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焔は涼と士郎知恵との立ち合いの一部始終を見ていた。

正直葛藤はあった。涼の戦いを見ても良いのだろうかと。

だが士郎知恵がやって来て、空気は変わることなく流れるように試合が始まった。

出るタイミングを逸したというのもあるが、それはそれとして覚悟を決め、そして思った。

“見届けるべきだ”と。

見てる方としてはあっさりと勝負がついたように見えた。

でも違うんだろうな。

“あの”涼が簡単に負けるわけがない。つまり相手が強いのだと。

それが焔の感想だった。


一方、しずくは道場内には居なかった。

最初から入室しなかったのか、途中退室したのか、記憶に残っていない。

だが居ない理由は数秒後に判かった。

彼女を待ち、案内するためにだった。

開け放たれた道場の扉の向こうの廊下から、しずくが1人の女性を連れて近づいてくる。


しずく「前田羽美様を案内しました」



パーカーを着てフードを深めにかぶっている前田羽美が黙々と準備を始める。


焔も対角に立ち、準備を始めた。

おそらく使用は一度きりになりそうだが、万全を尽くしたいという思いから購入したマウスピースを咥える。

不格好ながらもバンテージを自分でまき、ヘッドギアを着けてと、準備を淡々と進めていった。


前田羽美は慣れたもので、先に準備を終わらせていた。

パーカーは既に脱がれてTシャツ姿になっており、グローブとヘッドギアも装着されていて、準備は完全に完了済みだった。

準備の済んだ前田羽美が軽くシャドーを行う。

(焔“切れが上がってないか?”)

(士郎知恵“切れが良いわね。しっかり仕上げて来たのね”)


周囲の者にも緊張した空気が広がるのが感じられた。


やがて準備の完了した焔。

焔と前田羽美とが道場の中央で対峙する。


士郎知恵「じゃあ、始め!」


対峙した二人のグローブが触れ合う。


試合が開始された。



距離を取る、前田羽美。

焔のジャブは届くが、ギリギリ充分な威力が載らない距離を保たれる。

前田羽美のジャブはそのままでは届かないが、少し踏み込めば届き、大きく踏み込めばそれに応じて威力が上がる距離だった。


各種フェイントを織り交ぜる前田羽美。

実際にパンチは出さず、左の肩と肘とフットワークの挙動だけで行われるフェイントだった。

教えたことを確認するようにフェイントを出す前田羽美。

教えられたことを確認するようにフェイントを処理する焔。


ボクシングを知らない者が見ると、何をやっているのか判らないだろう。

ボクシングを知っている者が見ると、しっかり攻防が行われている。

そうして三分が経過して1ラウンド目が終了し、1分のインターバルの後に2ラウンド目入った。


2ラウンド目、予想に反していきなり、そして一瞬のダッシュで距離を詰める前田羽美。

1ラウンド目の前田羽美が作ったリズムによって、焔は“距離は詰めてこないだろう”と無意識に思わされており、それを踏まえて逆を突いたのだった。

逆を突かれて思わずガードを固める焔。

しっかりガードを固めて機会を伺う…つもりだったのだが、初弾がガードに当たった時にそんな悠長な考えが吹っ飛んでしまう。

(焔“重い!”)

ガードなどお構いなしに、強く重いパンチがガードに向かって叩きつけられた。

驚きが収まる前に同じくガードを叩きつける2弾目の強打が撃ち込まれ、そしてそのままラッシュが始まった。

普段技術のレクチャーを行っている前田羽美からは想像出来ない荒々しいボクシングだった。

(焔“重い。もしかしてストレートを混ぜているのか?”)

ガードにラッシュをされているのでガードを下げられず、ガードの向こう側が良く解らない。

(焔“こんな荒っぽいラッシュは初めて見たぞ。もしかしてこっちが本来の姿なのか?”)


やがて隙間を縫うように、稀にパンチが届くようになる。

“焔が自身のガードで見えていない”のに加えて、前田羽美のスピードが1段上がっていた。それにより、またもリズムが狂わされる形となり、リズムの変化によって生じるスキに対処できていないのだった。


ラッシュにボディーが混ざるようになる。

ボディーに重いパンチが刺さる。

ガードを下げて頭部を見せるわけにはいかない。

しかしパンチの当たった場所から居場所を予測してジャブを出す。

焔がそこにジャブを撃つのを見越して、既にフットワークで後退しており、パンチは空を切る。

焔としては教えられた通りに素早くジャブのこぶしを戻しているのだが、それに合わせて前田羽美の高速フットワークが距離を詰めてきて再びガードを撃つか、ガードを縫って頭部を撃つか、上体を警戒しているとボディーに打ち込まれるか、ルーティンワークのようにそれが繰り返し行われていた。


やがてガードに行こうとする手にパンチをもらい、手を払いのけられてしまう。

(焔“やべ!”)

逃さずに、ガードが間に合わなかったところに超速ラッシュを打ち込む前田羽美。

ガードしつつバックステップしようとする焔。

それを読んで高速フットワークでついていき、同じくガードしようとする手を払いのけるようにパンチを撃ち、ラッシュを打ち込む前田羽美。

そんな攻防が何度か繰り返され、焔にとっては長かった2ラウンド目が終了した。

2ラウンド目、終わってみれば前田羽美が圧勝の状態だった。



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