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18/18

18.「私が本命よ!」と叫ぶ元カノと、完全スルーのガチャ廃人。

「だからぁ!ボディーガードさんを最初に見つけたのは私なの!海賊のコスプレおばさんはすっこんでなさいよ!」


「誰がおばさんよ!だいたいアンタみたいなヒョロヒョロの女じゃ、あの強靭な肉体を満足させられないでしょ!大人の魅力ってやつを教えてあげるのよ!」


「おホホホホ!お下品ですわねぇ!スウェットニキの本当のおマスターは、無限にお石をご提供できるこのわたくし、一条院ですわよ!」


 Aランクダンジョンの通路で、けたたましく響き渡る女たちの怒声と高笑い。


 同接30万人を突破した配信カメラの前で、腹黒トップVTuber、ポンコツ海賊VTuber、そして狂人令嬢による、仁義なき三つ巴のキャットファイトが繰り広げられていた。


 そんな騒がしい空間に。


「――待たせたわね、拓真!!」


 ヒールをカツカツと鳴らし、息を切らした女の声が響いた。

 

 振り返った三人の女たちと、ドローンカメラの視線の先。


 そこに立っていたのは、胸元が大きく開き、タイトなミニスカートという、ダンジョン探索には100%不向きな『男ウケ全振り』の勝負服に身を包んだ結衣だった。


 本来、Aランク迷宮に一般人がこのような無防備な格好で踏み込むなど、自殺行為以外の何物でもない。


 しかし、先ほど拓真が召喚した『幻星創龍』のデタラメな極大ブレスによって、入り口からこの階層までの直線上に出現していた魔獣やトラップは、分厚い壁ごと完全に『消し炭(更地)』と化していた。


 結衣はただ、モンスターが1匹もいない焦げ臭い一本道を、ツカツカと歩いてきただけである。


「……は?誰あの女。てか、なんであんな一般人がここまで来れてんの?」


 かりんが不快そうに眉をひそめると、結衣はビシッと指を突きつけて宣言した。


「拓真!もう大丈夫よ、私が助けに来たわ!そんな悪い毒婦たちから離れて、こっちへ来なさい!」


『はぁ?』


 かりん、ボニー、一条院の三人の声が、綺麗にハモった。


 結衣は勝ち誇ったような笑みを浮かべ、ツカツカと歩み寄ってくる。


「あなたたち、拓真の力とお金目当てで近寄ってるんでしょ!?でも無駄よ!私がいなくなって寂しくて暴走してるだけの不器用な男なんだから!彼を一番理解していて、メンタルケアまでできる『本当のプロデューサー(本命)』はこの私なんだから!」


 その堂々たる勘違い発言に、現場は数秒間、水を打ったように静まり返った。


 そして。


「……あー!思い出した!この前の配信で、ボディーガードさんのこと『ATM』呼ばわりして、裏で二股してましたーって自白してた痛い受付嬢じゃん!」


 かりんがパンッと手を叩き、容赦のない事実を突きつけた。


「なっ……!い、痛いってなによ!」


「えー?なにそれ最低。しかもギルドクビになったんでしょ?うわぁ……同接30万の配信に便乗して売名しに来たとか、マジで引くわー。海賊の私でもそんな浅ましい略奪はやらないわよ」


 ボニーが心底ドン引きしたような目で結衣を見下ろす。


「おホホホ!お無職の女がスウェットニキのおプロデューサーですって!?わたくしの『無限おスパチャ(ブラックカード)』に勝てるとでも思ってらっしゃるの!?お笑い種ですわー!」


