15.限界おスパチャ令嬢の豪邸と、バケモノの共同管理契約。
「ちょっと待ちなさいよこの裏切り男ォォォッ!!一瞬でも信じた私がバカだったわ!!」
叫びながら、かりんは滑らかに発進しようとするリムジンの開いた窓に、決死のダイブを敢行した。
「キャッ!?な、何をしてますのこの底辺お配信者!お不法侵入ですわよ!」
「ガルルル!誰が底辺よ!この男は私が最初に見つけたの!独り占めなんて絶対に許さないわ!」
上半身を窓から突っ込み、バタバタと足を暴れさせるかりん。屈強な黒服たちが慌てて引き剥がそうとするが、かりんは底知れぬ執念で這い上がり、強引に車内へと転がり込んだ。
「はぁ、はぁ……っ!」
「お行儀の悪い……。お紅茶でもいかがかしら?」
「いただくわよ……っ!」
バチバチと火花を散らす女二人。
その横で、当の拓真はふかふかの本革シートに深く沈み込み、極上の笑顔を浮かべていた。
「おっ、この車Wi-Fi飛んでんじゃん。最高だな」
数億円は下らない特別仕様のリムジンに乗って、感動するポイントがそこである。
やがて車は、世田谷の超一等地にそびえ立つ、もはや城と見紛うレベルの豪邸に到着した。
「おようこそ、わたくしのお城へ!さあスウェットニキ、こちらが先ほどお約束した、限度額無制限の『おブラックカード』ですわ!さっそくあなたのおアカウントにお紐付けになって!」
「マジかよ……お前、一生ついてくわ」
拓真は神様でも見るような目で一条院を拝むと、光の速さでカード情報をスマホに入力し、高級ソファーに寝転がって狂ったように1000連ガチャを回し始めた。
画面をタップする指の動きは、もはや達人の領域に達している。
かりんはその異常な光景を見て、悔しげに唇を噛む。
(くっ……資本力が違いすぎる。このままじゃ、あの集金マシンが完全にこの狂人令嬢に寝取られる……!)
だが、転んでもただでは起きないのが星宮かりんという腹黒配信者だ。
彼女は頭をフル回転させ、一条院に向き直った。
「ねぇ、一条院さんだっけ。確かにあなたのお金はすごいわ。でも、ただ家でガチャを引かせて眺めてるだけで満足なの?」
「……どういう意味ですの?」
「あの男は規格外よ。ダンジョンの常識をぶっ壊すバケモノ。あいつの暴れっぷりを全世界に配信して、100万人、いや1000万人のリスナーがひれ伏す姿を見たくない?」
一条院の扇子がピタリと止まる。
「私は今日、同接15万を出した仮にも配信のプロよ。彼を一番輝かせる『見せ方』を知ってる。……資金提供と生活の保証はあなた。プロデュースと配信管理は私。二人でこのバケモノの『共同オーナー』にならない?」
「…………」
一条院は目を丸くし、それから扇子で口元を隠して。
「……おホホ。おホホホホホ!」
心底楽しそうに高笑いした。
「お面白い提案ですわね!わたくしの推し(スウェットニキ)のお尊い姿を全世界に布教し、おひれ伏しさせる……ええ、最高のエンターテインメントですわ!まぁ、貴方である必要はありませんが、その心意気を汲んでさしあげますわ~!」
「交渉成立ね」
「ええ。お共同管理契約、結んでさしあげますわ!」
女二人がガッチリと悪魔の握手を交わした瞬間。
「っしゃああああああ!!キタキタキタァ!!俺の虹演出ッッッ!!」
豪邸のリビングに、拓真の鼓膜を破るような絶叫が響き渡った。限界まで課金し、ついに訪れた歓喜の瞬間。スマホの画面では、ド派手なエフェクトと共に『S賞!Sランクモンスター 幻星創龍 鑑定評価グレード10 完美品確定!』の文字がデカデカと踊っている。
「よっしゃあああ!!超有名モンスターTCGのネットオリパ、ついにトップレアぶち抜いたぜ!!しかも最高グレードの鑑定品!!今の買取相場なら数百万は下らねえ!!」
「……はい?」「……おや?」
熱狂する拓真をよそに、かりんと一条院の頭上に巨大なハテナが浮かんだ。
「ち、ちょっと待ちなさいよ。あんた、あの決闘場で引いてたのも……その、ダンジョンの超強力な魔導具とか、アーティファクトのガチャじゃなくて……ただの紙のカードゲーム?」
