第三章 三年前の記事
心臓外科医・黒木誠、四十五歳。
彼には、開いた胸の奥から「その人の来歴」を読み取ってしまう才能があった。顔は笑える。言葉は飾れる。だが、心臓だけは嘘をつかない――。法が裁けぬ罪を、彼は手術台の上で、静かに裁いていく。生と死、家族、師弟、そして組織の闇へと沈んでいく、後味の悪い医療イヤミスです。手術・死・暴力などの描写を含みますので、苦手な方はご注意ください。どうか、最後の一行まで見届けていただけますと幸いです。
羽賀清人が最初に「おかしい」と思ったのは、一本の電話からだった。
三年半前。まだ、月刊誌の記者だった頃だ。編集部にかかってきた電話を、たまたま羽賀が取った。
女の声だった。五十代くらいだろうか。名乗らなかった。
「あの、こういうこと、そちらで扱っていただけるんでしょうか」
その手の電話は、月に何本もある。ほとんどは、話を聞いているうちに、事実と思い込みの区別がつかなくなる。羽賀は、いつものように、機械的に相槌を打った。
「息子が、去年、亡くなったんです。心臓に、機械を入れてまして」
その一言で、羽賀は、メモ帳を引き寄せた。
「機械の会社に、問い合わせました。そうしたら、その機械に問題はないと。ええ、丁寧でした。とても、丁寧に、そう言われました」
女は、そこで少し黙った。
「でも、同じ機械を入れていた方が、うちの息子のほかにも、亡くなっているんです」
「何人ですか」
「わかりません。ただ、患者会で、そういう話を聞いて」
羽賀は、その日のうちに、その女に会いに行った。埼玉の古い団地だった。
エレベーターのない五階建ての、四階だった。階段を上りながら、羽賀は、この人はここを毎日上り下りしているのか、と思った。
部屋に仏壇があった。写真の中の青年は笑っていた。線香の匂いと古い畳の匂いがした。
母親は、その写真の前に座った。羽賀にも座布団を出してくれた。
「この子は、几帳面な子でした」と、その人は言った。「機械を入れてからは、毎日、自分で脈を測ってました。手帳に書いて。心配性なんです、昔から」
その手帳を、羽賀は見せてもらった。日付と、数字と、その日の体調が、細かい字で書いてある。最後のページは、死ぬ二日前だった。
この手帳を、誰かが読んだのだろうか。
息子は三十四歳だった。
拡張型心筋症。心臓が膨らんで、うまく縮まなくなる病気だ。突然死の危険があるため、胸に機械を植え込んでいた。不整脈が起きた瞬間に、電気ショックを与えて心臓を戻す装置だという。
命綱だ。
その命綱を胸に入れて、青年は普通に働き、普通に暮らしていた。結婚の話も出ていた。
ある朝、布団の中で冷たくなっていた。
「機械は、動いていた、と言われました」と、母親は言った。「記録も、残ってると。だから、機械のせいではないと」
羽賀は、その母親の話を、四時間聞いた。
途中で何度も話は逸れた。息子が子どもの頃の話。中学のときの部活の話。結婚を考えていた相手の話。羽賀は、全部聞いた。こういう場では、逸れた話のほうに、本当のことが混じっていることがある。
帰り際、母親は玄関で羽賀に頭を下げた。
「すみません。こんな話、聞いていただいて」
「仕事ですから」
「でも、こういうことって、証明はできないんでしょう」
羽賀は、答えなかった。答えられなかった。
あのとき答えていれば、といまでも思う。何と答えればよかったのかは、いまもわからない。
それから一年、羽賀はその機械を追った。
メーカーはセイワ医科工業。国内では中堅だが、その分野では長く実績のある会社だった。
電池の残量表示に不具合があった。特定の条件が重なると、実際より多く残っていると表示される。つまり、まだ動くと思っているうちに、止まる。
止まったことに患者は気づかない。定期的な確認までのあいだ、命綱が外れたまま、生活を続ける。
この不具合を、社内の技術部門は、早い段階で把握していた。回収を求める文書も書かれていた。
その文書に決裁の判が押されなかった。
羽賀が最終的に手に入れたのは、その文書のコピーだった。渡してくれたのは、当時の技術部門にいた、四十代の社員だ。喫茶店で会って、封筒を受け取るのに、三か月かかった。
「これで、あなたは、どうなりますか」と、羽賀は訊いた。
「わかりません」とその男は言った。「でも、あのまま黙ってると、たぶん、俺が壊れる」
