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第十章 沈黙の相場

心臓外科医・黒木誠、四十五歳。


彼には、開いた胸の奥から「その人の来歴」を読み取ってしまう才能があった。顔は笑える。言葉は飾れる。だが、心臓だけは嘘をつかない――。法が裁けぬ罪を、彼は手術台の上で、静かに裁いていく。生と死、家族、師弟、そして組織の闇へと沈んでいく、後味の悪い医療イヤミスです。手術・死・暴力などの描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。どうか、最後の一行まで見届けていただけますと幸いです。


その記事の見出しを、羽賀は、コンビニのバックヤードで見た。

休憩中に携帯を開いた。品出しの途中だった。手にはまだ、段ボールの粉がついていた。

 

「デマ告発の正体――『名医は殺人者』記事を書いた男の、三年前」

 

自分のことだ、と気づくのに、二秒かかった。

配信元は、大手の週刊誌だった。羽賀の連載を転載したサイトの、競合にあたる媒体だ。

羽賀は、その記事を最後まで読んだ。読み終えて、もう一度、頭から読んだ。

うまい記事だった。認めるしかない。俺が書いていたものと、同じ手口だ。

書いてあったのは、事実だった。

原稿が没になったこと。情報提供者が自死したこと。会社を辞め、妻子と別居し、いまは無職に近いこと。全部、事実だ。

嘘は、一つも書いていない。

だが、並べ方が違った。

この記事の中の羽賀清人は、こういう人間になっていた。

過去に取材対象を死に追いやった記者。その一件で職と家庭を失い、以来、大病院への恨みを抱えている。証拠のない告発を繰り返し、収入のために煽情的な記事を書き続けている男。

どこにも、間違いはない。

書いていないことも、いくつかあった。あの社員が自死する前、社内でどう扱われていたか。羽賀が葬儀に行けなかったこと。それがいまも羽賀の中に残っていること。

書かなくても、嘘にはならない。書かないだけだ。

――俺が、いつもやっていることだ。

その週、風向きが変わった。

最初は、記事を紹介する投稿だった。次に、羽賀の過去を要約した図解が流れた。図解は速い。文章より速く広がる。

 

 【3分でわかる】デマ記者・羽賀清人の3年


  20×× 大手出版社を解雇

        ↓

  同年    情報提供者が自殺

        ↓

  翌年    妻子と離婚・別居

        ↓

  現在    無職/ネットで名医叩き


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羽賀は、その図解を最後まで見た。

一つだけ、違っていた。

解雇ではない。辞表を出したのだ。誰にも止められずに。

その一語を、誰も直さなかった。直す理由がないからだ。図解は、正しさで広がるのではない。速さで広がる。

六つの矢印で、羽賀清人の三年が終わっていた。

三日目には、羽賀の実名と顔写真が出た。写真は、三年前の雑誌の署名記事に載っていたものだ。あのとき撮った、いちばん写りのいい一枚だった。

四日目、羽賀の連載を転載していたサイトが、記事をすべて取り下げた。

連絡は、メール一通だった。編集方針の見直しにより、と書いてあった。担当していた若い編集者からは、別に短いメッセージが来た。すみません、上の判断です、と。

羽賀は、返信した。謝るな、あんたが決めたことじゃない、と。

三年前と、同じ文面だった。

五日目、羽賀の寄稿先のうち二社が、今後の依頼を止めると通知してきた。

六日目には、もうどこにも書く場所がなかった。

七日目、コンビニの店長に呼ばれた。

二十六歳の店長は、ひどく言いにくそうにしていた。お客様から、その、と何度か言い直した。要するに、羽賀の顔を知っている客が、店に電話をかけてきたということだった。

 

「羽賀さんが悪いとは、思ってないんですけど」

「わかりました」と羽賀は言った。「辞めます」

 

