【世界を揺るがす聖なる奇跡と、愛欲の女神の降臨】
【世界を揺るがす聖なる奇跡と、愛欲の女神の降臨】
パリの地下深く、幾百万の死者たちの骨が眠る巨大な地下墓所。
永遠の静寂と肌を刺す冷気が支配するはずのその空間は、極限まで高められた熱気と、常軌を逸した芸術への渇望で満たされていた。
「…………*Finito.*(……撮れた)」
世界最高峰の巨匠カメラマン、ロレンツォの、魂の底から絞り出したような深く長い溜息が、石組みの壁に木霊した。
その言葉が響いた瞬間。
極彩色の宝石と極細のチェーンのみで構成されたアヴァンギャルドな衣装を身に纏い、圧倒的な『王の覇気』と『静寂なる美』を放っていた恋問持子に向けられていた、無数のフラッシュが止んだ。
極度の緊張と、寒さしのぎに飲まされた致死量に近いアルコールの酔い、そして彼女の内に封印されていた最悪の神格【第六天魔王マーラ】の力――そのすべてを己の意志で制御し切った持子は、張り詰めていた糸が切れたように、ふにゃりと膝から崩れ落ちた。
「へゅっ……」
「持子お姉さん!」
冷たい石畳に倒れ込む寸前、シュタッ! と風のような速度で滑り込んだ護衛の風間楓が、その華奢な身体をしっかりと抱きとめる。すぐさま、控えていたスタッフから奪い取るように受け取った厚手のガウンを、持子の肩からすっぽりと包み込んだ。
「はぁ、はぁ……か、楓ちゃん……わたし、ちゃんと、できた……?」
「ええ。完璧でしたよ、持子お姉さん。あなたはご自身の美しさと気高さだけで、一切の暴力を使わずに、この空間のすべてを……世界をひれ伏させました」
楓が優しく背中を撫でると、記憶を失い、極度のビビリで気弱な18歳の女子高生に戻ってしまっていた持子は、安心したようにへへっと笑い、楓の温かい胸に顔を埋めた。
「*Magnifico...*(素晴らしい……) 最高の、歴史に残る芸術が生まれたわ、持子」
リュクス・アンペリアルの女帝エレーヌ・リジュが、感極まったように目元を絹のハンカチで押さえながら歩み寄ってくる。彼女の前世である冷徹な軍師・李儒としての狂信は静まり、今はただ一人の女性として、持子が成し遂げた奇跡に涙していた。
ロレンツォもまた、心地よい疲労感を漂わせながら、熱を持ったままのカメラを愛おしそうに撫で、「お前は自分で王になった」と最高の賛辞を贈った。
撮影後、一行は厳戒態勢の中でカタコンベを抜け出し、パリ市内の超高級ホテル・プレジデンシャルスイートへと帰還した。
* * *
セーヌ川を見下ろす広々とした豪奢なリビングで、リジュが大型モニターを操作し、東京にいる『スノー』の社長であり、持子の絶対的な保護者である立花雪と、TIA(内閣府直属・超法規的異能機関)レベルの暗号化された回線で通信を繋いだ。
画面越しに映し出されたのは、日本の大手芸能事務所『スノー』の社長室。デスクに座る雪と、その後ろで控える副マネージャーの土御門朔夜の姿だった。
『お疲れ様、持子、楓さん。リジュもご苦労様。早速だけど、ロレンツォから即座に送られてきたデータを確認させてもらったわ』
画面越しの雪の鋭い視線が、手元のタブレットに向けられている。千年以上を生きる大陰陽師である彼女の瞳が、驚きにわずかに見開かれていた。
『……なるほど。確かにこれは、世界が動くわね』
雪がタブレットをスワイプする音が聞こえる。
そこに映し出されていたのは、二つの極端にして完璧な『核』だった。
一つは、圧倒的な『覇気』を纏った魔王モード。冷酷でありながらも絶対的な力で他者を圧倒し、見た者の膝を強制的に折らせるような、これまで通りの完璧な暴君の姿。既存の「極黒の魔王・恋問持子」というブランドイメージの究極の完成形だ。
そしてもう一つは、ロレンツォの喝によって覚醒した『美の極致』モード。極限の露出度でありながら一切の媚びを捨て去り、静寂の中でただそこに在るだけで神々しい光を放つ。女性としての美しさと気高さがすべて詰まった、“新しい女王”としての完成形。
『あんたは私の自慢のモデルよ、持子。このデータなら、リュクスのメインビジュアルとして、間違いなく世界のトップを獲れるわ』
「えへへ……雪さん、なまら嬉しい。わたし、楓ちゃんのおかげで頑張れたよ」
