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【極黒の魔王と六花の誓い】

【極黒の魔王と六花の誓い】


騒がしくも温かかった夕食の時間が終わり、野営地には心地よい静寂が訪れていた。


ルージュが張った結界の中で、オレンジ色の魔力ランタンがパチパチと微かな音を立てて揺らめいている。

食後の温かいお茶を片手に、合気武道部の面々と葉室鶴子は、ランタンの火を囲んで思い思いにくつろいでいた。


少し離れた場所では、先ほどルージュから大目玉を食らった下僕たちが、大人しく壁の花になりながら(それでも隙あらば持子を愛でようと目を光らせつつ)静かに控えている。


ランタンの揺らぐ炎を見つめながら、影持子――いや、土御門朔夜に『六花』という名を与えられたキメラの式神は、ふと、己の宿命に思いを馳せていた。


自分は、本物の恋問持子を裏社会から護るためのデコイ(身代わり)として創り出された、精巧なダミーだ。


今はこうして偉大なる「極黒の魔王」として振る舞い、皆の中心でふんぞり返っているが、このダンジョン攻略という役目を終えれば、術は解かれ、自分という存在は跡形もなく消え去る。

美しいけれど、すぐに溶けて消えてしまう雪の結晶(六花)のように。


「……」


影持子は、無意識のうちに膝の上でギュッと拳を握りしめた。


怖い。消えたくない。朔夜の記憶の中に残りたい。

そして――この温かく騒がしい仲間たちとの時間が、終わってほしくない。


気がつけば、彼女の口から、魔王らしからぬ感傷的な言葉がこぼれ落ちていた。


「……なあ、貴様ら」


ぽつり、と。

ダンジョンの静寂に溶け込むような、どこか儚げな声。

その声色に、合気武道部の面々と鶴子がスッと顔を上げる。


「もし……わしが明日、溶ける雪のように消え去って、今とは全く違う存在になっていたら……貴様らは、どうする?」


それは、記憶を失い16歳の無垢な少女に戻った「本物の持子」のことを指す言葉でもあり、自分という存在が消滅することへの、たまらない不安から出た問いでもあった。


冗談めかして言ったつもりだった。

魔王の戯れ言として、笑って流してくれればそれでよかった。


しかし。


「何言ってんすか、先輩」


一番最初に口を開いたのは、一年生の遊撃手・佐藤陽翔だった。

普段は煩悩まみれのお調子者である彼は、今ばかりはニヤケ顔を完全に封印し、真っ直ぐな瞳で影持子を見つめ返した。


「先輩が明日どんなに変わってても……記憶をなくしても、性格が丸くなっても、あるいはもっと怖い魔王になってたとしても。一緒に命懸けでダンジョン潜って、背中預け合って戦ってくれた『持子先輩』は、一生俺たちの『持子先輩』っスよ!」


「……ああ」


佐藤の隣で、無口で硬派な門蒼真が、深く、重く頷く。


「俺たちの絆は、そんなことで消えたりはしない。あんたがどんな姿になろうと、俺たちを導いてくれた強くて気高い恩人だ。それは絶対に揺るがない」


二人のバカみたいに真っ直ぐで熱い言葉に、影持子は目を丸くした。


「……ふふっ、佐藤くんと門くんの言う通りですわ」


高橋玲央が眼鏡のブリッジを押し上げながら、凛とした声で微笑む。


「先輩がどれだけ不完全になろうと、全く別の存在になろうと、私たちが先輩に憧れ、その背中を追いかけたという『完璧な事実』は消えません。私はずっと、先輩を尊敬し続けますわ」


「ええ。それに、物理学的・論理的観点から見ても、構成要素や状態が変化したからといって、これまで我々が共有してきた時間と事象がゼロになるわけではありません」


南原紗良が、淡々とした理詰めの口調の中に、確かな熱を込めて断言する。


「あなたがどんなあなたになろうと、私たちは受け入れます。……文句ありますか?」


「ないない! 全然ないよ!」


阿部凛花が、長い手足をバタバタさせて身を乗り出した。


「持子先輩は私の神様なんだから! 神様がどんな姿に変わっても、私は一生崇拝し続けますっ! なんなら、違う先輩の姿もめちゃくちゃ拝みたいです! 絶対可愛いに決まってますから!」