店長は、頭を下げた。悪い人ではなかった。誰も悪くない。誰も悪くないまま、羽賀は仕事を失った。

一週間だった。

三週間かけて広げたものが、一週間で消えた。

羽賀は、それがどう作られたかを、正確に理解していた。

誰かを叩くとき、人は、その人の悪事に興味があるわけではない。叩ける相手を探しているだけだ。より叩きやすい相手が出てくれば、そちらへ移る。

羽賀は、その性質を利用して黒木誠を叩いた。同じ性質が、今度は羽賀に向いた。それだけのことだ。

 

「名医が人を殺している」という話より、「デマを流した記者がいる」という話のほうが、叩きやすい。前者は証拠がないから、叩く側にも不安が残る。後者は証拠がある。羽賀の経歴は、全部本当なのだから。

 

真実は、こういうときに何の役にも立たない。

勝敗を決めるのは、どちらの話が、より気持ちよく人を叩かせるかだ。

誰が仕掛けたのかを、羽賀は考えた。

考えて、たぶんわからないだろうと結論した。

あの記事を書いた記者は、たぶん、何も知らない。編集部にネタが持ち込まれ、裏を取ったら全部本当で、うまい記事になった。それだけだ。

ネタを持ち込んだ人間がいる。そこには、たぶん誰かの意向がある。だが、そこから先は、いつも辿れない。

三年前も、そうだった。誰が編集長に電話をかけたのかを、羽賀は結局知らない。

顔のない手だ、と羽賀は思った。太田という老人が、去年、そう言っていた。

三年前の記事のことで、一件だけ、連絡が来た。

あの母親からだった。息子の胸に機械が入っていた、埼玉の団地の人だ。

 

「羽賀さん。ネットで見ました」と、その人は言った。「あれ、本当なんですか」

 

どれのことですか、と羽賀は訊かなかった。訊かなくてもわかった。

 

「……本当です」と、羽賀は言った。「三年前、私の取材で、一人、亡くなっています」

 

電話の向こうが、しばらく黙った。

 

「そうですか」とだけ、その人は言った。それから、丁寧に礼を言って、切った。

 

あの人は、もう二度と、羽賀に電話をかけてこないだろう。

 

二週間後、羽賀は病院の近くの定食屋にいた。

仕事ではない。行く理由はもうなかった。ただ、半年通った場所だから、足が向いた。

カウンターで、生姜焼き定食を食べた。うまかった。

店を出たところで、声をかけられた。

 

「羽賀さん」

 

新村健吾だった。白衣ではなく、上着を着ていた。昼休みだったのだろう。

 

「読みました」と、新村は言った。「あの記事」

「そうですか」

「大変でしたね」

 

その言い方に、含みはなかった。同情でも、嘲りでもなかった。ただ、天気の話をするような口調だった。

 

「一つ、伺っていいですか」と羽賀は言った。「先生は、鵜飼庸介という患者の、外来を担当されていましたね」

「ええ」

「あの人は、どうして亡くなったんですか」

 

新村は、少し考えるような顔をした。それから、教科書を読むように答えた。

 

「慢性心不全の、急性増悪です。あの病気は、そうやって亡くなります」

「治療に、問題はなかったと」

「記録が残っています。ご覧になりますか。ああ、失礼。個人情報でしたね」

 

彼は、そこで少し笑った。

羽賀は、その笑い方を見ていた。悪意はなかった。本当に、うっかり言ってしまった、という顔だった。

 

「羽賀さん」と、新村は言った。「一つだけ、こちらからも」

「どうぞ」

「あなたは、証拠がないまま人を殺人者だと書いた。そのことを、後悔していますか」

 

羽賀は、答えられなかった。

 

「ぼくは、後悔すべきだと思います」新村は言った。「それは、正しくない」

 

正しくない。

この青年は、そう言った。羽賀を非難する口調ではなかった。ずれた部品を指さすような言い方だった。

 

「では、失礼します。午後の外来があるので」

 

新村は、頭を下げて去っていった。深すぎず、浅すぎない、いい角度だった。

羽賀は、その背中を見送りながら、背筋が冷えるのを感じた。

この男は、羽賀が黒木誠について書いたことを、一度も否定しなかった。

否定せずに、書き方が正しくないと言った。

 

*  *  *

 

