トキワタリ
暗闇を照らす淡色の月。
虫の羽音がさわさわと鳴り
時折パキッと焚き木に焚べた薪が熱いと泣いている。
マーディンで起きた過去の出来事を全て話し終えたギルア。
その話を、メグラとユウは各々複雑な気持ちで受け止めている。
「……て…事はよぉ…。」
「その話が本当なら…ターメルて奴の力で俺達は……。」
「メルを魔王だと思ってんのか!?」
赤く燃える炎が屈強なギルアの表情をぼんやりと彩る。
ただ一言「あぁ…。」と頷き黙々と火に薪を入れる。
「…おかしい…。聞いていたのと違う。」
「だって…カヨウはもっと…残酷で容赦ない化け物の筈…。」
ユウは、悪事の限りを尽くす自らの先祖であるサキュバスのカヨウ。
かつては仲間を助ける為にそこまで尽くしていた存在であった事に驚く。
「…なら…何故あの方達を…。」
ユウはある疑問が脳裏に浮かぶ。
何故、現在は行く先々で有力者達の生気を吸い尽くして亡き者にするのか。
そしてその力を使い有能な戦士達を堕落させる事を繰り返しているのか。
「分からない…何故。」
ロンギヌスの槍を握る手が微かに震える。
同じく過去の話を聞いていた
メルフォード。
(…フォード…僕の母と同じ名だ…まさか…な…。)
自分の母親の名前がフォードであるという一致に心の形が揺らぐ。
(…それに…もし…そうなら僕は神と関わりが…。)
物思いにふけるメルフォードは焚き火の傍で静かに話を聞いていたカフエリとフエンへとある疑問をぶつけた。
「なんで…メルと一緒にいないんですか?」
これほど強く硬い絆で繋がるカフエリ達
何故、今はメルと行動を共にしていないのだろうか。
布で村正についている汚れを
拭き取っているカフエリ。
アルテミスの弓に張る弦へと油を差すフエン。
二人は悲しみに満ちた過去を思い出しながらその問いかけに答える。
ターメルを宇宙へと追放した直後。
彼の仕掛けた記憶操作によってメルは”世界を滅ぼす魔王”として全民族から追われる身となる。
メル達は過酷で孤独な逃亡生活を余儀なくされる。
ギルアやユウト、そしてクレア達は必死に各国の説得を試みる。
しかし事態は全く好転せず、
各国の精鋭達による包囲網を
潜り抜けて陽炎の町へ戻る事も不可能となる。
密かにクリエラが精霊族の国ボールデンにメル達を匿う。
しかし各国の王達はそれを許さず、魔王を滅ぼせとボールデンへ百数十万もの軍勢で囲い強烈な圧力をかけた。
限界を悟ったメルは、クリエラにアユムを救う為の樹液を託し、カフエリ達を預けて一人で去ろうとする。
「…嫌だよ…嫌だ…メルとずっといる。」メルの腕を掴むフエン。
「大丈夫…私達なら…勝てるよメル。」
一人去ろうとするメルの前に
立ち塞がるカフエリ。
二人の子供達へと目線を合わせる様に屈むメル。
「…フエン…少し背が伸びたか…。」
「…カフエリ…強くなったな…。」
優しく、そして大きな手で少しだけ大人になった愛しき者達の頭を撫でる。
その頰を歪ませ崩れた笑みを作る。
紅い瞳から小さな雫が落ちる、と二人を突き放して背を向けるメル。
神の日記から聞こえた言葉。
ずっと先の未来について語る。
100年後再び天から黒鉄の檻が降り注ぎ、ターメルの封印が解ける。
メルは、それまでにアンチマジック『スキル封印』を自在に使いこなせなければならない。
そして…今度こそターメルを完全に滅ぼして自らへ取り込まねばならないと語る。
「お前達に頼みがある。」
「100年後の未来…。」
「俺と同じ力を持つ者が産まれる。」
「その名はメルフォード。」
「唯一…ターメルを討つことができる者だ…。」
「…俺の代わりにメルフォードを鍛え上げてくれ。」
「全てが終わったら…、また
一緒に暮らそう。」
微かに肩を震わせるメル。
「ねぇメル…どうして…どうして……今は一緒にいれないの?」
決して顔を見せないメルの背中へと張り付き思いを話すフエン。
「俺は…長くは生きれない。」
「ゴブリンは生きて80年ぐらいだろうな…。」
淡々と腕を組み話すメル。
それを聞いていたカフエリ。
「ならディロアは?ディロアもゴブリンでしょ。」
「以前に…アユムが言っていたの覚えてるもん。」
「それが、本当ならディロアは、千年以上は生きてるよ。」
カフエリは小さな腕を組み首を傾げる。
その癖がメルに似ていた。
「ディロアはゴブリンですが、黄金の加護を受けていました。」
「神の武具は心身に流れる魔力を活発化させて、老化を遅らせるので…。」
クリエラは足を引きずる
フォードを支えながら教えてくれた。
コツと音と共に木の根につまずくにフォードは体勢を崩す。
クリエラも支えきれずに共につまずく。
ふらつく身体を咄嗟に支えるメル。
「あ…ありがとう…メル。」
「…メル様、すみません…助かりました。」
スッとフォードを抱きかかえるメル。