持子が照れくさそうに楓の腕に抱きつきながら笑う。
しかし、画面の向こうの雪の表情が、ピタリと固まった。タブレットをスクロールしていくうちに、ある一連のデータ群が表示されたからだ。
『…………持子。これ、何かしら』
「……雪さん? どうしたんですか?」
画面越しにその写真のサムネイルが見えた瞬間、持子の全身から一度に血の気が引き、次の瞬間には沸騰したヤカンのようにボフンッ! と顔面が真っ赤に染め上がった。
「ひぃぃぃぃっ!? な、ななな、何でこれ撮ってるのぉっ!?」
そこに映っていたのは、休憩中に飲まされたブランデー入りの紅茶によって完全に理性を飛ばし、『発情』のオーラ――マーラの魅了を無自覚に垂れ流していた時の持子の姿だった。
とろけるような甘い瞳、わずかに開かれた艶めかしい唇、そしてピンク色の毒霧のような魔力を纏い、極限の『雌』として周囲の理性をドロドロに溶かしていた、あの禁断のポージング。
「こ、これは違いますっ! わたし、お酒のせいで訳が分からなくなってて……! エッチなのはダメって決めてるのに、こんな顔、わたしじゃないですっ!」
『……ええ、分かっているわ。これがマーラの力の暴走だってことはね』
雪が重い溜息を吐いたその後ろで、画面を覗き込んでいた天才陰陽師・朔夜が、突然奇声を上げた。
『なっ……!? これは、なんという破廉恥な……っ、持子……お前、こんな顔を……! ぶはっ!』
朔夜の小柄な美少年の顔面から、勢いよく鼻血が吹き出した。彼はそのまま白目を剥き、ドサリと社長室の床に倒れ伏し、即死級のダメージを受けて気絶した。
『……情けないわね、朔夜。後で霊符千枚書かせるわよ』
雪は倒れた朔夜の頭をスリッパでペチッと叩き、極めて深刻な顔で画面に向き直った。
『リジュ、楓さん。このデータは超危険よ。人間の理性を根本から破壊するわ。写真からでさえ、凄まじい魅了の魔力が滲み出している』
「雪社長の言う通りです。これはもはや兵器レベルの代物。人々の認知と欲望を狂わせる劇薬です。持子お姉さんの安全のためにも、この世に存在させてはなりません」
楓が、冷徹に言い放つ。
「ええ……。あまりにも神聖にして淫靡。俗世の目に晒すには、危険すぎますわね……」
三人の大人の冷徹な判断により、事態は即座に動いた。
『リジュ。ロレンツォと撮影スタッフ全員に最高レベルの守秘義務契約を徹底させて。この「発情」バージョンのデータは、私が直接管理し、完全な封印措置をとるわ』
「ええ、雪。すぐに手配するわ」
「よかったぁ……。あんなエッチな写真出回ったら、わたし、本当にお嫁に行けなくなっちゃうもん……」
持子は胸を撫で下ろし、ホテルのソファにへたり込んだ。
データは完全に封印され、事態は「安全に処理された」ように見えた――はずだった。
* * *
パリの裏町、ネオンの光も届かない薄暗い路地裏。
「ハァ、ハァ……すげぇ、マジですげぇもんを手に入れちまった……!」
リュクス・アンペリアルの末端で働くカメラアシスタントの男が、ノートパソコンを抱えながら荒い息を吐いていた。
彼は、カタコンベでの撮影中、持子の『発情』のオーラに最も当てられてしまった一人だった。データ消去の指示が出る直前、彼は抗いがたい欲望に負け、こっそりとUSBメモリにその数枚の写真をコピーし、持ち出していたのだ。
「あの娘……あんな顔……。これを見ながらなら、俺は一生……」
男が下卑た笑みを浮かべた、その時だった。
「おっと、そいつは高そうなPCじゃねえか。置いていきな、ムッシュ」
「なっ!?」
路地裏の暗がりから、鉄パイプやナイフを持った地元のストリートギャング数人が現れた。
「や、やめろ! これだけは……!」
ボコッ! バキッ!
抵抗も虚しく、男は腹を蹴り上げられ、血を吐いて倒れ込んだ。ギャングたちは大切なパソコンの入ったバッグを奪い取り、高笑いしながら闇へと消えていった。
「ギャハハ! チョロいぜ。さて、何が入ってやがるかな?」
ギャングのアジトである廃工場に戻った男たちは、奪ったノートパソコンをこじ開け、起動させた。そして、画面に表示された画像ファイルを開いた。
「なんだこりゃ、モデルの写真か? ……って、おい。これ……」
「…………ッ!?」
ズァァァァァァンッ!!
