9話
美濃攻略後、信長は本拠地を稲葉山城へと移転。
同時に古代中国の周は文王に肖り城を岐阜城、城下町井ノ口を岐阜へと改名。
この頃から、そろそろ必要になるであろうと天下布武の印も作らせ使用を始める。
領土が増えたことで此処からは内政の時間。
と云っても此処は帰蝶や道三のホーム。
道三存命のまま美濃を手に入れたので普通に手に入れた時のことを考えれば随分楽。
政策等については信長が大まかな方針を示し、それを家臣に具体的な形にしていくと云う流れである
自分でもあれこれ出来ないわけではないが、信長は自身に寄り掛かるような流れを常態化させたくないので最低限しかしない。
まあ、それでも忙しそうな家臣の雑務を手伝ったりはするので滅茶苦茶暇と云うことでもない。
とは云え信長は器用な人間である。上手に息抜きをしているので余裕は何時でも有り余っている。
今日もそうだ、此処最近働き詰めだったしとのんべんだらりと山麓に建築した自身の屋敷で寛いでいた。
先ほどまではマーリンも一緒だったのだが、仕事のために出て行き今は一人。
使用人などは居るが雑談相手になってくれと云っても恐縮するだけなので付き合わせることは出来ない。
「あー……良い天気だぁ……謙信病気で死なねえかなぁ」
今日の天気と謙信の健康状態がどう繋がるのかは分からないが今の信長はゆるゆるだった。
普段着を着崩しているのは何時ものことだが表情にも覇気が無い。
美濃も手に入れたし、いよいよ天下統一へ向けて本格始動――の前の凪の時間。
本人としてはそのような心持ちのダラダラデイズだったりする。
「(まあでも、何時まで続くかなぁ……京の情勢も怪しいし……)」
片目を瞑り、天下に思いを馳せる。
信長の考えているプランにおいて足利の存在は必要不可欠。
とは云え、利用したいのは現在のボスである剣豪将軍足利義輝ではない。
別に彼でも問題はないのだが、出来るなら誘導し易い相手の方がGOOD。
史実のようなことが起こらねば我慢するつもりだが、情勢を見るにどうにも怪しい。
信長台頭に焦ったのか剣豪将軍義輝はどうにも最近強権を振るっているようだ。
その結果として三好や松永を刺激してしまったようで殺されるだろうと信長は読んでいる。
まあ、そうなるように信長も動いたのである意味では加害者ではあるのだが。
信長のやったこと、それは聖剣の存在を誇示して領土拡大をせず。
そして聖剣を持つからと足利に対して何かを働きかけることもせず――それだけだ。
しかし、それだけで十分だった。
自分の足下を揺るがすことの出来る存在が大人しい、安心出来る? そんなわけがない。
現に信長は着々と領土を増やしているのだから。
最早名目上でしかなく、中身を伴わない幕府の将軍とは云え矜持がある。
自分は将軍なのだと、この座を追われてたまるかと。
不気味な静観が焦りを生じさせ、焦りは軽挙を誘発させる。
「(しかし、何か黒幕みてえだな俺)」
ぽりぽりとケツを掻きなが屁を扱く黒幕とは何とも締まらないものだ。
「(気楽な時代が懐かしいぜ)」
ふとした瞬間に思うのだ。
何かもう何時でも考えごとをしているな、と。
流石に女を抱いている時はそっちに夢中ではあるがそれ以外の時。
ただ茶を飲んでいる時間や、こうしてだらだらしている時間にすら色々と考えてしまう。
「(職業病ってやつかねえ……)」
ぷ、ぷ、ぷ、とリズミカルに屁を扱く信長。
空は高く、吹き込む風は温かでとても気分が良い。
緩んでしまうのも無理からぬことだが、屁で遊ぶのは如何なものか。
「信長様ぁ♪」
昼寝でもするかと目を閉じかけた瞬間、甘い声が耳朶を擽る。
目を開けて首だけを動かして見れば藤乃が居た。
「おう、藤乃。仕事は良いのか?」
「ええ、今日私が済ませておかねばならない分は終わらせました」
「仕事が出来る女だなぁ、その上可愛いってもう無敵じゃん」
