17.ガチ勢の乱入と、カードゲーマーの謎の流儀。
圧倒的な魔力によるAランク魔獣のワンパン劇。
その余韻に浸り、同接30万人という前代未聞の数字にかりんがホクホク顔をしていると、通路の奥から派手な足音が近づいてきた。
「ヨーソロー!七つの海のお宝はぜーんぶ私のもの!海賊娘のキャプテン・ボニーだよ〜!……って、ちょっとアンタたち!!」
ビシッとポーズを決めて現れたのは、フリルたっぷりの赤い海賊コートに、黒のビキニアーマー、そして立派な海賊帽を被った、豊満なプロポーションの美女だった。
彼女の周りにも、かりんと同じような配信用のドローンが飛んでいる。
(あ、七海ボニーだ。探索者VTuber界隈じゃ中堅のベテラン……いつもは同接5万くらいあるのに、今は私の枠に吸われて悲惨なことになってるのね。ぷぷっ)
かりんが内心で嘲笑う中、ボニーは顔を真っ赤にしてズカズカと歩み寄ってきた。
「ちょっと後輩の星宮かりんちゃん!?いきなり私のリスナーをごっそり持っていかないでくれる!?こっちは今日、このAランクダンジョンを真面目に攻略する『ガチ企画』をやってたのよ!」
ボニーは腰のカットラス(海賊刀)をチャキッと鳴らし、かりん、そして拓真へと鋭い視線を向けた。
「だいたい何よ、その半裸にスウェットの男は!さっきから見てれば、剣も杖も持たずに紙切れ(カード)かざして遊んでるだけじゃない!神聖なAランク迷宮を舐めてるの!?」
怒り心頭といった様子のボニー。
配信歴の長さとAランク探索者としてのプライドが、この「ふざけた格好の素人(に見える)」拓真の存在を許せなかったのだ。
『ボニー船長がキレた!』
『でも船長、相手はさっきAランク魔獣をワンパンしたカバン男だぞ……』
『船長逃げて!マジでやばいから!』
ボニーの配信枠のコメント欄が必死に警告するが、怒りで視野が狭まっている彼女の目には入っていない。
「文句があるなら、実力で証明してみなさい!私がこのAランクダンジョンの厳しさを――」
「……おい」
突如、拓真の低く冷たい声が響いた。
彼は血走った目を細め、ボニーの海賊コスプレを上から下までジロリと舐め回す。
「なんだお前。『海』デッキ使いのテーマ・デュエリストか?」
「は、はぁ!?デュエリスト!?」
「いい歳して海賊のコスプレしてダンジョンうろついてるとか、相当気合の入ったカードゲーマーと見た。……いいぜ。このダンジョン、どうにも出現する敵が少なくて手持ち無沙汰だったんだ。相手になってやる」
拓真の脳内フィルターは、ボニーの気合の入った海賊魔装を「アニメに出てくるような、カードの属性に合わせたコスプレカードゲーマー」だと完全に誤認していた。
「な、ななな、誰がいい歳してよ!!私は永遠の十七歳、ぴちぴちの海賊娘のボニー船長よ!コスプレじゃなくてこれは由緒正しい魔装だし!……っていうか、決闘って、アンタ本気で言ってるの!?」
ボニーが青筋を立ててカットラスを構える。
「デュエリストなら、カードで語れ!先行は俺だ。……俺のターン、ドロー!!」
拓真はボニーの怒りなど完全無視で、ズボンのポケットをデッキに見立て、無造作に『実物のカード』を一枚シュバッ!と引き抜いた。それはギルド専用などではない、彼がこれまでの爆死で大量に余らせていた一般ネットオリパのノーマルカードである。
「ただの紙切れ引いて遊んで……舐めないでよね!【セブンオーシャン・スラッシュ】!!」
ボニーがAランク探索者としての本気の一撃を放つ。
海水を圧縮したような高水圧の斬撃が、凄まじい速度で拓真へと迫る。
しかし、拓真は慌てることなく、引いたばかりのノーマルカードをボニーに向けてかざした。
「甘いな。相手のターン中に無闇に攻撃を仕掛けるのは三流のやることだ。――手札からトラップカード発動!【聖騎士の絶対防壁】!!」
瞬間。
拓真のバグじみた魔力が、本来ならDランク程度の魔法盾しか展開できないはずの実物のノーマル・トラップカードへと一気に注ぎ込まれた。
バチィィィィンッッ!!!
空間が歪み、ダンジョンの通路を完全に塞ぐほどの、極厚で神々しい巨大な光の城壁が実体化した。
ボニーの必殺の斬撃は、その壁に触れた瞬間に「カンッ」と乾いた音を立てて弾き返され、あろうことかボニー自身へと反射した。
「えっ?……あぶぅっ!?」
反射した水圧斬撃をまともに浴びたボニーは、情けない悲鳴を上げて後方へと吹き飛び、壁に激突してずり落ちた。自慢の海賊帽がポロリと転がる。
「よし、俺のカードに対して発動するそっちのカード効果確認なしだな?じゃあ俺のメインフェイズ2に――」
「ま、待って、ストォォォォップ!!!」
拓真が次のカードを取り出そうとした瞬間、ボニーが土下座スライディングの勢いで拓真の足元へとすがりついた。
「ご、ごめんなさい!私が間違ってましたぁ!アンタただのバケモノじゃない!ていうかその壁なに!?どう見てもAとかSとかのランク級の防御結界なんだけど!?」
先ほどまでの威勢はどこへやら。ボニーは涙目で拓真の足にすがりつき、豊満な胸をこれでもかと押し当てながら見上げてくる。
「あ、あの!私、強い男の人ってすっごく好きかも♡ねえねえ、もしよかったら、私の海賊団に入らない?お給料弾むし、私直々の特別サービスも……」
圧倒的な力を見た瞬間、プライドを秒で投げ捨てて媚を売り始める。その切り替えの早さと少しばかりのポンコツ具合が、彼女が界隈で長く生き残っている理由だった。
『船長wwww即堕ちwwww』
『ババア無理スンナww』
『プライドどこいったwww』
『でも相手がカバン男じゃしゃーない』
『これだからボニー船長推せるんだよなぁ』
ボニーの枠も、かりんの枠も、両方のリスナーが大爆笑の渦に包まれている。
「ちょっと!泥棒猫!!私のボディーガードさんに気安く触らないでくれる!?」
かりんが慌てて割って入り、ボニーを引き剥がそうとする。
「なによ!良い男は早い者勝ちでしょ!後輩のくせに生意気ね!」
同接30万人のバズり男を巡り、腹黒後輩VTuberと、ポンコツ先輩VTuberによる、醜いキャットファイトが勃発した。
だが、当の拓真は、足元で揉み合う美女二人を一瞥すらせず、大きなため息をついてスマホを取り出していた。
「……ちっ、口ほどにもねえ。これなら普通にガチャ回してた方が有意義だったわ」
相手がデュエリストだと思って少しだけ期待したものの、一瞬で終わってしまった戦闘に心底ガッカリした様子で、拓真は再びガチャアプリの『10連ボタン』をタップし始めるのだった。




