【魔王の受難と変態部員たちの歓喜】
六花編
【魔王の受難と変態部員たちの歓喜】
「持子先輩!! 俺、今日もめちゃくちゃ部員の指揮頑張ったっス!!」
張り詰めていた深淵の恐怖と、その後のほんわかとしたハートフルな空気を完全にぶち壊すように、お調子者の佐藤陽翔が鼻息を荒くして突撃してきた。
彼は先程の恐怖を煩悩の力で完全に上書きし、目をバキバキに血走らせている。
「ご褒美に! エティエンヌさんの乳揉ませてくださいっス!!」
「うむ、許す! 一分だ!」
影持子が、偉そうに腕組みをして気前よく許可を出す。
「うおおおおおっ!! 神っス!!」
佐藤は歓喜の雄叫びを上げ、エティエンヌの規格外の巨乳へとダイブし、凄まじい勢いで揉みまくり始めた。
『モミモミモミモミモミッ!!』
「あぁんっ……ちょ、ちょっと、激しいですわ……っ、佐藤さん……っ」
エティエンヌが艶かしい声を上げる中、背後で見ていた合気武道部の面々、特に女子たちは完全に冷ややかなゴミを見るような目を向けていた。
(一分は……いくらなんでも長すぎだろ……)と、森や門ですら呆れ返っている。
「ズ、ズルいですぅぅ!!」
ここで黙っていられなかったのが、身長180cm近い長身を誇る努力家の美少女、阿部凛花である。
彼女は血走った目で影持子の前に進み出た。
「私にも! 私には神(持子先輩)のオッパイを揉ませてくださいっ!!」
「駄目だ!!」
影持子が即座に、食い気味に却下した瞬間。
「びぇぇぇぇぇぇぇんっ!!」
阿部は180cmの長身を折り曲げ、子供のように顔を覆って大号泣し始めた。
「な、なんでですかぁぁっ! 佐藤くんはエティエンヌさんのをあんなに揉んでるのにぃ! ズ、ズルいですぅぅぅ!! 私だって、見えない刃で敵の腕をたくさん千切り飛ばしたのにぃぃ!」
「し、知らん! わしは『エティエンヌのオッパイを揉んでいい』とは言ったが、わしのオッパイを揉んでいいなどとは一言も言っておらん! 揉みたいなら、美羽は小さいから鮎やエティエンヌやアスタルテのオッパイを揉むが良い!」
影持子が至極真っ当な正論を突きつけるが、阿部は涙と鼻水で美しい顔をぐしゃぐしゃにして、首を激しく横に振った。
「嫌ですぅぅ! 私は別に百合じゃないんですぅぅ! ただ、神(持子先輩)だけのオッパイが揉みたいんですぅぅ!! 神のオッパイじゃなきゃ嫌だぁぁぁっ!!」
そのあまりにも可哀想で、悲痛な(そして極めて変態的な)泣きっぷりに、場の空気が一気に気まずくなる。
まるで影持子が、いたいけな少女を理不尽にイジメているかのような悪魔のような空気が漂い始め、影持子自身も(えっ……わし、何か悪いことしたか……?)と冷や汗をかき始めた。
「……持子様。少しなら、許してあげてもよろしいのでは?」
佐藤に一分間揉みくちゃにされ、すっかり発情して頬を火照らせたエティエンヌが甘い息を弾ませながら擁護に入り、鮎もコクリと頷く。
「どうせ私は小ちゃいですよ」と小声で美羽が不平を言う中、今度は合気武道部の部員たちからも無言の同調圧力が襲いかかってきた。
「持子……凛花、あんなに泣いてるし、少しだけなら……」
と千手が苦笑いし、
「今日の凛花、バレエの回転投げでかなり前衛を支えてましたから……ご褒美をあげても……」
と南原が眼鏡を押し上げる。
四面楚歌。完全なアウェー状態である。
(ど、どうすればいいのだ!? わしの体は究極の敏感体質! 揉まれたら即座にボロが出てしまうではないか!)
大パニックに陥った影持子は、助けを求めるように背後の下僕たちを振り返り、悲痛な声で叫んだ。
「あ、鮎! 美羽! エティエンヌ! アスタルテ! ルージュ! な、なんとかせぬか、この愚か者を!」
だが、五人の反応は冷たかった。
特に、唯一の常識人枠であるルージュは、扇子で口元を隠しながらピシャリと言い放った。
「ちょっと待ってくださいませ。わたくしは鮎の下僕であって、あなたの下僕ではありませんのよ!」
その言葉に、影持子はビクッと肩を跳ねさせた。
(そ、そうであった……! ルージュはわしの直接の下僕ではない……!)
影持子は、すがるような、まるで捨てられた子犬のようなウルウルとした瞳で、一瞬だけルージュを『助けて』と見つめた。
そのあまりにもあざとく、そして可憐なSOSの視線に、チョロいツンデレ気質であるルージュは「うっ……!」と胸を押さえて怯んだ。
(な、なんて庇護欲をそそる目ですの……っ! 助けてあげたく、なってしまいますわ……っ!)
だが、影持子はすぐにハッと我に返った。
(いかん! わしは魔王だ! 部下や他人に泣きつくなど、魔王としての矜持が許さぬ!)
