13
涼「覚悟は良いな?」
火の精霊王「あ、ああ、やってくれ」
涼が庭の水やり用のホース先端から水を出し、火の精霊王の足にかけた。
裸足で地面に立っていたのでそれなりに汚れていたのを洗う為の(火の精霊王にとっては決死の思いの)行動だった。
縁側に腰かけて、足を伸ばし目を瞑っている。
この少し前には新品の下着を提供されて装着しており、全裸ではなくなっていた。
一通り足の汚れを洗い落とされ
「これでふき取ればよい」
渡されたタオルで濡れた足を拭く。
生れて初めて“濡れて”“拭き取る”という行動をとったのだ。ぎこちないのは無理もない事だった。
傍らにはジャージ上下が置かれている。
(涼“たしか、試着は一度行ったと言っていたな。服の装着は大丈夫か…”)
姫は一人で浴室に行き入浴していた。
人間界に来た初期の頃は、しずくが洗髪と洗体および全般のお世話を行っていたのだが、テレビでアニメを見ている時に“屋外の温泉という場所では大人数で入浴しているが、自宅では基本一人で入浴するもの”という知識を得たらしい。
以降“一人での入浴トレーニング”を行っている。
一度お伺いを立てた事があったのだが『お付きの者が居ないのが新鮮で楽しいのう』という返事があったので、必要ならばお声がけをとお伝えし、それ以降はおひとりで入浴されるようになった。
―
姫が入浴されている間にしずくはおにぎりの準備を行っていた。
いきなり全く知識のないチャーハンは無理がありますと涼が姫を説得し、火の精霊王によるチャーハン作成は後日の課題となり、本日はおにぎりでの晩餐となった。
涼と火の精霊王が先に来て、後に姫が到着し、キッチン横のダイニングに全員が揃い、食事が開始された。
「いただきます」
3人が先に発声し、火の精霊王が見様見真似で遅れて発声する「い、いただきます(ってなんだ?)」
大皿が2枚、机上に置かれ、それぞれに4個づつ、合計8個のおにぎりが置かれている
しずく「こちらの皿が梅干しを入れており、こちらが塩の味付けです」
人によっては鮭やたらこがおにぎりの定番の具材と言う人々も居られると思うが、江蓮邸では肉や魚を食することがあまり習慣化されていない。
人間に化身している以上、身体が動物性たんぱく質を欲しているのか、肉や魚を食して美味を感じはするのだが、野菜や植物由来の食事の方が大地の精霊の加護が得られるようであり、その方が心身に精霊力が染みわたるのだ。
とは言え、肉料理を必要とされる機会が無いとは言えないと、士郎知恵師匠に肉魚の料理法を教えて頂いてはいるのだが、特に肉に関しては火を扱う事がほぼ必須の為、中々進捗は芳しくなかった。
姫が真っ先に口にほおばり、感嘆の声を上げる
『うむ、美味である!』
しずくが感謝を述べ、涼と共におにぎりを口に運ぶ。
(火の精霊王“穀物、たしか米だったか、水分で熱しているのか濡れているぞ。口に入れて大丈夫なのか?”)
火の精霊王が躊躇していると、涼が言った
「ひとつ…いや、ふたつ忠告しておく。ゆっくり噛んで食べろ。そしていざという時はこれを飲め」
そう言ってコップに水を入れ、火の精霊王の目の前に置いた。
火の精霊王にとっては毒といっても差し支えない物体である水だ。
(自害しろって事か?いや、人間の身体には無害だったな)
そう言って塩おにぎりを口に運び、少し噛んでみた。
舌を通じて薄い甘みのある米の味がやがて口内に広がる。
(これは!大地の精霊の加護!)
口の中から胃に落ちたごはん、そこから染みわたるように精霊力が身体全体に満ちていく。
やがて胃がごはんを消化をし終えると、本能がもっとごはんを取り込もうとして、大口をあけて残りのおにぎりを放り込み、飲み込もうとした。
「がっ!」
(く、苦しい!敵襲か?声が出せねえ!)
“やはりか”といった表情の涼が、火の精霊王に声を掛ける
「慌てて食べるから食物が喉に詰まったのだ。飲んで流し込め」
そう言って先ほど準備した、水の入ったコップを渡す。
一瞬、躊躇った火の精霊王だったが、水を口から流し込むと、喉の苦しみが瞬時に消えてしまった。
「不思議なもんだな。人間の身体ってのは」
涼が梅干しのおにぎりを手に取りながら火の精霊王に向かって話す
「こちらも食べておけ。すこし刺激があるが、同じく大地の加護がある…ゆっくり少しづつな」
なるほど、口に入れてみると確かに刺激がある。
涼が説明する
「酸味と言われる刺激だ。“すっぱい”と表現される事もある。人間でも得手不得手が判れる味だな」
火の精霊王がにやりと笑いながら言う
「悪くねえな」
食卓には他に、先日スーパーで購入した“たくあん”が置かれていた。
『そうか、野ざま菜は食べつくしたのであったな…』
姫が少し残念な表情をする。
ここ最近、野ざま菜は士郎家から提供されたその日に姫がほとんど食べてしまう。
箸が止まらないとの事だ。
涼もしずくも同様に思う。最近はなんとか自制を行えるが、頂き始めた初期の頃は、やはりその日に食べきってしまっていた。
一度、スーパーで野ざま菜を見つけた時は珠玉の至宝を見つけた思いだった。
が、食してみると、不味くはないのだが、士郎家より頂いている方の野ざま菜が美味すぎる。
正直に士郎知恵に話してみると
知恵「実家の手作り品だから“賞味期限”度外視なのよ。だから傷んでいないか気をつけて食べてね。市販品は賞味期限の為にあの手この手の企業努力をやってるからねえ」
それ以来、市販の野ざま菜はどうしても比べてしまうので禁忌としていた。
涼「姫にも一度市販品を経験して頂くのも悪くないかもしれんな」
姫が事も無げに箸でたくあんを口に運び、ポリポリと食べる横で、火の精霊王が震えながら箸でたくあんを挟み、持ち上げて移動を開始したところでポロリと箸から落ちた。
反射的に左手でたくあんを拾い、そのまま口に運ぶ。
(これも悪くねえな。ちとにおいが気になるが、大地を感じるぜ)
そう思っていると、姫がどうだと言わんばかのニコニコ顔をして、箸でたくあんを持ち上げて右に左に動かし、煽るように火の精霊王を見ていた。




