その18
略取・誘拐と類する犯罪は割に合わない犯罪というイメージが強い。
去年の事だったろうか、隣に住む、私とは違って社交的で可愛い良子ちゃん(実は腐っている)が、不審な男と一緒にいるところを見られたのを最後に、その日の夜半遅くになっても帰宅しないという騒ぎがあった。
大慌てで近隣を探し回り、私の家にも訪ねてきた彼女の両親の真っ青な顔を、今もよく覚えている。
良子ちゃんとは、クラスが一度も同じになった事は無かったが、それでもお隣さんとして付き合いがあった訳で、私も伝染するように「すわ、誘拐!?」という怯えと不安に苛まれた。私は、そんな彼女の助けとなるべく、少しでも何かしたいと思い立ち、「誘拐」に関する事を、自室の父からのお下がりであるところのオンボロPCで調べた。
今覚えば、それは、何かに役立つというよりは、ただ、何かをして心を紛らわせたいというだけの行為だった訳だが。
ともかく、それによれば、略取・誘拐にあたる犯罪の検挙率は81.3%と、他の犯罪の検挙率と比べても高いものだった。つまり、誘拐をしても8割以上捕まるという事で、お隣と同じように年頃の娘を持つ親としては人事で無いらしく、落ち着きを失った我が両親に「誘拐だとしても、すぐ解決するよ」と伝えようと思い立った。
が、残り2割は?とか、実はここ10年位の検挙率は減少傾向だったりとかいう事に気付くにつれ、私は浮かせかけた腰を椅子に戻した。
ちなみに、良子ちゃんは、その日のうちに無事帰宅する事が出来た。目撃された不審な男が実は親戚の叔父さんで、久しぶりの再会を祝い少し遠出していただけという実にマヌケなオチで、泣き笑いの表情を浮かべて、きょとんとする良子ちゃんを間に抱いた両親の姿が非常に印象的だった。
という訳で、そのオチはともかく、私が言いたいのは、数字的に見ても誘拐は割に合わない犯罪だと言う事だ。
だから、そんな望み薄な犯罪行為にはすぐに見切りを付け、私の四肢をきつく縛る縄と猿ぐつわをすぐさま解き、薄汚い小屋めいた密室から直ちに私を解放すべきである訳で、そういった主張を込めて、私は不自由な体をみの虫のようにゴロゴロやっていると、ガン!と施錠された鉄製の扉が叩かれる音が響いた。
そして続く「静かにしろ」という、ドア越しに届く声。
私はピタリと身の動きを止め、頬に伝わる床面の冷たさを頼りに、泣きわめきそうになる心を必死に押しとどめた。
誘拐は割に合わない犯罪では無かったのか?つまりは発生件数自体も少ない犯罪な訳で、何故私がそんな事に巻き込まれるのか?どんだけ運が悪いんだ?
混乱と不安に押しつぶされそうになる頭の中、僅かに残った冷静な部分で現実逃避的に、はたと思いつく。
誘拐の検挙率が高い理由は、身代金受け渡しの為に、どうしても犯人側と被害者側が絶対に接触しなくてはならないからだ、と私は思う。
映画などでも、身代金が入ったケースを鉄橋の上から投げ落とすだの、電話であちこち受け渡し場所を指示するだの工夫が見て取れる。つまり、犯人側としては工夫しても避け様の無い身代金受け渡し時の接触が、犯人確保の用意さに繋がっているのだろう。昨今はネットバンクやら個人口座のあり方に多様性が出来ているから、その限りでは無いのかもしれないが、それでも、逆探知やら監視の目をくぐるというリスクが確実にある事を考えると、誘拐は割に合わない犯罪なのだ。
なのだが、それは、逆探知やらがある現代、つまりは元の世界の話である訳で。
体ごと仰向けになって、見上げた木製のテーブルには、じじと、不安げに辺りを照らす蝋燭の光。
ゆらゆらとか弱い光が、窓の無い室内をかろうじて映し出している。
今まで観察するところ、中世ヨーロッパ的な科学水準しかないこの異世界で、果たして、誘拐は本当に割の合わない犯罪なのか?実は現代技術的監視の目のない世界では、人気ナンバーワン犯罪だったり・・・?
