8話
帰蝶は半兵衛の動きを早くても三日と読んだ。
しかし、それを裏切るように一日で彼は動いた。
タイミング的には食事作戦があったその日の深夜に動き始め兵を掌握。
明け方には斎藤義龍を捕縛し、稲葉山城を内側から乗っ取って見せた。
そして直ぐに織田方に使者を出し、つい先ほど信長達はそれを知った。
「……何と云うか、呆気ないものですなぁ」
タッキーが目を白黒させて素直な感想を漏らす。
それは彼だけではなく、信長や帰蝶ですら同じだった。
まさかここまで早くに終わるなんて思ってもみなかったのだ。
「信長様、竹中半兵衛殿が参りました」
「うむ、通せ」
報告を聞いた信長は直ぐに半兵衛を本陣へと招く。
半兵衛は彼自身とお供の兵二人に捕縛した斎藤義龍を運ばせ本陣へとやって来た。
「御初にお目にかかります。私は竹中半兵衛、御目通り願い恐悦至極。感謝の言葉しかありませぬ」
平伏す半兵衛は何とも妖艶な美少年だった。
髪は剃り上げておらず、肩まで伸ばしっぱなし。一目見ただけでは男か女の判別は難しいだろう。
声も男か女か判断に迷う質なので声を聞いても難しい。
真白い肌に瑞々しい唇、憂いをたたえた瞳がまた何とも云えぬ怪しい色香を漂わせている。
「久しぶりね半兵衛。相も変わらず不健康そうな見た目だわ。健康にも気を遣いなさいな」
縛られ猿轡を噛まされた義龍を蹴り飛ばした帰蝶は何ごともなかったように半兵衛に語りかける。
義龍は凄まじい目で帰蝶を睨んでいるが当人は何処吹く風だ。
「お濃様……御久しぶりです。労わりの御言葉、勿体のう御座います。しかし、死に逝く者にかける情けは無用に御座りまする」
「義龍と一緒に死ぬつもり? 大丈夫よ、そんなことをせずとも信長様は責任を取るべき人間以外は御赦しになるわ」
そうでしょう? と夫に話を振る。
「ああ。ただし、そのためにもお前から色々話を聞かせてもらう。良いな?」
「是非もありませぬ。寛大な御慈悲に心よりの感謝を」
「糞真面目だなぁオイ。そうだな、先ず聞くのは義龍謀反に積極的に協力した人間を全員挙げろ。
偽りは赦さぬ、例えばその中にやってもいないような人間を含めれば俺は何をするか分からんぞ」
それは半兵衛自身を指しての言葉だった。
もしも半兵衛が積極的に加担していたのならば道三を助けられたかどうか危うい。
今回の手際の良さを見るに、それは確かだ。
責任を感じて自身もそうだと嘘を吐くのならばどうなるか分かっているな? これはそう云う類の警告だ。
「俺はな、流されて抜け出せずしょうがなしに加担した者の命を奪う気は無い。
その者らを織田に登用するかは帰蝶や姑殿の話を聞き有用かどうか判断してからになるが命は奪わん。
しかし、だ。厚顔にも積極的に加担しておきながらそ知らぬ顔で責を義龍に押し付ける輩を赦しはしない」
信勝謀反の時とは状況が違うのだ。
ゆえに、信長も義龍だけに総てを押し付けて殺す気はなかった。
「此方に総て記しております」
云うや半兵衛は懐から書状を取り出し信長にそれを差し出した。
その際、一部分を破りはしたが信長も他の者も見て見ぬ振りをした。
破られた部分に書かれていたのは恐らく――と云うか確実に半兵衛の名だろうから。
察しの良さと云い、この場で紙を破る度胸と云い、竹中半兵衛と云う男は中々の人物らしい。
「御苦労、手際が良いじゃないか半兵衛。今孔明の名は伊達ではないようだ」
書状を見ることもなく帰蝶に渡し、彼女が確認し終えると目で問う。
予想していた人間に相違は無いか、と。すると帰蝶は無言で頷き肯定の意を示す。
