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偽・信長公記――信長に転生してエクスカリバー抜いて天下布武る俺――  作者: 曖昧


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47話

 織田信長率いる侵攻軍が甲斐に攻め入って一週間。

 ようやく怪しまれないための偽装防衛戦が終わりを告げ、二方面に向けて撤退を始めていた。

 その報告を海津城で受けた昌信はいよいよだと己の頬を張り活を入れる。


「……ギリギリまで悟られぬように上杉も北条も未だ軍を動かしていない、此処からは時間が肝になるな」


 万一織田に気取られでもしたら乾坤一滴の策はパーに終わる。

 それゆえ、謙信も氏康もギリギリまで軍を動かせない。

 あくまで緒戦で総崩れになったと見せ掛けることで躑躅ヶ崎館を前線拠点として使用させ、織田に武田狩りをさせねばならぬのだ。

 北条は武田側から寄って行っていることもあり、比較的早く合流出来るだろう。

 問題は北方方面、つまり自分達だ。


 謙信ならばどうするか、信玄の愛弟子として共に謙信とも渡り合って来た昌信だ。

 軍神が軍を動かすタイミング、海津に現れるタイミングを予想する。

 恐らくは昌幸が砥石城に兵を率いて入城してから半日、或いはもう少し早いか。

 それぐらいで上杉の軍勢が此方で確認出来るであろうと予想している。


「第六天魔に目にものを見せてくれるわ」


 昌信は自信があった、確実に信長を出し抜けると云う確信が。

 殆ど総力戦の体を装っていたのに、逃げ弾正高坂昌信が参戦していない。

 しかし、それは海津城に籠もっているから。

 つまり武田はこの総力戦の最中に上杉への抑えを外せないほどに警戒していると云うこと。

 怪しまれることもないし、上杉への警戒も疎かになるだろう。

 誰が想像出来る、織田信長を仕留める乾坤一擲の策を以ってこの一戦に限り完全に協力しているなどと。


 信玄が死去したと云う虚報や、これまでの反信長勢力のぐだぐだ連携。

 連戦連勝で快進撃を続ける織田家は浮き足立っている。

 それは信長を、織田を見張らせていた間諜の報告でも確かだ。

 武田との決戦に向け出陣する前日のこと。だと云うのに信長は大々的に茶会を開いたと云う。

 その席で彼はこう云い放ったそうだ。


『信玄亡き武田、何を恐れるものか! 皆、ゆるりと攻めようじゃないか! 我らの勝利は確定している!!』


 さんざっぱら武田へのディスと驕りっぷりを露呈している。

 ありとあらゆる要素が昌信や武田勢に光明を見出させていた。

 何と残酷なのだろうか、下手な希望を持つからこそ蹂躙されてしまった際の絶望はより色濃くなってしまうのに。


「此処が貴様の桶狭間よ」


 ニヤリと笑う昌信だが、真に目が曇っているのはどちらか。

 今引き合いに出した桶狭間こそ信長の恐ろしさが滲み出ていると云うのに。

 何年にも渡って辛抱強く己を偽り続けて、完全に今川を油断させたと云う実績があるではないか。

 いや、昌信や他の者達を責めるのは酷か。あの時とは状況が違うのだから。


 かつての織田は大国に呑まれ消え果てる寸前、風前の灯火の如き小国。