その夜、羽賀は久しぶりに原稿を書いた。

反論記事だった。三年前の一件を、今度は自分の側から書いた。あの技術者が、どういう経緯で文書を渡すに至ったか。渡したあと、社内でどう扱われたか。羽賀が葬儀に行けなかったこと。それがいまも羽賀の中に残っていること。

三日かかった。書き上げて、読み返して、感情の漏れている箇所を削った。残ったのは、事実だけだった。

二社に送った。

一社は、丁寧な断りが来た。もう一社は、返信が来なかった。

羽賀は、自分でブログを作って、そこに上げた。無料のサービスだ。登録に五分かかった。

 

一週間後、閲覧数を見た。七十三だった。三年前と、同じ数字だった。

振り出しに戻ったのではない、と羽賀は思った。振り出しから、一歩も動いていなかったのだ。

その夜、羽賀は十七冊目のノートを、最初から読み返した。

面会室の記録は、七頁ある。字が乱れていない。落ち着いて書いている。

その七頁のどこにも、一人ではありません、という一行はなかった。

書かなかったからだ。仮の話だと思って、聞き流した。

あのとき、あの男は何と言ったか。

――一人ではありません。

羽賀は、その音を、いまも正確に思い出せる。声の高さも、間の長さも。

思い出せるが、証明できない。

録音があると、みんな、余計なことを言わなくなる。三年前に自分で決めた原則である。

その原則のおかげで、あの男は喋った。

その原則のせいで、羽賀には何も残らなかった。

七頁の前に、四十一頁目がある。

三年前に書いた一行が、そこにある。

――医長のほうで診てますから。

定食屋のカウンターで、隣の男が電話でそう言った。名前も顔も覚えていない。病院の事務の人間だったのだろう。

羽賀は、その一行を見た。

三年、この件で何十人に会ったか。広報。遺族。学会。厚労省。医師。看護師。元同僚。

誰も、何も言わなかった。

言った人間は、一人だけだ。定食屋で、何でもないことのように、電話でそう言った人である。

あの一言から、全部が始まった。

――俺は、あの人を探さなかった。

三年、一度も。

探せば、名前がわかっただろう。名前がわかれば、話を聞けたかもしれない。話を聞けば、何か出たかもしれない。

探さなかった理由を、羽賀は知っている。

あの人は、隠していなかったからだ。

隠していない人間の話には、価値がない。羽賀は、三年、そう思ってきた。そう思って、隠している人間ばかりを追った。

隠している人間は、何も言わなかった。

隠していない人間だけが、喋った。

羽賀は、四十一頁目を閉じた。

悪人は、いない。どの持ち場にも、その持ち場なりの正しさがある。

三年前、羽賀はそう書いた。いまも、そう思っている。

――ただ一人を除いて。

何もしなかった人間は、裁かれない。

何かをした人間だけが、裁かれる。

この三年、羽賀が会ってきた人間のうち、何かをしたのは、羽賀だけだった。

 

*  *  *

 

私は、辞表を出さずに済んだ。

十二月の終わりには、外来のキャンセルは止まっていた。年明けには、手術の件数が戻りはじめた。二月には、以前とほぼ同じになった。

二月の第三週、九十歳の男性が外来に来た。秋に私が執刀した人だ。

娘さんの結婚式に、無事に出られたという。写真を持ってきていた。紋付袴で、背筋を伸ばして立っていた。

 

「先生のおかげです」と、その人は言った。「もう一年、生きられそうです」

 

私は、その写真を見た。式場の背景に、家族が写っている。何人いるだろう。十人はいる。

この十人は、私がいなければ、いま、喪服を着ていた。

教授が、廊下で私に言った。

 

「先生。落ち着いてよかった」

「ご迷惑をおかけしました」

「いや。ああいうのは、よくあることです」

 

