表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
第2章:解釈の分裂  作者: 都桜ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/5

2-3:外側の人間

「……待て。2人とも、いい加減にしろ。落ち着け!」


 三嶋は恐怖に耐えかねて2人の間に割って入り、白井のデスクからその黒い本を強引に引き寄せた。


 これ以上、この2人の異常な空間につき合わされては、自分の正気まで削り取られてしまう。

 

 三嶋は、初日に白井が見つけた、あの妙な文字列がある頁を意図的に開いた。


 あの不思議な視覚トリックのあるページを見せれば、これは単なる目の錯覚を誘発するパズル本だと証明でき、2人の頭も少しは冷えるかもしれないと思ったのだ。


 だが、三嶋が開いた頁にあったのは、初日の左右反転の文字列ではなかった。


 さらに複雑に、そしてより悪意を持って組み替えられた、上下が奇妙に対称となっている記号の群れだった。


 ɬ̥ʔ̦ ʑ̥ɤ̽ ɰ̄ʃ̇

 ɬ̥ʔ̦ ʑ̥ɤ̽ ɰ̄ʃ̇


(文字が変わってる……!?)


 三嶋の背中にどっと冷や汗が流れる。


 初日の文字列とは明らかに違う。だが、文字が勝手に変わったなどという狂った事実を、今この場で口にできるわけがなかった。


 そんな怪異を認めてしまえば、自分まであの2人のように、正気の境界線を踏み越えてしまう。


 それに、目の前で互いを罵り合っている2人にそんなことを指摘したところで、「植物が成長したんだ」「儀式が次の段階に進んだんだ」と、それぞれの都合のいい幻覚を補強する材料にされるのがオチだ。


 会話が通じない底なしの絶望の中で、三嶋ができることはただ1つ。


 この異常な本を、なんとしてでもただのパズルという現実の枠組みに、力ずくで引き戻すことだけだった。


「これを見てみろ!」


 三嶋は己の動揺を叩き潰すように、あえて大きな声を張り上げた。


「今度は記号の組み合わせが上下で反転している構造だ。

 これもただのグラフィックデザインか、中世のパズルの一種なんだよ!

 さっきの左右反転といい、そういう悪趣味な視覚トリックが仕掛けられた本なんだ!

 お前たちが熱弁しているような客観的な意味なんて、最初からどこにもないんだよ!」


「やはり、僕が正しい!」


 白井は三嶋の手元にあるその文字を覗き込み、己の勝利を確信したように勝ち誇った声を上げた。


「これは根と茎の関係図だ!

 上の行が地上の茎の広がりを、下の行が地下の根の侵食を表している!

 完璧な上下対称の植物構造じゃないか!

 これ以上の証明が必要か!?」


「違います! 反対です!」


 加瀬が白井の身体を押し退けるようにして、頁に顔を近づけて叫ぶ。


「これは生贄と神の関係です!

 上の行が天にいる絶対的な神への奉納を、下の行が地に堕ちていく肉体の解放を意味しているんです!

 儀式の手順そのものです! どうしてそれがわからないんですか!?」


 2人は文字を見つめたまま、それぞれの正解を、唾を飛ばしながら喚き散らす。


 三嶋は、言葉を失って、その白くて硬い紙面に刻まれた記号を見つめていた。


 三嶋の目には、それは相変わらず、ただの意味のない、不気味な幾何学模様にしか見えなかった。


 初日のような反転の錯覚すら起きない。何の感情も、何の映像も浮かばない。ただの冷たい、死んだ記号だ。


 自分だけが、何も読めない。自分だけが、この2人が見ている豊潤で狂った世界から、完全に弾き出されている。


 読めない側としての得体の知れない焦燥感と、急速に狂っていく周囲への恐怖が、三嶋の心の中でドロドロとした黒いタールのように混ざり合っていく。


「三嶋、君にはわからないのか?」


 白井が突然、言い争いを止め、冷酷な獣のような目で三嶋を見下ろした。


「これほど明確な構造が提示されているのに、君の脳は何も受信していない。哀れだな。

 言語の本質、生命の息吹を理解できない哀れな人間というのは、目の前に真理があっても気づかないんだ」


「何を言っているんですか、先生。真理が見えていないのは、先生のほうでしょう」


 加瀬は白井を冷酷な一瞥で突っぱね、そのまま、今度は軽蔑をこれでもかと孕んだ濁った瞳で三嶋を蔑んだ。


「でも、三嶋さんはそれ以下です。この神聖な文字の価値が何1つわからないなんて、本当にかわいそう。

 外側の世界にいる盲目の人間は、邪魔だからもうこれ以上触らないでほしいな」


 さっきまで激しく殺し合わんばかりに対立していたはずの白井と加瀬が、三嶋を読めない側として認識した瞬間、奇妙な、そして強固な一体感を持って連帯し始めた。


 その冷徹で非人間的な視線に同時に晒され、三嶋は胃を直接素手で雑巾のように絞られるような、強烈な嫌悪感に襲われた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