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ビー玉を箸で追う火の精霊王を横目に涼が話す
「あとは、人前では精霊力は極力使わぬようにし、正体がばれないようにせねばならない。人にとっては人間以上の能力に恐怖するであろうし、それを知恵と工夫で克服しようとする者も出てくるだろう」
火の精霊王が箸を止め、知恵と工夫の産物であるコンクリートの壁を見ながら言う。
「めんどくせえな、いざという時は」
全部燃やしちまうぜ、と言おうとしたが、声に出す前に涼がにやりと笑った。
火の精霊王「なんだよ」
涼(無理だと思うな。人間界でしばらく過ごしたら…)
涼「火の王の本質は優しい男と思っているのだ」
火の精霊王「なんだよ、それは」
なぜか気まずい空気を感じ、箸でビー玉を追う訓練に戻る火の精霊王。
深夜はとうに過ぎ、日付が変わって月曜日、もうすぐ日の出という時間となっていた。
涼「今日から数日は、朝から夕方まで学校というところで仕事を行っている。姫は学校で勉学を行っている」
火の精霊王「なんでまた、姫まで」
涼「姫が希望されたのだ」
火の精霊王「じゃあ俺も…」
涼「ダメだ。人間界での一般常識が無さすぎる。今日帰ってからその辺のを話そうと思う。それまで今日一日は、ここで過ごしてくれ」
そう言って部屋を退出しようとしたら
火の精霊王「ちょっと待ってくれ。ところでこれは何なんだ?良く燃えそうなものだが燃料か」
ベッドに置いた布団を指して言う。
涼「…その中に潜り込んで睡眠を行うのだ。人間の身体は睡眠と先の食事が充分でないと不調になるし、睡眠時、寒冷な季節の夜にその布団に入らず寝ると、体温が低下してやはり不調になる」
ドアを出ると着物姿のしずくが正座で控えていた。
「ご無事でございますか」
右手には氷で生成した短剣を握りしめている。
火の精霊王と水の精霊が会うのだ。人間は“おおげさな”と思われるかもしれないが、精霊界ではさもありなんだろう。
「大丈夫だ、心配をかけたな。睡眠をとる時間は無さそうなので、一度化身人化を解いて睡眠欲を消し、再度化身人化を行う」
ある程度までの人間の体の不調なら、局所的な水の精霊力展開による干渉で調整し好調化できるのだが、“ある程度”を超えた体調不良はそうもいかない。
一度精霊に戻ることで体調不良は一掃できる。精霊には睡眠欲も食欲も存在しないのだ。
そして再度、化身人化を行う事で人間の身体を万全の状態で再構築できる。
ただし…
衣服を脱いで浴槽に入り、シャワーヘッドから勢いよくお湯を出して体に当てる。
そのまま真の姿、精霊の姿に一時的に戻り、すぐに化身人化術で人間となる。
人間の知恵と工夫が、水をたやすく供給できる環境を作ってくれており、水の精霊はその恩恵を十二分に甘受できる。
(ありがたい事だ、こうして蛇口をひねるだけで精霊力の補充は造作もない)
水の精霊王に戻り、人間の不調をリセットは出来る。だが “不調を消し去ってからの再度の化身人化術” は結局大量の精霊力を消費してしまうのだ。
(私はこういった形で水の精霊力を補充できる。では火の王は?)
思案を巡らせながら準備を済ませ、門を出て学校に向かった。
―
涼から士郎じょうに、本日は部活に参加できない旨が伝えられた。
残してきた火の王が心配なのだ。
頻繁に部活不参加なのは問題があるのだが、少なくとも今日は早く帰って様子を伺いたいのだった。
終礼が終わり、姫と共に家路につく涼。
門に入ろうとする前に、ガレージの上の部屋の、その上の屋上にいる火の王に気が付いた。
涼は自室に戻らず、自身もそのまま屋上に行き、火の王に声を掛けた
「屋上で何をしているのだ?」
火の王「ああ、あれを見ていた」
指差す先には太陽があった。
火の王「あれは良いな。相当距離があるのは判るが、それでも火の力を感じる。あの光を浴びれば、ゆっくりだが力を補充できるぜ」
涼「もし人間の身体に不調をきたしたら、一度精霊の姿に戻り再度化身人化術を行えば人間の不調はリセットできる。ただし“ただの”化身人化術よりも大量の精霊力を消耗する。精霊力に余裕がある時に試しておいた方が良いだろう」
火の王「今ならまあ余裕があるんだが…あの火の球、落ちていっていないか?」
涼「あれは太陽と言って、あれが地球を照らしている間が昼間で、照らせなくなった時が夜なのだ。昨夜も暗かっただろう。太陽が照らせない位置に居たからだ」
これ以上優しい説明は思い浮かばなかった。
太陽がだんだんと沈み行き、紅に染まる空を見ながら火の王がつぶやく
「火の力が弱まっていくのは頂けないが…この空の色は…いいな」
紅から藍に空の色が変わり、後に藍から黒へと変わるだろう。
涼「ところで、あっちの訓練はどうだ?」
親指で母屋の方を指差ししつつ、ついて来いとジェスチャーをする涼に、火の王は頭にハテナを浮かべながらついていく。
(あっちの訓練ってなんだ?)
連れられて到着した先には居間があり、机上にはざるそばが人数分並べられていた。
姫がニコニコしながら火の王の方を見て、得意げに箸を動かした。
―
(ちくしょう。美味いは美味いんだが、箸の扱いが気になって味に集中しきれなかったぜ。本当に手づかみで食っちゃダメなのか?)
火の王は食事を十分堪能出来なかった様だった。
(それにあの“わさび”とかいうの…「お前にはまだ早い」と水の王は言ったが、あれも美味いに違いない。次は強引にでも食べてやるぜ)




