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【レプリカの魔王と、天才陰陽師の叛逆】

【レプリカの魔王と、天才陰陽師の叛逆】


窓の外に広がる東京の夜景は、まるで地上の星屑をぶちまけたように冷たく、それでいて眩しく瞬いていた。


都内の一等地にそびえ立つ超高級タワーマンション、その最上階に位置する恋問持子のペントハウス。

大理石の床や洗練された高級家具が並ぶその広大な一室で、影持子――土御門朔夜によって創り出され、雪の結晶の別名を与えられたキメラの式神『六花りっか』は、所在なげにシャープペンシルを動かしていた。


年が明け、世間は一月。

高校の三学期という、泣いても笑っても残り僅かな学生生活の最後の季節が、すでに幕を開けていた。


本物の持子が風間楓と共にヨーロッパへと旅立っている間、その身代わり(デコイ)としての役目を果たすため、六花は持子の制服に身を包み、何食わぬ顔で私立聖ミカエル学園の教室へと通い続けていたのだ。


机の上に広げられているのは、高校の教科書と、明日の時間割に合わせたノート、そして間近に迫った定期テストのためのプリントだった。


(……ふん。まさかこの天下の魔王たるわしが、夜を徹して人間の、それも高校生のテスト勉強などという世俗的な雑務に頭を悩ませることになるとはな。因数分解だの古典の文法だの、魔王の覇気の前には塵に等しいというのに……)


六花は形の良い眉をわずかにひそめ、心の中で尊大な魔王口調の愚痴をこぼす。


だが、その手元は驚くほど幾終面に、明日の学校の準備を整えていた。

カバンの中に教科書を収め、消しゴムの位置を直すその仕草は、生後間もない式神でありながらも、どこか生真面目な少女のそれだった。


聖ミカエル学園の教室の空気は、今、ひどくピリピリと張り詰めている。


周りの同級生たちは皆、人生の大きな分岐点である大学受験の一般入試や、それぞれの就職活動の最終局面に追われ、寝不足の目を血走らせながら騒がしく駆け回っていた。

ピリついた模試の結果に一喜一憂し、将来への不安から教室の隅で愚痴をこぼし合う――それが、十八歳の人間たちが送る、あまりにもリアルで、泥臭い『青春の終わり』の光景だった。


しかし、六花がその喧騒に巻き込まれることはなかった。


恋問持子という少女の未来は、高校卒業後、大手芸能事務所『スノー』の看板トップモデルとして、芸能界という名の戦場を本業にして生きていくことが、すでに決定事項として確定しているからだ。

進路指導の紙に悩む必要もなければ、受験票を握りしめて夜通し震える必要もない。


それ以上に、彼女たちの『裏の世界』は、今、奇妙なほどの静寂に包れていた。


かつては常に持子の肉体と魔力を狙い、闇の中から暗殺者や悪魔を送り込んできていた米国国家超常事態対策局『エクリプス』。

しかし、そのエクリプスによる東京ダンジョン最深部での暗躍は、過剰なまでの戦力を誇る魔王一派と合気武道部の活躍によって完全に粉砕されていた。


さらに、裏で糸を引いていた宿敵――エクリプスの司令官であり、前世における王允の転生体であったヴィンセント・オーウェンは、作戦の度重なる失敗と壊滅的な大損害の責任を問われ、中国へと事実上の失遷(左遷)を言い渡されていた。


盤面を脅かす直接的な牙は、今や綺麗に引き抜かれている。


目の前の敵という心配事が綺麗さっぱり消え去ったことで、六花に与えられたのは、生まれて初めて経験する、絵に描いたように平穏で、どこか拍子抜けするほど穏やかな日常だった。


本業であるモデル業に関しても、同様だった。


本物の持子がフランスのカタコンベで開花させた Sixth 天魔王マーラの力、そして流出した『愛欲の女神M』の写真による世界規模の熱狂――。

ヨーロッパの表経済と裏社会を文字通り完全平定し、世界的スーパーモデルとしての不動の地位をあちらで確立してきたため、日本国内での細々としたプロモーション活動は、立花雪社長の冷徹な采配によって「しばらくはブランディングのために静観する」として、意図的にスケジュールが止められていた。


