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【悪魔王への「核」の制裁と、優雅なるティータイム】

【悪魔王への「核」の制裁と、優雅なるティータイム】


深夜の東京。スノー本社ビル、社長室。


東京ダンジョン深層での目論見が完全に粉砕された直後、室内の空気を歪ませるようにして、どす黒い瘴気が渦を巻いた。


『――小娘ェェェッ!! 貴様、我を裏切ったなァッ!!』


虚空から響き渡ったのは、地獄ゲヘナの底から届いた悪魔王バエルの激怒の咆哮だった。

物理的な顕現は叶わずとも、その怨嗟の念は社長室の窓ガラスにヒビを入れるほど強烈なものだ。


「ひ、ひぃぃぃぃっ!?」


壁際で待機していた元大悪魔・シャーロット・シンクレアが、情けない悲鳴を上げて床にへたり込んだ。


『我ガ……我ガ悲願ガァァァァッ!! レプリカの殺害は失敗に終わり、我の計画は無惨にも潰えた! 全てはお前がスノーに情報を流し、我らに偽りの宝刀を掴ませたからだ!』


バエルの声には、怒りだけでなく、血を吐くような悲痛な嘆きが混じっていた。


『本来ならば、七星宝刀に封じ込めた「董卓の魂」と「マーラの意思」、そして限界まで圧縮された「大量の魔力」を解放し、それら複数の要因を鍵として強固な現世の理を破壊し、地獄の門を開くはずであった! 我と、我が配下たる大量の悪魔達をこの現世へと完全顕現させるはずだったのだぞ! その全てを台無しにした罪、万死に値する! 貴様の魂を直接地獄に引きずり込み、永遠の苦痛を与えてくれるわァッ!!』


バエルの怒号と共に、シャーロットが通信用に持たされていた魔石が赤黒く発光し、空間を切り裂くように『小型ゲート』が開いた。

そこから無数の瘴気の腕が伸び、シャーロットの細い首を掴んで地獄へ引きずり込もうとする。


だが――シャーロットの反応は、バエルの予想を遥かに超えたものだった。


「ああっ……! ありがとうございますバエル様ぁっ!!」


シャーロットは、涙と鼻水で美しい顔をぐしゃぐしゃにしながら、狂喜乱舞して叫んだのだ。


「え、遠慮しないで今すぐ、わたくしを地獄へ連れて行ってくださいませ! ここにいる雪社長は、悪魔よりも悪魔ですわ! 毎日毎日、分厚い企画書で殴られるし、休みはないし、少しでもサボれば東京湾に沈められそうになりますのよ!? 地獄の責め苦なんて、スノーのブラック労働に比べれば温泉旅行みたいなものですわぁぁぁっ!!」


『……は?』


あまりにも切実で、魂の底からの叫び(社畜の悲鳴)に、バエルが思わずドン引きして動きを止める。

その一瞬の隙。


「ええ、さよならシャーロット。地獄で元気にやるのよ」


優雅にティーカップを傾けていた立花雪が、冷徹な三日月の笑みを浮かべ、指先で小さく印を結んだ。


『――なっ!?』


ゲートに引き込まれたのは、シャーロットの肉体ではなかった。

雪の陰陽術によって事前に空間座標をすり替えられ、シャーロットの代わりに地獄の門の向こう側へ送り込まれたのは……一つの黒いアタッシュケースだった。


それは、雪がフランスの裏社会を牛耳る女傑、エレーヌ・リジュに特別に用意してもらった代物。

本物の持子オリジナルと風間楓を安全のため海外へ逃がすべく空港に見送りに行った際、リジュの部下から極秘裏に受け取っていた物だ。


その中身は、極めて物理的で、圧倒的な破壊力を持つ『小型核爆弾』である。


「……起爆」


雪が冷たく呟くと同時に、小型ゲートが完全に閉じた。


直後――遥か彼方の次元の底から、想像を絶する爆音と、世界を揺るがすような振動が伝わってきた。


『グォォォォォォォォォォォォォッ!?!?』


地獄全土に轟く、悪魔王の悲痛な絶叫。

バエル自身は強大な大悪魔ゆえに死にはしなかったものの、爆心地にあった彼の居城は跡形もなく消し飛び、悠久の時をかけて蓄えた莫大な宝物や上質な魔石の数々は、地獄全土へと盛大に撒き散らされた。


