14.無限課金(おスパチャ)の令嬢、襲来いたしますわ!
蒲田ギルドを後にした拓真とかりんは、夕暮れ時のダンジョン街を歩いていた。
「ふふっ、ふふふふ……っ!」
かりんは先ほどから、隠しきれない邪悪な笑みを漏らしながらスマホの収益画面を眺めている。
同接15万人の投げ銭の嵐。それに加えて、絶対的な武力を持つ『最強のボディーガード』を合法的にゲットしたのだ。彼女の頭の中では、すでにタワマンの最上階で札束風呂に浸かる未来が完成していた。
「さーて!ボディーガードさん、まずは私の家に行きましょうか!契約書にサインして――」
「あ?いや、早くWi-Fi飛んでるとこ行けよ。俺は早くガチャを引かなきゃなんねえんだ。煉から貰った魔石を換金した現金はしこたまあるからな……へへっ、制限いっぱいまで回してやる……」
拓真は上半身裸に焦げたスウェットの残骸という通報スレスレの変質者スタイルにも関わらず、ひたすらスマホの画面だけを血走った目で見つめていた。
(こいつ、ほんとにガチャのことしか頭にないわね……まあいいわ。適当に課金させておけば首輪は繋いでおけるし、チョロいもんよ)
かりんが内心で舌を出した、その時だった。
キキィィィィィッッ!!
鼓膜を破るようなスキール音と共に、二人の目の前に一台の超高級リムジンが急ブレーキで横付けされた。
漆黒のボディに、悪趣味なほど金ピカの装飾が施されたその車体は、どう見てもそのスジのVIPか、頭のおかしい金持ちの乗り物だ。
「な、なによ……っ!?」
かりんが警戒して後ずさると、後部座席のドアが滑らかに開き、レッドカーペットが自動で展開される。
そして中から現れたのは――
「お見つけいたしましたわ!わたくしのスウェットニキ!!」
見事な金髪の縦ロールを揺らし、フリフリの高級ドレス(しかしよく見れば、素材は全てSランク級の魔獣の皮やミスリルで編み込まれた超高級魔装)を纏った、目鼻立ちのくっきりとした美少女だった。
彼女は降り立つなり、扇子をバサァッ!と広げて高らかに笑う。
「おホホホホ!先ほどのお配信、お背景と位置情報からお特定いたしましたけれどドンピシャですわ!わたくしの情報網にかかれば余裕ですわ~!」
「……は?誰だお前。てか、人の進路塞ぐな。あと30分でログインボーナスなんだ、早く帰らないと」
「自己紹介が遅れましたわね!わたくし、一条院と申しますわ!趣味はダンジョン探索と、お配信への限界おスパチャですの!」
その名前を聞いて、かりんの顔色が変わった。
(一条院……!?嘘でしょ、あの個人資産数百億って噂されてる、探索者界隈で一番ヤバい狂人令嬢……っ!都市伝説じゃなかったの!?)
ネットの有名コテハンであり、気に入った探索者や配信者には数千、億単位の金を躊躇なく投げつけることで有名な、歩く超ド級のATM。それが一条院だ。
「ちょっと待ってよ!この人は私の専属ボディーガードよ!勝手に手を出さないでくれる!?」
ガルルルっと、かりんが慌てて拓真の前に立ち塞がり、両手を広げて威嚇する。
しかし、一条院は扇子で口元を隠し、心底可笑しそうに目を細めた。
「お退きなさいな、星宮かりんさん。底辺から一瞬だけおバズりになったのはお見事ですけれど……あなたごときの薄っぺらいお財布で、この規格外の殿方を飼い慣らせると思って?」
「な、なんですって!?」
「スウェットニキがお求めなのは、ちっぽけなお給料やボロアパートなんかじゃありませんわ!――黒服!」
「ハッ!」
一条院がパチンと指を鳴らすと、リムジンから屈強な黒服の男たちが降りてきて、拓真の目の前に巨大なアタッシュケースをドンッ!と置いた。
ガチャリ、とケースが開かれる。
「……なっ!?」
かりんが息を呑んだ。
ケースの中に敷き詰められていたのは、目も眩むような虹色の光を放つ宝石の山。一つ数百万は下らない『超高純度レア魔石』が、まるでただの小石のように無造作に、ぎっしりと詰まっていたのだ。
「あ、あ、あああ……」
それを見た瞬間、スマホの画面に釘付けだった拓真の首が、ギギギ……と不自然な音を立ててケースのほうへと向いた。
焦点の合っていなかった瞳孔が、極限まで開く。
「スウェットニキ。わたくしの専属になってくださるなら、これを全ておガチャのお石にしていただいて構いませんわ。もちろん、これはほんの『お小遣い』。あなたの望むおレアカードが出るまで、わたくしが無限に『おスパチャ』いたしますわ!」
「無限に……ガチャが、引ける……?」
「ええ!わたくしのお財力と、あなたのお暴力!これでお世界を蹂躙いたしましょう!」
かりんは血の気が引くのを感じた。
(ヤバい!このカバン男、ガチャのことしか頭にないのに、こんな物理(札束)で殴られたら絶対寝返る……っ!)
「ダメよ!!ストップ、ストーップ!!」
かりんは拓真の腕に必死にしがみつき、苦肉の策で叫んだ。
「騙されないで!湯水のように石を使って当てるより、限られた資金の中で、ヒリヒリしながらアタリを引きにいく方が絶対に燃えるわよ!そういうギリギリの戦いこそがガチャの醍醐味じゃない!?」
「……ッ!」
その言葉に、ケースに伸びかけていた拓真の手がピタリと止まる。
「……確かに。なけなしの石で確定演出が来た時の脳汁は異常だからな。お前の言うことも、一理ある」
(よし、効いた!やっぱりゲーマーにはロマンを語るのが一番――)
かりんが内心でガッツポーズをした直後、一条院が優雅に扇子を揺らして微笑んだ。
「おホホホ!お貧乏人の負け惜しみですわね。でもスウェットニキ?結局のところ……何も気にせず『無限におガチャが引ける』方が、絶対に良くありませんこと?」
「違いない」
「秒ッ!?」
かりんの苦肉の策は、たった一秒で論破された。
一理あるとは思ったが、無限に引けるならそれに越したことはないのだ。それがガチャ廃人の真理である。
かりんの制止を完全に振り切り、拓真はアタッシュケースの中の虹色の魔石をわしづかみにすると、満面の笑みで一条院の手をガシッと握りしめた。
「お前……すげえ良い奴だな!!ついてくわ!!」
「おホホホホ!お契約成立ですわね!!」
「ちょっと待ちなさいよこの裏切り男ォォォッ!!一瞬でも信じた私がバカだったわ!!」
蒲田の夕空に、星宮かりんの魂の叫びが響き渡った。
最強のボディーガードを巡る、底辺腹黒配信者とヤバいお嬢様の、仁義なき引き抜き泥沼バトルの幕開けであった。