じわりと、気持ちの悪い汗が流れ出るのを感じながら、私は、どうしてこんな事になったのかと、今日一日の事を思い出していった。言うまでもなく、現実逃避の一環である。
朝、予想通りの筋肉痛にうんうん唸っていると、そんな事はおかまいなしに爽やかな笑顔を浮かべたネストールさんが、流れ作業か何かのように素早く私を自室から連れ出した。その一連の流れに唖然とするダイアーさんだったが、最後には「行ってらっしゃいませ」と優雅に手を振って送り出してくれた。
ネストールさん曰く、本当は国の事を知っていただく為にも、城下、市井の様子を見せたいのだが、陛下から許可が下りないので、とりあえず王宮に詰める兵士達の訓練風景でも観察しようという事になった。
「実際に兵を動かす時の、判断の助けになりますからね」とは彼の弁だったが、どうもネストールさんの中では私が軍に入るのは決定事項らしく、その胡散臭いとしか感じられなくなりつつある彼の笑顔から、とりあえず最大の反抗の表現として、目線を大きくそらせておいた。それしか出来ない自分が悲しい。
案内された場所は、入り組んだ王宮にある事が信じられない程に開けた場所だった。
王宮正面入り口にほど近いそこは、しかしうまい具合に中庭から伸びる緑によって視界が遮断されており、平らにならされた広い地面は、近くにそびえる王宮本殿の建物の雰囲気と合わさって、どこか学校の運動場めいたものだった。見れば、遠くには白いラインらしきものまで見え、その印象はますますかくや、である。
「いつもは、警備用の駐屯地として使われているスペースなのですが、今は戦時とあって、練兵にも使われているんですよ。寝床に戻る時間が惜しいという感じでしょうか」
はははと、冗談めかして説明するネストールさんの目の下には色濃いクマが浮いていて、彼の寝る時間も惜しいという状況は、未だ続いているようだった。
何だか見ているのも悪い気がして、さっと視線を泳がせると、私は訓練をしているらしい兵士達の方に目をやった。
そこには、ざっと50人位の兵士達がいて、兵種、というのだろうか、各々が所属する部隊ごとの訓練をしているようだった。歩兵は剣の、騎馬兵は馬はいないものの槍の、弓兵は弓のと、騒然と入り乱れてはいるが、大別してそんなような感じに。
兵士達は、見慣れない私の姿に最初は注意を向ける者もいたが、ネストールさんがいると分かって、より懸命に訓練に精を出し始めたようだった。あのまま、兵士達の注目を受けていたら、私は逃げ出すしかなかったので、そこは傍らのネストールさんの睡眠不足から来る目線の悪さに感謝だった。
「何か、質問があったら言ってくださいね。専門ではないですが、兵達の練習行程作成には私も携わってますので」
「は・・・はあ」
こいつのせいでなんか最近訓練きついのか!?というような兵士達の目線がこちらに突き刺さったような気がしたが、一瞬後には跡形もなく、私はなかったことにした。
しかし、質問と言われても、専門でないというなら私こそがそうである訳で、知識の無さ過ぎる私には、分からない事が分からないという状態である。
が、ひとつ、漠然とした質問というよりは、興味が沸いた。
魔法についてである。
見たところ、眼前の、この世界における魔法使いとされる弓兵達に、魔法の練習を専一にしている姿は見られない。私としては、どうせ見るなら、泥臭く木刀などを振り回す様よりは、ファンタジーゲームさながらに派手に魔法を応酬する姿の方が見たいところだ。
かくして、私は、その様な事をネストールさんに伝えた訳なのだが。
「魔法・・・ですか?確かに訓練もしますが、何というか、一般で言う訓練という形とは少し違うんですよ。うぅむ、そうですね、実際の兵士から聞いた方が分かりやすいかもしれませんね。おいっ、君!」
「・・・はっ、自分でありますか?」
少し困ったように答えてから、ネストールさんは訓練中の兵士達の中から一人を呼んだ。呼ばれた兵士さんは、すぐに反応し、キビキビとした動作でこちらに走りよってくる。
「訓練中すまない。君は弓兵の、確か、ウェルベックでしたか。少し時間を借りたいのですが、構いませんか?」
