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その17


 ぱくぱくと、水中を漂う金魚のように、私が返すべき反応を失っていると、小声で王様に許可を求めてから、ネストールさんが、「もう少し補足しますと」と、言葉を引き継いだ。


「アカネ様に、正しく状況を把握して貰うには、過日のオルランド公国との戦についてもお話しておかねばなりません」


 未だに1万2千という言葉の衝撃が収まらない私は、そんなネストールさんの言葉に、とりあえずはそっちの方が分かりやすそうだと、耳を傾けた。


「そもそもの発端は、我がイグラード領内で大規模な鉱山が発見された事でした。鉄鋼の分野を今後何十年と支えるだろうとの試算が出されたその鉱山は、しかし、運悪く、地下の鉱脈が国境線を越える形でオルランド公国側へと伸びていたのです。そうして、権利を主張してきたオルランドとの軋轢が、ここ数年の小競り合いと、過日のハルテア大草原での衝突という形に結実した訳です。ちなみに、そのハルテア大草原での件ですが、我々が寡兵にてあの場に赴いたのは、オルランド側からのレーマ教の立ち会いの元に休戦条約を、という求めに応じての事でした。あれに関してはまこと、忸怩たる思いです。オルランドなどを信用すべきではなかった」


 珍しく悔しそうな表情を見せるネストールさんをよそに、私は、それでも途切れない滑らかな長口上の方にこそ、感心しながら、耳に届いた言葉を咀嚼していった。


 鉱山がどっちの国のモノかを争って戦争。

 もう少しそれらしく言えば、資源の利権絡みの軍事衝突という感じかだろうか? 元の世である日本でもニュースなどで聞く話だ。

 きっと今も、中東のどこかでは、油田なんぞを巡って、それに更には宗教問題なんぞも合わさって、専門家無しには何故争ってるのか皆目見当が付かないような、むずかしー理由で戦闘行為が起こっていたりするだろう。

 それを考えれば、ネストールさんの話はかなりシンプルな問題だと思えた。


「そうして、和平条約締結を控えた今も、南北の形で鉱山を挟みイグラード、オルランド間で睨み合っている訳なのですが、実はその鉱山を欲している国がもう一つありまして、それが、先ほど陛下からのお話にあった、西に位置する共和国、ドツイエなのです」


 ドツイエ・・・なんか今にも殴られそうな・・・。

 ともかく、そのドツイエって国が、さっきの1万2千とかいうアホな数の兵で攻めようとしてる国という事か。


「古くは、ドツイエ建国にはイグラードからの移民が数多く関わっていまして、そういった歴史的背景から、ドツイエはイグラードとの領地問題には非常に執着が強いのです。隙あらば、国境線を僅かでも上げよう、とね。そして、これまた運悪く、イグラードで発見された件の鉱山はドツイエとの国境線からも、そう遠くはありません」


 その鉱山、ぶっちゃけ、見つからない方が良かったんじゃ・・・。

 つまるところ、資源を巡っての三つ巴状態になりつつあるという訳か。

 しかし、オルランドとは和平条約を結ぼうという風に落ち着いた訳だから、ドツイエに注力してしまえば、何とかなりそうな気もするのだけど・・・。


「え、と・・・、ど、どつ、ドルビーデジタルサラウン・・・ちがっ」

「ドツイエに集中すれば、と言いたいのですか?」


 何故分かった?読心するには距離が離れすぎている筈なのに!?そして、ここで噛むな、自分!

 

 あっさりと、私の心を斟酌したネストールさんに、私共々、隣のキャンベル姫様も驚いてると、「あなたが分かりやす過ぎるのですよ」と一言置いてから、彼は言葉を続けた。


「我がイグラード王国の現有兵力は約9千5百。予備役の者まで含めて1万1千というところでしょうか。アカネ様の仰る通り、全軍を投入すれば、ドツイエ軍を牽制、或いは追い返す事も可能です」

「・・・・・・?」


 だったら、問題はシンプルに過ぎるではないか。何故、こうも、疲労困憊となるまで、ネストールさんが頭を悩ませなければならないのか?


「しかし、オルランドと和平条約締結を前にしても、まだ、それは結ばれた訳ではないのです。つまり、オルランドへの警戒は怠れず、そちらにも兵を割かざるを得ない」

「・・・・・・」


 三つ巴は、現在も継続中という事か。


「今は、イヴェルド山での救助や再建活動に注力しているようですが、ドツイエが挙兵した事は当然、オルランド側も察知している筈。もしもドツイエに兵力を集中してしまえば、それを好機とオルランドは再び攻めてくるでしょう。逆に、オルランド側に集中し過ぎても、ドツイエは今が好機と攻めてくるでしょう」


 八方ふさがりという奴では・・・?

