ユメノナカ
霊妄の雲海へと足を踏み入れるメルフォード達。
頭の中でなにかにずっと呼ばれている。
「みんな、しっかり自分を持って歩いて…。」
魔力を抑えて歩くカフエリ。
「…取り込まれると…魂…食われる…。」
欠伸をしながら歩くフエン。
霊妄の雲海は邪霊達の巣窟。
邪霊達は獲物の記憶を元に最も幸せだった頃の虚像を作り出す。
そして夢に捉えるとゆっくりと魂を貪る。
しかしカフエリ達の忠告も虚しくメルフォードは、邪霊達の夢の中へと囚われていく。
「なんだ…ここは?」
メルフォードが見た世界。
それはまだ物心がつくか否かの幼き日の情景。
そこには穏やかに微笑む銀髪の母親フォード。
彼に剣と魔法を教える強き父親の姿があった。
若く美しい母は紅い瞳を持ち、常に甘い香りを漂わせて幼い
メルフォードを愛しむ。
白髪を後ろで束ねた父は右目に深い傷跡を持ちながらも、息子を呼ぶ声は常に慈愛に満ちていた。
一家が住むのは名もなき村の隅にある小さなレンガ造りの家。
世間知らずで調理器具の扱いも不慣れな母親が指を切ったり煤だらけになったりする度。
「痛っ…また手切っちゃた…。」人差し指から流れる血を笑いながら抑える母。
「…フォード…ここはいいから竈門の火を頼む。」
癒しの炎で母の指の傷を塞ぐ。
黙々と野菜を切っている父親。
「ケホッケホッ…あれ?」
種火を竈門に入れフイゴという道具で火を大きくしようとするが何故か火を起こせず、煙を吸い込む母。
「…わかった…フォードこっちは…やるからメルフォードを頼む。」
手慣れた様に種火を大きくする父。
「ごめん…メル…。私…何にもできない…。」
落ち込む母に優しい声で伝える。
「そんな事はない。フォードがいるだけで俺は…心が落ち着く。」
照れくさそうに頭を搔いてまた作業に没頭する厳格な父。
「ありがと…メル。」
逞しく広い背中に張り付く母。
(そうか…ここは過去の世界だな…。)
「お~い。メルフォードそこにあるお皿を取ってくれ。」
「父さん!これ?」
僕は、不器用な父が作った木彫りの器を掴み父に渡す。
「あぁ…。そうだ、ありがとうメルフォード。」
無骨で硬く大きな手で僕の頭を撫でる。
「父さん!痛い髪がぐしゃぐしゃになった。」
口を尖らす僕に優しく微笑む父。
炒めた野菜を器に盛り付けていた。
ソナの豆とカームの葉をハーブとスパイスで炒めたもの。
香ばしい匂いが僕のお腹を鳴らす。
ぐぅ~…。
僕の隣で母もお腹を鳴らしていた。
舌を出して照れた様に笑う。
――――コンコン。
木の扉を叩く音がする。
鉄鍋を置いて父が出ようとするが母が「私が出るよ。」と
言って扉を開ける。
杖を付く腰の曲がった年老いた男が木の籠をぶら下げ立っている。
「おんや〜やっぱり…だ〜めでねぇか。」
「フォードさん、嫁さんだでちゃんと旦那に飯作らなぁ…。」
嫌味ぽく聞こえるが悪気はない。
この人はこの村の村長で
森の中を彷徨っていた父と身重な母を快く村へと誘ってくれた人物。
「ごめんなさい…。」
まともに受け取り俯くフォード
「いや…村長これは、俺が好きでやっているので…。」
父もとても真面目で真っ直ぐに受け取る。
少し言い過ぎたかなと悩む村長。
「いやいや違うで…それに…こんなべっぴんさんが嫁さんだとなぁ…。」
「俺も男だでうん…分かる!」
「しっかし、あんたは幸せもんだよ…。羨ましいもんだべ…。」
にやにやと笑みを浮かべる村長。
木の籠に入っている卵をお裾分けと言って渡して帰る。
ボソッと「本当に幸せだよ…。」父がちいさな声でこぼす言葉。
それを聞こえたのだろうか…。
母は頰を赤らめている。
僕もそう思う。
これが幸せなんだ…。
ずっと続けばいいのに…。
メルフォードは、年の離れた夫婦の深い愛情に包まれた日々を過ごしていた。
僕は父に厳しく鍛えられた。
父は口癖の様によく呟いていた言葉。
「弱者は…何も守れない。」
「だから強くなれ、強くなって弱いものを守れる様になるんだぞ!」
僕の1日の予定は忙しい。
午前は、口数の少ない父から
剣技と体技そして魔法を学ぶ。
午後は父と一緒に森へと行きウォーウルフやコボルト狩りをする。
魔物の革や牙は高く売れる。
時々村に住む弓の名手『ザック』と狩りに行く時もある。
以前父と森へと狩りに出掛けたザックおじさんは良く言っていた。
「お前の父ちゃん凄いな。」
「普通の戦士だってよ…ウォーウルフを一匹倒すのに苦戦すんのに。」
「簡単にウォーウルフの群れを潰しちまうからよ…。」