「そ、そんな、滅相もない。ネストール様のご命令でしたら、いかようにも・・・って、あ、アカネ様じゃないですか」
「・・・っ?」
「やだなあ、僕ですよ、僕。凱旋式の時に、ミルナー将軍とご一緒した・・・」
「あっ」
唐突に、人なつっこく自分の顔を指さして「ほらほら」と笑いかけてくる、その年若い兵士さんの表情を見て、私は思い出した。数日前の凱旋式の席上、私を護衛すべく付き添ったミルナーの部下の兵士さん。その一人に魔法について少しばかりレクチャーしてもらった事。そして、別れ際イタズラっぽく笑ったその顔が、今眼前にある兵士さんと同じものである事を。
「いやあ、感激だなー。陛下のお客人という事だから、もう会えないかと思っていたんですけど、こうしてまたお会い出来て感激ですー」
「・・・おい」
「それにしても、あの後のミルナー将軍、傑作だったんですよ。ジェラード将軍に完全に関節キメられちゃって。で、翌日僕らで鬱憤を晴らそうにも、自分の体が痛みでままならないっていうね。あの苦悩に満ちた光景はアカネ様にも是非、見て貰いたかったなあ」
「おい、ウェルベック」
「そう言えば、その事に繋がる形でアカネ様の事も、うちらの間でもちきりに。ほら、僕と一緒にいた兵士覚えてます?そうそう、ミルナー将軍と一緒にいたヤツなんですけどね。あいつが、アカネ様に一目惚れしたーとか言って騒いじゃって、いや、僕もそりゃ、恋愛至上主義ではありますよ?でも、ほら、片や一般兵士、片や陛下のお客人でしょう?そこは自重しろ、いや、すべきでないと、部隊内で物議を・・・」
「ウェルベックっ!」
「はっ、何用でしょうか、ネストール様」
途端、さっと片膝を付くウェルベック・・・君。
いや、なんとなく「君」な雰囲気なのだ。上背は当然のように私よりも高いが、彼は比較的童顔で、西洋のいかにもな美形揃いだった今までの周囲の人間に比べると、どちらかと言うと同級生に近い雰囲気がある。とは言え、もちろん、私は視線をあわせたりは出来なかった。というか、同級生っぽく感じるというなら尚更、恥ずかしい。何が恥ずかしいのか分からないが、とにかく火照る頬を隠すべく顔を俯けていると、そんな私を見てネストールさんは、眉間に皺を寄せた。
そして、ジト目でウェルベック君を見下ろすと、口を開いた。
「・・・君は、アカネ様とは面識があったんですか?」
「はっ、凱旋式の折に、ミルナー将軍から魔法に関して少し説明をと請われまして」
「なるほど・・・。これも何かの縁かも知れませんね。実は、君にはまた同じような事を頼みたいのです」
「はっ」
ネストールさんの言葉に、凛とした返事をするウェルベック君。
直前には、上官であるネストールさんに怒られそうな雰囲気だったというのに、何となくうやむやになってしまった。どうやら、彼は要領のいいタイプであるようだった。
そうして、ネストールさんから、基本的な魔法の訓練がどういうものか見せてほしいと指示を受けたウェルベック君が、いつぞやのように目前で実践してくれる事となった。
果たして、どういった事が起きるのか。
座禅を組んで不思議オーラを漂わせて浮くやら、派手な魔法陣の中心で愛を叫びながらの瞑想やら、天から降りた龍神から託される7つの神秘の玉から始まるハチャメチャが押し寄せてくるような、ファンタジー的予想にワクワクしている私の前で、ウェルベック君はおもむろにズボンの尻ポケットから小冊子らしき物を取り出すと、額に押しつけて瞼を閉じた。
「・・・・・・」
固唾をのんで見守る私の前で、ウェルベック君はその姿勢を崩さない。
そして、一分程が経って、そろそろ忘れかけていた筋肉痛の痛みが蘇ってきたかなと思われた時、カッ!とウェルベック君の目が見開かれた。
「終わりです」
「なん・・・」
じゃそらー!と、ここが新喜劇の舞台であったなら、私は盛大にズッコケていたに違いない。
ちなみに私の隣に住んでいた良子ちゃんは、新喜劇の役者に対してのカップリングに一時期ハマッていた事があり、その事が私が彼女とあまり仲良くなれなかった致命的出来事なのであるが、詳細に関しては割愛しておく。
そして、言わずとも私のガッカリ感は、それだけで十分に伝わったのか、笑いながらネストールさんがすぐに言葉を続けてくれた。
