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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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48話

 織田を深く深く食い込ませたところで武田軍は二手に分かれて撤退した。

 あくまで指揮系統が乱れ、ばらばらに離散したかのように。

 勝頼は本軍を率いて東へ東へ撤退し北条軍との合流地点へ。

 織田軍は当初の予想通りに躑躅ヶ崎館を武田軍残党を殲滅するための前線拠点とし、軍を静止させている。

 余裕ぶっているのは今の内だとほくそ笑む勝頼だが、もう少しで彼はどん底に叩き落されるだろう。

 氏康との打ち合わせを終えた勝頼は本陣へとほくほく顔で帰還する。


『御疲れ様です、勝頼様!』


 本陣に戻ると真田兄弟が元気な声で勝頼を迎えた。

 近習ゆえ勝頼に着いて行くのが当たり前なのだが、勝頼当人が本陣に待たせていたのだ。

 初陣がこのような戦で疲れただろうから、飯を食わせて休ませてやれ――と。

 実に気遣いの出来る男で、善性がこれでもかと滲み出ていた。


「うむ。源二郎、源三郎、腹は膨れたか?」

「はい、それはもう。勝頼様も早く飯を食べた方が良いですよ」

「これ源二郎! 勝頼様に何たる物言いか!!」

「ハハハ、よいよい。源三郎、あまり固いことを申すな。それより御主も肩の力を抜け」


 戦場とは云え四六時中張り詰めていればいざと云う時に力を発揮出来ぬ。

 勝頼にそう諭され源三郎は恥ずかしそうに俯いてしまう。

 自分が緊張していることを見抜かれていたのかと恥ずかしくてしょうがないのだ。


「そう恥じるな。俺も初陣の時はがちがちだった。御主だけが情けないわけではないのだ。

弟の源二郎がケロリとしているから兄として思うところもあるのだろうが、それは源二郎が図太いだけ。

御主もいずれは俺や御主の母上、源二郎のように戦場でも上手く力を抜けるようになるであろうて」

「……はい」

「御主はちと真面目過ぎるきらいがあるな。昌幸似だよ。源二郎の場合は母よりも家の父上似だな」


 昌幸似で真面目な信之、信玄の影響を色濃く受けて図太くなった信繁。

 どちらも共に頼もしいものだと勝頼は笑う。


「昌幸も真面目ではあるが、戦の呼吸と云うものをよく分かっている。

だからこそ必要の無い場面では極力肩の力を抜いて必要な場面に備えて力を溜めておる。

落ち着いたら二人もそこらの機微を母上に手ずから指南してもらうと良い」

「いやぁ、俺は母上より信玄様に色々と学ばせてもらいたいですね。だからまだまだ長生きしてもらわなきゃ」

「だから源二郎!」

「よいよい。源二郎の云う通りだ、俺も父上から学びたいことは沢山あるのだ。長生きしてもらわねば困る」


 なごやかぁ……なムードの本陣。

 しかし、そのアットホームをぶち壊す不吉の使者が陣中を訪れる。


「か、勝頼様!」

「どうした騒々しい?」

「と、砥石城にて室賀正武謀反! 真田昌幸殿は室賀に謀殺されました!」

「な……!?」


 寝耳に水とはこのことだ。

 絶句する勝頼、一瞬にして頭の中が真っ白になってしまった。


「さ、更には御館様を質に取り高坂殿を上杉にぶつけ、現在海津城は戦の真っ最中とのこと!!」

「ば……馬鹿な……」


 よろめき、思わず尻餅を突いてしまう。

 経験の浅い勝頼だが、しかしどうにか立ち直ることが出来た。

 それは真田兄弟のお陰だ。

 報せを聞いてショックを受けたようにふらつき、両手をついて顔を俯かせてしまった信繁。

 信じられぬと唖然呆然と大口を開けて固まっている信之。

 親を殺された二人は自分よりも若く経験も皆無。

 そんな二人を預かっているのは誰だ? 己ではないか、彼らを――武田を担っているのだから無様は晒せない。


「(まずい……まずい……! 昌信は、父上を見捨てられん……!!)」


 最善手と云うのならば謙信と合流した昌信がその足で砥石城を陥落させること。

 信玄は助からないが、本軍と合流し織田を叩くためにはそうするべきだ。

 だが勝頼も理解している。

 昌信が現当主たる己よりも武田の御家よりも信玄に重きを置いていることを。

 苦々しくは思うが、しかし今は憤ってもしょうがない。


「(どうする、先ずどうするべきなのだ……?)」