ちょいちょいと手招きしてやれば藤乃は嬉しそうに駆け寄って来る。
信長はそんな彼女を足の間に座らせその背からぎゅーっと抱き着いた。
「あー……やっぱ女体は良いわぁ……落ち着くよな」
「やー、女の私に女体の良さは分かりませんが。それでも信長様の御身体を感じるのは最高ですね」
イチャイチャ馬鹿ッポーの如きやり取りだ。
「そいつは重畳。ところで、どうだ? これまでは家臣を持ってなかったわけだが」
「御心配なく。上手くやれてますよ。小六も小一郎もよく働いてくれるので負担も軽減しましたよホント」
小一郎と云うのは藤乃の弟である。
小六を家臣として召抱えた辺りで、どうせならと尾張中村から引っ張って来たのだ。
ちなみにその時のやり取りはこんな感じ。
『小一郎、お姉ちゃんですよ!』
『うげ!?』
『おい、うげって何ですかうげって。久しぶりに会った姉に対する態度ですか?』
『いやぁ、色情狂の姉なら仕方ないでしょう姉上』
『別に色に狂ってあれこれ手を出してたわけじゃないし、今はもう純情一途な女ですから』
『まあそこらの噂も聞いてるし、事実なんだろうけど過去の行いが消えたわけじゃないし……して、何用ですか姉上』
『いやね、そろそろ便利な手足が欲しいなって思ったわけですよ私。最近家臣も召し抱えたことだし』
『はぁ……』
『私ほどではありませんけど、小一郎も割と器用ですし……ね?』
『え?』
半ば強制的に連れて来られたのが木下小一郎は真面目な性質だった。
仕事も早く覚え、真面目に働いているので評判は良い。
かなりの器量良しで、藤乃が云うように彼女ほどではないがかなり使える人間だ。
長ずれば政戦両面で大きな働きをしてくれることは予想に難くない。
「小六はともかく、弟さんは大変そうだなぁ」
「愚痴愚痴云いながら何だかんだと真面目な子だし、生活の質も上がったから嬉しそうですよ」
まあ、それを藤乃の前で表現することはないが。
姉のことはその能力は尊敬しているが人格面での欠点が大き過ぎる。
それゆえ素直になれないのだが、そこがまた可愛いのだ。
「しかも最近は女の子とも仲良くなってるそうで、順風満帆です」
「結婚するってんなら俺が仲人やってやるぜ?」
信長は可能な限り、家中の人間が婚姻する際は仲人を務めている。
この時代、藤乃や道三、帰蝶のような女こそが稀なのだ。
自然女の地位は低く、時には不当な扱いを受けても泣き寝入りするしかない。
家中の人間ならば大丈夫だとは思いつつも念のため。
主君が仲人を務めたのに醜聞を晒せば顔に泥を塗るようなもの。
それでも隠されたのならば困るが、勿論そこも考えてある。
帰蝶主催で定期的に妻同士の交流会を開いているのだ。
そしてそこで帰蝶にそれとなく各家庭の状況を探らせていたりする。
「おや、それはありがたいですね。あの子、信長様に憧れているようですし喜びますよ」
小一郎も男の子だ。
確実に歴史に名を刻むであろう信長の姿に憧憬を懐いている。
「へえ、こんな女にだらしのない男をかよ」
「まあそこは主君ですし? 心に棚を作ってるんですよ。実姉には容赦ないですけど」
「ハハハ!」
「(んー……今はそんな気分じゃないようで)」
抱きついては来たがそこから何もして来ない。
どうやら今はそんな気分じゃないらしい。
少しばかり残念な藤乃だったがまた夜に訪ねれば良いと気を取り直す。
「あ、ところで信長様」
「あん?」
「滝川殿から聞いたんですが信長様って謙信公と面識があるんですか?」
「んあ? 藤乃にゃ話さなかったか?」
「いえ、聞いてません。諸国漫遊してる時に越後にでも御行きになられたので?」
これまで基本的に尾張を離れたことがない信長だ。
越後――今で云う新潟の辺りに足を運んでいたとしたら諸国漫遊の時期ぐらいしかない。
