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それから火の王は数日間、ガレージ上の部屋で籠り、書物とテレビで現代社会の一般常識を学習し、たまに思い出したかのように箸使いのトレーニングをして過ごした。
太陽の出ている時間は日光に当たりながら過ごしつつ、ほぼ肉体を動かさない生活は、精霊力を補充する必要が無く、食事は辞退を申し出て没頭した。( “味覚を味わう”が出来ないのは少し残念だが…)
“家に帰ればただいま”、“ご飯を食べる時はいただきます”、幼年期の子供が生まれて初めておつかいに行くテレビ番組を見て、買い物、貨幣経済、といった、“テキストで覚えた事をテレビ映像を見て復習する”というのは思いのほか効果があった。
なるほど、テレビというのは色々なタイプの情報を得られる。
“この情報が知りたい”といった、一点集中的な情報収集を行う事には対応しづらいが、見ているだけでも“浅いが広い情報”が入ってくる。
数日ぶりに晩餐に参加し、テレビに関しての感想の話をして、それに加えて人間界について思った事を火の王が話した
「あとは、何をするにもお金ってのがかなり重要だな。というかお金が無ければ人間界では何もできないんじゃねえか?」
涼「まあ、そうだな」
姫『うむ。とても重要で必要だ』
涼「…精霊にとってはあまり必要ありません…」
姫『そんな事はないぞ。世の中には、コンビニには、美味しいものがあふれておる』
涼が姫の方を見ずに、火の王の方を見て話す
涼「買い物をした事が無い大人の人間というのがレアケースだろうからな。目立たずに人間界で過ごすには、買い物の経験は必要だ」
火の王「人間ってのはだいたい4歳か5歳くらいで買い物を経験するんだろう?テレビで見たぜ」
涼「…それは少し早めだと思われる」
―
次の日曜日、早朝に火の王と涼は江蓮邸道場に居た。
涼「さて、外出するにあたり、懸念すべき事項として“敵の襲撃を受けた場合”を考えなければならない。まずは姫の安全確保が最優先であるし、その為には能力を使う事もやぶさかではない」
涼が言葉を続ける
涼「しかし、能力を使った人間が江蓮邸の関係者だと知れたら、秘密裏に捜索活動を続けるのは困難になるだろう。理由は先日話した通り、人間は人間以上の能力に恐怖するであろうし、それを知恵と工夫で克服しようとする者、利用しようとする者、そういった者が現れる事が予想される。」
火の王「ああ、その辺りはテレビで見たな。」
ヒーローもののテレビ番組を見たのか、フィクションも捨てたものではないと涼は思った。
涼「ならばどうするか…」
空気が凍る…比喩である。能力を発動したわけではない。
涼の所作、眼光、表情が相手を組み伏せるべく意思表示をし、それを受けて空気が張り詰めたのだった。
火の王が気配を察し、冷や汗を流しながらも涼に向かって無意識にファイティングポーズをとる。
涼の身体が半身の自然体のまま、顔は火の王に向けられて言葉を発した
「能力を使わずに、人間の体術と格闘術で敵を無力化できれば良い」
数分後、ボロ雑巾のようになって横たわる火の王がいた。
そんな火の王を見ながら、先ほどの空気は一変し、和やかな空気に口角を少しあげた笑顔をして涼が火の王に話しかける
「もっとも、人間のみの力では、邪なるもの…化け物と渡り合えるとは考えられない。」
苦痛に顔を歪ませつつ、火の王が上体を起こしながら言う
火の王「じゃあどうすんだよ!」
涼「逃げる。周囲に人のいない状況になるまでな」
火の王「に、逃げ…」
まったく無かった発想に面食らう火の王。
涼「周囲に人が居なくなるまで逃げ、そこで精霊力を使って邪なるものを滅する」
涼が言葉を続ける。
涼「調べる機会があれば“戦略的撤退”という言葉を調べてみろ」
火の王「せ、せん、なんだって?」
涼「見たところ、化身人化術で作られたその身体は、人間の身体能力的には悪くないつくりになっている。それなりに身体能力が高い身体だ。あとはその身体の使い方と、精霊術の使い方だ」
火の王「使い方?しかし精霊術は…」
涼「バレなければ良い。必要最小限で展開すれば良いのだ。化身人化したまま手のひらなどで局所的に展開する精霊術は会得していたな」
そう言って涼は掌で氷を展開し、氷の剣を瞬時に作って一振りした後、すぐに消してみせた。
涼「私の場合は氷をそれなりの強度で顕現でき、相手に当てたり、適当なサイズの武器として作り出せる。そしてそれを直ぐに消してしまえば、見た人間に“気のせいです”と押し通す。映像記録など、証拠が無ければな。」
火の王「…武器…」
火の王が掌で炎を展開する。燃え上がりはするが“その炎を握って振り回す”などは出来そうもない。
涼「武器にこだわらずとも、最悪その炎を相手にぶつければよい。さっきも言ったが、目撃者は可能な限り少人数で、映像などに記録されていないのが条件だ。」
その時、道場の扉がガラリと開いて姫が入って来た。
反射的に跪き、首を垂れる二人。
いつもは先に起きている涼が見当たらなかったので、しずくに居場所を聞いてやってきたのだった。
姫『何をやっているのだ。もうすぐ朝ごはんぞ』




