【七星宝刀・精神決戦 ―魔神を喰らう真・恋問持子―】 奈落の底の救済、そして真の覚醒
【七星宝刀・精神決戦 ―魔神を喰らう真・恋問持子―】
奈落の底の救済、そして真の覚醒
深く、暗く、冷たい意識の底。
光すら届かない精神世界の最下層――『魂の奈落』。
魔神マーラが見せた立花雪の幻影に裏切られ、覇王としての力をすべて吸い尽くされた董卓の魂は、終わりのない暗黒の中を真っ逆さまに墜落していた。
「……ぬう、あが……ッ」
どれほどの時間が過ぎたのか。
『七星宝刀』の呪縛によって表層の意識から切り離され、絶対的な闇の檻へと沈められた魔王・董卓の魂は、ふわりと漂う、どこか懐かしく甘い香りに目を覚ました。
董卓は、己の醜い顔を両手で覆った。
通常の人間の1.5倍はある巨体、脂肪と筋肉が異様に盛り上がり、皮膚には食らってきた者たちの「顔」が歪んで浮かぶ、醜悪極まる暴君の真の姿であった。
天下を恐怖で支配しながらも、常に暗殺に怯え、民に呪われ、ただ己の肉の重みに喘ぐだけだった、あの血生臭い地獄のような日々。
「嫌だ……。あんな孤独は、もう御免だ……っ!」
覇王としての矜持も忘れ、董卓は泥にまみれてうめき声を上げた。
18歳の少女として過ごした穏やかな日々、仲間たちとの食事、立花雪の温もり。
一度でもあの「光」を知ってしまった魂にとって、この孤独な闇は死よりも耐え難い。
もう一度、あの光の世界へ帰りたい。あの温もりの中に、帰りたい。
「……可愛い、わたくしのご主人様(太師)」
不意に。
背後から、鈴の鳴るような、甘く透き通った声が響いた。
ビクンッ! と、董卓の巨大な身体が跳ねる。
幻聴ではない。その声は、千年の時を超えてもなお、董卓の魂の最も深い部分に突き刺さっている、たった一人の女の声だった。
董卓が恐る恐る振り返る。
そこには、月光を背負い、天女のように美しく微笑む一人の女が立っていた。
今の持子の肉体と瓜二つの、息を呑むほどの絶世の美貌。
白磁の肌と黄金の瞳を持つ彼女は、薄絹の衣を風に揺らし、悲哀と慈愛の入り交じった瞳で、地に伏せる醜い男を見つめている。
「貂蝉……!?」
董卓は、弾かれたように後ずさった。
「来るな! 見るでないッ!!」
董卓は自身の突き出た醜い腹を隠すように身体を丸め、顔を背けた。
持子の、神が計算し尽くしたような黄金比の美しい身体を知ってしまった今、己の本来の醜悪さが、以前よりも何百倍も呪わしく、恥ずかしく感じられたのだ。
今の自分は、こんなにも清純で美しい彼女が、直視してよい存在ではない。触れてよい存在ではない。
しかし。
貂蝉は、董卓の拒絶など気にも留めない様子で、迷うことなく歩み寄ってきた。
そして、その白く細い、折れそうなほど華奢な両腕を、董卓の脂ぎって汗ばんだ太い首へと、躊躇いなく回したのだ。
「な……っ」
「何を仰るのですか。……ああ、この温かさ。この重み。これこそが、わたくしの愛する董太師」
貂蝉は、董卓の汗にまみれた醜い胸板に、自らの美しい頬をピタリと擦り寄せた。
「姿がどのように変わろうとも、あなたが背負った業の深さも、魂の輝きも、わたくしにはすべて見えております。隠す必要など、どこにもありませぬ」
「貂蝉……」
その、あまりにも深く、すべてを赦す慈愛に満ちた言葉が。
董卓の、冷え切って固まっていた心の芯を、ドロドロと溶かしていった。
「う、おおおおおおっ……! 貂蝉……ああ、貂蝉ッ!!」
董卓は、まるで子供のように声を上げて泣き出し、その巨大な頭を彼女の柔らかな胸元に深く埋めた。
前世での裏切りの記憶も、己が殺された時の絶望も、今はどうでもよかった。
ただ、彼女がここにいて、自分を抱きしめてくれている。
その事実だけが、董卓のすべてだった。
「聴いてくれ、貂蝉。わしはもう、天下も、権力も、魔王の座さえもいらぬ! あんなものは、ただ己の孤独を誤魔化すための、空虚な飾りに過ぎなかったのだ……!」
董卓は、彼女の細い腰を、折れてしまわぬよう細心の注意を払いながらも、力強く抱きしめた。