 しかし今はこの日ノ本で単独勢力で一番大きい大国。

 しかも反信長包囲網が始まってからも敗北らしい敗北は金ヶ崎の一度だけ。

 そりゃ各方面、局地的な戦では負けることも多々あっただろう。

 それでも全体を見れば破竹の勢いで各勢力を破って来ている。

 慢心しても不思議ではない――いや、慢心していてくれと願ってしまうのが人情だ。


 本人達に自覚は無いだろうが、彼らは昌幸が偽りの救いをチラつかせるまで絶望の淵に居た。

 明確に自分達を滅ぼさんとしている信長。

 唯一信長に対抗出来る可能性を持っていた信玄は病に臥せっている。

 家督を継いだ勝頼は決して無能ではないものの信玄には劣る。

 真綿で首を絞められるようにじわりじわりと追い詰められて気付かぬうちに断崖の淵へ。


 そこで昌幸が成功すれば未来が望める策を囁いた――悪魔の如くに。

 そうすることで、彼らの中に何とかなるかもしれないと云う想いが芽生えた。

 溺れる者はの格言通りである、彼らは一目散に藁を掴んだ。

 変に現実味のある可能性だからこそ、小さな不安要素に目を瞑り自分を奮い立たせるのだ。

 信長は慢心していると思いたいと云う心の動きに気付けないのがその証左である。

 慢心していてもおかしくない状況じゃないか、どうか慢心していてくれ。

 自覚症状があるならばまだしも、無いのがこの策の悪質なところである。


 仮に自覚がある者が居たとしても、だ。

 この状況で他に何が出来る? 昌幸が提示した以上の策を提示するか?

 ならば警告をしたところで徒に不安を煽るだけ。

 士気と云うプラス面を鑑みて不安ではあるが此処は目を瞑ってしまう。

 そんな心の動きまで読み切って天使の顔で手を差し伸べたのだから昌幸も性質が悪い。

 とは云え昌幸からすれば、


『良い手本がありましたので』


 なんて云ってさらりと信長に責任転換をするだろう。

 人心を利用する、心の動きを織り込んで行動すると云うのは信長の十八番だ。

 昌幸はそんな彼を心の教師として、初めて会ったあの日から自分を磨き続けたのだ。

 とは云えこれはあくまで武田家中の人間だからこそとも云えるが。

 信長は人も場所も選びはしない、しかし昌幸は限定的。

 信頼を勝ち取り、尚且つ家中の人間についてもよーく知っていたからこそ出来たのだ。


「ふむ……そろそろ昌幸も砥石に辿り着いたかな? いや、あ奴のことだ。某の予想よりも早くに辿り着いているかもしれぬな」


 そんな表裏比興っぷりを知らない昌信は、頼りになる妹弟子を想ってニヒルな笑みを浮かべていた。

 何ともやり切れないが、これも戦国の習いか。

 弱さは悪で、騙されるのも悪。強く在らねば、偽りを見抜けねばただ淘汰されるのみ。

 何とも無情感漂う時代だ。


「昌信様! 砥石の城代である室賀殿より文とこの巾着が届きました」

「室賀から?」


 真田家不在の砥石城を任されている正武については昌信も知っている。

 しかし文? はて、と首を傾げながら中身を検めた瞬間――――その顔色は蒼白に染め尽くされた。


「昌信様?」

「…………室賀、正武ッッ!!」


 信玄を手土産に織田に降ることに決めた。

 ついては織田方の勝利まで上杉を食い止めろ。

 さもなくば自棄になって信玄に酷いことしちゃうよー!?