「期待に答えられず申し訳ないのですが、魔法の訓練というものは概してこういう物なのです。時間はもっと長いですけどね。君、テキストを少しアカネ様に貸してあげてくれるかな」
「はい」
ウェルベック君から差し出された小冊子、テキスト?を、彼の手に触れないように細心の注意を払いながら受け取ると、私はパラパラと中身をあらためた。
中のページは、全く意味の分からない精細な文字がビッシリと埋め尽くされており、何か暗号めいた仕掛けが?と目を凝らすも、3Dの映像が浮かび上がる事もなく、私の見る限り、神秘性の欠片も無い、ただの冊子だった。
「その冊子は、我々の間では単に教科書、或いはテキストと呼ばれるもので、魔法の才のある人間は、先ほどウェルベックがやったように、額や頭部に押しつけるだけで基本的な魔法体系を学びとる事ができます」
「・・・・・・」
「詰まらない訓練で申し訳ありませんが、しかし、このテキストが発明されたお陰で、それまで我流に頼るしかなかった魔法は体系として纏まり、未熟な魔法の才の為に事故で命を失うという事も無くなりました。もっとも、多くの者が平均した魔法技術を得られる反面、画一的に過ぎて、飛び抜けた魔法を扱える者というのは数少なくなってしまいましたけどね」
ガッカリとした気分で話を聞きながら、しかし私は、ヒヤリとした恐怖も感じていた。
ネストールさんの話によると、そのテキストという物から得たメリットは理解出来る。特に軍隊などで多くの者が共通の認識の元、共通の効果の魔法が使えるというメリットは、私が思う以上に莫大なものだろう。
しかしである、その頭に付けただけで、それらが行われるメカニズムというか、構造自体に疑問は無いのだろうか?
そんなような事を心に念じてネストールさんの方を伺ってみると。
「うーん、確かに、このテキスト自体が一種の魔法であるというだけで、方法論は解明されていませんね。ただ、120年程前に生み出されたという事実が伝わるだけで。現にこのテキスト自体も複製が出来ず、国家単位でその所持が管理されていますし」
120年・・・って、歴史的に言うなら、最近の事では?何故もっと研究というか、疑問に思わないのだろう?
「そこは、やはり、アカネ様達と我々の意識の差というものでしょうか。先ほどは軽く言いましたが、魔法の才の暴発というのは本当に非道いものでしたから。胎内にいる赤子が魔法を無意識に行使してしまった為に、地域によっては乳幼児の出生率が1割を切った時代もあったそうですし。それが解決出来るというなら、多少の疑問には目を瞑れるんですよ。あなたのところにも、そういう事はありませんでしたか?」
私の世界でも・・・。利便性が先行し、その他への影響等は後回し、といった事には幾つか思い当たる。
「まあ、いつかは、得たメリットに対する対価を払う時が来るのかもしれませんが、それは今では無いと言う事です」
「・・・・・・」
もやもやした気分のまま、ネストールさんの説明を聞き終えると、驚いた様子でウェルベック君がこちらを見ているのに気付いた。私は反射的に後ずさってしまう。
「な・・・な、に?」
「あ、ごめんなさい。その、ネストール様は、よくアカネ様の仰ってる事が分かるなあって・・・」
ふと、ネストールさんの方を見ると、読心の距離からは僅かに離れている。特に秘密にしているようでもないので、当然ウェルベック君もネストールさんの読心に関しては知っているのだろう。
で、ウェルベック君からしてみれば、読心の届かない距離にいる物言わぬ私とネストールさんが会話を交わしていた訳で。それはさぞ奇妙に見えた事だろう。
「ふ、愛、故ですよ、ウェルベック。あなたももう少し歳を重ねれば分かりますよ」
「・・・なっ、ナマステ、ちがっ」
「なるほど。あいつにも、諦めるようにちゃんと言わなくっちゃな・・・」
思わず、異国の挨拶をしながら狼狽える私に、どこか遠い目をしながら重い息を吐くウェルベック君。
そして、「せっかくですから、もう少し実演の方もやりましょうか」というネストールさんの声に、すぐさま「はっ」と返事をするウェルベック君。え、さっきの遠い目はどこへ行ったの?