 と、必死に頭を回転させているところに信繁が割って入る。


「……勝頼様、俺と兄上を砥石に行かせてください! 母上の仇を!!」


 顔を上げた信繁は鬼神の如き形相で涙を流しながらそう懇願した。


「源二郎! 怒りは分かる、それでも俺とお前の二人で何が出来る!? 落ち着け!!」

「でも兄上!!」

「――――ならぬ! 御主らを無駄死にさせれば俺は地獄で昌幸に合わせる顔が無い!!」


 とは云えこの状況で落ち着けと云うのも酷だ。

 それぐらいは勝頼にも分かっている。


「(だが、このままの状態で俺の傍に居させるのもマズイ……!)」


 上杉は遅れては来るが、必ずや合流してくれるはず。

 海津を陥落させるのに時間はかかるだろうが砥石程度ならば問題はない。

 何せ総大将が室賀正武なのだから、逃げ弾正とは比べるまでもないだろう。

 心苦しいが信玄のことは無視するしかないのだ。

 そして当初の予定とは狂ってしまったが武田・上杉・北条の三軍で織田を攻め入る。


 だが、信玄の合流を望めぬ以上は勝頼自身も前線で戦わねばならない。

 士気を上げるためには総大将自ら前に立つしかないのだ。

 そうなれば近習たる二人も最前線に立つことになる。

 普段ならばともかく、今の乱れた精神状態で立たせるのはみすみす無駄死にさせてしまうようなもの。

 だからそれまでに少しでも心を落ち着けさせねばならない。


「ならば……ならばせめて、情報収集に行かせてください! 身体を動かさねば……どうにかなってしまいそうなのです!」


 信繁がそう嘆願する。

 今は何も考えたくない、このまま此処に詰めていても考えてしまうばかりで苦しいだけ。

 敵討ちが望めぬのならばせめて働かせて欲しい。


「……勝頼様。拙者からもどうか御願いします。このままでは拙者はともかく、信繁が勝頼様の足を引っ張りかねません」

「源三郎、御主も辛いだろうに……そうか、そうか」


 怒りや悲しみを押し殺して現状を認識し、信繁の今の精神状況では主君の足を引っ張るだけ。

 同じく母を喪ったばかりの信之が冷静にそう判断を下したのは冷徹と云えなくもない。

 だが勝頼には分かっていた。

 昌幸が死した以上、その代わりを務められる人間にならねばいけない。

 昌幸の代わりに武田が御為にと冷静であろうとしているのだ、信之は。

 母親に似ているからこそ、分かってしまう。その心の動きが。


「……分かった」


 男の決意を無碍にするようなことは出来ない。

 勝頼は信之の進言を受け止め、何か命令を下そうと頭を回し始める。


「御主らはこれより、百姓に化けて織田方の様子を窺って来い。

上杉との合流が遅れることは確定事項ゆえ、総攻撃をかけるのも遅れてしまう。

その間に織田が動こうとすれば我らと北条だけで彼奴らを包囲するしかない」


 ゆえに動向を探るべく今から偵察に向かえ。

 勝頼は二人にそう命じて、目付け役――と云うよりは世話役に歴戦の草を一人つけ兄弟を送り出した。


「源二郎、大丈夫か?」


 本陣を出発して人気の無い場所にまでやって来たところで信之がそう語り掛ける。

 耳に痛いほどの沈黙に耐えられなかったのかもしれない。

 世話役の草も勝頼に呼び寄せられた際に事情を聞いたので沈痛な表情で黙り込んでいる。


「その……拙者自身も、何を云えば良いかは分からぬ……お前と同じだ源二郎」


 立ち止まり、俯いて立ち尽くしてしまった信繁に信之はどうすれば良いか分からなかった。

 しっかりしようと務めているものの、信之とて年自体は変わらないのだ。

 親を喪ったと云う境遇も同じで、こんな局面でパーフェクトに振舞えと云う方が酷だろう。

 見かねた草が信繁に近付き、優しくその肩を叩いた瞬間だった。


「え」


 信繁は懐に忍ばせていた短刀を以ってその心臓を貫く。

 間抜けな声を上げ何が起こったか分からぬ顔で後退する草に、


「――――じゃ、俺らは此処で抜けるんで」


 そう云い放ち今度は太刀を以って容赦なくトドメを刺した。

 その際、顔に浮かんだ笑みは母昌幸のそれにそっくりだ。

 軽く刀を振るって血を飛ばし納刀したところで信繁はふぅ、と溜息を一つ。


「兄上、砥石に行こうか」


 昌幸の死に次いで弟の乱心。

 完全に停止してしまっていた信之だが信繁の言葉に反応を見せ顔面が蒼白に変わる。


「げ、源二郎……お、お前……い、一体何を!? は、母上の仇を取らんがためにこのような暴挙に出たのか!?