『我が、我が財宝がぁぁっ! 待て下等悪魔ども、それを拾うな! それは我のコレクションだぞォォッ!!』


威厳もクソもない、悲惨な悪魔王の叫びが次元の彼方へフェードアウトしていく。



   * * *



「……全く。核爆弾などという野蛮な兵器を使わずとも」


静寂を取り戻した社長室で、天才陰陽師・土御門朔夜が呆れたようにため息をついた。

雪の前では完璧な「僕(優等生)」モードを保つ彼だが、その手にはいつでも特級呪霊を放てるよう札が握られていた。


「駄目よ、朔夜。あいつは私に喧嘩を売ったのよ」


雪は、大理石のデスクに肘をつき、酷薄で、どこか楽しげな悪魔のような笑みを深めた。


「ただ殺すだけじゃ甘いわ。長い年月をかけて集めた宝物を全部吹き飛ばして、他の悪魔に奪われる絶望……泣いて謝るまで、徹底的に嫌がらせをしてあげるの」


「……悪魔……本当の悪魔ですわ……」


部屋の隅で、結局地獄へ連れて行ってもらえずスノーに残留することになったシャーロットが、ガタガタと震えながら雪と朔夜の新しい紅茶を淹れていた。


千年を生きる大陰陽師の、圧倒的な恐ろしさと盤外戦術の余裕。

これが、日本裏社会の頂点に君臨する『スノー』の真の姿であった。


その時。

ドタドタドタッ! と、エレベーターホールから騒がしい足音と声が近づいてきた。

社長室の重厚な扉が勢いよく開け放たれる。


「雪さーん! ダンジョンから帰還しましたよー!」

「みんな無事です! お腹すきましたー!」

「も、持子先輩のオッパイが揉みたいですぅぅっ!」

「凛花、お前まだ言ってんのか!」


千手や佐藤、阿部をはじめとする合気武道部の面々。

そして、泥だらけになりながらも満足げな顔をした下僕たち(鮎、美羽、エティエンヌ、アスタルテ、ルージュ)。


そして――その集団の真ん中で、一番偉そうにマントを翻して歩いてきた少女がいた。


「ふははっ! 雪! 朔夜! 待たせたな、この天下の魔王が帰ってきてやったぞ!!」


影持子――六花は、腰に手を当て、傲岸不遜に胸を張って高笑いした。

だが、その瞳には、うっすらと涙が浮かんでいた。


(ああ……わしは、まだここにいる。生きて、みんなと一緒に帰ってこられたのだ)


六花の胸の奥底で、熱いものが込み上げていた。


自分は偽物で、いつか消えてしまう「借り物の命」かもしれない。

でも、一緒に死線を越えてくれた合気武道部の仲間たちがいて、狂信的だけど温かい下僕たちがいて……そして何より、大好きな朔夜がいる。


この騒がしくて、温かい居場所を、わしは愛してもいいのだ。

そう思えることが、たまらなく嬉しかった。


「おかえりなさい、持子(六花)」


雪の横に立っていた朔夜が、ふっと「僕」の仮面を外し、六花だけに向ける熱を帯びた「俺」の瞳で微笑んだ。


「……っ!」


その瞬間、六花の顔がボンッと真っ赤に染まり乙女の顔をなったが、すぐさま魔王の仮面を被る。


(さ、朔夜……っ! あんな目で見られたら、魔王の威厳が保てぬではないか……っ!)


心の中で激しく動揺しながらも、六花の乙女な部分は激しく期待に打ち震えていた。


(今夜は……今夜こそは、朔夜にたくさん褒めてもらえる。なまら可愛がってもらえる……っ!!)


「ふ、ふんっ! 大儀であった朔夜! !」


魔王としての強がりと、一途な乙女の純情。


最強の大陰陽師が見守る中、光と影が交錯した東京ダンジョンの長き夜は、騒がしくも温かい『家族』の笑い声と共に、静かに幕を下ろすのであった。


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