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13.失墜するAランクと、すべてを失った元カノ。

 蒲田ギルドの最上階にある、防音設備が完備された特別尋問室。


 そこには、重苦しく冷え切った空気が漂っていた。


「――以上の理由により、煉。君をAランクからEランクへの降格処分とし、当ギルドへの出入りを無期限で禁ずる」


 ギルド長の冷酷な声が、尋問室に響き渡った。


「な、なんだと……!?Eランクへの降格!?ふざけるな、俺はAランクだぞ!蒲田ギルドのトップ層だぞ!!」


 手錠をかけられた煉が、血走った目で立ち上がろうとするが、両脇を固める屈強なギルド職員に力ずくで押さえつけられる。


「トップ層の人間が、Fランクの一般人に本気を出した挙句、アイテムの反射で自滅し……15万人の前でお漏らしをしながら泣いて命乞いをするのか?」


「うっ……!!」


 ギルド長の冷たい一瞥に、煉は顔を真っ赤にして言葉に詰まった。


「ち、違うんです!あいつはただの人間じゃない!本当にダンジョンの法則すら曲げるバケモノで……っ!」


「見苦しい言い訳はやめたまえ。星宮かりん氏から正式に『Sランク魔導具による正当防衛』の報告書が出ている。君もそれは認めていただろう」


「...それはっ」


 痛いところを突かれ、煉は奥歯を強く噛み締めた。


(あのアマ……!!)


 すべては星宮かりんのシナリオ通り。


 今更あの男の異常性を訴えたところで、完全に「プライドを粉砕されて錯乱した哀れな敗者」の戯言としか受け取られないのだ。


「それに、君のスポンサー企業からも先ほど連絡があった。今回の不祥事で株価が暴落し、多大な損害を被ったと。スポンサー契約解除はもちろんのこと……莫大な違約金と、あの『特注の魔装大剣』の未払いローン、一括返済を求められている」


「……あ?」


 数千万単位の借金。しかも、あの男に全財産の魔石をカツアゲされた今の煉には、到底払える額ではない。


「嘘だろ……俺はAランクだぞ……チヤホヤされて、金も女も思い通りで……こんな、こんなところで終わっていい人間じゃない……っ!!」


 床に崩れ落ち、頭を抱えて泣き叫ぶ煉。


 だが、ギルド長はその無様な姿に一切の同情を見せず、今度は隣で震えている結衣へと冷たい視線を向けた。


「結衣くん。君には懲戒解雇を言い渡す」


「ひっ……!」


「ギルド職員でありながら探索者の私闘を唆し、挙句の果てには15万人の視聴者の前で、当ギルドの風紀と品位を著しく貶める発言を繰り返した罪は重い。うちの電話は君へのクレームで鳴りっぱなしだ。君への退職金はもちろんゼロだ。明日までにロッカーの荷物をまとめて出ていきたまえ」