「ほんと、尊敬するわ…。」
「親父に負けねぇように
メルフォードも強くなれよ!」
それを狩りで動向する度に毎回僕は聞かされていた。
でも嫌じゃなかった…。
むしろ自慢気にしていた気がする。
だって僕にとって父さんは英雄なんだ。
そして母さんは僕の女神様なんだよ。
「うん!僕もお父さんみたいに強くなる。」
今、思えばこんな恥ずかしい事をよく平然と言えたなと笑ってしまう。
そういえば村の人が父と母の事をよく話していた。
「きっと、何処かのお姫様とその騎士様だよ…。」
「許されない愛か…こりゃ駆け落ちだな…。」
娯楽の無いちいさな村で語られる空想の物語。
遠方の王国、美しく愛らしい姫と身分の違う一介の騎士。
お互いが引かれ合い国を捨てて
ひっそりと暮らしていると…。
母さんがお姫様か…何となく
そうかもしれないと思う。
だってお金の価値を知らなかったり…結構世間知らずなところがあるしね。
でもね母さんは、本当に不器用な人だけど…。一つだけ得意だって自慢してた事があるんだ…。
「はい…メル。今日は自信作だよ。」
黄金色に焼き目がついた小麦の芳ばし匂いがするパンを父へと渡す。
「いつもありがとう…フォードのパンは旨いからな。」
いつも眉間に皺を寄せている父。
母と言葉を交わす時だけは顔が綻んでいた。
「さぁ行くぞ、メルフォード!」
僕は父さんの後を追いかけて行く。
母さんは僕達が見えなくなるまで手を降っていた。
今日も僕は素振りを二千回と父相手に打ち込み稽古をする。
「父さん…少しは手加減してよ…。」
頭の瘤を撫でながら、僕は父さんを恨めしそうに見つめる。
「それじゃ…稽古にならないだろ。」
僕に出来た頭の瘤を癒しの炎で治しながら、ため息をする父さん。
「少し…休憩するか…。」
大きな切り株にゆっくりと座る。
その横に僕も座った。
この場所は父さんと僕の特等席。
少しせり立った丘にある切り株から村が一望出来る。
母さんの手作りパンを袋から
取り出し半分に分ける。
その半分を僕が受け取る。
「いただきます。」
手をあわせて食べる前に話す合言葉。
お腹が空いていた僕はペロリと母さんのパンを食べてしまう。
父さんは残りのパンを僕に渡し「これも食べろ」と言う。
「えっ、父さんの分が無くなっちゃうからいらない…。」
僕は首を横にふり伝える。
それを聞いて大声で笑う父さん。
「お前は母さんに似て優しいな…。」
持っていたパンを半分にまた千切り「…じゃあ半分貰うな。」
と言って美味しそうに食べていた。
僕も残りのパンを食べた。
優しく暖かい味。
「ねぇ…父さん。」
「どうした?」
「僕…父さんも…母さんも大好きなんだ。」
「…そうか…ありがとうな。」
照らす日差しと爽やかな風が
吹き付ける。
そして太陽の光が照らされ出来た、揺れる大きな影とその傍にいる小さな影。
どこか儚い夢のようだった。
父さんは時折、悲しげな表情を浮かべる事がある。
その時は必ず僕にこう言うんだ。
「俺が…いなくなっても…。」
「必ず母さんを守れ。」
「そして絶対に幸せになれ。」
すごく真剣な眼で僕を見るんだ…。
父さんの紅い眼てとても綺麗なんだよ。
僕はね、父さんにそう言われたら必ずこう返すんだ。
「母さんも父さんも、僕が守るよ。」
「だから安心してよ!」
僕がそう言うと父さんは照れるんだよ。
ほら…やっぱり。
また頭を掻いてご飯作りに行ったよ。
子供の僕が言うのも変だけど…。
幸せってこういうのを言うんだろうな…。
そんな月日が過ぎていく……。
「今日は凄い雨ね…。」
強く窓に吹き付ける雨を憂鬱そうに見ている母さん。
「洗濯物が乾かないのよね…。」
まだどうしようもなく降る雨に文句を言っている。
父さんは、銀色のペンダントに何かを掘っている。
「父さん、どうしたの?」
僕が尋ねると何も言わずただ頭を撫でる。
このまま…ずっとこの時間が続けば良いのに…。
⎯⎯⎯⎯コンコンコン。
「こんな天気に誰だろう?」
玄関の扉を母さんが開ける。
「やぁ…フォード、メル…元気だった?」
ピンクのタキシードを着ている変な人が来た。
「やだ…アユム…びしょびしょだよ。」
濡れたアユムの顔を手拭いで
拭き取る。
「久しぶりだな…。アユム。」
父さんと母さんの知り合いなんだな…。
「メルフォード…すまないが
アユムと大事な話しがある。」
「奥の部屋に行っててくれ。」
父さんがとっても険しい顔をしている。
なんでだろう?