「何処に運べば良い?」
クリエラの後を歩いて行く。
その後を追いかける様にカフエリ達も歩く。
「なんか嫌にゃ…ピリピリする……。」
背中を丸めカフエリとフエンの間へと入るネミル。
「確かに…なんか…ムカつくわね…。」
舌打ちをしながら歩くカヨウ。
精霊族が神と崇め信仰する巨大な精霊樹。
その頂に建てられている
ボールデンの王宮。
そこに住まう耳の尖った者達。
明らかに異端な出で立ちの
メル達へと畏怖と苛立ちを
込めた視線を向ける。
カフレアが亡き後、本来の女王が現れたのは良いとして
それと共に魔王も現れたのだ。
警戒するのも当たり前であった。
「ここなら、大丈夫ですよ。」
その先が見える程に薄い垂幕が張られている部屋を指差す。
メル達はその部屋へと入ると
そこには、静かに流れる滝と透き通る様に美しい湖が合った。
とても室内とは思えない空間。
静かで優しい風がメル達をつつみ込み疲れた身体を癒していく。
「ここは、精霊樹様のご加護で満ちております。」
「心が悪しき者は入って来れませんからご安心を…。」
真剣に話すクリエラに思わず思いをこぼす。
「えっ、あたしは…魔物だけど良いのかしら…。」とカヨウは自分を指差し微笑む。
丁寧に会釈をしてクリエラは
「やる事がありますので、失礼いたします。」と部屋を出ていこうとする。
すると…。
「女王様!失礼いたします。」息を切らせた若き精霊族が
クリエラへと膝をつき顔を見あげていた。
クリエラの表情が冷たく映る。
その姿は掴みどころが無く
恐ろしく感じるカフエリ。
「ヨリエ…どうしました?」
いつもの優しく声で精霊族へと問いかける。
「今!ボールデンへと各国の兵達が向かっております。」
「その数は…およそ百二十万!」
「今すぐ魔王メルの身柄を、
寄越せば兵を引かせるとの事。」
その言葉を聞いてもクリエラは落ち着いていた。
「…今からその事について話があります。」
「緑樹騎士団長のエフリアは…まだご健在でしょうか?」
ヨリエに尋ねると悲しげに首を横に振る。
どうやらクリエラとカフエリが王宮からいなくなった後。
祖母のカフレアによりいわれのない罪で処刑されたと話す。
「仕方ありませんね…。」
「私が直接…話してきます。」
自分の首に付けられた従属の首輪を簡単に外すクリエラ。
古来から伝わる精霊族を治める者が纏う鎧を身に着けた。
そしてカフエリをそっと抱き締める。
「行ってくるね。」
とだけ伝えると踵を返して部屋出る。
それを制止するメル。
「悪いが行かせる訳にはいかない。」
するとトレースによりメルの複製を作る。
その複製の首を、容赦無く切り落とす。
滴り落ちる紫色の体液。
その首を掴み笑うメル。
「これを持っていけ。」
「恐らく誰も偽物だとは気付けない。」
「それと…俺とフォードは80年後の未来へ行く。」
「クリエラ…すまないがこの子達をその間…守って欲しい。」
カフエリやフエンそしてネミルとパルは勿論。更にカヨウも含まれていた。
そして魂は戻っているが
今だ眼を覚まさないパル。
その姿を悲しげに見詰めている。
複製の首をメルから受け取る
クリエラ。
「メル様…申し訳ありません。」
「それと…この子達は必ず私が責任を持ってお守りいたします。」
深々とメルに頭を下げていた。
それを鼻で笑うカヨウ。
「ふざけんな!あんたらに守られる筋合いはないよ。」
「だいたい…メル…あんたは
悪くないだろ!」
凄まじい瘴気がカヨウを包み込む。
激しくざわめく精霊樹。
「あいつら…みんな……いなくなればいいんだな…。」
紅い瞳を鋭く光らせ外へと飛び立つカヨウ。
あまりの勢いで止める事が出来なかったメル達。
メルは時の門を呼び出す。
そしてフォードを連れてその中へと入っていくのであった。
扉が締まる瞬間、こちらを振り向きほほ笑む
フォード。
微かに唇が動いていた。
あまりに声が小さく、何を言っていたのか聞こえなかった。
それをただ黙って見送る事しか出来なかった幼き子供達。
悔しさのあまりに涙が溢れてしまう。
そして…100年後の現在。
カフエリとフエンは武具の手入れを終え、語るのを止めた。
「ちょっと…今の話は本当なの?」
「もしかしたら…。」
その話を聞いたユウは頭の中で考えを整理していた。
カヨウが殺めてきた者たちが皆、メルを脅かす可能性のあった有力な貴族や戦士の一族だった。
カヨウの真意に気づき、すべてを理解して愕然するユウ。
「ねぇ…カフエリ、フエン。」
「あなた達…カヨウの居場所を知っているでしょ。」
その言葉を聞いて悲しげに夜空に浮かぶ星々を見上げるカフエリ。
「えぇ…今カヨウはメルの傍にいるわ…。」
カフエリへハーブティーを渡すフエン。
「…やっと…やっと……みんなに会える…。」
二人は煌めく星々を眺めて想いを飲み込んでいた。