馬鹿な! このような短慮、勝頼様にどう申し開きをすれば良い?! 何てことをしてくれるんだ!!」

「仇も何も母上死んでねえし、つかこのまま勝頼と一緒に居ちゃ逆に俺らが危ねえと思う」

「は、母上が死んでいない!? お前は……お前は一体何を……!」

「ま、道中説明してやるから急いで此処を離れようや。気配が俺達以外に無いことは確認済みで斬ったとは云え不安だしな」


 云うや信繁は本来行くべき方向の東から北西方向へと駆け出した。

 どうすれば良いのか少し逡巡する信之だったが、


「……ええい! どう云うことなのだ!?」


 直ぐに弟を追って走り始めた。

 信繁の母は死んでいない、と云う言葉があまりにも自信に満ちたものだったから。

 己の知らぬ何かを本能で感じ取ったのだ。


「源二郎、母上が生きていると云うのは……」

「いや、だから謀反を起こしたのは室賀じゃなくて家の母ちゃんだろって話だよ」

「……気でも狂ったのか?」

「バーカ、狂ってねえよ」

「母上が謀反を起こすなどあり得るか!!」

「まあ砥石に行ってみりゃ答えは出るだろうぜ。いやまあ、俺も確たる論理の下にってわけじゃねえから自信ねえけどさ」


 昌幸が裏切っていたとして、今まで見せていた顔が総て偽りだったとして。

 その仮定ありきでならば昌幸の考えていることにも予想がつく。

 しかし信之の反応を見れば分かるように武田の人間にとっては信じられないことなのだ。

 それゆえ結局のところ判断基準は、


「勘か!?」

「勘だよ」


 一応、たまに母親に違和感を覚えていたと云うのもあるのだがそれだって錯覚かもしれない。

 ゆえに信繁はそのことには触れずに勘だと云い切った。


「勘でこんなことをしでかしたのか!?」

「そう云うこと。外れていたら母上は殺されてるってことだし砥石城で大暴れして討ち死にしようぜ?」


 どうせ後戻り出来ねえし、そう云ってゲラゲラ笑う信繁を見て信之は思った。

 今まで気付かなかったが自分の弟は結構やばい。

 身近で常に一緒に居た弟の中身にすら気付けなかったのだ。

 ひょっとしたら昌幸も……そんな考えが脳裏をよぎるのは当然の帰結だった。


「お前と云う奴は……拙者は胃が痛い!」

「はいはい。それより、母上の謀反が真実だとして。先ず室賀の謀反であると伝わったと云うことは……だ」


 自分達が上手くやって勝頼から離れ、砥石を目指せるようにとの意図だろう。

 無論それだけではないだろうが子供への情も確かにある。

 だからこそ信繁は思った。

 昌幸ならば今の状況も読んでいるはずだと。

 だから、


「……やっぱり!」

「ど、どうした源二郎?」

「ほれあそこ、馬繋いである」

「? 本当だ……何故、このようなところに……」

「俺らの――ってより俺か。俺の行動を読んで事前に母上が用意してたんだろうぜ」


 木に繋がれた馬に駆け寄り確認すると紛れも無い軍馬だった。

 一頭しかないものの、二人乗りすれば問題はない。


「兄上、手綱を頼む。俺は一応、何かあった時のために背後を警戒してる」