よくあること。この人は、そう言った。

もっとも、戻らなかったものもある。

十一月に取り下げられた学会の講演は、翌年も、依頼が来なかった。異動した若い医者二人の枠は、そのまま空いている。医局の定員は減らされ、補充の話は出ていない。

副会長の件も、それきりだった。翌春の理事会で、別の人が決まったと聞いた。沢渡という、私より一回り以上、上の人だ。順当だと思う。

その人が、一年前の理事会で、私をいちばん強く切ろうとした人であることを、私はあとで知った。

順当だと思う、という私の感想は、それでも変わらなかった。

あの理事から、その後、連絡はない。学会で顔を合わせれば、会釈はする。それだけだ。

誰も、それを私のせいだとは言わない。言わないまま、そうなっている。

私を守ろうとし、私を切ろうとし、そして、また私を守る側に戻った。この人が悪いわけではない。向きが変わっただけだ。私は、それを恨む立場にない。

誰が動いたのかを、私は知らない。

病院か、学会か、氷室か、その上にいる誰かか。私という刃を惜しんだ者がいる、ということだけは確かだ。

二月に一度だけ、氷室から連絡があった。手紙でも電話でもない。院長を通じた、短い伝言だった。

 

「ご心配なさらず、とのことです」

 

それだけだった。守ってやった、とは言わない。あの男は、恩を言葉にしない。言葉にすれば、返せる形になってしまうからだ。

三十年、この国の心臓外科で私が積み上げてきた実績は、私自身が思っていたより高く値がついていた。私が人を殺していようがいまいが、この手が動くことに、金と権威がかかっている。

だから守られた。

それだけのことだ。

では、あの記者は何だったのか。

あの男は、正しかった。

私は人を殺している。あの男が書いたことは、細部は違っても、本筋において正しい。

そして、あの男は、社会的に殺された。

書いた内容が間違っていたからではない。書き方が、叩きやすい形をしていたからだ。

真実は、この勝負に一度も参加していない。


*  *  *

 

三月、私は羽賀清人の消息を調べた。

簡単には見つからなかった。ネットに書いていた記事は、ほとんど消えていた。転載も、まとめも、検索から落ちていた。

残っていたのは、あの男を叩く記事のほうだった。

いまも読める。上位に出る。羽賀清人という名前を検索すると、まず、デマを流した記者としての説明が出てくる。

あの男が三年前に追いかけた、十四人の死のことは、どこにも出てこない。

消えたのは、記事ではない。

あの男が三年かけて拾い集めた、十四人分の死が、これで、二度目に消された。

三月、一通の文書が病院に届いた。

鵜飼庸介の胸から摘出された、あの機械の解析結果だった。

植込み型のデバイスは、電池を内蔵している。そのまま火葬にはできない。だから、遺体を焼く前に摘出する。摘出されたものは、メーカーへ返送される。作動記録の解析のために。これは、実務上の当たり前の手順だ。

あの機械の記録には、鵜飼庸介の最後の半年が、一秒単位で残っている。心臓が何回打ったか。リズムがどう乱れたか。機械が何をしたか。すべて、正確に。

文書は、一枚だった。

 

「本デバイスは、植込みから摘出までの全期間を通じ、設定どおりに正常作動していたことを確認いたしました。機器に起因する事象は認められません」

 

私は、その一行を、しばらく見ていた。

嘘は、一つも書いていない。あの機械は、正常に動いていた。心臓が、正しい治療の中で、ゆっくり弱っていっただけだ。記録は真実を残している。その真実が、異常なし、というだけのことだ。