ゆえに、仕事も、戦いも、今は何もない。

静まり返ったペントハウスで、明日の学校の準備をするだけの時間。


「静か、だな……」


ぽつり、と六花は呟いた。


シャープペンシルを机に置き、自らの細く白い指先を見つめる。

この平穏が、この騒がしくも愛おしい日常が、自分にとってどれほど贅沢で、そして残酷な『借り物の時間』であるかを、彼女は陰陽術の被造物として、誰よりも残酷に理解していた。


自分は本物の持子ではない。

彼女の記憶と容姿を完全トレースして造られた、ただの精巧なレプリカ。


いずれ本物が帰ってくれば、張り子の魔王としての役目は終わり、自分という自我は、解呪の霧と共に絶対的な『無』へと消えていく運命なのだ。


(怖いな……。消えたくない。わしは、まだ……あやつらと、そして――朔夜と、ここにいたいのに……)


ギュッと胸の前の制服を掴み、消え入りそうな恐怖に身体を震わせた、その瞬間だった。


手元に置いていた通信端末が、冷徹なアラート音を鳴らして短く震えた。

画面に表示されたのは、創造主であり、副マネージャーである土御門朔夜からの、決定的な報せ。


『――オリジナルが帰還した。作戦は最終段階へ移行する。スノー本部へ来い』


心臓が、跳ね上がる。

ついに、終わりの合図が鳴り響いたのだ。


「あ……あ、あ……っ」


喉の奥から、言葉にならない悲鳴が漏れ出す。


役目を終えた。

それはすなわち、自分という存在の消滅を意味する。


途端に、背筋から脳天を突き抜けるような凄まじい絶望と、死への恐怖が六花の肉体を支配した。

だが、それと同時に彼女の胸の奥からせき切ったように溢れ出したのは、他でもない――土御門朔夜に会いたい、彼の腕に抱かれたいという、狂おしいほどの情念だった。


「朔夜……っ、朔夜……!!」


魔王としての傲然たる虚勢をかなぐり捨て、六花は自らの極黒の魔力を暴走させるようにして空間を跳躍した。

行く先は、深夜のスノー本社ビル。彼が待つ、あの静寂の部屋へと。


     *


スノー本社ビル、副マネージャー室。


月光だけが差し込む薄暗い部屋の空間が歪み、漆黒の霧と共に六花が姿を現した。


「朔夜……っ!」


机に向かって書類を整理していた銀髪の美少年――土御門朔夜が、驚愕に目を見開いて立ち上がる。


彼の前に現れたのは、いつもなら顎を突き出して「天下の魔王」を気取っている誇り高きレプリカではなかった。

大粒の涙を黄金色の瞳からボロボロと溢れさせ、肩を激しく震わせる、あまりにも脆弱で、健気な一人の少女の姿。


六花は朔夜の姿を認めるなり、なりふり構わずその胸へと激しく飛び込んだ。


「わ、わしは……っ、わしは偽物だ……! お前が創った、ただの使い捨ての人形なのだ……っ!」


朔夜のスーツの胸元を、白磁の指先が引きちぎらんばかりに強く掴む。

これまで必死に、健気に演じ続けてきた魔王の仮面が、彼の温もりに触れた瞬間に木端微塵に砕け散っていく。


「本物が、帰ってきた……っ! だったら、わしの役目はもう終わりだろう!? わしは、消されるのか……!? 解呪されて、塵になって、お前の前から完全にいなくなってしまうのか……っ! 怖い、怖いのだ、朔夜……っ! お前と離れたくない……っ、お前に、忘れられたくないぃ……っ!!」


