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【穏やかなる日常と、わたしを取り戻すための時間】

【穏やかなる日常と、わたしを取り戻すための時間】


一月が終わり、身を切るような寒さが続く二月へ。


恋問持子は、芸能事務所『スノー』の社長である立花雪が用意した隠れ家で、穏やかな「休暇」を過ごしていた。


数日前までヨーロッパで悪魔や傭兵たちと繰り広げた死闘が、まるで嘘のような平和な日常だった。

七星宝剣によって魔王・董卓としての記憶と力を封印され、精神年齢が16歳の純朴な状態に戻っている彼女にとって、この時間は久々に「普通の女子高生」の感覚を取り戻すための貴重な日々であった。


時折、この隠れ家を訪れるのは、大親友であり義理の妹でもある風間楓だ。

日本の霊的防衛を担うTIAの特級エージェントである楓は、任務の合間を縫っては持子を外へと連れ出した。


「持子先輩、味噌ラーメンを食べに行きましょう。その後はカフェを巡って、ショッピングです」


楓の案内で街を歩くのは楽しかったが、雪からの厳命により、以前住んでいたマンションの周辺にだけは絶対に近づかないようにしていた。



     *



ある日の午後。

隠れ家に、もう一人の「自分」と、見慣れた天才陰陽師がやってきた。


雪と土御門朔夜の手によって創り出されたキメラの式神であり、持子の影である『六花(影持子)』と、彼女の創造主である朔夜だ。


六花は相変わらず傲岸不遜な「極黒の魔王」の振る舞いを完璧にこなしながら、学校生活や合気武道部での近況を楽しそうに語り始めた。


「部員の奴らめ、相変わらず騒がしくてな。この前など、部室で石狩鍋パーティをやって顧問に見つかり、こってり絞られておったわ!」


さらに六花たちは、東京ダンジョン『大禍つ炉』での再攻略ミッションにも参加していたという。

六花が放つ極黒の魔力と、直属の下僕たち——本多鮎、花園美羽、エティエンヌ、アスタルテ——そして合気武道部の面々や各クランが力を合わせ、迷宮の穢れを一掃したのだ。


驚くべきことに、かつて敵対していたアメリカの国家超常事態対策局『エクリプス』とは、中立を通り越して協力体制を築き、共に任務を完遂したらしい。


「よくやったな、六花。お前は僕の最高の傑作だ」


朔夜が六花を愛おしそうに見つめながら愛情たっぷりに褒め称える。

かつては傲岸不遜な「俺様」キャラを気取っていた彼だが、二人の間には完全に甘い恋人同士の空気が漂っていた。


六花は照れたように顔を赤くした後、ふと不思議そうに最近の「下僕たち」の変化について口にした。


「そういえば……最近、鮎やエティエンヌたちの様子がおかしいのだ。以前のようにエッチで軽薄な態度が減ってな。『尊いですわ……』とか『魔王様、まじ天使……』とか、やたらと崇拝するような接し方に変わっておるのだ」


六花は腕を組み、「普通の友達みたいになってしまって、なんだか気味が悪いぞ」と戸惑いを見せる。


その理由を、朔夜が静かに分析した。


「あいつらも本能的に感じ取ってるんだろうさ。六花……お前が繊細で、儚い存在だってことをな」


朔夜は六花の肩を優しく抱き寄せる。


「今のこの平穏は、奇跡的な均衡の上に成り立っている。だからあいつらは、お前を単なる煩悩の対象としてじゃなく、『皆を繋ぎ止める大切な存在』として尊重するようになったんだ」


その言葉に、六花は嬉しそうに照れ隠しの笑みを浮かべた。

朔夜はさらに真顔で断言する。


「ああ、六花は世界で一番可愛くて尊いからな」


「さ、朔夜……っ!」


真っ赤になった六花は、朔夜の耳元へ顔を寄せ、小さな声で囁いた。


「……この後で、わしをたっぷりと可愛がってくれ」


「ちょっと! 私の前でエッチな話はダメ!」


「エッチな行為は結婚してから!」と固く決めている持子が、たまらず説教を飛ばす。


朔夜は「ははっ、すんません!」と笑いながら平伏し、持子と六花は顔を見合わせて苦笑した。


ふと、持子は昔の記憶を思い出し、意地悪く笑った。


「朔夜君って、昔は私に惚れていたんだよね。私、『保留』にするって言ったの思い出したよ」


すると朔夜はニヤリと笑い返し、六花をぐっと力強く抱き寄せた。


「お前が保留にしている間に、こっちの良い女(六花)をものにしたからな!」


抱き寄せられた六花は、心の底から嬉しそうな顔をしている。

自分と全く同じ顔をした少女が、これほどまでに幸せそうに男の腕の中に収まっているのを見るのは、なんとも微妙な感覚だった。

決して嫉妬ではないが、なんだか無性に悔しい。


「……お幸せに〜」


持子は半眼になりながら、甘い空気を撒き散らす二人を部屋から追い出した。


(リア充爆発しろ!)



     *



静かになった部屋で、持子はふと息をついた。


自分は百合ではないが、騒がしかった下僕たちのことが少しだけ恋しく感じられた。

究極のマゾヒストである本多鮎、ヤンデレ気味の花園美羽、女体化した真祖の吸血鬼エティエンヌ、狂信的な豊穣の女神アスタルテ、そして不憫な元大悪魔のシャーロット(グレモリー)。


彼女たちの非常識な愛情表現も、今となっては温かい日常の一部だ。


持子は温かい紅茶を飲みながら、これまでの数奇な運命を思い返した。


ヨーロッパでの過酷な死闘。

自分と同じ顔を持つ六花との不思議な絆。

そして、『スノー』の社長である立花雪と天才陰陽師・朔夜の激しい衝突や暗躍。


色々なことがあったけれど、今こうして「皆で笑い合える穏やかな時間」があることに、心からの幸せを感じていた。


(この休暇は、記憶が曖昧なわたしが、わたし自身を取り戻すための時間なんだ)


持子は胸に手を当て、自らの決意を確かめる。


一ヶ月後には、再びヨーロッパへ渡らなければならない。

リュクス・アンペリアルのCEOであるエレーヌ・リジュが企てる『覚醒(Éveil)プロジェクト』が本格的に始動する予定だからだ。


これから先、さらに過酷な未来が待ち受けているかもしれない。

けれど、不思議と恐怖はなかった。


「今のわたしには、帰る場所と大切な絆があるから」


持子は窓の外の冬空を見上げながら、胸の中に灯る温かな支えをぎゅっと抱きしめた。


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