31話
信長帰還より一週間、遠征していた藤乃らも帰還しようやく織田家オールスターズが揃った。
金ヶ崎でしてやられたものの、京で打った信長大芝居もあり士気はむしろ高い。
後者がなければ前者のそれで士気は低かっただろう。
しかし、後者の大立ち回りがあったおかげで前者の敗戦もプラスに転じる。
よくもやってくれたな、必ず滅ぼしてやる――と。
「さぁて諸君、些か予定は狂ったが反信長包囲網が始まったわけだ」
こくりと、闘志漲る顔の家臣らが強く頷いた。
やる気があって結構、この調子ならば大丈夫だと信長は笑い話を進める。
「ついては、各方面軍を結成するつもりだ。
名を呼ばれた者は方面軍の総司令官として万単位の兵を抱えてもらうぜ。
それに伴い城持ちにもなるが、まあそこはお前らを信用してる。上手いことやってくれや」
当然、給料として知行地は与えられている。
しかし城持ちになれるほどの大領土を与えられている者は未だ居ない。
この時のために、そしてこれからのために温存していたのだ。
だからこそ、城持ちになれると聞いて家臣らが沸き立つのも無理はない。
「ちなみに方面軍、その役割は分かるな? 勝家、云ってみろ」
「ハッ! 無論、攻略出来るのならば各方面軍で敵対している勢力を攻略する。ないしはある程度削り取る。
しかし、出来そうにないのならば本軍――つまり、信長様の動きを阻害させぬよう邪魔をすること。
他勢力同士の連携が成らぬよう、包囲網を歪にするために尽力することを念頭に置いて動く」
軍事方面では流石に頭の回転が速い勝家、ずばり正解だった。
「その通りだ。じゃあ、名を呼び始めるから静粛に聴けよ。先ずタッキー!」
「はっ!」
「お前は浜松に入って武田に当たれ、徳川殿と一緒にな。お前が自力で勝ち取った領土はそのままお前のもんだ」
とまあ、他の家臣らは羨ましそうにタッキーを見ているのだが本人は微妙な顔だ。
「どうした?」
「ああいや、無論領土も嬉しいのですが……その、どちらかと云えば功あらば珠光小茄子などを戴ければなぁ……と」
「……分かったよ、考えといてやる」
「ありがたき御言葉!!」
ヒャッホー! と今にも小躍りしそうなタッキー。
茶器のプレミア化を進めた信長は表面上は迷う素振りを見せて惜しさを演出したものの内心ではラッキーと思っていた。
家臣らも珠光小茄子、と目を剥いているのでタッキーだけが特別と云うわけでもない。
いやまあ、それでもある程度はタッキーにも領土を持ってもらわねば困るのだが。
「次、光秀! お前は坂本に入ってもらう。足利と波多野、本願寺がお前の役割分担だ」
他と比べて多くはあるものの、波多野は小規模の勢力だ。
そして足利に至っては最早実態は無い。
信長が京より脱した後、藤孝があの手この手で云い包め義昭を毛利へと追い出した。
今、京を実質取り仕切っているのは藤孝で、彼は織田の人間である。
とは云え馬鹿が何をするか分からないのでその警戒を、と云う意味で足利の名を加えたのだ。
本願寺にしても本拠地が近くはあるが、連中は飛び飛びであちこちに点在しているので巨大と云うわけでもない。
後で語るが、他の人間も補助に回らせるし光秀の器量ならば問題はないだろう。
「御任せあれ」
城を貰ったこと――と云うよりも方面軍の司令官に任命されたことの方が光秀には大きかった。
何せそれは信長に認めて貰ったと云うことに他ならないから。
「次、佐久間。お前は鳴海に詰めて貰う。伊勢・長島方面……ようは本願寺の糞坊主共を頼む奴らの本拠ではないが影響が色濃いからな」
「承知致しました。必ずや殿の期待に応えてみせましょうぞ」
ふんす! と鼻息も荒く頷いてみせる佐久間に信長も思わず笑顔になる。
良い、実に良い気合のノリだ。これなら戦果も期待出来ると云うもの。