彼女は自らその視線を断ち切り、ギリッと奥歯を噛み締めた。
その様子を見ていたルージュが、今度は合気武道部の部員たちに向かって声を張り上げようとした。
「大体、あなたたち学生もおかしいですわよ! なんで持子が、嫌がっているのに胸を揉ませる流れに――」
「――控えよ、ルージュ」
ルージュの真っ当なツッコミを、影持子がスッと手で制した。
彼女は先程までのパニックを完全に押し殺し、背筋をピンと伸ばして、傲岸不遜な『魔王』の顔を貼り付けた。
「……フハハハ! ま、まあ良い! 確かに、今日は貴様らも大義であった! 特別に、このわしのオッパイを揉むがよかろう!!」
影持子はバーン!と豊満な胸を突き出し、仁王立ちになった。
「か、神ぃぃぃぃぃっ!!」
阿部の涙が一瞬で歓喜に変わり、彼女の両手が、獲物を狙う猛禽類のように影持子の胸へと伸びた。
その瞬間。
(――なっ!?!?)
影持子の全身に、落雷のような快感が脳天まで突き抜けた。
ただ揉むのではない。
バレエで培われた指先の異常なしなやかさと、合気武道の円の理を応用した、完璧な力加減によるマッサージ。
究極の敏感体質である影持子の開発され尽くした身体が、その神業のようなテクニックに一瞬で反応してしまう。
『ビクゥゥゥゥッ!!』
(ひ、ひぃぃぃぃぃっ!? な、なんだこの指使いは!? ダメだ、わし、一瞬で、い、イカされ――ッ!!!)
影持子は触れられた最初の1秒で、完全に絶頂に達していた。
だが、ここは戦場であり、部員たちの手前、魔王としての威厳を崩すわけには絶対に、絶対に、いかないのだ。
「フハ、ハハハハ……ッ! ど、どうだ凛花! わしの胸の感触は……ッ!」
影持子は下半身の猛烈な震えを必死に気力で抑え込み、顔の表情筋を鋼鉄のように固定して、声高らかに笑い続けた。
(あひぃぃっ! 指が、指の動きがヤバいのだ! やめっ、あ、あぁぁっ!)
心の中で情けない悲鳴を上げながらも、完璧なポーカーフェイスを貫き通す影持子。
しかし、阿部の放つ異常なテクニックに驚愕していたのは、影持子だけではなかった。
「な、なんて滑らかで洗練された指使い……っ!」
エティエンヌが、信じられないものを見るように目を見開いた。
「ええ……。ただの力任せではない。指先一つ一つが独立した生き物のように持子様の肌に吸い付き、最も心地よいツボを的確に捉えていますわ。……あの手つき、ただの変態ではありませんわね」
ルージュすらも、扇子を持つ手を止めてドン引きしつつも感心している。
その周囲のどよめきの中、満足げに腕を組んでドヤ顔をキメている男が一人。
「へへっ、当然っスよ! なんせ凛花は、この瞬間の為に自分のオッパイを毎日揉んで精進しているんスッ!」
佐藤が、さも自分が偉業を成し遂げたかのように胸を反らして高笑いした。
そして、地獄のような、いや天国のような一分間がようやく終了した。
「……な、なかなか良かったぞ、凛花!」
影持子は堂々と言い放った。だが、その心の中では大パニックである。
(良すぎたわい!! なんじゃあのテクニックは!! プロか!? お前ら高校生だろうが!!)
一方の阿部は、神の胸を存分に堪能し、幸せすぎて完全に放心状態となっていた。
白目を剥きかけながら、口元をだらしなく緩めている。
「グッジョブ!」
同じく一分間を完走したオッパイ同盟の師匠・佐藤が、親指を立てて満面の笑みを向けた。
「……グッジョブ……」
阿部は呆けた顔のまま、ゆっくりと親指を立てて、同志の賞賛に力強く応えるのだった。
だが、影持子の受難はこれで終わりではなかった。
「……くっ。わたくしとしたことが、あのような人間の小娘のテクニックに感心してしまうなんて……!」
エティエンヌが、なぜかギラギラとした瞳で影持子を見つめて一歩前に出た。
「持子様をあそこまで(隠しきれないほど)気持ちよくさせるなんて! わたくしの下僕筆頭としてのプライドにかけて、負けられませんわ! 持子様、次はわたくしが極上のテクニックを――!」
「ええ、私もですわ! このままでは鮎の下僕の名折れ! 私も特訓し直して、至高の揉み心地を提供してみせますわ!」
鮎までもが、謎のライバル心を燃やして拳を握りしめている。
(や、やめろぉぉぉっ!!)
「魔王の威厳」を必死に保ちながら仁王立ちを続ける影持子であったが、その内心では血の涙を流していた。
(なんで揉む技術で争おうとするのだお前たちはぁぁ!! 誰もそんなこと頼んでおらんわ!! 阿部凛花怖い!! 佐藤陽翔も怖い!! この部活、変態しかおらんのか!! 朔夜ぁぁっ、早く助けてくれぇぇっ!!)
激戦の疲労など完全にどこかへ消え去り、深淵の地底には、変態部員たちとポンコツ魔王、そして謎の闘志を燃やす下僕たちの、平和でカオスな喧騒だけが響き渡るのだった。