 

 1国相手がやっとの兵力しか無いのに、2国を相手にしなければならない。それも同時に。これは、ネストールさんが徹夜な訳だ。


「そして、ドツイエとしては、イグラード、オルランド間での和平条約が締結してしまってからでは攻める機を逸してしまう。攻めるには、2国の緊張が最大に高まる締結式直前、そこを突いてくるだろうという軍部の予測、私もまったくもって同感です」


 以上です、と、王様に告げて席に戻ると、ネストールさんは口を湿らせるべく、ぐいと杯を煽った。

 ゴクリと喉仏を震わせてから、戻す視線と私の目がカチリとかち合う。私はそれに、いつかのような言い様のない挑発的な意図を感じて、髪を揺らせて顔を背けた。

 しかし、直後に「まあ、アカネったら、失礼ですわよ」と、姫様に、肩ごとグキリと姿勢を元に戻されてしまう。

 ダンスの時も思ったけど、力強すぎです、姫様・・・。

 

「という訳だ、アカネよ。この状況を踏まえて、お前には今後の身の振り方を決めて欲しい。そして、客人としてありたいのであれば、今後、こういった国の問題には一切触れさせない事を誓おう。無論、ネストールにも徹底させる」

「・・・・・・」

「それにな、今回はハルテアの時とは違う。もし悪い方に転がったとて、領地と鉱山一つが奪われるに過ぎん。お前の命はおろか、生活にすら、何ら変化は無い事だろう。だから、落ち着いて考え、結論を出して欲しい」

「・・・は、はぃ、あ、あの・・・」


 確かに、ここは戦場のまっただ中という訳ではない。差し迫った命の危機も無いだろう。

 しかし、それで「じゃあ、関係ないや」と割り切れるタフさがあったなら、私はこんな、喋る事にすら苦労するような生き様は晒していない訳で。

 正直、状況の説明など欲しく無かった。何も知らなければ、王様のゲストとして、ずっと気楽に過ごせたものを。

 

 かくして、小市民的保身の観点から、生粋の日本人である私には、こう返すしかなかった訳で。


「じ、時間をく、ださい・・・」


 小さくとも、何とか詰まらず言い終えられた、ぶっちゃけ「逃げ」なその言葉に、王様は鷹揚に頷き返し、横のキャンベル姫様も「しっかり考えなさい」とばかりに、小さく頷いた。

 

 が、正面にいるミルナーは「うまく逃げたな」とばかりにニヤニヤ笑っているし、やや遠く、斜めに座るネストールさんは、言わずもがなの穏和な笑みを浮かべていた。ただし、その顔色は真っ白で、吸血鬼めいた迫力に溢れていたが。


 和平条約締結まで、あと約一月。

 こういう時、普通の人はどう考えるのだろうか。

 考える時間が一月もある?

 考える時間が一月しかない?

 私は、こう考える。

 考えるのは、一月後にしよう、と。


 かくして、静かに終わった夕餉からの帰り道、強く、明日からは自室に引きこもろうと心に誓っていると、それを打ち払うかのような力強さで、私の肩にネストールさんの手がガシリと置かれた。


「言い忘れていましたが、アカネ様、明日からは私が付き添いますので、お知りになりたい事は何でも聞いてください。考える材料は幾らあっても足りないでしょうからね。無論、ちゃんと考えるのなら、ですが」

「っ!・・・は、はは」

「ははは」


 だ、ダメだ!心が読まれてしまう。別の事を考えねばと、私はとっさに、某狩りゲームのG級素材一覧表を思い浮かべた。


「ほっておいたら、自室から出ないつもりでしたね?」

「ぐっ・・・」


 しかし、効果がなかった!

 

 それにしても、何故分かったのだろうか。


「読心は前にも言った通り、大したものじゃないんですよ。あなたの場合は、顔に出易過ぎるんです。ほとんど表情から読みとっていると言って良い」

「・・・・・・」


 そして、空いている方の肩にぽんと、ネストールさんとは違う手が掛かる。


「残念だったな、アカネサタニ。ま、じっくり、そこの根性曲がった軍師殿に教えて貰うんだな」


 その手の持ち主であるところのミルナーは、それだけを言い置くと、ひらひらと手を振りながら軽い足取りで通路の先へと消えていった。助けてくれるかと思ったのに、白状な。


「ふん、彼も、ああ言ってる事ですし、何だったら今日から色々とお教えしましょうか?」


 ぶるんぶるんと、私は思いきり首を横に振った。

 というか、いつまで肩を掴んでいるのか。怖くて振り返る事も出来ないし。


「そうですか。仮眠を取りつつ、ベッドの上で色々とご教授しようかと思っていたのですが、残念です」

「ひぐっ・・・」


 何を教えるつもりなんだよ、怖いよ!


 そして、おもむろに、肩を離され解放された訳なのだが、私は、背後で浮かべているであろう穏和な笑顔を見たくなくて、かたくなに振り返ることなく歩みを進めた。が、逃げるように進んだ通路の先には、待機しているだろうと思っていた侍女さん達の姿は無く、かわりにキャンベル姫様が仁王立ちして待ちかまえていた。

 その迫力のある笑顔は、果たして、傍目には親密そうにも見えたかもしれない、私とネストールさんとの接触に向けられたものか、はたまた、食後のダンスレッスンから逃亡を企てていた私に向けられたものだったのか。それは分からない。 

 

 ただ、分かるのは、明日はおそらく、筋肉痛で動けないだろう、という事だけだった。





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