「過分な異名に御座ります」
「謙遜も過ぎれば毒よ。さて、賢者を軽んずるは愚者の所業。早々に沙汰を言い渡そう」
でなくば半兵衛は荷を下ろせない。
言葉通り、信長は竹中半兵衛と云う男に対して礼を尽くす気で居た。
「義龍、並びに先の書状に名を記されていた者は切腹。晒し首にはせんから安心せい。
義龍の親族については全員出家で手を打つ――が、龍興は出家した後、俺達の保護下に置く。養育は姑殿に任せるかね」
「旗頭にされぬよう護って頂けるのならば安心で御座います」
「何、俺としても折角生かした相手を担がれて無用な戦をさせて殺したくはないからな」
心情的にも織田にとっての利益を考えても禍根の根は絶っておかねばならない。
「親族の中に他に危険そうなのは?」
「おりませぬ、そして親族以外にも」
「ならば他の者は無罪放免、兵は民百姓に戻してやるとしよう。家臣らは……織田に再就職がしたいのならばしばし待てってところか」
能力のある者、能力はなくとも信義に厚い者。
両方備えているのが最上だが、どちらかしか無くとも登用はするつもりだ。
仮に能力があり悪心を持つ者が居ても構わない。
巧く絞り尽くして死なせてしまえば良いのだから。
「が、半兵衛は俺の直臣とする。お前が臣になるのも赦しを与える条件の一つ――と云うのは卑怯だな」
だからお前に任せる、俺に仕える気はあるか? と信長は問い掛ける。
言外に断っても決してそれを理由に何かをするつもりはないとの意思表示も込めて。
秀吉には半兵衛と云うことで藤乃に就けても良いのだが、そうするには半兵衛の功が大き過ぎる。
最早勝ちが確定していたとは云え、無用な消耗を強いられなかったのは半兵衛が居たから。
そんな輩を陪臣にと云うのは本人が気にせずとも、信長は気にする。
「ま、直ぐに答えろとは云わんよ」
半兵衛としてはそれよりも先にしたいことがあるだろう。
それが分からぬほど信長も愚鈍ではない。
「とりあえず今はこの沙汰を斎藤方に広めて来い。そして、帰蝶も連れてな。
今回の美濃攻略の全権を持つ人間で、元は斎藤の姫で俺の正室。コイツも一緒なら斎藤方の人間も安心出来るだろ」
「……ああ、やはりお濃様でしたか」
「ん?」
気になる言葉を漏らした半兵衛。
好奇心が擽られたものの、ぐっと我慢。
「ま、後で色々話を聞くとして……帰蝶、頼めるな? 護衛はちゃんと連れてけよ」
「ええ、手勢をお借りするわ。半兵衛、行くわよ」
「ハッ」
早々に二人は本陣を出て行った。
「かっちゃんとタッキー以外の者は治安維持に回ってくれ。この二人置いときゃ滅多なことが起きても大丈夫だからよ」
「ハッ!!」
これでようやくひと段落だ。
と云っても、この美濃攻略において信長は殆ど働いていないのだが。
「信長様、御疲れ様です」
「おいおいかっちゃん、俺はなーんもしてねえよ。最初から最後まで頑張ったのは帰蝶さね。見事大役を果たし、第一功だぜ」
「でしょうな。皆も文句はつけられますまい」
「ところで殿、帰蝶様は何を御望みになられると思いますか?」
「次男か三男か、いずれ俺と帰蝶の子に斎藤性を継がせて稲葉山城の城主にして織田斎藤家を発足ってとこだろう」
とは云っても直ぐにそれを望むことはないだろう。
「つっても、あくまで俺が天下を握った後だろうて。だから、将来的な約束だな。
だから二番目以降の報酬は弾んでやれるから、タッキーもかっちゃんも期待してなよ」
墨俣防衛戦で活躍した二人も当然功がある。
そこにもしっかり報いねばなるまい。