まあ、本願寺に関しては信長も援護射撃をかますつもりなので心配はしていない。
「此処から名前を呼ぶ奴は内定だ、まだ拠点となる領土が手に入ってねえからな。藤乃、長秀、勝家!」
『ハッ!!』
「浅井を攻略したら藤乃には今浜城を、佐和山城には長秀に入ってもらう。役割分担はまた後でだ」
そして何よりも重要なのが勝家だ。
「勝家、お前には朝倉を滅ぼしたら越前を任せる。
北ノ庄城に詰めて対上杉への押さえとして頑張ってもらう……多分、此処が一番キツイぜ」
「信長様の御期待に添えられるよう、某、骨身を砕き職務に邁進致しましょうぞ!!」
「頼もしいな……藤乃、お前は当面勝家の補助だ。状況状況で他所へも行ってもらうがな」
「分かりました。信長様と離れるのは辛いですが、でもまあ今浜ならさして岐阜とも離れていませんし我慢します」
「可愛いこと云ってくれるぜ。長秀、お前はもっと自由に動いてもらいたい」
ようは便利屋だ。
信長の指示に従い臨機応変にあちこちへ転戦する――万能系の長秀ならではの人選である。
藤乃も同じなのだが、位置的に上杉が近いので今のところは上杉と限定しておいた。
「…………謹んで拝命致します」
相も変わらず仏頂面だが、その下には闘志の炎が燃えていることを誰もが知っている。
そろそろ長い付き合いになって来たのだ。
長秀は感情表現が下手でもその実、熱い男だと云うことぐらいは理解している。
「うむ。で、四国方面の抑えは半兵衛を抜擢するつもりで居るが……何処を拠点にするかがな」
決まっていないのだ。
本願寺の領土を抉り取って雑賀城か岸和田城を橋頭堡にするのか。
或いは雑賀城と岸和田城を取った後で、更にそこから四国の三好領土まで食い込みそこを拠点にするのか。
「ま、取らぬ狸の何ちゃらだしとりあえずは目先の問題を片付けていこうか。ただ、覚悟だけはしといてくれ」
「無論。信長様の御期待を裏切るような真似は決して致しませんとも」
「ありがとよ。とりあえず、以上で各方面軍の司令官人事は終わるが……」
増やしたり、或いは別方面への移動などもあり得る。
それだけは忘れないでくれと云い含め方面軍関連の話題は一旦打ち切った。
「さて、此処から本軍――つまり俺が先ずどう動くかについてだが……池田ァ! 分かる?」
「(何で名を呼ぶ際に語気が強くなるのだろう……怒ってるわけじゃないのは分かるけど……)浅井、朝倉ですな?」
素朴な疑問を抱きつつも、自信満々に云ってのける池田ァ!
しかし、
「と、思うじゃん?」
信長は悪童の笑みを浮かべてそれを暗に否定した。
「どの勢力も俺は先ず彼奴らをぶっ潰すべく動くと思うわな?
そりゃそうだ、裏切られた挙句に死に掛けたんだから――――でも敢えてそこは外す」
「ならば何処を攻められるんです?」
藤乃も分からないらしく、キョトンと首を傾げている。
「俺が美濃へ帰って来た翌日、糾弾状をばら撒いたのは覚えているか?」
「ええ、寺社勢力に対するものですよね?」
寺社勢力には直接送り付け、領内や京へは立て札と云う形で糾弾状をばら撒いた。
『何故坊主が欲深にも領土拡大がために戦争を起こす?』
『釈迦が武器持て人を殺せと教えたのか?』
そんな寺社勢力の矛盾と堕落を指摘する内容が十数条にも渡っており、民にも理解し易いよう書かれている。
とまあ、此処まで説明すれば分かるだろう。
「京でも生臭は決して赦さぬって云ったからなぁ」
有限実行、信を得るためにも動かねばなるまい。
そして敵対する者にも教えてやらねばなるまい。
示威行動、俺に敵対すればこうなるのだと知らしめることで敵の士気を挫く。
そう云う意味でも早期にやっておかねばならないことがある。
「――――比叡山を焼き討ちする」
山を取り囲んで、誰一人として逃がさず皆殺しにする。