「いや違うよ。旅してる時も越後にゃ行ったが残念ながらそん時はバッタリ出くわせなかった。いや、運が良いことに、か?」
「では何時?」
「帰蝶に全権渡すって云った後、俺出かけてたろ?」
「あー……そう云えば忙しかったら聞く機会ありませんでしたけど、何処行ってたんですか?」
ふと気付けば居なくなり、行き先は誰も知らない。
それでもマーリンをお供に就けていたので皆心配はしていなかったが。
「高野のお山に、な。ちぃと高僧ってもんと話をしてみたかったのさ」
高野山に行った、それは藤乃をして予想外の行き先だった。
キョトンとした顔で首を傾げてみても答えは見えて来ない。
「……信長様って真言宗でしたっけ? と云うか信仰心なんて持ってましたっけ?」
この世は天狗の巷なんて云ってのける信長だ。
とても仏教に対する信心があるとは思えない。
「いや別に? 比叡山のが良かったんだが京近辺は俺の顔知ってる奴が多いだろうからな」
お忍びで行動するには立地的に良くない。
なので次善として、馬を飛ばして高野山へと向かったのだ。
「叡山と云えば天台宗の総本山……ホント一体何のためにそんなとこ行きたかったんですか?」
「だから高僧に話を聞くためさ」
「ありがたい説法聞いてどうするんですか」
「話って云っても説教聞くわけじゃないさ。ただ、仏教の在り方と乖離する現状について本当に徳の高い坊さんに聞いてみたかったのさ」
藤乃から離れ、少し遠くに置いてあった煙管を手に取り訥々と語り始める。
「極端な話をすると仏教の、仏教を信仰する坊主どもの最終目標は悟りを得ること。
大悟だ小悟だと云い始めたら更にややこしくなるからそこは置いておくが元来、個人で完結する類のものなのさ。
他人と語らうのも良いだろう、多くの知識を手に入れるのも良いだろう。
しかし本質として自身を問い殺すほどの勢いで世界とは命とは森羅万象に思いを馳せ真理を見出さなきゃならん。
そして総てを捨てこの欲界からから解き放たれる――解脱ってやつだわな。
解き放たれたのならば、そこで人は人でなくなる。人の世界に干渉もしなくなる。だから釈迦はもう人を救わねえ」
いや、心の拠り所としてと云う意味でならば救済は果たされているのかもしれない。
しかし釈迦が存在するのならば今苦しむ人間を救うべきだ。直接的に。
実在云々については信長も断言は出来ない。
が、実在しているのならば人でなくなったから人の世界はどうでも良いと思っている――そう解釈していた。
「だってそうだろう? 餓えた者に自分の肉を差し出すような御仁だぜ。
この国で、世界でごまんと苦しんでいる人間を何故救わん? 苦しんでいる何時か報われるから今は死んでくれ。
そう云ってるようなもんだ。だから俺はこう考えている、仏教とはしがらみからの脱却。
徐々に徐々に色んなものを切り捨て、挙句の果てにゃこの世の一切に関わらなくなること。
それが俺なりに導き出した仏教ってもんの本質だ」
そもそも釈迦とて立脚点は人類救済だったが悟りの果てに語ったところで悟りの境地は知れぬ。
徒労に終わるだろうと個人で完結させようとしていたのだ。
そこで梵天が余計なことをするから仏教なんてものが成立してしまった。
そして釈迦の危惧通りに現状がある。
いやまあ、逸話が事実ならば――と但し書きはつくが。
「俺の論が暴論、或いは的外れって本職にゃ云われるかもしれんが……。
それでも先ず捨てる、ってとこは間違ってねえだろう。何せ開祖様がそうなんだからな。
王族と云う立場を捨てたんだ、現状を先ず捨てるなんてのは初歩の初歩……だがなあ、叡山や高野の坊さん連中はどうだ?」
何かを捨てているだろうか? 大名並の領土、武装化。
教えを守るためとお題目を唱えてみても、教えそのものから乖離しているではないか。
潤沢な領土から搾取しろと釈迦が説いたのか? 武器持て戦えと釈迦が説いたのか?
