【深層の決戦と、悲痛なる武神】
【深層の決戦と、悲痛なる武神】
地下深く、陽の光など永遠に届くことのない絶望の暗域。
重く冷たい空気が支配する東京ダンジョンの地下霊脈は、今や濃密な魔力と極限の殺意が激しく衝突し、空間そのものが軋みを上げるほどの凄惨な戦場と化していた。
「ぐっ……はぁぁぁッ!!」
咆哮にも似た裂帛の気合いが、薄暗い岩壁を震わせる。
第一下僕である本多鮎――普段は早稲田大学に通うインテリタレントであり、華やかなピンク色の髪を持つダイナマイトボディの美女――が、狂戦士としての圧倒的な膂力を限界まで解放していた。
彼女は身の丈を超える『デュラハンの大剣』による面の圧力で、正面から襲い来る絶対的な一撃を受け止める。
だが、持子から分け与えられた極黒の魔力で強化された狂戦士の筋力を以てしても、その重すぎる斬撃に鮎の膝がガクガクと震え、足元の分厚い岩盤が蜘蛛の巣状に砕け散っていく。
(重い……! なんですの、この規格外の膂力は……! ルージュのナビゲートがない今、私がすべてを凌ぐしかありませんわ!)
この防衛線は自分たちが死守しなければならない。
「持子様には、指一本触れさせませんわ!」
鮎は瞬時に武器を換装し、武蔵坊弁慶から得た長大な薙刀『岩融』による線の攻撃へと切り替えて反撃を試みる。
しかし、相手の男は表情一つ変えず、その切っ先を軽々と弾き飛ばした。
「私が肉の盾となってでも、持子様をお護りしますわ!」
鮎が両腕をへし折られる覚悟で男をホールドしようと動いたその刹那、男の死角である背後の空間が陽炎のようにブレた。
「消えなさい、人間……! 持子様の永遠の伴侶たるこの私、エティエンヌが相手ですわ!」
真祖の吸血鬼エティエンヌが、空間跳躍の魔法で瞬時に死角へ回り込む。
彼女は吸血鬼の天敵であるはずの「魔殺しの聖剣」を躊躇なく振り抜き、極黒の魔力と真祖の魔力を複合させた神速の刃『極黒・ノクティス・パニッシュメント』を男の首筋へと放った。
しかし――。
「……甘い」
無骨で精悍な顔立ちを持つ男、高倉竜は振り返ることすらなく、手にした長大な愛槍の石突きを後方へ跳ね上げるだけで、エティエンヌの必殺の一撃を軽々と弾き返してのけた。
キィィンッ! という甲高い金属音が空間に響き渡り、エティエンヌの腕に痺れるような衝撃が走る。
「我が神の愛し子たちよ! 豊穣の癒やしを!」
後方からは、第四下僕アスタルテ――かつての男の悪魔アスタロトから、持子のカオス魔力によって本来の豊満な女神イシュタルの姿と力を取り戻した彼女が、極上のバフと回復魔法を黄金の光の奔流として絶え間なく注ぎ込んでいた。
光に包まれた瞬間、鮎の悲鳴を上げていた筋肉が超回復を遂げ、エティエンヌの痺れた腕が瞬時に癒やされる。
最強の盾たる鮎。最強の魔法剣士たるエティエンヌ。最高のヒーラーたるアスタルテ。
だが、スノーが誇る最高戦力の三人が連携の限りを尽くしても、SSSクラスの実力者であり合気武道を極めた武神、高倉竜の歩みを止めることはできなかった。
「……退け。俺は、お前たちを殺しに来たわけじゃない」
鋼のように引き締まった強靭な肉体から、極限まで練り上げられた「純粋な気」が放たれる。
竜は愛槍を構え、後方に立つ魔王――『六花(影持子)』だけを見据えていた。
オーウェンに植え付けられた確信は、未だ揺らいでいなかった。
「そこをどけェッ!!」
竜の全身から、武神としての極限の『気』が物理的な衝撃波となって爆発する。
その一撃は、エティエンヌの聖剣を弾き飛ばし、鮎の大剣ごと彼女たちの身体を数十メートル後方へと凄まじい勢いで吹き飛ばした。
「あ、鮎! エティエンヌ!」
六花(影持子)が悲痛な声を上げる。
アスタルテもまた、吹き飛ばされた二人を追って回復魔法をかけに向かわざるを得ず、六花の周囲から味方の姿が完全に消え去った。
守る者がいなくなった真っ直ぐな射線。
竜は地を蹴り、一瞬にして六花の眼前にまで肉薄した。
【偽りの魔王と、受け入れた運命】
(――っ!!)
六花の全身が、死の恐怖で粟立った。
自身に向けられた、純粋で明確な『殺意』。
それと同時に、六花の胸の奥底に組み込まれたオリジナル持子の魂の残滓が、竜の姿を見て激しく脈打つ。
オリジナルの持子が持っていた、竜への『恋』の記憶。
愛おしさと、切なさと、彼に殺される悲しみが混ざり合い、六花の胸をギリギリと締め付けた。
六花は両腕を広げ、竜の切っ先を正面から受け入れようとした。
(嫌だ、消えたくない、朔夜……っ!)
彼女の正体は、本物の持子ではなく、天才陰陽師・土御門朔夜が創り出したキメラの怪物たる式神「六花」である。
役目を終えれば解呪され塵となって消える儚い存在でありながら、彼女は創造主である朔夜を深く愛し、彼の記憶の中に「個」として残り続けたいと願う明確な自我を持っていた。
下僕たちから搾取した魔力で強引に「擬似的な魂のパス」を繋がれている彼女は究極の敏感体質であり、他者からの干渉に異常なほど弱かった。
しかし、自分がここで逃げるわけにはいかない。
(……でも、これでいいのだ。わしは偽物。わしがここで斬られれば……あの子は守られる)
震える足に力を込め、彼女は目を閉じた。
(竜、お前が愛した女は、ちゃんと生きているからな……。朔夜……愛しておる……っ、ずっと、ずっと……っ)
自分は、しょせん使い捨ての式神。
ならば、愛する朔夜が護ろうとした世界と、可愛い「妹」の未来のために、ここで胸を張って死のう。
それが、六花という儚い雪の結晶のような存在が持つ、最後の矜持だった。
「……許してくれ、モッチ!!」
竜の瞳から一筋の涙がこぼれ、愛槍が六花の心臓を貫こうと放たれた。
絶体絶命の、その瞬間――。