魂の底から絞り出すように、己の真実の願いを告げる。
「おぬしさえいれば……おぬしの隣にいられるのなら、わしは魔王などではなく、ただの……ただの醜い、一人の男で構わぬ! おぬしを愛し、おぬしに愛されるだけの、無力な男として生きたいのだ……っ!」
暴逆の限りを尽くした魔王の、あまりにも惨めで、切実な告白。
貂蝉は、董卓の背中を優しく撫でながら、月の光のように静かに微笑んだ。
「……ええ。わたくしも、あなた様がただの『男』であっても、そのすべてをお守りいたしますわ」
貂蝉の顔が近づく。
甘い吐息が交じり合い、彼女の柔らかい唇が、董卓の無精髭に覆われた荒い唇へと重なった。
その優しい口づけが、董卓の魂に絡みついていた『魔王』としての強迫観念と呪縛を、甘く溶かしていく。
「貂蝉……っ」
董卓は、初めてだった。
恐怖で他者を支配する野心でもなく、己の権力を誇示するための暴力でもない。
ただ、目の前の女を狂おしいほどに愛しているという、純粋な雄としての熱情に突き動かされ――
董卓は、月光の差す草の褥へと、彼女を静かに押し倒した。
岩のように重苦しく、分厚い巨躯が、華奢な薄衣の彼女を上から覆い隠す。
醜悪な肉の塊と、神が創り出したかのような完璧な美の結晶。
対極にある二つの存在が、月光の下で一つに溶け合おうとしていた。
「太師……わたくしのすべてを、あなた様に……っ」
貂蝉は、董卓の重圧を嫌がるどころか、自らその細い腕を彼に絡ませ、魂のすべてを深く受け入れるように微笑んだ。
董卓の、覇王として猛り狂った巨大な愛と魔力が、貂蝉の白く柔らかな霊性の奥底へと、境界を溶かすように深く、容赦なく沈み込んでいく。
――ドクンッ……! 魂の最深部が熱く交わり、脈打つ。
「あ……っ、ああぁッ! 太師……っ、わたくしの……魂が、あなた様で、いっぱいに満たされていきます……っ!」
「貂蝉ッ! おぬしだけだ……この狂った世界で、おぬしだけが、わしの真実だ!!」
董卓は、彼女の細い首筋に顔を埋め、その柔らかな肌にすがりつくように唇を這わせた。
静謐な蓮池のほとりに、重なり合う魂と魂が立てる、生々しく、熱烈な波長が響き渡る。
董卓の額から滴る汗が、貂蝉の白い胸元へと落ちる。
その重圧も、獣のような荒い息遣いも、貂蝉はすべてを愛おしそうに受け入れ、醜い彼の広い背中に、爪が白くなるほど強くしがみついた。
「離さぬ……もう二度と、おぬしを離さぬぞ! このまま、わしらだけの世界へ……ッ!!」
「はい……っ、もっと……! その大きな器で、わたくしを押し潰して……あなた様の熱で、わたくしを滅茶苦茶にして……あぁッ!!」
董卓の野獣じみた、だが彼女への愛に満ちた深い精神のうねりに、貂蝉は瞳を潤ませ、弓なりに反って激しく身悶えする。
その可憐で完璧な顔が、自分という醜悪な男によって深い情愛に染め上げられていく光景。
それこそが、董卓にとって何にも勝る、最高の救済であった。
「いくぞ……っ! 貂蝉ッ!!」
「あ……あああああッ!! いっしょに、あなた様ぁあッ!!」
魂の底からの叫びとともに。
董卓の熱く、濃密な生命のエネルギーが、彼女の魂の最深部へと一気に解き放たれた。
二人の精神が、魂が、限界を超えて激しく震えながら一つに溶け合い、絶対的な白光の渦の中へと叩き込まれていった。
激しい霊的結合の余韻に包まれながら、董卓は貂蝉の柔らかな魂を、その巨躯で大切に包み込んでいた。
脂ぎって汗ばんだ肌と、仄かに紅潮した白磁のような肌。
月光の下で身を寄せる二人の姿は、醜悪さと美しさが奇跡的なバランスで調和し、一つの名画のような神聖さすら漂わせていた。
「ああ、貂蝉……。このまま時が止まればよい。わしは、おぬしという救いを得て、初めて『生きていた』と実感しておる」
董卓がその太い指で、彼女の汗に濡れた黒髪を愛おしそうに梳いた時。
貂蝉が、伏せていた長い睫毛をゆっくりと持ち上げ、その瞳に一筋の涙を浮かべて彼を見つめた。
「太師……。わたくしからも、一つ、お伝えしなければならないことがございます」
