その97(コミュ障のあの子が異世界で。終)
もしかして、ネストールさん!?
私は、すぐさま後ろの男の姿を確認しようとした。
しかし、あまりに見事な拘束具合にどうしても振り向く事が出来ず、それでも諦めずに必死のエビ反りを続けていると、ようやくプルプルとした震えに気付いてくれたのか、背後の男が力を緩めてくれた。
背中から重みが消えて今度こそ顔を拝んでやるぞと意気込む私だったが、そのまま男に脇の下を持たれて起こされたので動くに動けなくなってしまった。子供にするみたいな起こされ方が、妙に気恥ずかしかったのだ。
それに、今の優しい手付きで振り返るまでもなくなってしまった。
そんな風に身動きが出来なくなった私の僧衣を、後ろの男はパンパンと払って砂を落としてくれた。
そして、されるがままに後ろを向かされた私は、やっとのことで彼の顔を確かめる事が出来た。
私を見て、私以上に驚いているネストールさんの表情がはっきりと見える。
農作業スタイルという事なのか、普段は輪郭に沿って垂らすだけだった前髪がオールバック的に纏められていて、広いオデコが見えているのがやけに新鮮だった。着ている服の方も完全に作業着という感じで、クリーム色の麻っぽい素材のシャツに足首だけが締まっただぼだぼズボンという格好。
随分と日焼けもしているようだし、何というかイメージにそぐわないというか、ネストールさんらしくない感じだと思った。
相変わらずのイケメン具合だし、ラフなお陰でモロに見えちゃってる首元なんかはもう絶品で、今手元に携帯が無いのが神に唾を吐きたくなる位心底悔やまれるんだけど、でも、何だか妙な感じなのだ。
やっぱり軍服が似合い過ぎてた反動なのだろうか?しかし、神殿で見た私服姿もカジュアルだなと思いはしたが、今ほどの違和感は無かった。うーむ・・・。
「・・・っ!」
あ、わかった!最大の違和感は、この表情だ。
ネストールさんと言えば冷静沈着の見本のような人で、ポーズで驚く事はあっても、こんなに感情を剥き出しにして驚くなんて事は無かった気がする。だからこその軍師ネストールだろうし、あれだけオルランドの人達に畏怖されたりもしたんだと思う。
だから、これにも何か意図があるのかなと勘ぐっていると、おずおずと伸ばされた彼の手が私の顔を両側から包み込んだ。
「なにゅっ・・・」
「ほ、本当にアカネ様、なんですか?」
「ほんにょおぉ?」
「ああ、本物だ。これは紛れもなくアカネ様の顔ですね」
「のにゅの!?」
タコ口状態になった私で本人確認すなーっ!
ぷんすかと手を振り回して抵抗すると、案外あっけなくネストールさんは手を離してくれた。だが、表情の方は未だ興奮さめやらぬ感じで、彼は勢い込んで腰をかがめると、私の顔を真っ直ぐ見つめて口を開いた。
「本当に、本当に無事でよかった。心配したんですよ?」
「う、うん。ごめんね・・・」
「いえ、貴女が無事でさえあれば、それで」
うう、こうストレートに喜ばれると胸が苦しくなってしまう。
リュカちゃんの元に残った事に後悔は無いけど、自分の身勝手で心配を掛けた事にはやはり罪悪感がある。
とは言え、ここまで素直に私の心配をしてくれるネストールさんは、嬉しいとかを通り越して逆に恐いというか、正直、信じられない思いだった。開口一番、憎まれ口の1つや2つは確実に飛んでくると思ってたのに。
でも、どう勘操ってみても、彼が私の無事を心底喜んでくれているというのが伝わってくるし、それに・・・。
「な、何も、泣かないでも・・・」
「はは、つい、気が緩んでしまいました。鬼の霍乱だとでも思ってください」
そう、冗談ぽく笑うネストールさんの目の端には涙が浮かんでいた。
流れ落ちる程では無かったけれど、彼がここまで感情を乱すというだけでも驚くべきことだった。
彼は胸ポケットに刺してあったハンカチで軽く目尻を拭うと、私に笑い掛けながら穏やかに続けて言った。
「なにせ、あれから4年も経っていましたからね。実のところ、諦めつつあったんですよ」
ああ、なるほど、そういう訳か。
そりゃあ、4年ぶりの再会ともなれば、常に冷静なネストールさんでも感情が揺れる事くらいあるだろう。
さっきからの彼の取り乱し様にも、これでようやく納得である。
うんうん。
「って、ええええっ!?」
組み伏された時ですら確保に成功していた葡萄をボトリと地面に落として、私は驚きの声をあげながら彼の方を見返した。
「やはり、分かっていませんでしたか。となると、ハクジャに一言文句を言いたいのですが、彼はどこに居るんです?一緒に居た筈ですよね?」
「う・・・」
ずいと、殺気めいた雰囲気を漂わせて一歩近づいてきたネストールさんから、私は一歩後ずさった。
それと同時に、ハクジャが「恐い」と言っていた理由に合点がいった。
推測するに、神殿から出た段階で、ハクジャは外の世界でどの程度の時間が流れていたか見当が付いたんじゃないだろうか。でもって当然、それに対してネストールさんが怒る事も予想出来ていた。だからこその、この中途半端な場所でのお別れだった訳で、つまり、早い話がアイツ逃げやがったなー!?