「は?何言ってんだお前。ただの紙じゃねえ、由緒正しきTCGだ。特殊なアクリルケースに封印された最高評価の鑑定品なんだぞ。あーあ、早く実物拝みてえな……おい一条院、これお前の家に発送手続きしていいか?」
かりんは頭を抱えた。数百万という魔石(資金)が、たった一枚の『おもちゃのカード』に消えた。このダンジョンの法則を捻じ曲げる最強のバケモノの正体が、ただただ重度なカードオタクだったという事実に、言葉を失いかける。
だが、そのカードの名前を見た一条院は、パンッと扇子を打って目を輝かせた。
「おホホ!スウェットニキ、あなたもしかしてご存じありませんの?今、大流行しているそのモンスターTCGは、ただのお遊びではありませんわ!特殊なインクと魔獣の素材が使われておりまして、ダンジョン内で魔力を流せば、カードのモンスターを『実体化』させて共に戦える最強の召喚アイテムなんですのよ!?」
「……は?」
拓真の動きが、ピタリと止まった。
「おい……マジか?あのカードに書いてある効果テキストが、ダンジョンで実際に使えるってことか?俺の『幻星創龍』が、リアルで星属性のブレスを撃つってことなのか……!?」
「ええ!それも最高レアのカードともなれば、その力はSランク探索者にすら匹敵すると言われておりますわ。ただし、そのような強力なカードが排出されるおガチャは一般には非公開……探索者ギルドの専用サイトから、登録済みの探索者しかアクセスできない特別なものですのよ」
「……探索者ギルドの、専用サイト?」
拓真は目を丸くした。
そういえばガチャ代を稼ぐためにノリで探索者登録だけは済ませた。しかし、長ったらしいチュートリアル説明など完全に無視、そのままダンジョンへと直行した拓真にとって、それは完全に初耳の事実だった。
「なんだよそれ……そんな神仕様のガチャがあったのかよ……!俺が今まで回してたのは一般用のネットオリパだったってことか!?」
「おホホ!その通りですわ!一般のSランクのモンスターカードなんて実質Bランク探索者と同程度!スウェットニキもギルドでご登録されたばかりなのでしょう?ご自身のスマホからIDを打ち込めばログインできますわよ!」
「うおおおおおおおおっ!!マジだ!!探索者専用ガチャのバナーがある!!」
拓真は先ほどまで「鑑定品」として拝もうとしていた態度など一瞬で放り投げ、少年のように目を輝かせて歓喜の雄叫びを上げた。
「リアルでモンスター召喚とか、カードゲーマーの永遠の夢だろ!!おい一条院!早くそのギルド専用ガチャも引かせろ!すぐにでも実体化させてえ!!他のカードも引きまくって最強のデッキ組むぞ!!」
興奮のあまり、ソファーの上でピョンピョンと跳ねる半裸の男。その光景を見て、かりんと一条院の視線が、空中で交差した。
(……ねえ、これって)(ええ……そういうことですわね)
女二人の顔に、三日月のような邪悪な笑みが同時に浮かび上がった。
(この筋肉バカ、ただ「ガチャを引きたい」だけじゃなくて「引いたカードを実体化させて遊びたい」のね。だったら……)
(ギルド専用のレアガチャを餌にさえすれば……自分の『おデッキ』を試したいがために、どんな危険なダンジョンでも嬉々として潜ってくれますわね……!)
Sランクに匹敵する召喚カードすら、単なる「デッキパーツ」としてしか見ていない無自覚なバケモノ。彼はあまりにも扱いやすい『チョロいオタク』だったのだ。
「ふふっ……任せて頂戴、ボディーガードさん!私がその幻星創龍が一番映える、最高のダンジョンをリサーチしてあげるわ!」
「おホホホ!おカードの資金なら、わたくしが無限に出して差し上げますわよ!さあ、次はどのおガチャをお回しになりますの?」
「お前ら……マジで神かよ!!」
大喜びする拓真の両脇で、腹黒配信者と狂人令嬢がニチャァ……と黒い笑みを深める。二人の悪女による、痛快なダンジョン蹂躙配信の算段が整った瞬間であった。