そうして弓矢を用いての飛距離アップ術や、「写し身」を用いての隠れんぼ(当然、私が鬼の時は誰も見つけられなかった)などを楽しんでいるうち、気付けば、とうに正午過ぎ。周囲の兵士達も昼食に行ったのか、ほとんど姿が見えなくなっていた。
息せき切らせて走ってきたダイアーさんが、「昼食時にはアカネ様をお送りくださいますようお願いしましたのに」とぷりぷりとネストールさんに怒っている。
どうやら、ネストールさんには王様からの呼び出しも掛かっていたらしく、頃合いという事で、一旦この視察?らしきものは解散する事となった。
私はぎこちなく、訓練に戻るというウェルベック君に会釈らしきものを返すと、そそくさとダイアーさんの後を追って訓練場を後にした。
自室近く、見覚えのある通路を歩きながら、ダイアーさんから「では、料理を暖めなおして参りますね」と言われると、私は先に一人で戻る事を了承し、でもやっぱり心配かもとちらちら振り返る彼女を笑いながら見送った。
そして、隠す必要の無くなった、筋肉痛の為にガクガクとなる無様な歩き方を披露していると、ふと、見上げた窓先に、市街で上がる花火が目に入った。
ぽんっと、あっけなく咲散るそれは、日本で見るような豪奢なものではなく、煙玉めいた貧相なものだった。
聞くところによると、凱旋式が終わってもなお、城下町ではお祭り騒ぎの余韻が消えず、日中にも、こういった花火が時折あがったりするのだそうだ。
「・・・町の人か・・・」
静かに一人ごちる。
私がこれからどう生きるか?ダラダラと引きこもり的に過ごすにしろ、軍、というかネストールさんに言いように利用されるにしろ、やっぱり、ここにどういう人が生きているのか見ておきたい。
これが、俗に言う魔が差したというやつなのだろう。
人嫌いが服を着て歩いてるところの私に、こんな気持ちが芽生える等、本来ならあり得るはずも無かった。
しかし、この時の私は、何故か、そんなような事を思ってしまった訳で。
それは、前日の久しぶりの運動からくる爽快感のせいか、はたまた、ウェルベック君の同僚から好きとか言われてたらしい事に浮かれていたせいか。
そうして、戻ってきたダイアーさんに、筋肉痛で体がだるいのでちょっと自室で眠ります、夕食も必要だったら自分から言うので呼びに来なくて良いと伝えると、私は心の中で詫びながら、自室の扉を閉めた。
数分後、室外に人の気配が無い事を確認すると、私は、先ほど辿った道を逆に戻っていった。
兵士さんの訓練場、あそこは人目に付く宮殿の建物や通路からは死角となっている。加えて、正門沿い、つまりは王宮外周部分に位置している。隠れて抜け出すには絶好のポイントである。案の定、戻った訓練場には、さっきまでは僅かに残っていた兵士達の姿も今は無く、コソコソと、私はガクつく太股にムチ打つと、外周部分にあるだろう通用門の的なものを探し始めた。
タイミング悪かったのか良かったのか、通用門はあっさり見つかり、そして番兵である人達は昼食に行くらしく席を外すところだった。おそらく交代の兵士さんが来るだろうが、今はその姿も無い。
拍子抜けする程、簡単に通用門を潜り抜けた私は、正門側に連なる幅広の道を避けると、裏方面の細道を選んで城下町らしき方へ向かう事にした。見つかっては面倒だし、というか、人目に晒される事自体が辛い私にとっては当然の選択だった。
そして、暗がりの細道を選んで進む私のような人間を狙うのは、人さらい的見地からも当然の選択だったようで。
バサリと、袋のような物を被せられると、続いて漂ってきた甘い香りに「この香りは青酸カリ!」と的外れの予想を立てたのを最後に、迅速に私の意識は奪われた。
そして、話は冒頭に戻る。