どこかで読んだ文だ、と思った。

思い出すのに、時間はかからなかった。

十二年前。あの男の会社が、十四人の遺族に返した文書。機械は正常に作動していました。記録も残っています。だから、機械のせいではありません。

三年前、埼玉の団地で、一人の母親が同じ説明を受けている。羽賀の記事に、そう書いてあった。

鵜飼庸介は、自分の会社が十四人に返したのと、同じ形の紙で見送られた。

この文書を返送したメーカーの属する業界団体で、あの男は、要職に就いていた。

私は、その紙を、カルテに綴じた。誰にも見せなかった。

四月、私は鵜飼の娘の外来を続けている。

経過は、悪くない。薬はよく効いている。この段階で見つかれば、この病気は、ずいぶん長く保つ。

彼女は、毎回、頭を下げて帰っていく。

私は、その礼を受け取る。三十年かけて身につけた、深すぎず浅すぎない角度で。

この人を助けることに、意味があるのか。

ある、と私は思う。少なくとも、この人にとっては。

ないのは、私にとってだ。私が何人助けても、私の勘定は変わらない。

九百九十九人助けて一人殺したら人殺しだと、あの男は言った。

あの男は、正しい。正しかった、ではない。いまも正しい。

正しいと知っていて、私はまだ数えている。

三十年、頭の中でだけ数えてきた。紙に書いたことは一度もない。

書かないのは、書けば、それが帳簿になるからだ。

――いつか、書く日が来る気がする。

あの男は、正しかった。そして、消えた。

五月、娘の遺伝子検査の結果が返ってきた。

この病気は、二割から三割が家族性だ。原因となる遺伝子の変異が見つかることがある。父娘で同じ病名がついている以上、調べるのは自然な流れだった。

結果を読んで、私は、しばらく動けなかった。

この人の心臓が弱っている背景には、拡張型心筋症という名前だけでは説明のつかないものがあった。名前は、ここには書かない。書けば、それは診断の手引きになる。

私はただ、こう記す。

――三年前、私が黙ったあの一つが、そこにあった。

他院がつけた診断は、間違ってはいなかった。ただ、足りなかった。除外されるべきものが一つ除外されず、その一つが、実際にあったのだ。

正しい病名がついていれば、治療は別のものになっていた。薬の組み立ても、追加すべき検査も、変わっていた。あの男は、いま、生きていたかもしれない。

そして、この娘の病気も、もっと早く見つかっていた。

私は、その紙を閉じた。

言うことは、できる。この人に、こう告げればいい。あなたのお父様は、正しい診断を受けていませんでした、と。私は三年前にそれに気づいて、黙っていました、と。

言えば、この人は、父の死の意味を知る。そして、私を訴えるだろう。訴えるべきだ。

言わなければ、この人は、私の外来に通い続ける。私は、この人の心臓を、できるかぎり長く保たせる。

私は、言わなかった。

三度目だ。母のときも、鵜飼のときも、私は黙った。そして今度も。

これを優しさと呼ぶ者もいるだろう。私は呼ばない。私は、この人に治療を続けさせるために黙ったのではない。訴えられたくないから黙ったのだと、自分でわかっている。

新村は、いまも私の隣にいる。

この春、彼は正式に病棟の主任になった。手術の件数は、私に迫っている。技術は、あと数年で私を抜くだろう。

彼は、私に何も言わない。私も、彼に何も訊かない。

訊けば、答えが返ってくる。答えが返ってくれば、私は何かをしなければならなくなる。私はそれを避けてきた。母のときも、相馬のときも、そうだった。

知っているか。

いちばん静かな殺し方は、何もしないことだと、私は前に書いた。

いちばん静かな継承も、同じだ。何も教えず、何も止めず、ただ、隣に立っている。それだけで、人は継がれていく。

私は、いまも帝都大学附属病院の心臓血管外科にいる。

手術は、今週も四件ある。難症例が二つ。どちらも、他院が断ったものだ。私は、それを引き受ける。たぶん、両方とも助かるだろう。

誰も、私を裁かなかった。

法も、世間も、組織も。裁こうとした者は、二人とも消えた。一人は手術台で、一人は記事の中で。

残ったのは、私と、私に似た若い男と、あの飴色のノートを持って病院を去った、一人の老人だけだ。

そのノートに私の名前が書いてあることを、私は知っている。

いつか、あの人が死ねば、あのノートは誰かの手に渡る。遺品として。誰も読まない紙束として。

それとも、誰かが読むのだろうか。

私は、その日を、恐れながら待っている。三十年、ずっとそうしてきたように。

――もっとも、待つだけの日々は、その年の秋に終わった。

学会から、思いがけない話が来たのだ。


(第十章 了)

(シーズン3 完)

 

 


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

次話もお楽しみにしていただけると嬉しいです。

感想やご指摘をいただけると、今後の励みになります。


(更新:毎日22時投稿予定)

隠岐群青

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