「うん分かった!」
まぁいっか…また素振りでもしてよう。
僕はブロンズソードを持って部屋の奥の物置小屋に行った。
「ここなら…誰もいないし素振りが出来るしね…。」
誰に聴かせる訳でもないのに
口から出る言葉。
「…2358、2359、2360!。」
素振りを終えた僕は「あ~疲れた…。」と誰もいないけど聞こえる様に言ってみた。
……………。
返事がない、当たり前だけどね。
何となく父さん達の事が気になって怒られるかも知れないけど…。
こっそりとピンクの変な人がいる部屋に行ってみた。
「無理だ…駄目なんだよ…俺がフォード達から離れる訳には行かない。」
「大丈夫よ…メル。ちょっと位離れてても何も無いから。」
「違うんだよ!フォード…違うんだ…。」
「でも…アユムさんが言ってたじゃない…。」
「カヨウが北の魔族達に捕まったって…。」
「北の魔族は狂暴だって気性が荒いって聞くわ…。」
父さんと母さんが言い争ってる。
いつも仲良しなのに…どうしたんだろう?
アユムがスッと立ち
「いや…すまない僕だけで何とかするよ…。」
その場を去ろうとする。
僕はよく分かりもしないのに飛び出してしまう。
「父さん!その人困ってるんだよ。」
「強い人は困ってる人を助けなきゃいけないんだって…。」
「いつも父さんはよく言ってるのに!」
僕はその時、初めて父さんの今にも壊れそうな弱々しい表情を見た。
「父さんがいない間僕が母さんを守るよ!」
「だから助けてあげて!」
今、思えば父さんは何かを嫌な予感がしてたのかな…。
父さんは黄金の剣を僕に託し、
必ず帰ると言い残してアユムと共に旅立った。
その数日後の事だった…。
悪夢が地獄がやって来た。
ゴブリンの群れが村を襲う。
村を襲撃したゴブリンの群れに対し、12歳のメルフォードは父譲りの訓練の成果で必死に戦った。
数多の悪鬼達を斬り倒していくメルフォード。
急にゴブリン達が撤退していく。
嫌な予感がメルフォードの胸を黒く押し潰す。
家に戻った時に見たのは荒らされた光景。
そして母親が化け物に連れ去られたというザックの断末魔。
悔しさに叫ぶメルフォードに応えるように黄金の剣が光の筋を伸ばす。
それは母の居場所を指し示していた。
メルフォードは単身でゴブリンの根城へと乗り込む。
そこからの記憶は断絶し、気がついた時には剣に紫の血を滴らせたメルフォード。
そして…母を抱きしめて泣き叫ぶ”白髪の化け物”が立ち尽くしてる。
その化け物の紅い瞳は父と同じ暖かく強い優しさを秘めていた。
急に意識が薄れるメルフォード。
朧気に映る黒髪の美しい魔物。
悲しげに僕の頬を撫でる暖かい手。
「私のせいで…ごめん…なさい…。」
禍々しい気配を纏うのに嫌な感じがしない。
グルォォオ…。
ゴブリンジェネラルが唸る。
それを睨みつける白髪の化物。
その絶対的な圧力に恐怖を感じる知性の欠片もない化物。
踵を返して逃げる。
「…カヨウ…フォードとメルフォードを頼む。」
それを伝えると逃げようとする化物を凄まじい魔力で縛り付ける。
「キサマの…魂でやり直させて貰う!」
無理矢理とゴブリンジェネラルの肉体から魂を引き剥がす。
耳の鼓膜が破けそうなぐらいの悲痛な悲鳴が洞窟内に響き渡る。
耳と眼を塞ぐメルフォード。
懐かしく暖かい匂いがする。
ゆっくりと眼を開けると、竈門の前で失敗して煤だらけになった母が笑っていた。
いつもの日常。いつもの生活。
「あれ父さんは?どこ?」
いくら探しても父の姿はなく、
母に聞けば「あの人は私達を置いて行ってしまった」と泣いていた。
父の日記も消え、代わりに黄金の剣だけが残された。
母は元々病弱だった。
それから数日後に母が流行り病で亡くなってしまう。
それから一人で父を探す旅を続けてきたメルフォード。
「…、!起きなさい!メルフォード!」
「だめ?!…起きて!」
不意に強い光と共に母と同じ甘い香りに包まれるメルフォード。
意識が鮮明となっていく。
何かに強くひっぱられ気がつけば霊妄の雲海を抜けていた。
「…情けない…今度は精神をじっくりと鍛えないとね…。」
冷たく微笑むフエン。
「まさか…あの程度を払えないなんて…分かった…鍛えるよ!」
鬼のような形相で村正の柄を強く握るカフエリ。
どうやら精神の脆さによって邪霊に取り込まれそうになっていたらしい。
そこへカフエリとフエンが助けに来てくれたと話す。
二人への感謝を口にしつつ、コカトリスの卵の異臭に包まれながら悩むメルフォード。
あの夢の中の”白髪の化け物”の正体は何だったのかと疑問を抱き続けていた。




