【ルージュの特別指導と、絶対零度のビデオメッセージ】
【ルージュの特別指導と、絶対零度のビデオメッセージ】
狂騒から少し時間が経過した頃。
夕食の片付けも終わり、合気武道部の面々が明日の探索に向けて各々のテントで休息を取り始めたタイミングを見計らい、ルージュ部屋(結界内の安全地帯)の中で、厳粛なる『特別指導』が始まろうとしていた。
「……」
「……」
「……」
「……」
床に、絶世の美女四人が一列に並んで正座をさせられていた。
第一下僕・本多鮎。
第二下僕・花園美羽。
第三下僕・エティエンヌ。
第四下僕・アスタルテ。
世界を裏から支配できるほどの影響力と絶大な魔力を持つバケモノ級の美女たちだが、今の彼女たちは一様に気まずそうに視線を彷徨わせている。
その彼女たちを見下ろすように仁王立ちしているのは、ゴシックドレスに身を包んだ吸血鬼の元女王、ルージュである。彼女の手には、魔力で具現化されたお仕置き用の『血の茨のハリセン』が握られていた。
スパーンッ!!
ルージュがハリセンを容赦なく床に叩きつけると、四人の肩がビクッと跳ねた。
「あんたたち……いい加減にしなさいよ!!」
普段は気品のある貴族口調を保っているルージュだが、今夜ばかりは堪忍袋の緒が完全にブチ切れていた。真紅の瞳を吊り上げ、ドスを効かせたヤンキーのような口調で怒鳴り散らす。
「ここはダンジョン! いつ魔物の大群や悪魔が襲ってくるか分からない命懸けの死地ですのよ!? さかっていい場所じゃありませんわ!!」
「うっ……」
「それに何ですか、さっきの夕食の時の態度は! 影持子は、生まれたばかりで右も左も分からないのに、ボロを出さないよう必死に『極黒の魔王』を演じてるでしょうが! なのにあんたたちと来たら、隙あらば胸に顔を埋めようとするわ、唇を奪おうとするわ……少しは彼女の健気な努力に敬意を表しなさいな!!」
ルージュの正論の矢が、四人の胸にグサグサと突き刺さる。
しかし、そこは狂信的な愛に生きる下僕たち。黙って引き下がるようなタマではない。
「だって……っ!」
最初に口答えをしたのは、第一下僕の鮎だった。
「仕方ないじゃないですか! 普段の持子様には恐れ多くて絶対にできないような過激なスキンシップが、あの偽物ならやり放題なんですのよ!? しかも、限界まで追い詰めると『ひゃんっ!』って可愛い声でポンコツになるんですよ!? あんな極上の玩具、理性が保てるわけないじゃないですか!」
「そうですぅ!」
美羽も便乗して声を上げる。
「しかも中身は持子様なのに、初心で経験不足で隙だらけなんですよ!? 私のヤンデレとドS心をこれでもかってくらい刺激してくるんですぅ! いじめて泣かせたくなっちゃうのは、下僕として当然の生理現象ですっ!」
「お黙りなさい泥棒猫! 一番愛でる権利があるのはこの私ですわ!」
「ああんっ、ずるいですわ二人とも!」
エティエンヌが身をよじらせて抗議する。
「私も持子様のすべすべのお肌が恋しいのですわぁっ! 偽物とはいえ、あの美貌と魔力は本物! 私の真祖としての母性が、彼女を全身で包み込んで愛の調教をしろと叫んでいるのですわっ!」
「わ、わたくしだって神ですから!」
平民階級のアスタルテも涙目で主張する。
「我が神である持子様に、この豊満な女神の身体を捧げてご奉仕するのは、宗教上の義務ですわ! なのに皆さん抜け駆けばかりして……わたくしだけお預けなんて酷すぎますぅ!」
「ああもう、うるさいうるさいうるさぁぁぁいっ!!」
スパーンッ!! スパーンッ!!
