2-12 少年
曇天のある日、翔吾はコンビニで夕月に頼まれたノートを探していた。
店を出ると、通りの先にいる少年が目に入った。
残暑厳しい9月だと言うのに、長袖のTシャツを着て、ランドセルは背負ったまま。
平日の白昼、その子は道の隅で細く喉を鳴らすように泣いていた
翔吾は思わず立ち止まる。
体が反応したのではなく、心が。
昔の自分が声を上げたような気がした。
近づいたとき、少年は体を丸めて顔を隠した。
通り過ぎたスーツの男がその小さな身体につまづきそうになって、「迷惑だから座るなよ」と舌打ちをする。
翔吾はその男に何も言わなかった。
ただ、同じように少年の傍らにしゃがんだ。
「……もっと、声出していいんだぜ。」
少年は顔を上げず、少しだけ肩が動いた。
「なんかあった?」
学校は、なんて聞くほど野暮じゃない。
少年は嗚咽の合間にうなずいた。
目をこすったその指先は赤くなって、爪はガジガジにちびていた。
翔吾はズボンのポケットから夕月から借りっぱなしだったハンカチを取り出す。
「使って。俺のじゃないけど。俺が貰った優しさを特別に分けてやるよ。」
少年は戸惑いながらも素直に受け取る。
続けてコンビニの袋から自分用に買ったスポーツドリンクを取り出して、少年の手に握らせた。
「あのさ、俺は昔……、誰にも何も言えないまま、ずっと黙ってた。どっか痛くても泣かなかった。泣いたら、もっと惨めになって、壊れそうで怖かったから。」
少年は彼を見上げる。
その目は怯えているけれど、その奥に光があった。
翔吾は、ゆっくりと手を差し出した。
「帰らなくてもいい。……でも、今だけ、一緒に歩こうぜ。黙ってても、いいから」
少年が手を握った。
その細い指の隙間に、翔吾は過去の自分がまだ生きているのを感じた。
──これ誘拐とか、言われねぇかな……。
いつも利用するスーパーは日曜の朝にタイムセールをしている。
その帰り道、夕月は手にした袋を揺らしながら歩いていた。
翔吾はその隣にもう一つ大きめの袋を持って並んでいる。
「今日は暑いね。」
「本当だな。」
夕月が言うと、翔吾はTシャツの襟を引っ張って、顎から首元を拭った。
そのとき、前方に小さな人影。
リュックを背負った少年が、店の前でアイスを眺めて立ち止まっている。
「私たちもアイス食べる?」
夕月が店先に目を留めると、その子が不意に振り向いて、目を丸くした。
「……ねぇ、あの子どうかしたかな?」
翔吾は一瞬、動きを止めた。
少年が小走りで近づいてきて、2人を見上げる。
「あの、お兄さん……! このあいだは、ありがとうございました」
その声は少し恥ずかしげで、でもしっかりしていた。
夕月が驚いたように少年と翔吾を交互に見る。
「知り合い?」
翔吾は唇を噛んで、目を逸らした。
「……ちょっと前に道端で泣いてたから、ほっとけなくてな」
夕月が少年の顔を見て、優しく微笑む。
「そうなの? 今日は元気そうでよかった。どこか行くの?」
「図書館です。お兄さんに言われて……、ちょっと、行ってみようかと思って。」
翔吾は頬を掻いて、顔を逸らしたままだった。
「別に強制したわけじゃねえよ、なんとなくクーラーがありそうなとこ言っただけだし。」
夕月は、ふふ、と笑う。
それは、翔吾の照れを見抜いている笑みだった。
少年が夕月の方を見て、そうだ、と声を上げた。
リュックを探り、薄いビニール袋に包まれたハンカチを取り出す。
「これ、ありがとうございました。」
明らかに女物のハンカチと翔吾と夕月を順繰りに見比べて、迷ったように2人の間に差し出した。
「……おう。」
翔吾がそれを受け取ると、少年はちょっと生意気な笑顔を浮かべた。
「お兄さんに優しくしてくれた人って、このお姉さんですか?」
「おい! 余計なこと聞くな!」
翔吾が慌てたように声を張る。少年は「すみません!」と屈託なく笑って身を翻した。
走って行く彼のリュックが揺れる。少年の目指す先に、数人の子どもの塊が見えた。
翔吾はため息をついて、ポケットに手を突っ込みながら言う。
「……ほんとに、元気そうでよかった。なんか、もう大丈夫そうだな。」
「翔吾が助けたんだ。……かっこいいね。」
翔吾は、しばらく黙ってからぽつりと返した。
「かっこいいとかじゃねぇよ。あいつ、昔の俺と同じ顔してたんだ。……放っとけるわけ、ねえだろ。」
夕月はハンカチを取り出して、翔吾の首筋に浮いた汗の玉に押し当てた。
翔吾は、恥ずかし気な笑みを溢す。グラついていない声で続けた。
「……俺、ああいう奴ら助けてやりたい、かも。今勉強してんのって、そのやり方だよな。」
「やっぱりかっこいいじゃん。絶対応援する。」




