シロキモノ
不定期で更新いたします。
暖かい眼で見て下さると幸いです。
飢えと欲望にまみれた悪鬼達は新たな贄を見付ける。
森の奥深く、森人達が住まう小さなエルフの村。
ゴブリンの成長は、他の種族よりも速い。
紅き眼を持つゴブリンも産まれて3日で
一体の小鬼となった。
弱いが最も恐ろしいと言われている"ゴブリン"。
その由来が凄まじい成長速度と繁殖力そして相手の命を奪う事で相手の力を奪う『略奪』の力を持つ化物なのだ。
通常ならば幾年もの年月を重ね成長するのが生き物としての法則である。
浚ってきたものに種付けをして僅か一週間程で体外へと排出され、それから3日~5日で
もう凶悪な化物となる。
そんな化物のゴブリンだが……
紅き眼のゴブリンは他の小鬼と様子が少し違う。
それは血肉を喰わない事である。
木の実や薬草を食べて命を保っていた。
理由はわからない。
だが同じ様に肉を喰らえば、あの者達の様に穢れた化物と化す。
化物とは思えぬ恐れを抱いていた。
それ故に紅き眼のゴブリンは
他の小鬼達よりも小さく非力であった。
しかし化物達に仲間意識などは、全く無いのだ。
他の小鬼達は紅き眼のゴブリンをみて
弱き者とあざけ笑う。
そして化物の一人が紅き眼の
小鬼に一言、耳打ちをする。
「オマエノメ、オイシソウダ。」
殺気が立ち込める。
小鬼は共食いもする。
他者を食らい己の力とするからである。
今。紅き眼のゴブリンは、生命の危機に瀕していた。
ウガォオーーーーーーオウ!
地面が震える程の雄叫びが木霊する。
それは化物達の根城が、何者かに襲撃されている。その知らせの合図だった。
悪鬼達は仲間意識はなくとも住まう土地には執着心という欲望がある。
化物達をたばねる頭目の身に危険が及べば
自分達の住む場所が無くなる。
すなわち自分達の身にも危険が及ぶという事である。
化物達は頭目を助けに根城へと向かい走る。
その中で一人だけ別方向へと走るゴブリンがいた。
それは紅き眼のゴブリンであった。
紅き瞳のゴブリンには安全な居場所は無い。
もし戻れば強者によって喰われる
もしくは…物言わぬ躯になるだろう。
魔物の根城を襲う様な者達である。
弱者である紅き眼のゴブリンではただ殺される。
それだけである。
紅き眼のゴブリンは、根城とは反対の方向へと必死で走り逃げる。
どのくらい走ったのだろうか。
根城の方角を見ると雄叫びと共に煙が
立ち登っている。
暗い森の奥へ更に入って走る紅き瞳のゴブリン。
ハァハァハァハァ…。
息が熱く、胸が張り裂けそうに苦しい。
「……!………。」
すると前方から物音と複数の声が聴こえてくる。
慌てて紅き眼のゴブリンは、木陰で息を殺し隠れた。
心臓の音が激しく鳴る。
相手に聴こえる訳も無いが
死の恐怖故に、胸をギュウゥと強く掴む。
自分の心臓を止める様に…。
声の主が見えてきた。
銀色の首輪を付けた耳が尖っている子供と
人間族の男達が歩いて来る。
「なぁ…ガオン。何か化物の臭いがしねぇか。」
鼻を引くつかせ笑う長剣を持つ男。
その者には頬に深い傷があった。
「確かに…。何かいるな…。」
鉄の斧を持ち周囲を警戒する頭にバンダナを巻く男
一人の頬に傷がある男が
腰に下がる長剣を子供にちらつかせは何かを命じていた。
「おい…ガキ。ここで裸になれ!。」
「ゴブリンなら…女とみりゃ…涎を垂らして出てくるだろうからな…。」
鉄の斧を持つ男もそれを聞いて笑っている。
耳の尖った子供は、首を左右に降る。
「……!…!」
何か怒鳴っている。
子供の首輪が白く光を放つと泣き叫び
うずくまる。
どうやら人間族に逆らうと首輪が罰を与えるのだろう。
人間族は尖った耳の子供に向かい長剣を構えた。
怯える子供に対してこの人間は狂喜とも
言える表情を浮かべた。
無慈悲で冷酷な一撃を子供へと振り下ろす。
その瞬間…。紅き眼のゴブリンは、化物らしからぬ感情が噴き出す。
弱者に与える圧倒的な暴力への怒り。
そして暴力に抗えぬ弱者に対しての慈しみである。
気が付けば長剣を振り下ろす人間の頭を
石で殴っていた。
本来ならば非力なゴブリンごときの一撃などこの男には通じない。
しかし、人間の男は当たり所が悪かったのか…。
はたまた天から与えられた報いなのか。