 長々と書かれているが書の内容を要訳するとそんなところだ。

 血管がブチキレそうなほどの憤怒に身を焦がす昌信だが、


「! いかん、昌幸が危ない!!」


 頭の良い人間だから見事に誘導に引っ掛かってしまう。

 未だ謀反が起きたことを知らず昌幸は砥石に入城してしまう。

 正武も防衛力が欲しいから二万の兵を引き入れたいはず。

 そのためには謀反を知らぬ昌幸を招き入れ秘密裏に暗殺し兵の指揮権を奪うはずだ。

 何も知らず、従うだけの兵達は正武に反乱を起こすなど期待出来ない。

 北へ逃れて来る将が昌幸だけである以上、柔軟な行動を期待する方がどうかしている。


「いや待て……その巾着袋は何だ?」


 中身を開けた瞬間、昌信は言葉を失う。

 少し大きめ巾着にみっしりと詰まっていたのは艶やかな黒髪と髪飾りだった。

 毛髪だけでは分からなかっただろう。

 しかし、この髪飾りは髪飾りを見れば誰の毛髪か。

 そしてその者がどうなったのかは嫌でも分かってしまう。


「お、おぉお……!」


 昌幸は女の身でありながら、女性らしさとは無縁だった。

 色鮮やかな着物も、煌びやかな飾りも、何一つとして持っていない。

 質実剛健を体現するその振る舞いには昌信も好ましさを感じていた。

 しかし昌信は兄弟子で、昌幸は妹弟子。

 妹分のあまりの飾りっ気のなさに何時かこう云ったことがある。


『たまには髪飾りの一つでもつけてみたらどうだ? 何なら某が買うてやるぞ』

『御気持ちはありがたく。しかし、武士として生きると決めたゆえ。女としての気遣いは無用に御座います』


 と、何時もの真面目ぶりで断られてしまった。

 好感を抱きつつも堅物だなぁ、もう少し柔らかく生きれば良いのにと思ったものだ。

 しかし何時だったか、そう信玄が信長に会いに行くと昌幸をお供に甲斐を旅立ち本懐を果たし帰って来た時のことか。

 昌幸が髪飾りをつけているのを目撃し驚きながらも問うてみると、


『……御館様が、私のためにと京で買ってくださったのです』


 はにかみながら、本当に本当に嬉しそうに笑ったのだ。

 それ以来、やはり女らしさはあまりないもののその髪飾りだけは何時も着けていた。

 素敵な髪飾りだ、似合っていると誰かが褒めると嬉しそうに御館様に買ってもらったのだと笑っていた。

 普段真面目一徹な彼女が、髪飾りのことに触れられる時だけは本当に年頃の乙女のように。

 戦場では着けていないものの、肌身離さず持っていることも知っている。

 死ぬ時はせめてこの髪飾りと共にと云っていたから。

 そんな髪飾りが此処にあると云うことは……。


「……すまぬ、すまぬ昌幸……!」


 ポロポロと涙を流す昌信。

 首を持って来なかったのは、首と云うのは割りと大きいから。

 此処へ辿り着く前に万が一にでも露呈せぬように、自分が一番に知るように。

 頭が回る人間の悲劇だ、勝手に理屈をつけてしまえる。

 昌信は妹弟子が失意の死を迎えたことに罪悪感を抱いていた。

 せめて自分が正武の謀反にもっと早くに気付き、そして昌幸を途中で止められたら。

 あまりにも突然ゆえ、そんなことは無理だと分かっていてもそう思ってしまうのだ。


「(どうする……某は、どうすれば良いのだ……?)」


 最早残されている時間は少ない。

 兵は何時でも動かせるが、決断するのならば早くせねばならない。

 下手な行動を取れば信玄がどうなるか。

 死ぬのは避けられないのだとしても、その死に様まで穢されてしまえば。

 どうする、どうすれば良い? 昌信の葛藤が続く。


 武田の御家と云う観点で見るならば無視して謙信と共に砥石に攻め入ってしまえば良い。

 しかし、それでもあちらには二万の兵が居る。

 それを信玄が率いることが、一つの重要な点だった。

 いや、違う。昌信にとっては策の成就なんてものはどうでも良いのだ。

 それよりも何よりも優先するべきは信玄。


 決して勝頼を軽んじているわけではない、信玄が重過ぎるだけ。

 信玄ならば自分など無視して侵攻してくれと云うだろう。

 だが、ことがことだけに分かっていても心の踏ん切りがつかない。

 せめて信玄の口から直接自分を無視しろと云ってくれるのならば。


「……糞ッ!!」


 体感時間ではこれでもかと云うほど長い葛藤の末、昌信は結局信玄を優先した。

 信玄を優先し、上杉への抑えを果たすと決めた。

 そう、この絵図を描いた者の思惑通りに。