その写真を見た瞬間、ギャングの男たちの動きが完全にフリーズした。
彼らの網膜を通じて、封印されていたマーラの『愛欲と魅了』の魔力が、脳髄を直接焼き切ったのだ。
「お、おい……なんだこれ、俺の股間が……ッ! 破裂しそうだ……!」
「あぁっ……たまんねぇ! なんだこの女、神か!? 悪魔か!?」
屈強なギャングたちは鼻血を噴き出し、テントのようにズボンを膨らませて床を転げ回った。
中でも、長年のストレスと銃撃戦の後遺症で重度の勃起不全(ED)に悩んでいたギャングのボスが、歓喜の涙を流して天を仰いだ。
「おおおおっ! 勃った! 俺の息子が、5年ぶりに猛々しく勃ち上がっている!! 奇跡だ! これは神の御業だ!!」
理性を完全に破壊された彼らは、この凄まじい「救済」を自分たちだけで独占してはならないという、強烈な『善意』と謎の使命感に駆られた。
「オイ! これ、ダークウェブだけじゃねえ! 表のSNSにもバラ撒け! 世界中の苦しむ兄弟たちに、この喜びと感謝を教えてやらなきゃならねぇ!!」
男の震える指が、エンターキーをッターン! と叩いた。
それが、世界規模の狂乱と、未曾有の『奇跡』の引き金だった。
* * *
ネットの海に放たれた数枚の画像は、異常なスピードで拡散されていった。
見た者の本能を直接ハッキングするその画像は、言葉の壁も国境も越え、瞬く間に世界中のデバイスへと到達した。
そして、その魔力は当初雪たちが恐れていたような「社会の歯車を狂わせる」ものではなかった。むしろ逆だった。マーラの愛欲の力は、人々の内に眠る生命力そのものを爆発的に活性化させる『究極のカンフル剤』として機能したのだ。
ニューヨークのウォール街で、長年の激務とストレスでEDに悩み、生きる気力すら失いかけていた初老の銀行員が、スマホに流れてきたその画像を見た瞬間。
「……おおっ!? た、立つ! 勃ち上がったぞ!! 私の息子が、10年ぶりに天を衝いている!!」
彼はオフィスで歓喜の涙を流し、ズボンを押さえながら神に祈った。そして、みなぎる男としての自信と凄まじい活力は仕事へと直結し、その日のうちに停滞していた数億ドルの巨大プロジェクトをまとめ上げ、社内の業績記録を塗り替えてみせた。
東京のタワーマンションで、夫とのレスに悩み、すっかり女としての潤いを失ってうつ病寸前だったマダムが、SNSでその画像を偶然目にした瞬間。
「あぁっ……! な、何これ……下腹部が、熱い……。私、濡れてる……? 嘘、信じられないほど、溢れてくるわ……ッ!」
彼女は顔を赤らめ、無自覚にシーツを握りしめながら、熱い吐息を漏らした。その夜、帰宅した夫に数年ぶりに自ら歩み寄り、夫婦は激しく燃え上がった。満たされた彼女は翌日から慈善活動に精力的に参加し始め、地域のコミュニティを明るく照らす存在となった。
年齢も、性別も、国籍も関係ない。
その画像を見た男は例外なく極限まで肉体が反応し、心身の活力を取り戻した。女は抗いがたい快感に秘所を濡らし、女性としての自信と心の平穏を取り戻した。
性に悩み、自信を失っていた世界中の人々にとって、その画像はまさに『救世主』だった。「不治のEDが治った!」「セックスレスが解消され、家族に笑顔が戻った!」「鬱が治り、仕事の生産性が10倍になった!」と、感謝と喜びを共有しようとする善意の連鎖が、爆発的な拡散を生んだ。
愛欲の女神の奇跡によって、社会の歯車は狂うどころか、超高速で滑らかに回り始め、世界的な株価上昇や少子化問題解決への兆しすら見え始めたのだ。
人々は彼女を神格化し、畏敬と底知れぬ欲望、そして心からの感謝を込めて、こう呼んだ。
『突如現れた、世界を救う愛欲の女神! 謎の新人モデル【M】!』
奇妙なことに、世界中がこれほど騒然としているにもかかわらず、その写真の被写体が『極黒の魔王・恋問持子』であると気づく者は、ただの一人もいなかった。
持子といえば、一切の笑顔を見せず、他者を恐怖と暴力でひざまずかせる冷徹な暴君のイメージが定着している。それに比べ、流出した写真の少女は、とろけるような甘い表情と、人を狂わせるフェロモンを撒き散らしている。さらにアヴァンギャルドなメイクと衣装も相まって、人間の認知機能が「あの魔王とこの女神が同一人物であるはずがない」という強烈なブラインドスポット(盲点)を生み出していたのだ。