そのまま絶命する。
仲間の命を奪われ怒り狂うもう一人の人間が何かを叫ぶ。
そして紅き眼のゴブリンに
向けて鉄の斧を振り回す。
何故だろうか。
弱者であった紅き眼のゴブリンに
身体に力がみなぎる。
ゴブリンは相手の生命を絶つ事で強くなる。
つまり男の生命を奪う事で
その力を得たのだろう。
人間族の巨体から振り下ろす鉄の斧をひらりと躱し、心臓を目掛けて右手を穿つ。
男は何が起きているのか…。
気付かぬうちに口から赤い液体を吹き出し
絶命する。
首輪を付けた子供は、異質な化物を見つめ
怯えていた。
そうゴブリンは邪悪で醜悪な化物である。
次は自分の番だと思い、震えていた。
だが、紅き眼のゴブリンは、
悪しき化物ではあるが、善の心を持っている。
「オビエルナ、ナニモシナイ。」
己の言葉で相手に伝える。
しかし、唇が恐怖で青ざめ震える子供には、その言葉が通じない。
「₣₤₢…。」
そして、耳の尖った子供は、
その一言により恐怖を覚えた。
何故ならばゴブリンは言葉を知らない。
獣の様に生き、悪魔の様に奪う魔物の中でも邪悪そのもの。
耳の尖った子供は、育ての親にそう教えられてきた。
しかし目の前にいる化物は明らかに知っているものとは違う。
ゴブリンは子供が怯えている事を感じ取る。
あえて、恐怖を与えない様に遠くに座り
じっとエルフの方を見ている。
不気味に光る紅き瞳のゴブリンは何故か自分から離れて木陰に座っている。
耳の尖った子供は、思わず声をかけてしまう。
「₤₣₢₡₠₦€₭?」
紅き眼のゴブリンは、子供が何を言っているのか理解出来ない。
すると耳の尖った子供は、指先から暖かい魔力を集めゴブリンに向けて放つ。
「あの……私…言…がわかる?」
子供の声が徐々に理解出来る。
「アア、分かる。」
すると子供は、ゴブリンに向かい頭を下げる。
紅き眼のゴブリンは、その行動が理解出来ず
同じ様に頭を下げて返す。
耳の尖った子供は、その行動が滑稽だったのだろうか。
ケタケタと笑い緊張がほぐれる。
「違うの、助けてもらったから、ありがとうと頭を下げたの。」
「ありがと?何だそれは?!」
子供は深くタメ息をすると、少し言葉を変えた。
「ごめんね。」
「まずお互いの事を知ろうか。」
「私の名前はエルフのカフエリ。」
「あなたの名前は?」
そう言われても紅き眼のゴブリンには
名前など無い。
そもそもゴブリン達には
個別の名称自体、存在しない。
強さのみを求められる。
そう奪った生命の数が
化物達の価値であり
名称なのだ。
「………。わからない。」
紅き眼のゴブリンは、
そう答えるしかなかった。
「じゃあ、お父さんかお母さんに何て呼ばれてたの?」
その一言で紅き眼のゴブリンを産んだ
母親の声を思い出す。
「メル。」
カフエリは、長く尖った耳を
ピクピクと動かし
「メル、良い名前だね。」
ゴブリンのメルは、そう言われてなぜか胸が熱くなる。
するとカフエリは
「メルは何で笑っているの?」
と不思議そうにしていた。
メルは自分の顔を触り口角が上がっているのを確認する。
「これが笑う?」
「笑うとは何だ?」
ゴブリンのメルは、
産まれて3日しか経っていない
故に感情もまだ理解していなかった。
その言動にカフエリは、お腹を抱えて笑う。
「可笑しいよメル。」
「それは嬉しいとか楽しい時に笑うんだよ。」
メルは首を傾げ
「嬉しい?楽しい?」
「何だそれは?」
カフエリは眉を歪め、少し呆れた
ため息をする。
「何も知らないんだねメルは。」
端から見ていたら馬鹿にされているとしか
思えない。
だがゴブリンのメルは、
様々な表情を現にするカフエリの姿を
見ると身体が熱くなりやはり
口角が上がっていた。
これが嬉しいなのか。
良いものだ。
身体が心が暖かい。
今まで感じた事の無い感覚だった。
カフエリは、張り積めた感情を抑え、呼吸を整える。
自分の住んでいた場所に戻りたい。
だがカフエリは自分の首に
付けられた冷たき呪縛を手で触れ
帰れる場所が無いと嘆く。
何故ならば一度奴隷の呪縛である
従属の首輪を付けられた者は
穢れた者として扱い、魂の気高きエルフは
受け入れる事など無い。
そして従属の首輪を外せるのは
人間族のみなのである。
その現実が幼きカフエリには