 余人は利害損得のみでこの行動はおかしいと思うかもしれない。

 しかし、人間と云うのは理屈の生き物であって理屈の生き物にはなり切れない。

 どん底に堕ちた自分に手を差し伸べてくれた大切な誰かを優先してしまうのだ。

 利害損得よりも、決して明るい未来が無いことは分かっていても。

 さて、彼を八方塞の状況にまで追い込んだ元凶はと云えば――――。


「ふぅ……さっぱりしましたわ」


 砥石城内の人目につかない場所で、清清しい顔をしていた。

 情報操作の一環で髪を切り落としセミロングになったことで頭が軽くなりすっきりしたらしい。


「何が『さっぱりしましたわぁ♪』――――だ! まったく、わしを利用するなど……」

「まあまあよろしいじゃありませんか、正武。どうせわたくしの存在を明るみに出せばあなたのことなんて忘却の彼方」


 一番悪名を被るのは自分なのだから細かいことを気にするな。

 大体、最初に正武が謀反を起こしたと知らせるのも策の一環。

 納得したんだからこの期に及んで愚痴愚痴云うんじゃねえよ。

 昌幸はケタケタと笑いながら正武の器の小ささを揶揄する。


「信玄教の教祖殿や軍神の怒りを一番に買うのはわたくしになるわけですしぃ?」


 昌幸の読みでは昌信は死なない。

 昌信は命令通りに全力で上杉を抑えはするだろう。

 その上で謙信側に事情を伝え、どうか全力打ち破って行ってくれと云うはずだ。

 信玄教の教祖ではあるし、信玄が最優先。しかし、武田の存続も信玄の願いであることは分かっている。


 だが自分の手で引き金を引き信玄を無残な目に遭わせることが出来ない。

 それゆえ、謙信に頼むのだ。身勝手で中途半端と思うかもしれないが追い詰められた人間ゆえしょうがない。

 そして謙信はその通りに海津を落城させるだろうが、その際に昌信は助命するはずだ。

 謙信かどうかは分からないが上杉家中の者は助命を進言するだろう。

 昌信は後を追おうとするかもしれないが説得し戦列に加えることは想像に難くない。


 信玄に引導を渡す役目は自分が担う。

 さりとて直ぐに後を追うのが償いか? 信玄を罠に嵌めた者らに復讐するのが筋だろう。

 などと説得する材料は幾らでもあるのだから。

 逃げ弾正高坂昌信はそれだけ価値のある人間だ。


「フン……それより御主、源二郎と源三郎を連れて来なくて良かったのか?」


 正武が思い出したように子供らの名を呟く。

 源二郎と云うのは真田信繁、幸村と云う名で有名な彼だ。そして源三郎はその兄真田信之のことである。

 二郎三郎で順番おかしくね? と思うかもしれないが史実でもこうなのだからしょうがない。

 彼らはまだ十二と云う若年の身でありながら勝頼の近習として戦に参戦している。


「御主ならば怪しまれることもなくあの童らを砥石に避難させられたであろう? 親兄弟だけではなく息子まで殺すのか?」

「はぁあ……」

「何だその深い溜息は!?」

「最初にあなたを謀反の首謀者に仕立て上げたのは後に武田軍を混乱させると云う意図だけではありませんわ」

「……息子らの脱出、その機会を作るためか?」

「ええ、その通り。昌相は実に察しがよろしいようで」


 クスクスと笑う昌幸だが、昌相には根本的な疑問があった。


「……息子らは殿の策について知っているのか?」


 知らなきゃ虚報を利用して脱出など出来るわけもない。


「それは知りません。どころか、そうと分かるようにこの顔を見せたこともありませんわ。精々がちょっと違和を抱く程度?」


 しれっと云ってのける昌幸――これでも二児の母である。


「うぉおおい!? それでええのか!? どう考えても無理であろうが!!」

「やかましいですわね。正武、あの子らを誰だと御思いで?」


 傲然と胸をそびやかし、惚気るように昌幸はこう云い放った。


「仮にも表裏比興の毒婦と第六天魔が子、これぐらいは看破するのが当然」


 出来ねば次代を担う資格はなし、つまりはそう云うことだ。


「ま、源三郎は真面目だから気付かないかもですけどぉ……源二郎は多分気付きますわ」

「と云うことは御主、弟に家督を?」

「まさか。乱世であるならば源二郎を選ぶかもしれませんが、治世においては源三郎一択。補佐に源二郎をつければ完璧ですわ」

「乱世が終わると?」

「ええ」


 そりゃ当然だ。


「――――わたくしの旦那様が終わらせますもの」

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