* * *
しかし、光あるところに影があるように、この『奇跡』を手放しで喜ばない勢力も確実に存在した。
ヴァチカン市国、サン・ピエトロ大聖堂の地下深く。
法王直属の異端審問局では、円卓を囲む枢機卿たちが険しい顔で大型モニターを見上げていた。そこには、モザイク処理を施された『謎の新人M』の画像が映し出されている。
「これは、明確な悪魔の誘惑です。人間の原罪である肉欲を刺激し、偽りの奇跡で信仰を揺るがす行為。教義に対する、これ以上ない重大な挑戦です」
老齢の異端審問官が、聖書を握りしめながら怒りに震える声で告げた。
「偶像崇拝の極みであり、極めて淫靡な邪法。直ちに『聖堂騎士団』の暗殺部隊を派遣し、この魔女の正体を特定、火あぶりの刑に処さねばなりません」
ネット上の片隅では、過激な女性蔑視団体やアンチ・フェミニズムのコミュニティが声を上げていた。
「女の裸一枚で世界が救われるなどあり得ない! これは男の努力を愚弄する魔女の所業だ!」「AIによるフェイク画像に違いない! 騙されるな!」
彼らは必死にバッシングの言葉を書き込んだが、活力を取り戻し『愛欲の女神』を熱狂的に信奉する世界中の何億という信者たちから瞬く間に集中砲火を浴び、彼らのサーバーはものの数時間で物理的に炎上・ダウンさせられた。
さらに、この事態を冷徹に分析し、独占しようと暗躍する組織もあった。
アメリカ、ワシントンD.C.の地下深く。国家超常事態対策局『エクリプス』の最深部。
「対象『M』の放つオーラは、明らかに通常の物理法則を超越した霊的エネルギー(マナ)の放射です。我々の量子AIは、この画像を『戦略級霊的資源』と認定しました」
エクリプスの高官たちが冷たく笑う。
「この女を確保し、我々の管理下に置けば、合衆国の軍隊と労働者の生産性を永遠に極大化できる。全力で『M』の正体を特定し、身柄を確保しろ。他国や裏社会のシンジケートに先を越されるな」
『愛欲の女神』の登場により、世界は狂乱の渦に巻き込まれ、各組織のドロドロとした思惑が交差する新たな火種が投下されたのだった。
* * *
その頃、日本の東京。
地下深くへと続く、底知れぬ瘴気と魔物が渦巻く『東京ダンジョン』の最下層。
電波など一切届かないこの外界から隔絶された地獄の底で、極黒の魔王陣営は、地上とは全く別の意味でカオスな狂宴を繰り広げていた。
「フハハハ! 良い覚悟だ! 貴様らごときが、この天下の魔王を満足させられるとでも思っておるのか!」
キメラの魔王であり、本物の持子を守るための身代わりであるダミー――影持子(六花)が、傲岸不遜な魔王のトーンで叫ぶ。
しかし、その周囲に群がっている第一下僕の鮎、第二下僕の美羽、そして真祖の吸血鬼エティエンヌたちは、影持子に、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべていた。
「持子様! 私たちをお守りするためには、もっと強固な魔力回路の構築が必要ですわ! さあ、遠慮なく私の胸に甘えて!」
鮎が、大義名分を振りかざしながら影持子にすり寄る。
「ズルいです! 持子様、私が一番に魔力を注入しますから!」
美羽がヤンデレの瞳をギラつかせながら、影持子の腰に抱きつく。
「なっ、貴様らっ、どこを……っ!? ひ、ひゃんっ! わしは、魔王だぞ……っ! 主人に気安く触るな!」
究極の敏感体質である影持子は、下僕たちの過剰なスキンシップに涙目で必死の拒絶を入れる。彼女が「わしが主人だ」と断固として言い張る限り、下僕たちはそのプロレス的茶番のルールに従わざるを得ない。
「ちょっと、あんたたち! ダンジョンの最下層でさかりすぎですのよ! いい加減にしなさいな!」
ツッコミ監視役である吸血鬼の元女王ルージュが、呆れたように声を張り上げる。周囲には合気武道部の部員(一般人)たちも遠巻きに見ているため、これ以上の発情や暴走は物理的に不可能だった。
(((あぁぁぁん! 本物の持子様に会いたいぃぃっ! もっと蹂躙したいのにぃぃっ!)))