ルージュのハリセンが乱れ飛び、見苦しい言い訳を並べ立てる下僕たちの頭を次々と叩き据える。
「あんたたちの性癖なんて知ったこっちゃありませんわ! 百歩譲って、わたくしたちしかいない密室ならまだしも……さっきは義理の妹の葉室鶴子も合気武道部の連中もいたでしょうが!!」
ルージュは青筋を立てて吠えた。
「葉室鶴子は知ってるけど、合気武道部の子たちは、今の持子が『偽物』だなんてこれっぽっちも知らないんですのよ!? あんたたちが過度なスキンシップでいじり倒して、影持子が『あひぃっ!』なんて情けない声を出したら、本物の『魔王・恋問持子』の威厳が根底から崩壊するでしょうが!! 少しは頭を使いなさい、この発情ザルども!!」
ルージュの至極真っ当な怒りに、四人は一瞬だけ口を閉ざしたが、それでもまだ不満げに唇を尖らせている。
「……チッ。どいつもこいつも、反省の色が見えませんわね」
ルージュは冷ややかな目で四人を見下ろすと、腕を組んで、地獄の底から響くような低い声で言い放った。
「あんまりふざけた態度をとるなら……雪社長にチクるわよ」
「「「「…………っ!!?」」」」
その一言が出た瞬間。
空気が、完全に、そして物理的に『凍りついた』。
あの、千年を生きる大陰陽師にして、スノーの冷徹なる絶対的支配者。
目的のためなら手段を選ばず、分厚い企画書で後頭部をフルスイングしてくるドSなプロデューサー、立花雪。
下僕四人の顔から、サァァァッと血の気が引いていく。
鮎の背筋は凍りつき、美羽はガタガタと震え、真祖のエティエンヌですら冷や汗を流し、アスタルテに至っては恐怖で白目を剥きかけている。
「ひ、ひぃぃ……っ、そ、それだけは、それだけはご勘弁を……っ!」
「雪社長にバレたら、私たち、東京湾の底にコンクリート詰めで沈められちゃいますぅ……っ!」
完全に主導権を握ったルージュは、フンと鼻を鳴らすと、ゴシックドレスのポケットから最新型のiPhoneを取り出した。
「実はね、出発前に雪社長から『もしこいつらがダンジョン内で影持子の扱いで暴走したら、これを見せなさい』って、ビデオメッセージを預かっているのよ」
ルージュが画面をタップし、再生ボタンを押す。
画面に映し出されたのは、スノー本社の社長室。高級な革張りの椅子に深く腰掛け、ネイビーのパンツスーツをスタイリッシュに着こなす立花雪の姿だった。
画面越しの映像であるにも関わらず、その瞳からは、千年を生きる修羅としての『本物の殺気』が、絶対零度の冷気となって立ち上っていた。
『——あんたたち』
画面の中の雪が、氷のように冷たく、静かな声で紡ぐ。
たった一言。余計な言葉は一切なかった。
『影持子のキャラクターを崩壊させたら……殺す』
プツッ。
映像はそこで途切れた。
「「「「ヒィィィィィィィィィィィィッ!!!」」」」
ドゲェェェェェェェェェェェンッ!!!
絶世の美女四人が、一糸乱れぬ完璧なフォームで、テントの床に額を激突させる勢いで土下座をキメた。
あまりの恐怖に、四人の身体は生まれたての小鹿のようにガクガクと激しく震えている。
「も、申し訳ございませんでしたぁぁぁっ!!」
「わ、私たちが調子に乗っておりましたっ! もう二度と、公衆の面前で影持子様をポンコツ化させませんっ!」
「真祖のプライドにかけて、魔王の威厳をお護りいたしますわぁぁぁっ!」
「わたくし、ただの壁のシミになりますぅぅぅっ!」
雪の圧倒的な恐怖政治を前に、先ほどまでの欲望と不満は跡形もなく消し飛んでいた。
その見事なまでの屈服ぶりを見下ろしながら、ルージュは満足げに一つ頷き、iPhoneをポケットにしまった。
「……分かればよろしいですわ」
ルージュは声のトーンを少しだけ柔らかくし、正座の姿勢に戻った四人に向けて諭すように告げた。
「影持子は偽物だけれど、あの小さな肩に世界の均衡と、私たちの命運を背負って必死に戦ってくれているのよ。彼女が張り子の魔王として堂々としていられる環境を守るのは、わたくしたちの義務ですわ」
ルージュは真紅の瞳を優しく細めた。
「あんたたちも、あの子の健気な姿には、本当は少し胸を打たれているのでしょう? ……これからは、影持子にきちんと敬意と感謝を示しなさいな」
ルージュの心からの言葉に、狂信と恐怖から解放された四人は、真剣な表情を取り戻して深く頷いた。
「「「「はいっ!!」」」」
こうして、ルージュの身を挺した(?)的確なツッコミと雪の絶対的な恐怖により、下僕たちの狂った欲望はギリギリのところで制御され、影持子の『魔王としての威厳』は、薄氷を踏むようなバランスで保たれることになったのである。