「私は茶器を所望致します」
「某は銘刀などを……」
「そういや姑殿も美濃の鍛冶師は良い腕だって云ってたっけ。茶器に関しても何とかしよう」
小姓に酒を用意させ、三人揃って地べたに腰を下ろし盃を酌み交わす。
帰蝶らが戻って来るまで時間がかかるから休憩だ。
「にしても……桶狭間以降の織田家の勇躍は目覚しいですなぁ」
感慨深げに頷くタッキー。
尾張を呑み喰らった信秀、東海と美濃を手にした信長。
そう云う意味で既に先代を超えたと云っても文句はつけられまい。
「殿の天下と云う御言葉も夢物語に思えませぬ」
「うけけ、持ち上げてくれるねえ」
「いいや、滝川殿の御言葉は正しいですぞ。信長様以外に天下は治められませぬ!」
あっと云う間に織田家の停滞を打ち破り領土を大幅に拡大させる手腕を持つ信長。
そこに聖剣補正も乗るのだから最早手のつけようがない。
「ありがとよ。ま、俺も天下は誰にも渡す気はねえさ。信勝と約束したからな」
ぐい、と盃を呷る。
「ただまあ……面倒な手合いが多いからなぁ、お前らにもバリバリ働いてもらうぜ」
「無論、某は織田の剣となり立ち塞がる敵を総て切り払って見せまする」
「流石は鬼柴田、勇猛ですなぁ……ところで殿、殿的に厄介な相手などを聞かせて頂いても?」
「良いぜ」
またしても盃を呷り、先ほどよりも多く酒を流し込む。
素面で話題に上げたくない人物なのだ、信長が警戒している相手は。
「越後の龍、甲斐のトラ――だな」
「上杉謙信と武田信玄で御座るか」
勝家はうんうんと頷いている。その二人ならば納得であると。
ちなみに謙信と信玄だが元からその名前だったわけではない。
色々あって改名してそうなったのだが、それは余談だろう。
「まあまだ虎は良いよ? ただ龍がな、謙信がなぁ……正直、アレと戦場で出会いたくねえ」
信長も実績を上げて、自分がそれなりに戦上手であると云う自負は持てた。
元々自己評価が女関係以外では低めな信長だが、それでも今はマシになっている。
それなりに出来なければ死んでいた局面を超えたからだ。
「篭城ならともかく、野戦でだよ? アレと出くわすとするじゃん?
かっちゃんかタッキー、藤乃辺りじゃなきゃ巧く負けられんわ。被害甚大になるってマジで」
鬼柴田、退くもタッキー進むもタッキー、天下人の器藤乃でなければ謙信の相手は務まらない。
そりゃ圧倒的な大軍を動かせば別だが、同数、もしくはちょっと上回っている程度ではまるで安心出来ないと信長は断言する。
「何と云うか、えらく実感が籠められているような……」
「そりゃまあ、直に顔を合わせたからな」
え? と間抜けヅラを晒す勝家とタッキー。
そんな二人を他所にやってらんねえと更に酒を呷る信長。
二人がどう云うことかと問い質そうとしたところで帰蝶と半兵衛が本陣へと帰還して来る。
「お、早かったじゃねえか。かっちゃん、タッキー、この話はまた今度な」
「半兵衛が根回しを済ませていたからね。それと、信長様、半兵衛の決意は固まってるみたいよ」
「ほう……聞かせてもらおうか」
「赦されるのならば信長様に御仕えしとう御座います」
「うむ、ではこれからよろしく頼む。で、早速で悪いが聞かせてくれんか。やはり帰蝶だったとは?」
帰蝶が全権を握っていたことを知っているのは家中を除けば居ないはず。
発表し、噂を広めるのはことが終わってからにするつもりだったからだ。
だと云うのに半兵衛はそれを読んでいたかのような発言をこぼした。
「墨俣に砦が築かれた時、私は呆気に取られました。
