。
「若さと勢いだよ!フエン。」
「メル!あんた、フエンを泣かすんじゃないよ!」
何を伝えようとしているのだ、ユウよ?
メルは、ふとフエンの顔を見るなり、
何故か笑みが溢れてしまう。
フエンも同じく笑ってしまう。
カフエリも少し顔をしかめるが、二人の醸し出す空気を、羨ましそうに見ていた。
月日は流れ、仲間たちがそれぞれの道を歩み始める中、フエンとメルは辺境の地で静かに暮らし始めた。
三通の手紙を読むメルとフエン。
「ほぅ…。メグラは、『マキア』と一緒になったらしいぞ。」
(きっと…。幸せになってるね。)
「はぁ…。ユウはマルビロで修道院を建て、戦争孤児を育ててるのか…。」
(ユウは優しいから…。今度会いたいな。)
「カフエリは相変わらず、冒険者として旅をしてるらしい。」
(カフエリ…。どうしてるかな。)
メルが読む手紙に、頷くフエン。
フエンの顔を見て微笑むメル。
「そうだな…。今度皆に会いに行くか。」
言葉が無くとも通じ合う二人。
やがて、二人の間には宝物のような息子が
産まれる。
「名前…。何がいいかな?」
フエンは紙にメルと書く。
吹き出す程に笑うメル。
「ちゃんと二人で、考えて決めようフエン。」
「俺達の大切な家族だから。」
フエンにとって、それは人生のすべてを捧げてもいいと思えるほどの、完璧な幸福だった。
だが、その幸福が深ければ深いほど、失う恐怖が彼女を蝕んでいく。
フエンは賢者としての知識があり、主に薬草と花を摘み薬を作る仕事をしていた。
いつもの様に息子を背負い森へと出かけるフエン。
森の奥で聞き覚えのある二つの声が聞こえる。
親しげにカフエリと話すメル。
フエンが近くに行こうとすると、カフエリがメルを強く抱き締め、メルも同じく抱き締めていた。
フエンの心の中で何かが音を立てて崩れた。
(どうして…メル。私…が嫌いになったの。声がでないから?!)
思わず木陰に隠れ、そのまま気配を消して家路に戻る。
疑念は毒のように全身に回り、フエンの正気を奪った。
愛しているからこそ、裏切られるくらいならいっそ殺してしまいたい。
その狂気に操られフエンは一線を越えてしまう。
メルの食事に毒を盛った。
喉をかきむしり苦しむメル。
苦しげに倒れるメル。
フエンは息が止まるのを側で静かに待つ。
メルの瞳から光が徐々に消えていく。
それでもメルは、フエンの頬を伝う涙を指で拭い微笑む。
冷たくなるメル。
カフエリが手に持つ紫色の
鮮やかな包装紙に包まれた木箱を、落としてしまう。
「メル!どうしたの!フエン?!」
動かぬメルの身体を揺さぶるカフエリ。
メルから一口で死に至る毒草の『ガバロの苗』と同じ甘い香りがする。
全てを察したカフエリは「何で…。」と漏らす。
フエンは森での出来事を殴り書きで羊皮紙に書き、カフエリに投げつける。
それを拾い読み終えると、カフエリの透き通る瞳から怒りと悲しみの雫が流れる。
「フエン…。どうしてメルに…。メルに気持ちをぶつけなかったの?!」
フエンは絶望の淵で真実を知る。
カフエリから手渡されたのは、メルが結婚記念日のために用意していた、愛の証のネックレス。
そして森で見た光景は、虫が死ぬ程嫌いな
カフエリ。
背中に張り付いた虫をメルに取ってもらっていた、だけだと話す。
(ごめんなさい。ごめんなさ…い、メル…。)
膝から泣き崩れるフエン。
愛しき大切なの人を自らの手で殺したという逃げ場のない絶望。
『コア』はその瞬間を待っていた。
絶望と闇に染まる魂を好み喰らう。
穢れてしまったフエンの心と魂。
その隙間を待っていたかの様にコアは、フエンの魂に、へばりつき取り込もうとする。
❰頼む、フエン、起きろ!こっちに戻れ!❱
その時、暗闇を切り裂いて届いたのは、幻ではない”本物のメル”の叫びだった。
(メル…。声…、会いたい。)
その力強い声に導かれ、フエンは偽りの世界から引き剥がされる。
現実に戻ったフエンの視線の先に小刻みに
脈動する、透き通る水のような塊。
無機質な声が頭の中に響く。
(ワガナハ、”コア”カミノシンゾウナリ。)
(メイギョクノモノヨ。カミノメザメガチカイ。)
(『能力封印』ヲサズケル。)
(イソギクモツヲササゲヨ…。)
フエンはメル人形に命じた。
コアに触れ封印の力を得よと。
ドクン!ドクン!
激しく鼓動するコア。
液体に変化するとメル人形の瞳に吸い込まれメル自身へと力が流込む。
予想とは違う結果となったコアへの突入。
フエンの胸には消えない痛みが残っている。
幻の中で感じた、メルの匂いと肌の熱。
産まれてきた我が子の重み。
そして、愛ゆえに狂い、すべてを壊して
しまった自分自身の恐ろしさ。
現実の姿はまだ幼い子供のまま。
けれど、大人の女として。
一人の妻として。
そして母として。
愛と絶望のすべてを味わってしまったフエンの心。
フエンの瞳に宿る光が以前とは違う。
“純粋な子供の憧れ”だけではない。
どこか哀しく、けれど深く
重い、粘りつく欲の光が宿っていた。