叡山には僧と僧兵しか居ないのだから皆殺しにしても問題はない。
それに、糾弾状の中に今直ぐ女や関係の無い者は追い出せとも書いてあったのだ。
仮に居たとしても出て行かなかった奴が悪い、追い出さなかった方が悪い。
皆殺しに際して寺社とは関係の無い者が死んでもそれは生臭坊主が元凶である。
「え、叡山を……焼く、ですか……?」
池田ァ! こと池田恒興が恐る恐る問い返す。
一部を除く多くの家臣も池田と同じく信じられないと云った顔をしているが無理もないこと。
一種の不可侵領域たる叡山を焼くなどと前代未聞の戦だ。
「織田が本気で天下統一を狙っている、その断固たる決意を知らしめる意味でも焼く。焼き尽くす。
勿論、理由はそれ以外にも色々とある。一つずつ説明していこうか」
先ず一つ、比叡山と云うのは山上に数多くの坊舎があり、数万の兵を擁することが出来るのだ。
って云うか既に武装化した僧兵がかなり詰めている。何時でもあちこちに攻め入れるように。
更に叡山は先の理由と北陸路と東国路の交差点にもなっており京都を狙う者にとって涎が出るほど美味しい場所なのだ。
「加えて浅井・朝倉攻略を見据えた上でも此処は潰しておかなきゃいけねえ。
奴らが叡山に立て籠もってみろ、僧兵と合わせてかなり厄介なことになるぞ。
俺達は勝ち続けなければならんのだ、いざ立て籠もられてどうにも出来ずに講和なんて笑えもしねえ」
軍事に明るい者はそれは確かに、と苦い顔をする。
どうしても非戦闘地帯、不可侵地帯と云う考えが強いがゆえに直ぐには思いつかないが指摘されてみれば正論だ。
「後、腐れ本願寺がうちの領土の連中も煽ってるみたいだろ?
糞坊主共はちょっと叩くくらいじゃ勢い止まらねえ、むしろ燃え上がっちまう。
だからこそ生臭に加担すればどうなるのか、民草にも教えておかなきゃならん。
分かり易く残酷な形でな、叡山を燃やしてあそこの連中を皆殺しにしてやれば本願寺や高野山も無関係じゃねえ。
末端の連中は逃げ出したりするかもしれねえな、ありがたい説法をして士気を回復させるにしても現実として皆殺しが起きた後だ」
どうしたって頭をよぎるだろう、。
叡山焼き討ちと云う揺るがぬ現実が。
老若男女問わずに一片の慈悲もなく皆殺しにされると云うあり得るかもしれない未来が。
「連中のお膝元ならまだ大丈夫かもしれねえが、うちの領土に居る連中は大人しくなると思うぜ」
本願寺の直近ではそこまで影響を与えられないかもしれない。
信長にしたって信者をどれだけ揺るがせられるのか予想が出来ないのだ。
それでも、信長の領内では大人しくなるだろう。でなくば真っ先に殺されるから。
大軍を以って比叡山を焼き討ちすることで意気を挫き、楽な方向へと流れさせる。
戦うよりも信仰を捨てて大人しく織田領内で暮らす方が良いのだと。
領民に手厚い信長だからこそ、逆らわねば大丈夫だと思わせることも出来る。
「領内向けの糾弾状には武装蜂起する信徒は我が民にあらずとも書いたしな」
今は鼻で笑って本気にしていないのかもしれないが、叡山を焼き討ちすれば冗談ではないと示せるだろう。
それでも大人しくならぬと云うのであれば領内の人間でも皆殺しだ。
領民は恐れ慄くだろう、だが同時にこれまでの実績がある。
民を手厚く護って来た実績が。だからこそ、悪いのは殺された連中だと信長自身の評判はそこまで下がらないだろう。
「今しかねえんだ、誰もが信長は真っ先に浅井・朝倉への報復に動くだろうと考えている今しか」
このタイミングだからこそ、奇襲は成立する。
叡山も織田と敵対したとは云え、直ぐに攻めて来るとは思っていない。
いいや、そもそも比叡山を攻められるとすら思っていないかもしれない。
織田が兵を準備させていても、それは浅井・朝倉に対するものだと思い込んでしまうだろう。