 一条院が扇子で口元を隠し、高らかに嘲笑う。


 超人気VTuber、ベテラン海賊VTuber、そして個人資産数百億の超絶令嬢。


 圧倒的な美貌と社会的ステータスを持つ三人の女からの、フルボッコのカウンター。


「ぐっ……!こ、この……っ!」


 結衣の顔が、みるみるうちに赤から青へ、そして屈辱に歪んでいく。


 彼女の武器であった「エリート受付嬢」の肩書きはすでに失われ、今の彼女はただの『無職の二股女』でしかないのだ。


『うわぁ、ガチの痛い元カノ来たww』

『どの面下げて本命とか言ってんだよww』

『ATM発言で炎上したのにもう忘れてて草』

『女3人の論破が強すぎるwww』

『勝負服(笑)でダンジョン来んなww』


 配信のコメント欄も、結衣に対する大ブーイングと嘲笑で完全に埋め尽くされている。


「う、うるさいわね!周りがなんと言おうと、拓真が私を求めてるのよ!この前のあの嫉妬に狂った冷たい視線がその証拠よ!」


 完全に追い詰められた結衣は、最後のすがり先である拓真へと顔を向けた。


「ねえ拓真!この間のことはもう怒ってないわ、私が悪かったの!だから強がるのはやめて!あなたが本当に欲しいのは、私なんでしょ!?」


 結衣は涙目で、必死に拓真の腕に抱きつこうと手を伸ばした。


(ふふっ、チョロい男。あの時『ATM』なんて言ったのは言葉の綾だし、本心なわけないじゃない!私がこうやってちょっといい顔して甘えれば、どうせコロッと私に戻ってくるに決まってるわ。恥ずかしがっちゃって可愛いんだから♡)


 このままドラマティックに抱きしめられれば、女たちにも、リスナーたちにも完全勝利できる。そう信じて疑わなかった。


 しかし。


「――邪魔だ」


 結衣の手が触れる直前。


 拓真は、煩わしい羽虫でも払うかのように、結衣の手を冷たく振り払った。


「え……?」


 結衣が呆然と見上げると、そこには自分に対する「愛」も「嫉妬」も「未練」も一切存在しない、完全に虚無の瞳があった。


「あ?……なんだお前」


 拓真は心底鬱陶しそうに舌打ちをした。


「……えっ。た、拓真……?私よ、結衣よ……?この前も会ったじゃない!やっぱりまだ、あの時の言葉の綾を怒ってるの……?」


「結衣?あー……」


 拓真はスマホからわずかに目を離し、面倒くさそうに息を吐いた。


「まあ、たしかに付き合っていた期間はあるし、俺だって人間だ。多少の情は残っている」


「……っ!ほ、ほらやっぱり!だったら――!」


 結衣の顔にパッと希望の光が差した。「多少の情は残っている」。その言葉が、彼女の肥大化した勘違いに強烈な燃料を投下した。


(やっぱり私のことが好きなのよ!だったら、このまま許して――!)


「だったら、あの底辺女たちを追い払ってよ!私とまた一からやり直しましょう!?」


 結衣は勝ち誇ったようにかりんたちを見下し、再び拓真へすり寄ろうとする。


 だが。


「――で?その情もお前が全世界に向けて二股自白した時点で完全に終わっただろ。ていうか、彼氏の煉はどうしたんだ?」


「えっ……」


 バッサリと斬り捨てるような、あまりにも冷酷な声。


 一瞬見せた『付け入る隙』は、ただ結衣をより高い場所から突き落とすための罠のように、残酷に彼女を突き放した。


「れ、煉くんは……だってあいつ、借金背負ってただの底辺になっちゃったし……それに拓真のほうが今はお金も力もあるから……」


「悪いが今、俺のスマホは極限の集中モードに入ってんだ。頼むから電波が悪くなるような距離に近づくな」


「な、なにを言ってるの……?私、あなたのためにわざわざここまで……!」


「うるせえ。今、ギルド専用ガチャの『SSR確定虹色演出』が来てるんだよ!!この一瞬のロードの長さに命懸けてんだ!お前の薄っぺらい痴話喧嘩なんかに構ってる暇は1ミリもねえ!」