残酷な事であり、
また人間族の元で一生を奴隷として生きる。
それしか生きる術が無いのである。
カフエリの瞳は、濁り淀んでいた。
メルはそれを聞くと紅き眼が
鈍く光る。
カフエリに”ここで待て”と伝え、メルは倒した人間族の亡骸をあさる。
そして儀式に使う必要な物を探す。
人間族の汗と血が付いた長剣と皮の鞣した靴とバンダナを奪う。
そして亡骸の左耳を削ぎ落とす。
バンダナは、顔に巻き付け靴を履く。
カフエリが「メル…どうしたの?」と問い掛ける。
メルは、赤く穢れに、染まった手を亡骸の
衣類で拭い「カフエリ…助ける。」その一言だけを残し走る。
そして長剣を腰に下げ、悪鬼達の住まう根城へと戻って行くのであった。
メルは、嗅覚が鋭い。
人間族特有の臭いが
根城の方角からする。
カフエリの首輪を取る為に人間族を助けに
行こうとしていたのだ。
何故人間族に助けが必要なのか…。
紅き眼のゴブリンであるメルは、
悪鬼を束ねる者の恐ろしさと強さを
知っていた。
自分の攻撃で死ぬような者ならば返り討ちにあっている。
そう確信していたのだ。
たどり着いた時。
メルの直感…。
いや本能が確信へと変わる。
人間族の戦士と従属の首輪を
付けた者達が悪鬼達に囲まれ
一人、また一人と餌食となっていく。
メルは、遠吠えをする。
とても小さな雄叫びである。
そして削ぎ落とした左耳を
悪鬼達を束ねる者に放り投げる。
それを見た一際大きく無数の傷が全身を覆う化物。
足を強く鳴らし地響きと共にメルへと近づいて来る。
その者の背後から感じるもの。
それは絶対の死である。
左耳を放り投げる行為。
メルにとって自殺行為とも
取れる愚かで無謀な事であった。
それは、長を決める決闘の申し出である。
他のゴブリン達は、その行為に
驚愕と無謀とも、とれる行動に
狂喜乱舞していたのだ。
人間族との争いを中断すると
化物の長とメルを中心に悪鬼達が囲む。
ゴブリンの決闘それは…。
敗北すれば軽くて死。
大抵は、永続的に非常食として
生きたままに
少しづつ喰われるのである。
ゴブリンは再生能力も高い。
指や足など切りとられても
一週間もすればまた生える。
だが痛みは、勿論ある。
耐えがたき苦痛に舌を噛もうとする者もいるがそれは出来ない。
何故ならば…。
舌は焼かれてしまい
自害できない様にするのである。
醜悪で残酷な悪鬼達らしい
おぞましき最後である。
人間族は、今まで自分達を襲う化物達の動きを見てこれは、決闘だと理解した。
その隙に逃げようとこころみるが…。
複数のゴブリンが獲物を
逃がさない様にその者達も囲む。
小さく赤い眼を持つゴブリンが
戦いに敗北をした時点で
次の標的は自分達である。
少しだけ寿命が延びるだけであった。
悪鬼達を束ねる者の唸る様な重き声がその場を支配する。
「ヒリキナモノヨ。」
「ワガ、チトナルコトヲ、ホコリニオモエ。」
そうメルに告げると幾人もの生命と魂を
奪った赤い錆が覆う両刃斧を構える。
メルは、使い方も知らぬ長剣を、震えながらも同じく構えた。
杖を持つゴブリンが雄叫びをあげる。
巨大な悪鬼、絶対の死がメルに襲いかかる。
重い両刃斧を軽々と振り回す者に経験と技術。
なにをおいてもメルに勝ち目などある筈もない。
軽い一撃をメルは長剣で受けると3メートル程度、吹き飛ばされる。
木々に叩き付けられあばら骨も
数本折れたのだろうか。
口から紫色の液体がボタボタと流れる。
何度も言おう。
メルに勝てる要素など微塵も無い。
だがメルの紅き眼から
光が消える事が無いのである。
悪鬼達を束ねる者は、決闘を、申し込む以上多少は戦いを楽しめる。
そう感じて期待をしていたのだが…。
まだ本気とは到底及ばぬ一撃で、死に瀕している弱き者に呆れかえる。
「オマエナド、イラヌ。」
その一言をメルへと言い放つ化物。
首を目掛け新たな獲物の魂を奪う一撃を与えようとする。
メルは、その瞬間を逃さなかった。
油断、それは強者が唯一持つ弱点である。
メルは激しい両刃斧から出る風圧を耐え
懐に入る。
そして悪鬼達を束ねる者の心臓を目掛け
渾身の力を込めて右手を穿つのだった。
斧を振り回した人間を仕留めた技である。
どうやら長剣の持ち主であった者はアサシンだったのだろう。