その真剣で、どこか悲壮な眼差しに、董卓の心臓が不規則に跳ねた。
彼女は、身を起こし、董卓の厚い胸の肉にそっと掌を添え、震える声で紡ぎ始めた。
「わたくしを、ここまで愛してくださって……本当にありがとうございます。ですが、太師」
貂蝉は、意を決したように息を吸い込んだ。
「最初は……義父(王允)の命でした。暴君であるあなた様を惑わし、内部から崩壊させ、この国を救うための道具として……わたくしは、あなたの元へ送り込まれたのです」
「……」
董卓は無言で聞いていた。その事実は、前世の最期に薄々感づいていたことだ。
「正直に申し上げれば、最初は……あなた様に触れられることが、怖くて、汚らわしくて、嫌でたまらぬ時もありました。いつ殺されるかと、毎夜震えておりました」
董卓の身体が、ピクリと強張る。
しかし、貂蝉は彼が逃げるのを許さないように、その太い首に両腕を回してしがみついた。
「ですが、太師。あなた様の深い孤独に触れ、その不器用で無骨な愛に触れるうちに……わたくしの偽りだったはずの心は、いつしか本物の情愛へと変わっていきました。今も、これからも……わたくしは、あなた様を愛してやみません」
「貂蝉……おぬし……」
董卓の瞳から、再び熱いものがこみ上げてくる。
だが、貂蝉の告白はそれだけでは終わらなかった。
「……けれど、お詫びしなければなりません。わたくしのせいで、あなた様と奉先(呂布)様は親子としての絆を引き裂かれ……わたくしが、奉先様を唆して、あなた様を殺させてしまった。あの凄惨な結末を招いたのは、この、悪い女でございます」
貂蝉の瞳からこぼれ落ちた涙が、董卓の胸に落ちて熱く弾けた。
「そして……もっとも罪深い告白を、お許しください」
貂蝉は、董卓の瞳を真っ直ぐに見据えた。
その目には、狂気にも似た真実の愛が宿っていた。
「わたくしは今、こうしてあなた様に抱かれ、あなた様を心から愛しております。ですが……それと同じほどに、わたくしは、奉先様のことも愛しているのです」
「――――ッ」
董卓の喉が、引き攣ったような音を立てた。
嫉妬、怒り、悲哀。さまざまな感情が、胸の奥底で嵐のように渦巻く。
かつて自分を殺した憎き男を、目の前の愛する女が「同じほど愛している」と告げたのだ。
だが、そのどす黒い感情を上回ったのは、彼女のあまりにも率直で、残酷なまでの「誠実さ」への感銘であった。
「わたくしは、お二人を天秤にかけることなどできぬ、どうしようもなく狡くて、悪い女……。それでも、太師。あなた様は……こんなわたくしを、愛してくださいますか?」
貂蝉は、すがるような、それでいて董卓の器のすべてを見透かしたような、妖艶な微笑みを浮かべた。
董卓は、その言葉を聞いて、己の醜い顔を大きく歪ませた。
そして。
「……ふっ、ははは……っ! はーっはっはっは!!」
笑っているのか、泣いているのか分からぬような表情で、豪快な笑い声を上げた。
そして、貂蝉の細い身体を、骨が鳴るほどに強く、強く抱き締めた。
「悪い女よな、本当におぬしは。……だが、それでよい! そんなおぬしだからこそ、わしは魂まで奪われたのだ!」
董卓は、彼女の涙を自らの荒い唇で舐め取った。
「おぬしが呂布を愛しておるのなら、その想いごと、わしが丸ごと抱いてやろう。魔王としてではなく、ただおぬしを愛する一人の男として……おぬしの業も罪も、すべてわしが呑み込んでやるわ!」
「ああっ……太師……!」
二人は再び、月の光に溶けるように深く唇を重ねた。
その接吻は、甘い蜜の中に致死量の毒を混ぜたような、決して逃れられぬ運命の味がした。
「……だが、一つ解せぬことがある」
唇を離し、董卓は貂蝉の顔を見つめた。
「おぬしは、なぜここにいる? わしは今、なぜか『持子』という娘の肉体に魂を宿し、現代という時代で生きておるが……」
貂蝉が、伏せていた睫毛をゆっくりと持ち上げ、悲しげに微笑んだ。
「太師……いいえ、今のあなた様は『持子』様。……本当は、わたくしがその名を受け継ぎ、少女として新たな生を授かるはずだったのです」
