37
帰宅後、焔は涼にも相談してみた。
涼「アルバイト?」
焔「ああ」
涼「一度“困る場面もあるだろうから”と小遣いを渡した事があったな。だが使っている様には見受けられないんだが。実際使ってないだろう?」
焔「おかげ様で使う場面が無い」
涼「…たしかに、学校と家との往復で、特に使う場面は無いか。なら何故アルバイトを?」
(焔“ずっと涼からお金やら何やらを貰いっぱなしでバツが悪い。かと言って、どの程度自分が稼げるか判らないうちは、滅多な事は言えねえ。そもそも俺にアルバイトが務まるかどうかも判らんしな…まずはやってみない事には…なんだが…”)
焔が言葉に詰まっていると
涼「まあ良い。経験しておくのも悪くは無いと思う。スケジュールさえ合えばな。言うまでもなく第一には姫の登下校時の護衛が最優先だ」
焔「ああ、そこは判っているし、そこの都合が合うアルバイトがあるかどうかも探してみないと判らないしな。見つからないかもしれないし」
涼「あと、人間の教師らしい事を言わせてもらえば、学生の本分は勉強だ。そこは気を付けておいた方が良いぞ」
焔「わかった。肝に銘じておくよ。正直人間のやってる勉強っての、嫌いじゃないしな」
姫『差し当たって、使用不全となっている焔のお小遣い、われが引き受けよう』
涼「姫、先週お渡ししたお小遣いは如何なされました?」
姫『…われもアルバイトを始めようと思う』
涼「中等部はアルバイト禁止です」
涼「そういえば…焔、アルバイトはまだ探している段階なのだな?」
焔「ああ、まだ探し出しってところだな。クラスメート一人に様子を聞いてみただけだ」
涼「見つかっても開始するのはしばらく待ってくれ。しずく、あと1週間で取得予定だったな」
しずく「はい」
涼「実はしずくには普通自動車運転免許を取得する為に自動車教習所に通ってもらっている。スケジュール如何によってはしずくが留守がちになるとも限らない。なので不測の事態に対処するためにもアルバイトをスケジュールに入れるのを待って欲しいのだ」
焔「俺のアルバイトの方はまだまだ具体性の無い話だから問題ないが、クルマはどうするんだよ?」
涼「近々、自動車の購入を考えている」
焔「なんでまたクルマを買おうって思ったんだ?」
涼「姫を警護するという事を考えた時に、選択肢の一つとして保持しておこうと思ってな。私は既に免許を保持しているが、どうせならとしずくにも免許を取得してもらった」
焔「よし、なら俺も…」
姫『わらわも取るぞ!』
そう言って子供のようにハンドルを回すしぐさをする姫だったが
涼「日本ではたしか18歳からでないと普通自動車免許の取得は出来ません」
がっくりうな垂れる焔。
姫『そこをなんとか!』
食い下がる姫。
涼「さすがに無理です」
涼「あと免許取得には結構な金額が掛かります」
焔「免許の金額もそうだが、クルマって免許よりももっと高価なものだろ?…この家、そんなに金持ちなのか」
涼「表向きは親が資産家だったという事になっている。充分余裕があるわけではないが、不自由するほど貧乏と言うわけでもない」
実は江蓮邸の経済状況はかなりの余裕がある。
数十年前、友人の“どうしても投資して欲しい”という願いを受け、かなりの金額を投入して株式購入による投資を行った。
当時は食事をせずに精霊力を補充して過ごしていたので、貯金は充分すぎるほどの余裕があり、“友人の願いならば”と二つ返事で引き受けたのだった。
その会社が現在は日本有数の大企業となっており、かなりの配当金が入るようになっていた。
ちなみに株を購入したのは涼本人なのだが、“涼の父親が購入し、現在はしずくが相続した”という事になっている。
くだんの友人はただの人間であるので、数十年の歳月によって年齢を重ねており、現在の涼のことを“株を購入してくれた友人の息子”と思っていた。
「お父さんの若いころに本当にそっくり、瓜二つだ」と言う旧知の友人。
涼は苦笑いを返すしかなく、心の内には少しやるせない寂しさを感じるのだった。
ではなぜ「経済的には充分余裕があるわけではない」と言ったかというと、姫のお小遣い増額依頼を退ける為の方便だった。
―
そんな話をした日の夜、涼が焔の部屋を訪れる。
涼がドアをノックし、焔がドアを開けて言った。
焔「どうした?珍しいな」
最近は涼が焔の部屋に来ることは殆どなかった。
涼「今の時点では姫には内密にしようと思っている事なのだが…」
そう言ってテーブルに新聞記事を広げる。
涼「クマという動物は知っているか?」
焔「どうぶつ図鑑に載っていた動物だな。実物には出会った事は無いぜ」
涼「…だろうな、あまり人間の生息域には居らず、山中の奥深くに生息している」
焔「あと、冬は冬眠しているってどうぶつ図鑑には書いてあったな」
涼「そんな風にあまり人間と出会わない動物であるクマなのだが、人間と出会ってしまう事が稀にあり、トラブルが発生することがある。これはそんな事があって記事になった際の新聞をしずくに集めてもらったものだ」
テーブルに置かれる新聞の束。