「出家したので捨てましたってか? 捨てた先でそこらの民草じゃ得られん贅沢を得てるだろうが。
そんな詭弁が罷り通るのならば仏の教えなんて糞だ。意味がねえ、価値がねえ。
とまあ……ボロクソ扱き下ろしたが、勿論現実問題として仏教にも良いところはあるぜ?」
人心の安定、縋る者があると云うのはそれだけで幸せだ。
嘘でも真でもそれで救われるのならば良いことだと信長は賛美する。
「そう云う救済装置としての宗教は俺も認めてる。だが、それはそれとしてだ。
武装化する必要ねえだろうが、馬鹿みたいに広い領土要らねえだろうが、時には朝廷すら凌駕するような権力も要らねえだろうが。
自衛の粋超えてんだろうが。俺個人としては信仰を守りたいのならば大名の庇護下に入れよって思う。
弾圧される恐れがあるとか諸々の反論もあるかもしれん、そこもまあ成るほどとは思う。
問題なのは群雄割拠してあちこちで戦してる中に、だ。連中も加わってるってことだよ。
殴り付けておいて俺らはありがたい存在だから殴り返すなよ配慮しろって何だそれ舐めてんのか殺すぞ」
織田家は未だ彼らと敵対しているわけではない。
しかし、寺社勢力と対立していて悩まされている勢力も他所にはあって他人ごとではない。
「端的に云って邪魔なんだよ。とは云え下手に叩くと……分かるな?」
「ええ、一揆やら何やらで話が拗れて面倒臭くなるだけです」
「だから俺は将来的に、徹底的にやるつもりだ――――具体的には叡山焼き討ち」
京近辺で寺社勢力が幅を利かせているのは問題外だ。
何が何でも除かねば天下は手に入らない。
「第六天魔は仏の教えを弾圧する気はない。
しかし、仏の教えを利用し虎の威を借る狐の如く振舞う生臭は決して赦さぬ。
大人しく念仏唱えたり、民百姓に読み書きを教えるだけならともかく軍事行動など以ての外。
分を弁えているのならば保護するが、そうでなくば殺す。情け容赦なく殺す」
必殺政教分離(業火)発動を視野に入れている信長だった。
誰かがやらねば世の構造は変わらない――などと革新者染みたことを云うつもりはない。
邪魔だから、自分の描く天下国家像に邪魔だから排除する。
信長は革新者なんて大そうなものではなく己が欲のために叡山焼き討ちを考えているのだ。
とは云え殴るための名分は色々と必要なのであれこれ考えているわけだが。
「で、その時のために本当に立派な坊さんに色々話を聞いてみたいと思って高野山行ったんだが……」
今までの凛とした態度は何処へやら、心底疲れたような顔に変わってしまう。
「……まさかそこで謙信公と?」
「ああ……しかも信玄ともそこで会った……」
そうして信長は越後の龍、甲斐の虎との邂逅を語り始めた。
やっぱワセリンはすげぇよ(オルガ並の感想)
いや、教えてもらってびっくりしたけど花粉症に効くのね
良い感じだわ実に良い感じ
おかげで休み中に新ヒロイン登場のとこまで書けたから三話だけ投稿します
美濃攻略で区切りは良いけど今んとこ出てる新キャラがホモだけってのもアレだし