「あははっ、阿部ちゃんらしいね!」


三年生の主将・千手美貴が、豪快に笑いながら影持子にウインクをした。


「持子ちゃん! あんたはもう、私たち合気武道部の大事な『同志』だよ! どんなに変わっても、私たちが背中を叩いて気合入れてやるから、安心して明日を迎えなさい!」


「……俺たち三年が、お前たちの居場所を護る。だから、お前は何も恐れなくていい」


副主将の森盛夫が、腕を組みながら静かに、しかし鋼のような意志を込めて言い切った。


合気武道部の七人から向けられる、一点の曇りもない絶対的な肯定。

彼らは今の持子が「偽物」であることなど微塵も知らない。それでも、彼らの言葉は紛れもなく、今ここにいる『影持子(六花)』という存在に真っ直ぐに向けられていた。


そして最後に。

影持子がダミーであるという残酷な真実を、スノーの面々から聞かされて知っているはずの葉室鶴子が、ふわりと温かい太陽のような微笑みを浮かべた。


「持子姉さん」


鶴子は、極黒の魔王に対して、あえて『姉さん』と呼んだ。


「私は、姉さんがどんな姿になっても、どんな運命を背負っていても……今ここで、私たちと一緒にご飯を食べて、笑って、戦ってくれているお姉さんのことが、心の底から大好きですわ。あなたは、私のたった一人の、誇り高い姉です」


「――――っ」


影持子は、息を呑んだ。

胸の奥が、熱い。まるで大火傷をしたように熱くて、どうしようもなく苦しくて、同時に、これ以上ないほどの幸福感に包まれていた。


(……ああ。そうか)


自分は、立花雪と土御門朔夜に創られた『偽物の自我』だ。

本物の持子の記憶をベースにした、ただの操り人形かもしれない。役目を終えれば、跡形もなく消え去る悲しい化物だ。


ずっと、それが怖かった。自分の感情すらも偽物なのではないかと、怯えていた。


けれど、違う。

今、胸の奥で熱く燃え上がっているこの感情は。


アホで真っ直ぐな佐藤を、不器用な門を、強気な高橋を、素直になれない南原を、変態だけど純粋な阿部を、頼れる千手と森を、そして、自分を姉と慕ってくれる優しい鶴子を――。


彼らを、何があっても護り抜きたい。

この命が明日消え去るとしても、彼らの未来だけは絶対に傷つけさせない。


(……わしは偽物だ。だが、こいつらを護りたいというこの想いだけは、絶対に本物だ……!)


影持子の中で、「朔夜に褒められたいだけの式神」としての感情とは全く別の、『真の王』としての気高く、揺るぎない自覚が産声を上げた。


「……ふは、ふははははっ!」


影持子は、込み上げてくる涙を必死に堪え、口角を限界まで吊り上げて、傲岸不遜な魔王の高笑いをダンジョンに響かせた。


「馬鹿者どもめが! この天下の魔王が、雪のように消えるわけがなかろう! 貴様らのような下等な人間どもがわしを案ずるなど、百年早い!」


影持子はバンッと勢いよく立ち上がると、マントを翻して胸を張った。


「良いか貴様ら! 明日も明後日も、わしが貴様らの絶対の主だ! わしの背中から絶対に離れるな! この極黒の魔王が、貴様ら全員を地獄の底から生還させてやるわ!!」


「おおおおっ!! さすが持子先輩っス!!」

「押忍!! 一生ついていきます!!」


合気武道部の面々が、魔王の頼もしい(?)宣言に熱狂し、拳を突き上げる。

その狂騒の中心で、影持子は誰にも見えないように、ほんの少しだけ目元を拭った。


遠く離れた場所で、ルージュが腕を組みながら「ふん、単細胞ばかりですわね」と呆れ顔で呟きつつも、どこか安堵したように微笑んでいる。


そして狂信的な下僕たちは、「ああっ……王としての威厳に満ちた持子様……最高ですわぁっ♡」と、相変わらず目を血走らせて身悶えしていたが、もはや今の影持子にとって、そんなカオスすらも愛おしい日常の一部だった。


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