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3ラウンド目、最終ラウンドが始まる。

インターバルの1分で回復の方は見込めないが、ラッシュが止まってくれるという恩恵は受けられた。

しかし焔が近づこうとしてもフットワークのスピード差があるのか、行動を読み切られているのか、もしくは両方か、追いつかせてくれず、結局前田羽美のジャブとフェイントにガードを上げる事になる。

ガードで出来る死角から飛んでくるジャブをなんとか裁くのが精いっぱいで、ガードを固めるのもままならない。

だがガードをはじかれると2ラウンド目と同じ轍を踏む事になってしまう。

必死でガードを固めていると、違和感が感じられた。

(焔“なんだ?”)

わからない。見るためにガードを下げるわけにはいかないが、視覚による情報量が少なく、違和感の正体がつかめない。

視覚情報が少ないながらも違和感の正体を掴むべく予想をする。

そして、“このタイミングならば前田さんの左は伸びきっているはずだ”というタイミングで数センチ右のガードを下げて情報を得ようと試みた。

下げたガードからもろに拳が飛んできて直撃を食らってしまう。

(“なぜ!?”)

そして“しまった”と心内で叫ぶ焔だった。

勝負所を逃さずラッシュに入る前田羽美。

ワンツーのワンでガードを戻そうという焔の手を打ち落とし、ツーでガードで守ろうとしていた部分に的確に当てて来る。

そんな鬼のようなラッシュを超スピードでかける前田羽美。

ガードもままならず、なんとか芯に食らわないように努力はしているが、すさまじい正確さに加えて躱す方向を予想しながら撃たれるパンチにそれもままならず、ほぼされるがままになりつつあった。


一打一打が響く。

流石だな。

わかっていた。こうなるのは。

修練にかけた時間の差があり、努力にかけた時間の差があり、それによって正当な実力差が生じている。

わかっていた。

でも、それで良いのか?時間をかけて教えてくれた前田さんに、せめて一矢、せめて一発だけでも。


“パン”


乾いた打撃音が響いた。


手打ちの様に打たれた焔のパンチ一発は前田羽美がショルダーブロックで受け止める。

一瞬動きが止まる前田羽美。

しかし動きを止めたのは一瞬だけだった。


ラッシュが再開され、やはりなすがままにされる焔。

ラッシュの回転スピードが気持ち上がっているように感じる。

パンチが入るたびに脳内が真白になる。

本能が意識を呼び戻す。


そして…


直前、意識が真白になり、次の瞬間には景色が変わっていた。

焔「…あれ?」

焔は自分の意識が飛んでいたことを自覚できた。

そして声の聞こえる方向と、自肌の感覚から状況を察する。


どうやら自分は立っている。

どうやら自分は倒れていない。

そしてどうやら自分は前田羽美に抱きついている様だった。


前田羽美「ナイスクリンチ。引き分けだね」


耳元から声が聞こえる。


言葉の意味を朧げな脳でなんとか理解して、焔は試合が終了したことを知った。



床に座り、焔は最初に前田羽美とスパーリングした時にも行われた方法で身体に異常がないかを確認される。

幸いにも異常を示すサインは出なかった。

士郎知恵「やっぱりボクシング素人だと審判は無理ね。止め時が判からないので危険。本当は数日間は安静にしてほしい所だけど、そうも行かないならせめて明日朝までは安静にしてね」

焔「はい」

例によって“化身人化のリセット”で身体の問題は解決できるのだが、それを伝えられない事にもどかしさを感じる焔。

そして数分の経過の後に“全力ではあったが、結局完敗となってしまった事”へのふがいなさがじわりじわりと心に広がっていく。

瞳に潤いが溜まっていくのが判る。

その潤いがあふれるのを見せてはいけない。本能がそう告げる。

本来の姿に戻って乾かしてしまいたい。

固く瞳を閉じながら耐え、なんとかやり過ごしたのちに言葉を絞り出す。


焔「なんかすいません。結局撃てたのは、手打ちで撃ったパンチ一発だけでした」


前田羽美がほほ笑みながら首を振り、その言葉を否定する。


前田羽美「出会ってからずっと真面目に練習してくれたでしょ」


「膝を回転させて、」

ファイティングポーズをとり、右ひざを回して左ひざに寄せる。

「腰を回転させて、」

膝に合わせて腰も回す。

「肩を回転させて、」

併せて右肩を前に出し、左肩は逆に引っ込める。

「全ての回転と併せて肘と拳を前進させる」

全ての動きを併せて右ストレートをシャドーで撃った。

すさまじい切れとスピードの右ストレートが放たれる。


前田羽美「ちゃんと全部身体に刷り込まれていたよ、焔君の努力が。

膝、腰、肩、肘、全部がそれぞれ満点の動きは出来ていなかったかもしれない、でも少なくとも0じゃない。トレーニングを始める前は全部0だったけどね。」


「そしてその努力の結果が…」


そう言って前田羽美がTシャツの肩の部分をまくり上げた。

露出された肩の素肌部分が赤くなっている。

焔の唯一のパンチがヒットした部分だった。


前田羽美「これがその証拠。焔君の努力が膝、腰、肩、肘、全部を無意識に動かすよう身体にしっかり刷り込ませていた。焔君はあまり手ごたえを感じなかったかもしれないけど。焔君が思っている以上に、身体は努力に応えてくれていたんだよ」


不意に目じりから水分があふれそうになる。

理由は判らない。

顔を下に向け、手で顔を覆って指でふき取る。


前田羽美「正直、ショルダーで跳ね上げてインファイトするつもりだったんだけど、止められるとは思ってなかったの。予想以上に重かったし、予想以上に焔君は手ごわかったし、…怖かったよ。」

焔「怖かった…ですか?」

前田羽美「そりゃそうよ。骨格、筋力、ウエイトも違うでしょうし。だからこれでも勇気を振り絞ったんだよ。」

焔「勇気…」

前田羽美が笑顔で頷いた。



ひとしきり話が終わった後に、深呼吸をして正座に座り直す焔。

焔の正面に正座で座る前田羽美。


焔「ありがとうございました」

前田羽美「こちらこそ、ありがとうございました」


お互いが正座から礼をして、焔の最後のトレーニングは終わった。


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