16.同接30万の神回配信と、画面越しに「私のためね!」と叫ぶ元カノ。
数日後。世田谷区内に存在するAランク指定の難関迷宮『深緑の暴竜領域』。
その入り口で、星宮かりんは配信用のドローンを空高く放った。
「はいどーも!みんなのアイドル、かりんちゃんだよ!今日はなんと、配信の最初からネットの噂の答え合わせをしちゃいます!昨日話題をかっさらった私のボディガードさん、つまりー『スウェットニキ』!……なんとその正体は、界隈で都市伝説になってたあの『カバン男』と同一人物でしたー!今日は私が専属プロデューサーとして、彼のダンジョン無双を特別配信しちゃいます!」
『マジかよ!!』
『カバン男=スウェットニキ説、ガチだったのかww』
『点と点が繋がったわ』
『バケモノすぎるだろwww』
配信開始からわずか数分。待機していたリスナーたちが一気に雪崩れ込み、同接数は瞬く間に30万人を突破した。画面の端では、凄まじい勢いで投げ銭の通知が滝のように流れている。
(ふふっ、笑いが止まらないわね……!)
かりんはドローンの死角で、ニチャァ……と会心の邪悪な笑みを深めていた。
これまで彼が『カバン男』であることは、ギルドに目をつけられて面倒な囲い込みを受けないよう、ひた隠しにするつもりだった。
だが、今はもうコソコソ隠れる必要はない。なぜなら――今の彼らには、個人資産数百億を誇る狂人令嬢、一条院という絶対的な『最強のスポンサー』がついているからだ。
(ギルドの上層部が規約違反だのなんだのと文句を言ってきたところで、一条院グループの圧倒的な財力と権力の前じゃ手も足も出ない。だったら、出し惜しみなんてしない。持てる特大の爆弾(話題)は全部投下して、極限までバズらせて数字と金を稼ぎ尽くしてやるわ……!)
カメラの先には、一条院が用意した「新品の1980円のグレースウェット(100着まとめ買い)」を身に纏った拓真が立っていた。
「おい、早く進もうぜ。カードの実体化ってのを見てみてぇ」
「はいはい、今行きますよー!それじゃあ皆さん、最強の男によるダンジョン蹂躙配信、スタートです!」
一方その頃。
蒲田の路地裏にある、壁の薄いボロアパートの一室。
「……なによこれ。同接30万って、どういうことよ」
ギルドを懲戒解雇された絶賛就活中の結衣は、安物のカップラーメンを啜りながら、スマホの画面を血走った目で睨みつけていた。
画面の中では、拓真が気怠げに歩いている。そして、目の前に巨大なAランク魔獣が現れた。
『おい一条院。そういやこれ、どうやって実体化させんだ?』
画面越しの拓真は、スマホではなく、今朝一条院のVIP権限を使って超速達で配送させたばかりの、分厚いアクリルケースに入った実物のカードを取り出した。
『おホホ!スウェットニキ、その実物のカードを持った手に魔力を込めて、空間に押し出すようにかざすんですの!……あ、お待ちになって!』
一条院がハッとして叫ぶ。
『一般のネットオリパのカードは、現実空間に実体化させる際にレベルが2段階下がってしまいますの!その一般Sランクカードでは、せいぜいBランク魔獣しか倒せませんわ!目の前のAランク魔獣には通用しませんことよ!』
『は?カードのパワー不足はプレイヤーの腕でカバーすりゃいいだろ』
『いやカバーできるレベルじゃ……って、ええええっ!?』
拓真がケース越しの『幻星創龍』に、自身の持つ規格外の魔力を力任せに注ぎ込んだ瞬間――カードが太陽のように爆発的な光を放った。
『来い、幻星創龍!!!』
空間が歪み、カードからモンスターが実体化する。本来ならBランク相当に弱体化するはずのそのドラゴンは、本来のサイズを何倍も上回る神々しい巨竜となって顕現した。
(カードの強さは元々のレアリティで固定されているはず。それなのに……まさか、スウェットニキの魔力で、限界を超えてステータスを異常に跳ね上げているとでも言うんですの……!?)
『くらいやがれ!幻星極炎!』
ダンジョンでのカード召喚の仕様を知り尽くしている一条院が画面越しに戦慄する中、その圧倒的なブレスが一撃でAランク魔獣を消し炭にし、配信のコメント欄が熱狂の渦に包まれる。
『wwww』
『強すぎワロタ』
『あれ一般のカードだろ!?Sまでしかないよな!?なんでAランクをワンパンしてんだよww』
『カードの性能って個人の魔力にある程度依存するって話だよな?』
『うぇwwwだとしたら魔力チートすぎるwww』
「う、嘘でしょ……?あんなバケモノみたいな魔獣を、ケース入りのカードかざしてるだけで……?」
結衣は信じられないものを見るように、箸を落とした。
あの「ガチャ廃人のモブ男」が、今やSランク探索者すら凌駕する力を見せつけ、数十万人から賞賛を浴びている。しかも、界隈で噂になっていた『カバン男』の正体まで彼だったというのだ。
その隣には、彼を「私がプロデュースする」とドヤ顔で語る星宮かりんと、億単位の課金石を惜しげもなく提供する金髪の令嬢がぴったりと寄り添っていた。
普通なら、ここで「逃がした魚はあまりにもデカすぎた」と絶望する場面である。
しかし、結衣の肥大化した自尊心と狂気的なポジティブ思考は、完全に現実を歪めて解釈し始めた。
(……そうよ。わかったわ。なんで拓真が、いきなりあんなに派手に暴れ回ってるのか)
結衣は、画面に映る拓真の気怠げな表情をうっとりと見つめた。
(私という優秀な専属受付嬢がいなくなって、寂しくて暴走してるんだわ!あんな底辺配信者と、頭のおかしい金持ち女に囲まれて……本当は居心地が悪くて助けてほしいのね!)
結衣の脳内では、かりんも一条院も「純粋な拓真を騙して利用しようとする悪い毒婦」へと変換されていた。
まぁ間違ってはいないのだが。
(かわいそうに。私と離れたからって、あんなに無理して強がっちゃって……不器用な男♡でも安心して。あなたの本当の価値を最初から分かってたのは、この私だけなんだから)
彼女は、自分がつい数日前に彼を「ATM」と呼び、浮気を暴露して見下していた記憶を完全に消去していた。
(あの女たちは所詮、拓真のお金と力目当ての寄生虫よ。拓真には、昔から彼を知っていて、メンタルケアまでできる私みたいな『本物のプロデューサー(彼女)』が必要なの!)
結衣はガタッ!と立ち上がり、クローゼットから一番露出度が高くて男ウケのいい勝負服を引っ張り出した。
(待っててね、拓真!今すぐ私がそのダンジョンに行って、悪い毒婦たちからあなたを救い出してあげる!そして……また二人で、トップ探索者と美人マネージャーとしてやり直すのよ!)
完全に現実を見失った結衣は、ボロアパートを飛び出した。
自分から縁を切ったはずの最強のガチャ廃人の元へ、凄まじい勘違いと下心を胸に秘めて、彼女は世田谷のダンジョンへと向かうのだった。