 拓真は結衣の存在など、文字通り『画面の隅のホコリ』以下にしか思っていなかった。


 彼の血走った目は、スマホの画面の中で眩い光を放つガチャの演出にのみ、完全に固定されている。


「う、嘘でしょ……?」


 全世界のリスナーが見守る中での、完全なる拒絶とスルー。


 肥大化していた結衣の自尊心は、木っ端微塵に粉砕された。恥辱と怒りで、結衣の顔が真っ赤に茹で上がる。


「あ,、あああ……っ!!バカァッ!もう知らない!勝手に底辺女たちと一生ガチャ回してなさいよこの廃人!!」


 結衣はボロボロと大粒の涙をこぼし、狂乱したように怒鳴り散らした。そして、顔を真っ赤にして踵を返し、ヒールを猛烈な勢いで鳴らしながら走り去っていく。


 だが、屈辱と涙で完全に前が見えなくなっていた彼女は、決定的な『ミス』を犯した。


「……あれ?ちょっと待って」


 それを見ていたボニーが、呆気にとられた声を出した。


「あの元カノさん……走っていった方向、出口(更地)じゃないわよ?思いっきりダンジョンの『未踏破エリア(奥)』に向かって全力ダッシュしていったんだけど……」


「えっ……ほんとだ」


「おホホ……あちらはまだスウェットニキが道をお掃除していない、魔獣だらけの地獄エリアですわよ……?」


 かりんたち三人が、ドン引きした顔で顔を見合わせる。


『元カノ出口逆ゥゥゥ!!www』

『ブチギレて奥に進んでいくの草』

『完全に自業自得の迷子でワロタ』

『Aランクの魔獣地帯にヒールとミニスカでダッシュは勇者すぎるww』

『※あの人は一般人(無職)です』

『放送事故確定www』


 コメント欄が同情と大爆笑で溢れかえる中。


 当の拓真は、一人で歓喜の雄叫びを上げていた。


「……よし!来た!確定演出からのSSR!!」


 スマホの画面には、神々しい光を放つトップレアのカードイラストがデカデカと表示されている。


「おい一条院!お前の金で引いたギルド専用ガチャ、マジでやばいカードが出たぞ!!」


「おホホ!素晴らしいですわスウェットニキ!……ですが、あのお無職の元カノさん、このままじゃ本当に魔獣の餌食になってしまいますわよ?」


 一条院が扇子をパタンと閉じ、結衣が消えていった暗い通路の奥を指差す。


 かりんとボニーも「さすがにヒールじゃ3分も持たないわよ」「配信的にガチの死人が出るのはちょっと……」とドン引きしつつも焦りを見せ始めていた。


「……はぁ」


 拓真はスマホから目を離し、深々と、心底面倒くさそうなため息をついた。


「いくら俺をATM扱いしたクズ女とはいえ……流石に俺の目の前で魔獣に食い殺されるのは、いい気分じゃねえな。夢見が悪くなる」


 彼とて、人の心を持たないサイコパスというわけではない。自分勝手な女とはいえ、かつて付き合っていた人間が惨殺されるのを放置するほど、倫理観が腐りきっているわけではなかった。


 拓真はボリボリと頭を掻き、バキッと首の骨を鳴らす。


 そして、まだ試していない『カード』もある。それをみてギラリと猛禽類のような笑みを浮かべた。


「それに……『カード』の実体化テスト(試し撃ち)には、うってつけの的(魔獣)がいそうだしな」


 命を救うという最低限の人道的配慮。


 だが、行動原理の半分以上は結局「ガチャのオモチャで遊びたい」という、筋金入りのゲーマー思考であった。


「おい、行くぞお前ら。元カノの救出……ついでに、ギルド専用ガチャ産・最強カードのお披露目配信だ」


「はいはい!しっかりカメラ回すわよー!」


「おホホホ!わたくしのおスパチャの結晶、とくと拝見いたしますわ!」


「ちょ、ちょっと待って!私も行くわよ!」

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