「ぬ、ぬぐぐっ・・・」
「で、どこに行きやがったんです、あの駄犬は?」
だが、幾ら唸ってみてもこの場には私とネストールさんしか居ない訳で、現状の打破は出来なかった。
私は、最後の手段とばかりに精一杯の笑顔を浮かべて彼に謝った。
「ごめんね(ニコっ)」
「・・・何だか、イラっとしますね」
効果はいまひとつのようだ。
ネストールさんは私の落とした葡萄を拾うと、それを手で弄びながら不満そうに私に言った。
「私だけが舞い上がって、貴女との再会を一人で喜んでバカみたいだ。そうは思いませんか?」
「そ、そんな事、ない」
「だとしても、貴女から見ればこの再会は数時間ぶりというところでしょう?」
「そ、それは・・・」
そんな事を言われても仕方ないじゃないか。
4年も待たせて心配させてしまったのは本当に悪いと思うけど、時間の経過に関してはリュカちゃんすらが分からないと言ってたし、不可抗力だ。さっきのハクジャにしても、どれだけ正確に把握していたかは怪しいところだし、どの道、事前には分からなかっただろう。
というか、そもそもの前提がおかしい。
私がネストールさんとの再会を喜んでいない訳が無いじゃないか。
不服に思って顔を上げてみると、一転して、非常に「らしい」目付きとなったネストールさんが私を見返してきた。唇の端が悪戯っぽく上がって、冷たそうに笑っている。
「そう言えば、アカネ様、この農場が私の家の所有だってご存じでしたか?」
「・・・?」
いきなり何を言うのかと思えば。そんな事を私が知っている筈が無い。
とはいえ、これは話の導入に過ぎないのだろう、ふるふると首を横に振った私に構う事も無く、ネストールさんは話を続けた。
「見渡す限りのこの田畑、元はオルランド領だったそうで、それを代々貿易を営む我が家が色々と策謀を巡らせて買い取ったのだと聞いています。私が軍部に居ながら外交を一手に引き受けていたのも、元を質せばその功績が由来しているんですよ」
「・・・・・・」
「分かりませんか?つまり、私は爵位こそ無いものの、なかなか良い生まれな訳ですよ。故に引く手あまた。むしろ、家柄だけが取り柄の古い貴族より余程家格は上です」
「・・・・・?」
「まだ分かりませんか?この4年間、そんな優良物件と言える私に、何も無かったと思いますか?私が、ただ貴女を待つだけだったと本当に思いますか?」
「・・・あ」
バカだ、私。
言われるまで思いもしなかった。
自分を取り巻く状況が変わる事。
待つと言ってくれた彼の言葉にも限度があった事。
私にはほんの何時間かの事でも、ネストールさんには長過ぎて、決定的に何かが変わってしまったんじゃないだろうか。
「ああ・・・」
せっかく組み上げようとしていた足場が、ガラガラと崩れていくようだった。
たちまち膝から力が抜けて、裸足の下でざらざらとあった土の感触もすっと消えて無くなった。
ぐらりと上体が傾いで、このままだと間違いなく葡萄の葉の中に突っ込んでしまうだろうなと思っていると、急に視界がネストールさんの顔で一杯になった。
前のめりになった自分の体が、抱き締めるように支えられているのに遅れて気付く。
「すいません、アカネ様。冗談が過ぎました」
「・・・?」
「実家が資産家なのは本当ですが、実際のところこの4年間、私はただ貴女を待つだけでした」
「・・・ほんとう?」
「ええ。貴女はちっとも私に会えて嬉しそうに見えなかったので、ですから少し、駆け引きをしてみたのです。某女氏からの助言にありまして、押すばかりでは女は逃げるもの、時には引くのも肝要とね」
「ダイアー・・・さん、だよね?」
「あれ、分かってしまいましたか。ですから、私は今も貴女が好きですし、出来る事ならずっと一緒に居たいと思っていますよ」
「・・・・・・」
「それと、軍も正式に辞めてしまいましたから、それなりに甲斐性があるんだぞというアピールも必要かと思いまして。ここの作物も、なかなかに好評なんですよ?」
「・・・そ、そうなんだ。葡萄、おいしかったもんね」
「は?それは蜜柑ですが・・・?」