「……なっ!?」
董卓は、その言葉に目を見開いた。「おぬしが……持子に? では、わしはどうなるはずだったのだ!」
「本来の理であれば、数多の命を奪ったあなた様は、永遠の地獄に落とされ、あの『中国(十八層地獄)』の最下層・無間地獄で、未来永劫に業火に焼かれる運命にありました」
貂蝉は、静かに真実を紡ぐ。
「けれど、わたくしはそれを望まなかった。あなた様を救いたい一心で……わたくしは天と冥府の神々に取り引きをし、自らあなた様の身代わりとなって地獄へ落ちる道を選んだのです。わたくしの来世である『持子』という清らかな器に、あなた様の魂を避難させて……」
「……っ!? 馬鹿な! おぬしがなぜ、わしのような男のためにそこまで……!」
董卓は激しく動揺し、己の醜い拳で胸を叩いた。
自分が今、美しく清らかな「持子」として、雪たちに愛され、平穏に暮らしているのは。
すべて、この愛おしい女が、自分の代わりに地獄の底で、何百年も一人で業火の責め苦を引き受けてくれていたからだったのか!
「悔いてはおりません。あなた様がたとえ男ではなく女としてでも、生きて、光の下で笑ってくださるなら。わたくしの魂が永遠に闇に沈もうとも、それは本望なのですから」
貂蝉は、透き通るような手で董卓の震える頬を撫でた。
「ですが……事態は、わたくしたちの思い描いた通りには進みませんでした」
「どういうことだ?」
董卓が眉をひそめると、貂蝉はひどく悔しそうな、そして哀れむような表情を浮かべた。
「神々は、わたくしの願いを聞き入れ、わたくしを地獄へと落しました。……ですが、いざあなた様の強大すぎる覇王の魂を、現在の『恋問持子』……つまりわたくしの来世の身体に入れようとしたとき、神々は気づいたのです。持子の器が、あなた様の魂を収めるにはあまりにも小さすぎるということに」
「器が、小さかった……?」
「はい。ですが神々は、すでにわたくしを地獄へ落としてしまった後でした。今更、『やっぱり無理でした。貂蝉、地獄から戻ってきなさい』とは、神のメンツにかけて言えなかったのです」
「……なんという身勝手な! では、どうやってわしはこの身体に入ったのだ!」
董卓が怒りで震えると、貂蝉はさらに恐るべき真実を語った。
「その時、神々は『都合の良い代用品』を見つけました。この令和の時代に、偶然にも転生を果たす予定だった巨大な霊体……それが、魔神マーラだったのです」
「マーラだと!? あの煩悩の化け物が、わしと同じ器に!?」
「ええ……。神々は考えたのです。『魔神マーラの強大な霊体をベースにして持子の身体に入れ、その上に董卓の魂で上書きをしておけば、器も保つし、マーラも目覚めない。まさに良き事だ』と。……神は、そんな安易な采配で、あなた様の魂をマーラという爆弾の上に被せて、持子の身体に押し込んだのです」
董卓は、ギリッと牙が砕けんばかりに奥歯を噛み締めた。
神の適当な処置。そのせいで、今自分はマーラに主導権を奪われ、この奈落の底に落とされているのだ。
「今、ここにいるわたくしは、本物の貂蝉ではありません。あなた様と奉先様を愛し、狂おしいほどに思い続けた心の『カケラ』に過ぎないのです。……神のあまりにも無責任な采配と、いずれマーラが暴走する未来を憂いた仙人・左慈様が、せめてもの救済として、わたくしの魂の残滓を、あなた様と共に持子の身体の中へと組み込んでくださった。……いわば、幻なのです」
「左慈……方士か……」
董卓は、怒りと絶望がない交ぜになった感情で、大きく息を吐き出した。
愛する女が、今この瞬間も現実の裏側にある『地獄』で焼かれている。
神の杜撰な計画のせいで、己の魂はマーラと共に檻の底に封じられ、食われようとしている。
「……許さん」
董卓の全身から、先ほどまでの穏やかな空気とは打って変わった、どす黒く、おぞましい『極黒の魔力』が爆発的に噴き上がり始めた。
幻の蓮池が、魔力の暴風によって枯れ果て、吹き飛んでいく。