「……うむ」


 昌幸が謀反を起こしたとして、だ。

 どうして大恩ある武田を裏切ったのかと云う疑問が信之にはあった。

 義理堅い人間であるがゆえにハッキリ云ってしまえば赦せないと云う気持ちがある。

 幼少の頃より武田で人質とは思えぬほどに良くしてもらっていたから余計に。

 だからこそもしも謀反を起こしていると云うのならば真意を問い質さねばならない。

 静かにそう決意し、繋いでいた縄を脇差で断ち切り馬に飛び乗った。

 そうして二人は後のことなど考えず昼夜を問わず少しの休息を挟みながらも全力で馬を飛ばし砥石城付近にまで辿り着く。

 それなりの距離があったものの、しかしまあ限りなく最短に近い時間で辿り着けたと云えよう。


「……源二郎、此処からどうする? 正面切って訪ねるのか?」

「ふわぁ……」

「欠伸をしとる場合か!」

「いやほら、もう深夜だし流石に疲れたんだよ俺」

「戯け! もし母上が謀反を起こしていなかった場合、暴れると云ったのはお前だろう!?」


 こんな状態ではとてもとても。

 信之としては一旦、見つからぬような場所で休息を取ってから考えようと云うつもりだった。

 しかし、


「――――御待ちしておりましたぞ」


 黒装束の闖入者によって遮られてしまう。


「何奴!?」


 と、信之が刀を抜き切っ先を突きつけるも突きつけられた側は平然としている。


「……兄上、その人出浦昌相じゃないか?」

「出浦……確か、甲州透破の棟梁を務める……? 前に遠目で一度だけ見たことはあるが……いや、確かによく見れば……だが、何故此処に……」

「殿が――――御兄弟の母君が御待ちです」


 刃を外し、すたすたと歩き出す昌相に唖然とする信之とあっさり着いて行く信繁。

 信繁にいたっては飯とか用意してあるの? などと聞いている始末だ。

 真面目なお兄ちゃんは不安とか諸々の感情で胸いっぱいなのに酷い弟である。


「母君は奥で御待ちしておりますゆえ、俺はこれにて御免」


 あっさりと城に通されて城主が使う部屋の前で二人は放置された。

 昌相も色々と忙しいのだ。


「……どうする、源二郎?」

「決まってる」


 不敵な笑みを浮かべ信繁は勢い良く戸を開け放ち、


「真田源二郎信繁! 並びに真田源三郎信之! ただいま帰り申した!!」

「アホかお前は!?」

「いやいや、母親に帰宅の挨拶するのは当然だろ?」


 そして手洗いうがいも、と云うのはさておき。

 またもやコント染みたやり取りが始まるかと思いきや、クスクスと云う笑い声が二人の耳に届く。

 薄暗い室内、蝋燭の火に照らされて闇に浮かび上がったそれは……。


「――――おかえりなさいまし、我が子を殺さずに済んで何よりですわ♪」


 二人が知らない母の顔だった。


「見てくださいこれ、完全に謀反起こした顔ですわ」


 そんな信繁の感想を否定出来ない信之であった。

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