その男は、封筒を渡すとき、両手を使った。書類を渡す手つきではなかった。もっと重いものを渡す手つきだった。
羽賀はその手を、いまでも覚えている。
その男は四十一歳だった。子どもが二人いた。会って三度目に、初めて家族の話をした。上の子が野球をやっていて、日曜に試合を見にいくのだと言った。
嬉しそうだった。あの顔を、羽賀はいまも思い出せる。
原稿は四十枚になった。そして、活字にならなかった。
証明できるか、と編集長は訊いた。証明できない。それが、この件の核心だった。もともと突然死しうる病気の患者たちだ。機械が止まったから死んだのか、病気で死んだのか、区別する方法がない。
あの人は雑誌を守った。そこで働く三十人を守った。それを、羽賀はいまも間違いだとは思っていない。
――思っていないが、恨んでいないわけではない。
あの人は、いま、別の出版社の役員になっている。年に一度、業界紙にコメントが載る。ジャーナリズムの使命について、立派なことを言っている。
羽賀は、それを毎回読む。読んで、その日は仕事にならない。
いつか、あの人に読ませる原稿を書く。それが羽賀の、いちばん個人的な動機だった。人が十四人死んだこととは、何の関係もない動機だ。
両方が、羽賀の中にある。どちらが本物かと訊かれても、答えられない。たぶん、どちらも本物だ。
誰も間違っていなかった。ただ、十四人が死んで、それきりになった。
この件で羽賀が学んだことが一つある。
悪人は、いない。どの持ち場にも、その持ち場なりの正しさがあって、みんな、それに従っただけだ。それでも人は死ぬ。悪人がいないほうが、話は、ずっと厄介になる。
* * *
ノートに鵜飼庸介の名前を見つけた、その二週間後のことである。
羽賀は、いつものように、帝都大学附属病院の周りを歩いていた。
これも仕事のうちだ。病院の裏手の喫煙所。職員が使う定食屋。近くのコンビニ。そういう場所へ、羽賀は月に何度か行く。誰かと話すためではない。ただ、そこにいる。半年もそうしていると顔を覚えられる。顔を覚えられると、たまに、向こうから話しかけてくる者が出てくる。
その日、定食屋のカウンターで、隣に座った男が、電話をしていた。
白衣ではないが病院の職員だろう。事務方だ。声が大きい。
「――ええ、そうです。だから、そっちの病棟のほうに。ええ。……ああ、鵜飼さんね。はいはい。あの方は、医長のほうで診てますから」
羽賀の箸が、止まった。
鵜飼。
よくある名前ではない。だが、ないわけでもない。日本に何千人といるだろう。
羽賀は味噌汁を飲んだ。落ち着け、と自分に言った。同姓は、いくらでもいる。
それでも、その日の午後、羽賀は、あの手この手を使って、確かめた。
どうやって確かめたかは書かない。褒められた方法ではないし、褒められた方法で調べられることなど、この仕事には、ほとんどない。
鵜飼庸介、六十三歳。
入院中。担当は、心臓血管外科、黒木誠。
病名まではわからなかった。だが、心臓血管外科に入院しているなら、心臓のどこかが悪い。それだけで十分だった。
* * *
羽賀が辞表を出したのは、原稿が潰れた一週間後である。
誰も止めなかった。止められる立場の人間が、みんな、あの原稿を読んでいたからだ。読んでいて止められなかった。それだけの話だった。
問題は、そのあとだった。
羽賀は、その原稿を、他の媒体に持ち込んだ。三社、断られた。四社目で、一部だけ、匿名の形で載った。反響はほとんどなかった。
だが、羽賀が取材で回ったという事実は、会社の中に伝わっていた。
文書のコピーを渡した、あの技術部門の社員が、自宅で死んだのは、その二か月後だった。
自殺だった。
遺書には、家族への詫びだけが書かれていて、会社のことも、羽賀のことも、一行もなかった。
だから羽賀には、それが自分のせいなのかどうかがわからない。
葬儀の日程は人づてに聞いた。行こうとして、駅まで行って、そこから動けなくなった。ホームのベンチに二時間座って、そのまま帰った。
わからないまま三年が経っている。
あの男が社内でどう扱われたのか。誰かに何かを言われたのか。それとも、まったく別の理由があったのか。誰も教えてくれない。羽賀は葬儀に行かなかった。行く資格がないと思った。いまでも、そう思っている。