人間族の技、一撃必殺の秘技
(死閃)を会得した。
死閃は、どんな強者であろうが関係が無い。
どんなに鍛えられた肉体でも
当たれば貫き確実に
相手の生命を奪うのである。
そして今も本来ならば有り得ぬ出来事が
悪鬼達と人間族。
そしてそれを束ねる者の目の前で起きていた。
メルの一撃が鍛え上げられ
幾人もの生命を奪った悪鬼の肉体を貫き
心臓に小さな風穴が空く。
絶対的な強者であった束ねる者。
己の肉体に小さな風穴が空きそこから虚しく流れ落ちる体液と臓物を握りしめる。
何が起きたのか理解が出来ずにいた。
だが死を無を感じた時にはもう…遅かった。
メルは両刃斧を奪い化物の首を切り落としていた。
自分達の絶対的な存在、それが小さき弱者と蔑み、馬鹿にしていた者に討ち取られる。
悪鬼達は、恐怖に怯え我先にとその場から
逃げていく。
メルは、束ねる者を討ち取る事で更なる力を得る。
強靭な肉体を得たのである。
地面が震える程の遠吠えをする。
悪鬼達は、その圧倒的な恐怖に立ち止まる。
メルは、ハルバードを構え、渾身の力を込めて横に一振。
全ての悪鬼達は、今までの罪を悔い改める時を与えられずただの肉塊と化す。
人間族の戦士と従属の首輪をしている奴隷達は、次は自分達が、あの亡骸達と同じ運命を辿る。
その恐怖で息をする事を、忘れる程に怯えていた。
するとカフエリが、森とメルの異変に気付き
従属の首輪を付けた奴隷達に駆け寄る。
メルは、カフエリに尋ねた。
「もう一度聞く。従属の首輪は、人間族ならば取れるのか?」
引き締まった鋼の様な肉体を持つ紅き瞳のゴブリン。
「え…と…メル…だよね?」
カフエリは見た目が変わってしまったメルを見て驚いている。
しかし、優しく紅き眼を見て、安心したのか、小さく頷く。
メルは人間族に悪鬼達の肉片が付いた
両刃斧を向ける。
「おい…人間、この者達の首輪を外せ。」
「そうすれば…お前の生命だけは取らない。」
人間族の戦士と従属の首輪を
付けた奴隷達はその一言に驚愕する。
それはそうだろう。
醜悪で凶悪で残酷な悪鬼が
奴隷を解放すれば生命を見逃す
その様な事を言うのである。
長き尻尾を持つ奴隷の一人が姿勢を低くして唸る。
「何か魂胆がある。」
「醜悪な化物が…。」
「そんな事を言う訳が無い!」
その者は決して頭の良い方法では無い行動を取るのである。
メルに向かい石を投げ、自分の鋭い爪を突き刺そうとする。
だがメルはその者の一撃を躱そうとはせずにその身に受ける。
左腕から紫色のおぞましき液体がタラリと
流れる。
メルは、突き刺さる爪を優しく己の身から引き抜く。
「信じろとは…言わない。」
「だが…何も言わずにこの場から去って欲しい。」
メルの本音であった。
何故ならば強者の生命を、絶った事で急激に成長してしまった。
メルは破壊衝動を必死で抑えていたのである。
人間族の戦士は、生命が助かるのならと
カフエリを含めた全ての奴隷達を解放する。
そして「へへ…どうも。」と告げ必死で逃げて行った。
奴隷達は、古来から醜悪な悪鬼と
伝えられてきた者に救われたのである。
その驚きと解放の喜びで、森の中を走り駆け全身で生きる事を感じていたのである。
だがメルはそれどころではない。
殺戮と破壊の欲望を必死で抑える。
メルの全身から鼻に纏わりつく様な瘴気が吹き出す。
カフエリは苦しみ踠くメルの側に近付く。
「来るな!頼む。」
「カフエリを…壊したくない。」
悲鳴にも近い言葉をカフエリに伝える。
カフエリは、森の精霊達を呼び寄せる。
そしてメルの吹き出る瘴気を浄化しようと試みる。
さっきの獣人族の者も炎の精霊を呼び出し
メルの瘴気を燃やそうと力を貸す。
メルの衝動が徐々に収まっていく。
そのままメルは意識を失いそうになる。
万が一誰かを襲ってはいけない
そう考え咄嗟に長剣を自分の脚ごと地面に
突き刺しそのまま気絶してしまうのであった。
だがカフエリ達のお陰なのか
メルのゴブリンに対する嫌悪からくる
執念なのか…。
衝動が収まり醜悪な悪鬼である
メルの見た目が変わっていく。
深緑の肉体が白く、変化していくのだ。
紅き眼のゴブリンであるメルは
この日を境に特別な小鬼として生きる事となるのであった。