下僕たちは心の中で血の涙を流しながら大泣きしていた。
地上で本物の持子が世界を狂わせ、奇跡を起こす劇薬となっている裏で、偽物は身内に玩具にされつつもギリギリの尊厳を保つという、完璧な対比構造が展開されていた。
* * *
パリのホテル・プレジデンシャルスイート。
「ぎゃああああああああっ!!」
自室で休んでいた持子の絶叫が、ホテルのフロア中に響き渡った。
スマホを放り投げ、頭を抱えてリビングへと飛び出してきた持子の顔は、茹でダコのように真っ赤に染まり、目からは滝のような涙が溢れていた。
「か、楓ちゃぁぁん!!」
「持子お姉さん! どうしました!?」
リビングのソファに座っていた楓が瞬時に立ち上がる。テーブルの向こうでは、リジュが何やら興奮した様子でモニター越しの雪と通信していた。
「わ、わたしのお嫁入り前がぁぁっ!! なんで!? エッチなのはダメって言ったのにぃぃっ! なんで世界中のニュースで、わたしが『愛欲の女神』とか呼ばれてるのぉぉっ!?」
持子は床にへたり込み、バンバンと絨毯を叩いて泣き叫んだ。
「なまら恥ずかしいぃぃっ!! 穴があったら入りたい! いや、地球の裏側まで埋まりたいっ!」
持子は泣き叫びながらも、胸の奥でほんの少しだけ、複雑な感情が渦巻いているのを感じていた。
(あんなにたくさんの人が……わたしのこと、綺麗だって、救われたって言ってくれてる。……それは、ちょっとだけ嬉しかったりもするけど……でも、やっぱりエッチすぎるのはヤダぁぁっ!)
画面の向こうから、雪の冷静な声が響く。
『落ち着きなさい、持子。事態は世界規模の熱狂になりつつあるわ。でも、正体は誰にもバレていない。私たちは一切黙秘を貫き、これを「謎の新人M」の奇跡として処理するわ』
その言葉を聞いたリジュが、両手を組み合わせ、狂気を帯びた熱い眼差しで立ち上がった。
「雪の言う通りよ! これは単なるマーケティングの枠を超えているわ! 神聖なる狂気、新たな宗教の誕生よ! 私はこの熱狂を裏から完全にコントロールし、彼女を本物の『神』へと昇華させる神格化プロジェクトを始動させますわ!! ああ、生ける神話を創り出せるなんて……っ!」
リジュの瞳は、利益の追求を超え、「神話を作ること」自体への抗いがたい快感と狂気に染まっていた。
しかし――。
「……リジュさん。少し、黙ってください」
ひゅんっ、と。
リビングの温度が、一気に絶対零度まで下がった。
風間楓が、静かに、しかし恐ろしいほどの暗い瞳で、リジュを睨みつけていた。
その手には、神話級の宝具『生太刀』が、いつでも空間を切り裂けるよう顕現している。
「か、楓ちゃん……?」
持子が震える声で親友を見上げる。
「持子お姉さん。安心してください」
楓の言葉は静かだったが、その奥には岩をも砕くような強固な『意志』が宿っていた。
「私は、あなたに二度と、あんな力は使わせません。あれは、世界を狂わせ、あなたの純真さを汚す忌まわしい力です」
楓の目が、昏く沈む。
「ヴァチカンの暗殺部隊だろうと、エクリプスのエージェントだろうと、裏社会の組織だろうと……もし、あの『女神』の正体に近づこうとする者がいれば、私が物理的に消去します。サーバーも、組織も、必要なら国家ごと……すべて、私がこの手で消し去ります」
それは、持子を護るためという大義名分のもとに生まれた、楓自身の強烈なエゴだった。
利益と神話を求めるリジュ。
事態を静観し利用しようとする雪。
そして、「力を使わせない」と過激な排除を誓う楓。
(ど、どうなっちゃうの……これ……っ!?)
持子は、大人たちの思惑と、親友の危うい決意の板挟みになり、頭を抱えて震えるしかなかった。
かくして、世界を救う『愛欲の女神』の奇跡は、新たなる戦いの火蓋を切って落とした。持子の平和な(?)日常は、さらにカオスな方向へと加速していくのだった。




