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(焔“確かに精霊力は感じねえ。雰囲気が似てるってだけか…”)
道場で姫と対峙している少年、士郎じょうを見て火の王焔が心の中でつぶやいた。
姫『くらえ!必殺!物理パーーーンチ!!』
涼「物理パンチは封印したのでは…」
士郎じょう「うわぁぁぁぁぁぁぁ」
士郎じょうはエビのようにバックステップして逃げていた。
なにせ初めての経験だったのだ、剣道の試合で相手が竹刀を捨てて殴りかかってきたのは。
最初はバックステップで逃げていたのだが、そのうち背中を見せて走り出した。
走って逃げる士郎じょうと、『物理パーーーンチ』と叫びながら走って追いかける姫。
士郎知恵「戦略的…でもない撤退かな」
審判を務めている士郎知恵がクスクス笑いながらつぶやいた。
そのまま時間切れとなった。
二人とも肩で息しながら礼をして、場外に出ようとした時、姫の目の前に無防備な士郎じょうの背中があった。
姫『!今だ!物理パ…』
士郎じょう「ひぃーーー」
叫び終わる前に士郎じょうが逃げ出した。
(姫(そうか、叫ぶから逃げられ、防がれるのだ。ならば…いや、むしろ…))
場外では涼と焔が小声で会話を交わしていた
涼「さて次は私と士郎知恵殿の稽古なのだが、先に言っておくと知恵殿は私よりも強い」
焔「冗談がすぎるぜ」
(そんなやつがそうそう居てたまるか)
偽ざらぬ火の王-焔の本音だった。
涼「もちろん、人間の体術、剣術での話だ。精霊の人間を超越した能力でなら話は別だが」
焔「それにしたって…」
温和そうな小柄な女性が面をつけて準備をしている。
どう見ても戦闘に向いているとは思えないのだ。
涼「私が剣術を欲したのは先日話した通りだ。すこし昔に、“能力を使わずに人間の体術と格闘術で敵を無力化する事”を考え、色々と試行錯誤をしていた」
焔は現在寝室としてあてがわれているガレージ上の部屋の中に、トレーニング器具やサンドバックがあるのを思い出していた。
涼「縁あって士郎知恵殿と出会い、かなりの上段者と知って、その高い技術の伝授を私から懇願したのだ」
つい今朝ほどの話だ。
火の精霊王と水の精霊王として、ではなく、人間として焔と涼が戦ったのは。
結果は焔の惨敗だった。
涼は焔の身体を見て“それなりに身体能力は高い”と言った。
身体能力が微差と考えると、“人間の身体を使った格闘技術で圧倒された”、という事なのだろう。
身体能力の差はあまり関係なしに、相手を圧倒できる格闘技術が涼にはある、という事だ。
(焔“あの小柄で温和な表情の女性がその上を行くって言うのか?”)
知恵と涼が道場の中央で対峙する。
知恵「今日はあの奥義のアレンジを使おうと思うんだけど…涼さんは“踏み込みますよ”って顔ね」
涼は先日の“姫の前での初めての立ち合い稽古”と同様に“遠縁の親戚の前で、私が負ける姿を見せない為の配慮(引き分け)”を知恵殿が考えてくれているとは予想していた。
しかし、今回は火の王焔に“人間の格闘技術”を見てもらうのも、今後の為には良いのではないか?と考えていた。人間の格闘技術の有用性を知り、姫の御身を守護する参考になればと…
その為に、“あえて踏み込む”、と思っていたのだが、それすらも読まれていた?
(ただ踏み込むのでは無い。一本を取りにいくのだ)
そう思念を強めた時、審判として立っていた士郎じょうの「始め!」の声が掛かった。
普段通りの中段の構えをする涼に対し、知恵がとった構えは、明らかにいつもと違う構えだった。
涼(これは確か、居合の構え!)
竹刀を左腰横の位置に置いて、右手で柄を持っている。
やや腰を落とし、前傾気味の姿勢だ。
涼(構えが変わっただけで…こうも距離感がつかめぬとは)
相手への距離感、そして相手からの距離感が読めない。
(相手も中段の構えならば、最も近い小手を狙うかと考えるのだが、その小手は遠くなり、面が最も近く感じるが…)
迷いが出て、それが所作と間合いにも出ていたのだろう。
乾いた竹刀の打撃音が道場内に鳴り響いた。
瞬間にまばたきをしていたら、知恵が動いたとは気づけなかっただろう。
抜刀前と抜刀後の姿勢に寸分の違いはなく、涼の籠手を知恵の竹刀が打することを完了していた。
「一本…で良いんだよね」
士郎じょうの声が響いた。
お互いが礼をしてから会話を交わす。
知恵「いつもと違う構えが迷わせちゃったかな?」
涼「それも含めて修練不足ですね。感服です」
知恵「ごめんなさいね。それなりの実力者の人に本気で試してみたかったの」
涼「そう言って頂けると救われます。一つ質問しても良いですか?」
知恵「なんでしょう」
涼「居合をするにしても普通の中段の構えではだめなのでしょうか?その方が相手と竹刀との距離も近くなります。あの構えでは不利なのではと」
知恵「きちんと勉強していないので多分なのだけど…昔の武士はあの位置で刀を持ち歩いていたので、そこから一気に攻撃する為の術なのと、あの位置に刀を置くと対峙した相手は距離感がつかみづらくなると思うの。あと対峙した相手にとっては、刀自体の長さも見えづらくなるのね」
涼があらためて感服し感謝もした。
一つの剣術にも合理的な理由があり、それを説明できる師の存在もありがたいものだと。
知恵「まあ既製品の竹刀を使っているので、長さ見えづらくしてもねぇ」
そういって知恵は笑った。