「ま、待ってください!私、ギルドの仕事に人生かけてきたんです!それに、私があんなこと言ったのは、拓真が……あのモブ男が私を怒らせたからで……っ!」


 エリートである『ギルド受付嬢』という肩書きだけが自慢だった彼女にとって、それは死の宣告に等しかった。


「私、煉に騙されたんです!煉が『あいつをボコボコにしてやる』って言うからついて行っただけで……私は悪くないんですぅ!!」


 結衣は泣き喚きながら、隣で絶望している煉へと指を突きつけた。


 その瞬間、煉の中で何かがブチッと切れた。


「てめぇ……ふざけんなよ!!俺がこんな風になったのは、元はと言えばお前があいつに絡んだのが原因だろうが!!」


「はぁ!?あんたが勝手に私闘なんてふっかけるからでしょ!そもそもAランクのくせして漏らして泣きじゃくったのはどこのどいつよ!!」


「ATMだのなんだの喚き散らして、全世界に恥晒したクソビッチが偉そうに口答えしてんじゃねえ!!」


「誰のせいで私がクソビッチ呼ばわりされてると思ってんのよ!あんたが無理やり手を出してきたんでしょ!!」


「おまっ...ナンパしたらほいほいついてきたのを忘れたとは言わせねーぞ!」


「そんな昔のこともう覚えてませーん」


「こいつっ...!!」


 かつては愛し合っていた(風に装っていた)イケメンAランクと美人受付嬢の、あまりにも醜い責任のなすりつけ合い。


 お互いの髪を掴み合い、唾を飛ばして罵り合う二人に、ギルド幹部たちは皆、心底軽蔑したような冷ややかな目を向けていた。


 ――数日後。


 蒲田ギルドの裏口。


「ほら、さっさと歩け元Aランク様。お前の違約金と未払いローン、何十年かかるか知らねえが、地下のブラックダンジョンで魔石掘ってキッチリ返してもらうからな」


 借金取りの男に首根っこを掴まれ、引きずられていく煉の姿があった。


「あぁ……なんで、どうして俺がこんな……いやだ……こんな底辺、いやだぁぁっ……!俺は上を目指せる男なんだぁあああ!」


 かつて高価な魔装を纏い、チヤホヤされていた男の惨めすぎる末路。


 だが、そんな元カレの哀れな姿を、結衣は遠巻きに冷ややかな目で見下ろしていた。


(ほんと、使えない男。サラリーマン時代はイケてたし、副業も当時はBランクだっていうから将来性を見越して乗り換えてあげたのに、結局ただの口だけの無能じゃない)


 結衣は私物の詰まった段ボール箱を抱えながら、フンッと鼻で笑う。


 彼女はギルドを懲戒解雇されたものの、煉のような莫大な借金や違約金を背負っているわけではない。職を失ったとはいえ、その気になればいくらでも次を見つけられるという根拠のない自信があった。


(それにしても……拓真、あんなに強かったなんて聞いてないわよ)


 結衣の脳裏に浮かぶのは、あの場にいたAランクの煉を赤子扱いし、大量の魔石をカツアゲしていた拓真の姿だ。


(なんかSランクのアイテムがどーとか言ってたけど、あんなの嘘。全部拓真の実力よ。私だって伊達にギルド職員やってないわ、直接あれを見れば流石に分かるわよ...まぁギルド上層部は配信でしか見てなかったみたいだから騙されたみたいだけど)


 しかも、今は同接15万人のトップ配信者である星宮かりんの専属ボディーガード。これからの収入も地位も、間違いなく煉なんかとは比べ物にならないほど跳ね上がるはずだ。


(……そうよ。あいつ、『俺はお前にはまだ多少の情があったんだがな』って言ってたじゃない!)


 結衣の都合の良い脳内フィルターが、拓真のあの哀れむような冷たい視線を、極限まで自分勝手に変換していく。


(私が煉くんと一緒にいたから、ヤキモチ焼いてあんな冷たい態度をとったんだわ!本当はまだ私のことが好きなくせに、久々に会ったからってちょっと強がってツンケンしちゃって……もう、男の嫉妬ってほんと不器用で可愛いんだから)


結衣は、15万人の前で拓真を「ATM」と罵倒し、浮気を堂々と暴露した自分の最悪な行動など、綺麗さっぱり棚に上げていた。


(やっぱり私を心から愛してくれているのは、拓真だけなのね。私がバカだった……本当に愛してくれてる人に今更気が付くなんて。...しょうがないなぁ。あんな底辺の女配信者なんかに騙される前に、私が大人になって、またヨリを戻してあげてもいいわ。うん、そうと決まれば、早く拓真に連絡しなきゃ♡)


 完全に現実を見失ったおぞましい勘違いの笑顔を浮かべ、結衣は軽やかな足取りで歩き出す。


 自分が拓真にとって「路傍の石以下」であるという絶対的な真実に、彼女が気づくのは……もう少しだけ先の話である。

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