「・・・ぷっ」
それで私は耐えきれなくなって、変わらないこの世界のいい加減さとネストールさんに笑って泣いた。
正しく泣き笑いの様相を見せる私にネストールさんは驚いた様子で、だけど、静かに見守ってくれた。
それにしても、まさかまだ流せる涙が残っているとは思わなかった。
驚きはあったけど、でも、この涙には沈み込むような悲しさは無かった。
私は心配そうな顔のネストールさんに笑って返して、そして十分に落ち着いた後、今度はこちらから質問を投げかけた。
「わ、私が今、何を考えてるか、分かる?」
「・・・それは、心を読めという事ですか?」
コクリと私が頷いたのを確かめると、ネストールさんは一旦は離れていた距離を詰めて、しばらくしてから私の顔を覗き込むようにして答えた。
「読めません。隠しているという感じでもありませんし、貴女が高度な精神訓練を受けたとも思えない。そもそも、まるで心の動きが感じられない。これは一体・・・?」
「ふっふっふ」
いつもは何でも知っていますって顔をしているネストールさんをやりこめるのは、割と楽しい事だった。今なら人前でマジックをしたがる人の気持ちも分かる気がする。
ただ、相当に反則気味なので、もし種明かしのコーナーがあったらお客さんからのブーイングは免れないと思うけど。
つまるところ、これがハクジャに叶えてもらった私の「願い」だった。
ネストールさんに私の心を読めなくする、という事。
今まで散々便利に使っておいて何なんだけど、いざ頑張って人間関係を築こうと決心してみると、彼の「心を読むという力」が厄介に思えたのだ。
周知の通り、私は弁が立たない。
だから自然とネストールさんに代弁して貰うのが当たり前になっていたし、実際、それが有効に働いた場面は多かった。でも、それに慣れきってしまったら、あらゆる場面で彼に頼るだけになって、「私が彼に伝える」という努力をしなくなると思うのだ。
リュカちゃんは、私達には他人を好きになる努力が必要だと言っていた。
自然と何かをして貰う、愛して貰う事が普通になって、ただでさえ恋愛感情が希薄な私が努力を怠ってしまったらどうなるのか。その危うさは彼女が我が身を以て教えてくれた。
ネストールさんの「読心」の力は、そういう意味で私にとって非常に厄介なものだった。
だって、あったら使わずにはいられないんだもの。
コミュ障の私にとって、あんなに便利なモノは他にない。
「ハ、ハクジャに、読めなくしてもらったの」
「ハクジャ・・・そういうことですか。しかし、何故そんなバカな真似を?」
「ば、ばか?」
「ええ、だってそうでしょう。読心は貴女にとっても大いに役立っていた筈だ。これからだって様々な・・・」
「ううん、違う」
確かに役には立っていたけど、でも、あれは全て本来なら自分の口で言わなきゃならなかったことだ。
これから誰かに何かを訴える時、ネストールさんに頼るよりも、何時間も掛かった末に上手く伝わらなくて文句を言われる方が自然な筈だし、きっとその後の関係は「私らしい」ものになっている筈だ。
これから誰かの告白に答える時、それすらも読心に頼っていたら、その後にも控える様々な問題を乗り越えられ無くなるだろうし、きっとそれは「私の恋」じゃなくなってると思う。
「こ、これからは、違う。わ、私がちゃんと言う、ちゃんと答える」
「アカネ様・・・?」
今すぐにでも目を背けたいけど、でも、今を逃すともう二度と、この勇気が沸いてくる事は無い気がする。
逆に今を頑張れたなら、次に言葉を口にする時は、もう少しだけ楽にいられる気がする。
だから、私は怪訝に見返すネストールさんの瞳を真っ直ぐ見つめ返して、彼の告白に答えるべく口を開いた。
「わ、わた、しは・・・」
言葉が震える。
でも、皆、こんなものだよね?
「ネ、ネストールさんの、ことが―――」
終わり
これにて「コミュ障のあの子が異世界で。」完結となります。最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。