「わしだけが、光の世界でのうのうと幸福を貪るなど……断じて許されるはずがないッ!! 神の都合でマーラの下敷きにされるなど、この董卓が承服すると思うてか!!」
董卓は、貂蝉の幻影を抱きしめたまま、漆黒の虚空に向かって咆哮した。
「待っておれ、貂蝉!! わしは必ずこの檻を食い破り、マーラを喰らい尽くし、真の魔王として覚醒してやる! そして……極東の地下から地獄の門をこじ開け、冥府の底へ殴り込み、おぬしを必ず奪い返してやるぞォォォォォッ!!!」
魔王の悲痛で、最も純粋な愛の咆哮が、精神の檻を激しく揺さぶる。
その怒りと愛の炎は、現実世界における運命の日――地獄の開門に向けて、静かに、だが確実に、反逆の狼煙を上げたのであった。
二人の時間は、残酷なまでに穏やかに、しかし確実に「終焉」へと向かっていた。
貂蝉は、董卓の分厚く醜悪な胸板に抱かれながら、彼が今世で手に入れた「女としての未来」への祝福を静かに語り始めた。
「太師……いいえ、持子様。どうか泣かないで。わたくしが地獄を選んだのは、あなた様に『女としての幸福』をすべて味わってほしかったからなのです」
貂蝉は、董卓の突き出た腹を愛おしそうになでた。
「あなた様は今、清らかな肉体と、愛する者を迎え入れるための女性としての器を持っています。いつか愛する男と結ばれ、その熱を受け、胎内に子を宿すことさえできる……。わたくしが、あなた様に捧げたくても叶わなかった『母』としての喜びさえ、今のあなた様なら手にすることができるのです。……あなた様の子を授かれなかったこと、それだけが、前世でのわたくしの唯一の心残りでした」
董卓は絶句した。
かつて天下を我が物にした魔王が、今は一人の少女として、誰かの子を産む未来を祝福されている。その奇妙な運命の暗転に、胸が締め付けられる。
「わたくしの分まで、女としての幸せを噛み締めてください。それがわたくしへの何よりの供養となるのですから」
そう言って微笑む貂蝉の顔から、ふわりと色が抜け、透き通った青白さが勝り始めた。指先から、光の粒子となって崩れていく。
「貂蝉……。おぬしは、そこまでわしのことを……」
「お別れの時間です、太師。……いいえ、わたくしの愛する人」
貂蝉は、最期の力を振り絞り、自らの残された魂の『力』のすべてを、董卓の巨体へと注ぎ込んだ。
彼女の身体が董卓に重なり、その醜い董卓の身体は、元の美しい恋問持子の――貂蝉の肉体へと変わっていく。
「待て! 貂蝉! まだ、まだ言い足りぬことが……っ!」
光が、董卓の視界を真っ白に染め上げた。
董卓が手を伸ばすが、そこにはもう、愛する女の感触はなかった。
貂蝉の残滓が完全に魂の中へと溶け込んだその瞬間、革命的な『統合』が起きた。
これまで、持子の中の董卓の魂は二面性の矛盾に苦しんでいた。
「男だから」男に抱かれることを拒絶し、「女だから」下僕たちとの関係にいびつさを抱えていた。それが最大の弱点であった。
だが今、董卓でもなく、貂蝉でもなく、単なる女子高生でもない、統一された魂『恋問持子』が誕生した。
男としての覇王の魂、女としての持子の記憶、貂蝉の深い慈愛と女性性が混じり合い、強固な一つの存在としてすべてを受け入れることができるようになったのだ。
持子は、地獄に落ちた貂蝉と、貂蝉の残滓の言葉と行動に深く感謝をした。
今なら、男に関しての嫌悪感はもうない。愛する男を受け入れて愛し合い、子供をもうけることも可能だろう。
だが、このまま女としての幸せを享受する気にはなれなかった。
何にしても、地獄に落ちた貂蝉を救い出すことが最優先だ。
そのためにも、七星宝刀の封印が解かれる前に、魔王マーラを倒さねばならない。
神が適当に詰め込んだマーラという時限爆弾。
もしこのままマーラに主導権を握られれば、愛する下僕や大切な仲間たちが魔王マーラに殺される。多分それだけでは済まない。魔王が東京に顕現すれば、多くの者が死ぬ。
恋問持子が魔王マーラを倒し、屈服させて完全に吸収しなければならない。
覚醒し、統合を果たした極黒の魔王は、一切の迷いなき黄金の瞳を暗闇の底へと向け、反撃の時を見据えた。