声をあげて、子供のように号膝する六花。

175cmの絶世の身体が、生まれたての小鹿のようにガクガクと激しく震えている。


そんな彼女の、魂を削り出すような絶望の叫びを、朔夜は力強く、その身体ごと抱きすくめた。


衣服を濡らす涙の熱を感じながら、天才陰陽師は六花の細い腰を、壊れるほどに強く抱きしめ返す。

その瞳には、式神を管理する冷徹な術者の影など微塵もなかった。

一人の男としての、狂おしいほどの愛と執着がギラギラと燃え盛っていた。


「……誰が、お前を消すなんて言ったよ、六花」


低く、獰猛なまでの雄の響きを持った声が、彼女の耳元を打つ。


朔夜は六花の顔を強引に引き剥がすと、涙で濡れたその頬を両手で挟み込み、真っ直ぐに視線を射抜いた。


「お前はただのダミーなんかじゃねえ。俺の血と術式を注ぎ込んで創り上げた、俺の人生で最高の傑作だ。俺の心をこんなにも熱くして、めちゃくちゃに掻き乱した、世界で一番美しくて……残酷な花だ」


「あ、う……あ……」


「擬似的な魂だろうが何だろうが関係ねぇ。お前の役目が終わろうが、世界の均衡がどうなろうが、俺がお前を『無』になんか帰らせるかよ! たとえ雪先生が相手だろうと、世界中を敵に回そうと、俺がお前の存在をこの世界に、俺の隣に繋ぎ止めてやる!」


それは、定められた運命に対する、天才陰陽師の絶対的な反逆の宣誓だった。


朔夜の圧倒的な全肯定の言葉に、六花の擬似的な心臓が、ドクンと大きく波打つ。


「俺の命が終わるまで、お前はずっと俺の中にいる。お前は、俺だけのものだ――六花」


「朔夜……あ、あぁぁ……っ!」


名付け親である彼から紡がれる、あまりにも重く、激しい愛の告白。

六花が甘い悲鳴を上げる隙すら与えず、朔夜の唇が強引に彼女の唇を塞いだ。


激しく、貪るような、熱い口づけ。


朔夜は衣服のポケットから呪符を取り出すと、一突きで室内の明かりを完全に遮断する結界を展開した。

二人はもつれ合うようにして、室内の奥にある大きな革張りのソファへと倒れ込む。


「あ……ん、んぅ……っ、は、あ……っ」


唇が離れた瞬間、六花の口から、熱く蕩けた吐息が漏れ出す。


下僕たちから疑似的な魂のパスを繋がれている六花の肉体は、他者からの干渉や快楽に異常なほど弱い『キブ極の敏感体質』だ。

朔夜の指先が、トップモデルとしての完成された肢体を衣服越しになぞるだけで、全身に激しい電流が走ったようにビクビクと身体を跳ねさせる。


「ひ、ひゃんっ! あ、だめ……っ、朔夜、そこは……っ、熱い、熱いのだ……っ!」


「静かにしろよ、魔王様。いつもみたいに傲慢に、俺を蹂躙してみせろよ……っ」


「そんなの、無理、に決まっておるだろう……っ! お前の前で、勝てるわけが……あひぃっ!?」


小柄な美少年の外見からは想像もつかない、肉食系男子としての圧倒的なリードと包容力。


六花の制服が容赦なく剥ぎ取られ、月光の下で、白磁の美しい肌と豊満なプロポーションが露わになる。

しかし、どれほど身体が大きくとも、その主導権を握っているのは完全に朔夜だった。


細い指先が、熱い愛撫が、六花の最も敏感な境界線を容赦なく侵食し、開発していく。


触れられるたびに、六花の中の魔王としての虚勢は木端微塵に砕け散り、ただ朔夜の愛を求める一人の雌としての本能が暴き出されていった。


「あぁぁっ! 好き、好きなのだ朔夜……っ! 奥まで、もっとわしをめちゃくちゃに満たしてくれぇっ!」


「ああ、壊れるまで愛してやるよ……六花……っ!」


互いの存在を、その魂の形を、命の終わりまで絶対に忘れないように。


二人は互いの肌を、肉を、魂のパスを激しく擦り合わせ、濃密で深い混沌の夜へと溺れていった。

六花の上げる甘い嬌声と、朔夜の荒い息遣いが、深夜の副マネージャー室をいつまでも、いつまでも熱く揺らし続けていた。


単なる「影」ではなく、共に戦い、己の心を奪った唯一無二のパートナー。

その絆を身体と魂に深く刻み込むように、二人の夜はどこまでも濃厚に、更けていくのだった。


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