人が死ぬ話を書く人間は、いつか、自分の書いたもので人を死なせる。その覚悟があるか、と、若い頃に先輩に言われたことがある。あります、と羽賀は答えた。
嘘だった。覚悟など、一つもなかった。
妻が出ていく前の晩、こう言われた。
「あなた、あの件から、離れられないんでしょう」
「離れる気はない」
「そうじゃなくて」妻は、少し声を落とした。「離れられないの。あなたは」
その違いを、羽賀は、そのときは理解しなかった。いまは、わかる。
離れない、というのは、意志だ。離れられない、というのは、病気だ。
もし、あの記事が世に出ていたら。
羽賀は、いまでもそれを考える。出ていれば、賞を取ったかもしれない。取れば、あの家は続いていたかもしれない。娘は、いまも同じ家にいたかもしれない。
――それは、十四人の死とは、何の関係もない。
関係のないことを願う自分を、羽賀は隠している。誰にも言わない。言えば、この三年が汚れる気がするからだ。
その三年前の一件と、いま追っている外科医の件は、羽賀の中で、長いあいだ別のものだった。
片方は機械の話だ。組織が都合の悪い文書を握り潰した話。
もう片方は人の話だ。ひとりの医者が、手術台の上で何かをしているかもしれない、という話。
繋がる理由は何もなかった。
だから、あの夜、取材ノートの中に鵜飼庸介の名前を見つけたときも、羽賀は、それを偶然だと思った。三年前に会えなかった相手の名前が、ふと目に留まった。それだけのことだ。
定食屋から帰ったその夜、羽賀は、アパートの畳の上に、三年分の資料を並べた。
左に、セイワ医科工業の件。右に、黒木誠の件。
あいだに、鵜飼庸介の名前を、書いた紙を一枚、置いた。
繋がった。
繋がってしまった、と言うべきかもしれない。
三年前、羽賀を潰した男が、いま、羽賀が追っている医者の手術台に乗ろうとしている。
その意味を、羽賀は朝まで考えた。もし、羽賀の見立てが正しければ、あの外科医は鵜飼を殺すだろう。
そして、それは――羽賀が、三年前からずっと、誰かにやってほしいと思っていたことだった。
羽賀はその考えに、しばらく耐えた。耐えて、それから、洗面所へ行って、顔を洗った。
鏡の中に四十代の男がいた。前歯が一本欠けた、みっともない顔だ。
その男が笑っていた。
鏡の中の男は、三年前の、あの母親の顔を思い出していなかった。仏壇の写真の、笑っている青年のことも。封筒を両手で渡した男のことも。
書ける、と思っていた。ついに、書ける、と。人が一人殺されるかもしれないという話を、目の前にして、この男は、書けると思って笑っていた。
羽賀は蛇口を閉めた。水音が消えると部屋は静かだった。
――俺は、あの医者と、どこが違う。
その問いを、羽賀は、この三年で初めて、自分に向けた。
答えは出なかった。
ただ、一つだけ、はっきりしていることがある。あの外科医が鵜飼を殺したとして、それを書けば、羽賀の記事は、初めて世に届く。人が一人死ぬことで、俺の三年が、報われる。
そういう仕事を、俺は選んだのだ。
三日後、羽賀は病院の広報に取材を申し込んだ。断られた。
その翌週、鵜飼庸介の手術が行われた。成功、と関係者は言った。
羽賀は、その日、病院の外で四時間立っていた。中で何が起きているかは、何も見えなかった。
(第三章 了)
本作はフィクションです。登場する人物・団体・病院・地名・出来事はすべて架空であり、実在のいかなる個人・組織・医療機関とも関係ありません。
一、医療・外科手術・法医学・司法手続き(調査法解剖、死体検案書、関係法令等)に関する描写は、いずれも物語を成立させるための演出です。医学的・法的な正確性を保証するものではなく、現実の手技・手順・制度を忠実に再現したものでもありません。また、作中のいかなる行為についても、その再現・実行を意図し、あるいは推奨するものではありません。
二、本作は、殺人・児童虐待・自殺・毒殺などの重い主題を含みます。これらは物語の主題を描くための表現であり、そうした行為を肯定・助長する意図は一切ありません。
三、専門的・制度的な事項については、必ず各分野の専門家および公的機関の最新の情報をご確認ください。本作の記述をもって、現実の判断の根拠とすることはお控えください。
――この物語は、事実ではなく、物語です。
毎日、22時に投稿予定です。(全10章)
それでは、次の章で、またお会いできますように。
隠岐群青