その状態で深夜の強行軍、一気に比叡山まで押し寄せる。
包囲された段階で、叡山が使者を飛ばそうとしても包囲されているので不可能。
他勢力――浅井や朝倉が軍の動きに気付いて救援を出そうにも深夜にいきなりだ。
兵をまとめて叡山まで行ったとしても総攻撃開始までには間に合わないだろう。
「筒井、松永と共同で合計三万の兵を以って深夜のうちに叡山の麓を包囲。そして早朝を待って総攻撃を仕掛ける」
山火事と云うのは実に怖い。
消化技術が現代とは雲泥の差である戦国時代だ、叡山を燃やせば凄惨な地獄が生まれるだろう。
しかしそれこそが信長の狙いだ。
名声はこれでもかと高まっている、此処で残虐性を剥き出しにしてもさして痛手ではない。
むしろ京での一件もあるから民草がために、天下に静謐を齎さんがために心を鬼にしたと捉えるだろう。
「信長様、一つ御提案が」
「何だ半兵衛?」
「速度が肝となる作戦、それは重々に承知の上。浅井や朝倉が気付き軍を動かす前に叡山を片付けると云うのもご尤も。
しかしどうでしょう、どうせならばもっと欲張ってみるのも悪くはないと思うのですが」
「ほう……申してみよ」
半兵衛の提案はこうだ。
深夜の内に信長が軍を率い叡山へ向けて出立。
そして時間を少しずらし日が昇る少し前に、美濃に残った兵を徳川軍と共に近江へ侵攻させる。
「朝倉は先の金ヶ崎で、最終的に勝利したとは云えそれまでに痛手を被っております。
叡山へ向けて援軍を出すとすればほぼ無傷の浅井だけではないでしょうか?
ゆえに手薄になる、そこを残された兵に徳川殿の軍勢を足して近江へと侵攻。上手く行けば簡単に幾つか城を奪える。
仮にその動きに気付き浅井が援軍を出さぬのであれば叡山攻略は容易い。
尚且つ、叡山での戦は一方的なものになり被害もさして出ないでしょう。
兵の中には罰当たりなことをしたと意気が消沈して来る者も出て来るでしょうが……」
そこは信長の腕の見せどころ。
上手いこと火をつけて士気を回復させ、一部は防備のため本拠へと帰らせ一部は近江へ。
「近江への侵攻軍の総大将として信長様が立ち、先に出ていた織田・徳川連合軍に合流し……」
「目にもの見せてやれ? ってわけだな」
一時的に本拠から兵が居なくなるし、叡山焼き討ちに参加していた者にとっては強行軍になってしまう。
しかしそれを差し引いても中々に有効な作戦だろう。
叡山が焼き討ちされれば浅井が期待出来る援軍は朝倉のみとなってしまう。
何せ寺社勢力が下手に手を出そうとしても焼き討ち直後だ。
混乱が広がっている中、兵をまとめて援軍に向かえるだろうか?
「末端の兵はただでさえ士気が低いのです、信長様が京で上手いことやってくれたおかげで。
その上援軍も来ないとなれば脱走兵なども出始めて浅井はガタガタだ。崩すのは容易いでしょう」
京より帰還して既に一週間経ったのだ。
あの時扇動した民草達による流言作戦は畿内は当然として近江や越前にも浸透している。
聖剣を不当に奪おうとした義昭が非現実的な方法で罰を受けたのだ。
であれば、聖剣の王信長に逆らった自分達もひょっとしたら……と恐れを抱いている
そのせいで士気は最悪、その上叡山が焼き討ちされて援軍が来ないことと信長の容赦のなさが知れ渡れば……。
「やる価値あり、だな」
大博打ではあるし、家臣達も不安と期待が半々と云った顔をしている。
それでも最初から包囲網の最初が一番キツイと覚悟はしていたのだ。
信長の意見に反対することもなく、むしろ細かい修正案を出し始める――何と頼もしい家臣達なのだろうか。
「ま、それはそれとしてタッキー、光秀、佐久間は直ぐにでも発ってくれ。本軍の方針も固まったしな」
こうして、織田家の逆襲が始まった。