そしてその方法を考え思い至った時、策を考えたのは信長様、お濃様、或いは噂の木下殿だと予想致しました」
此処で藤乃の名を挙げる辺り、やはり半兵衛は優秀だ。
そしてそんな半兵衛の虚を突くことが出来る三者もまた優秀と云えよう。
まあ、信長の場合はカンニングもあったので入れるべきかどうかは分からないが。
「そこからどう帰蝶だと?」
「墨俣攻めの際にお濃様が居ると報告を聞き、木下殿ではないと判断しました」
そりゃそうだ。
信長の正室を前線に放り込むなど一家臣が出来ようわけもない。
「そして、信長様ならば自ら餌として墨俣に詰めるはず。
しかし、現実問題として信長様の出陣は稲葉山包囲になってから。
となるとお濃様が全権を握り、それを行使して自ら砦に入ったとしか考えられませぬ」
信長が全権を握っていたのならば帰蝶が自分を餌にと云っても却下していただろう。
自分の方が効果的であると。
しかし、現実として帰蝶が詰めていた。それならば答えは自明の理。
「いや御見事、しかし自分の妻に全権を渡すなんて暴挙に近い真似、よく疑わなかったな」
「その理由を考えてみれば此処でお濃様に実績を積ませる意味はありますので」
またしても見事と云うしかない。
竹中半兵衛、今孔明の名に恥じず凄まじく頭の回転が速い。
「まあ、普通の者ならば思いつきはしても実行はしないでしょうが……。
しかし、信長様は先見の明があり決断力に富んだ御方。決して不思議ではありませぬ」
そこで初めて半兵衛は笑顔を見せた。
妖しい、色気が滲む艶やかな笑顔だ。
諸々の荷を下ろしたおかげで気分が楽になったからだろう。
「こりゃあ……下手すりゃ美濃を手に入れるより大きな収穫だったかもしれんな。
おい半兵衛、お前には長く俺の覇道を支えてもらいたい。帰蝶も云っていたが、これからは健康に気を遣えよ」
信長は万能ではない、本人もそれを自覚している。
全方面に秀でた能力を持っていると云っても所詮は個人。
個人に万能を求めれば破綻は避けられず。それゆえ、優秀な人間が欲しくて欲しくてしょうがない。
何かあっても信長様ならば何とかしてくれる、と云う状況は健全ではないから。
有事の際にあの人この人、頼れる人材が多く居るからこそ健全で磐石な体勢が築ける。
だからこそ半兵衛の加入は実に嬉しいものだった。美濃よりもと云う言葉に嘘は無い。
「ありがたき御言葉。百まで御仕え出来るよう努力する所存です」
「主君冥利に尽きるねえ……泣けて来るぜ。こりゃ、半兵衛だけじゃなく次代にも期待出来るな。
こんな良い男の血を継ぐ子だ、さぞや立派に俺のガキ共を支えてくれるだろうて」
気を良くする信長だが、
「いえ、私養子はともかく実子を作る気はありませぬ」
「え?」
「それはさておき信長様。信長様は女子を好まれるようですが……如何でしょう、衆道と云うのも赴き深いと思うのですが」
その瞬間、モテ男なら誰でも感じたことのあるものが突き刺さった。
情念滲む、湿っぽくて妖しい秋波がこれでもかと信長を襲う。
秋波の源は語るまでもなく半兵衛で……。
「云い忘れていたけど半兵衛は男好きなの。趣味にうるさいから未だ経験はないそうだけどね」
しれっと情報を捕捉する帰蝶に信長は白目を剥いた。
「ちなみに受けです、私」
「知りたくねえよそんな情報!」
こうして、やっぱり締まらないけど美濃攻略は幕を閉じた。
美濃攻略終わりです。
またある程度書き溜め終わったら投稿します。
何時になるかは明言出来ませんがまあ気長に御待ちください。




