表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

377/381

【ダンジョン深層の石狩鍋とルージュの特別指導】

【ダンジョン深層の石狩鍋とルージュの特別指導】


エクリプスの悪辣な電波干渉が途絶えた後、ルージュの一喝により騒がしかった野営地は一転して(ある程度の)秩序を取り戻し、食事の準備が手際よく進められていった。


ダンジョンのじめじめとした冷気を吹き飛ばすように、ルージュの結界内でオレンジ色の魔力ランタンが温かく灯る。

その中央に据えられた大型のポータブルコンロの前で、腕まくりをした一年生の門蒼真が、丸太のような太い腕に似合わぬ繊細な手付きで包丁を振るっていた。


「……味噌の溶け具合は、こんなもんか」


蒼真の父親は北海道出身であり、彼が今夜振る舞うのは父親直伝の『石狩鍋』であった。

新鮮な鮭の切り身、たっぷりのキャベツと玉ねぎ、長ネギ、そして豆腐。それらが特製の合わせ味噌とバターの溶け込んだ濃厚なスープの中で、ぐつぐつと煮込まれていく。

蓋を開けた瞬間、芳醇な味噌とバター、そして鮭の旨味が混ざり合った圧倒的に暴力的な香りが、野営地いっぱいに広がった。


「うおおおおっ! なんだこの匂い! 胃袋がぶっ壊れそうっス!」


魔物の討伐から戻ってきた佐藤陽翔が、目を輝かせて鍋ににじり寄る。


「門! お前、マジで良い奥さんになるな! 俺と結婚するっスか!?」


「無駄口を叩くな、陽翔。……器を持て、よそうぞ」


蒼真はアホな茶化しをスルーし、朴訥とした手つきで具材をバランスよく器に盛り付けていく。


「ふふっ……」


そんな蒼真の頼もしくも家庭的な横顔を見て、恋人である高橋玲央が眼鏡の奥の瞳を優しく潤ませた。

普段は「完璧な型」を追求するプライドの高い彼女だが、蒼真の前ではその仮面は脆くも崩れ去る。

受け取った熱々の器から立ち上る湯気に顔をほころばせ、玲央はふーふーと息を吹きかけてから、鮭の身を一口かじった。


「……美味しい。門くんの作ったご飯……すごく美味しいですわ」


「……そうか。なら、よかった」


玲央のデレデレな笑顔に、蒼真も少しだけ頬を掻きながら、不器用だが優しく微笑み返した。


その隣では、南原紗良が配られた器を両手で持ち、静かに湯気を見つめていた。


「……鮭の良質なタンパク質と、野菜のビタミン群。それに味噌の塩分と発酵成分。……ダンジョンでの極限の疲労回復において、これ以上ないほど理にかなったメニューですね」


冷静な頭脳派らしく、物理的・論理的観点から石狩鍋の栄養価を淡々と分析する紗良。

しかし、その足取りは迷うことなく、すっ、と陽翔のすぐ隣のスペースへと向かった。


「あ、紗良。ここ座るっスか?」


「……ええ。文句ありますか、陽翔くん」


「ないっスよ! 一緒に食うと美味いっスからね!」


かつての極寒のツンデレはどこへやら。

素直になる決意をした紗良は、恥じらいを隠すように少し顔を伏せながら、陽翔の隣にちょこんと座り、温かい鍋を口に運んだ。


その向かい側では、合気武道部一年生の阿部凛花と、八咫烏の葉室鶴子が、仲良く隣り合って熱々の石狩鍋をつついていた。


生粋のお嬢様でありながら、黒髪のツインテールに、露出度高めで着崩したギャルファッションというアンバランスな出立ちの鶴子。

そんな彼女に対し、誰にでも優しく圧倒的なコミュニケーション能力を持つ凛花は、目を輝かせて話しかけた。


「ねえ鶴子ちゃん、その服すっごく可愛い! 黒髪ツインテにギャル服って最高に映えるよね! どこのブランドのコーデなの?」


現役のモデルとして活躍する凛花のプロ視点からの絶賛に、鶴子は少しはにかみながらも誇らしげに微笑んだ。


「ふふ、ありがとうございますわ。これは……持子姉さんが直々にプロデュースしてくださった、私のお気に入りの勝負服ですの。原宿で一緒に選んでいただきましたのよ」


「えっ!? 神……持子先輩の直接プロデュース!? うわー、通りでオーラが違うと思った! 尊い! 尊すぎるよ鶴子ちゃん! あの神のセンスを身に纏えるなんて羨ましすぎます!」


持子を狂信的に崇拝する凛花は、身を乗り出して大興奮する。

鶴子はそんな凛花の反応にクスリと笑い、凛花からふわりと漂う香りに鼻をひくつかせた。


「凛花さんのファッションも、手足の長さが際立ってとても素敵ですわ。……それに、その香り。持子姉さんと同じ、シャネルのNo.5……ですよね?」


「あっ、気づいてくれた!? そうなの! 神と同じ香りを少しでも纏いたくて、スノーでの初任給で買っちゃったんだ!」


「分かりますわ。持子姉さんの香り、とても安心しますものね。私も実家にいる時は、持子姉さんが選んでくれた服を並べて眺めてしまうくらいですの」


「わかるーっ! 神の残り香だけで白米三杯はいけるよね!」


「ふふっ、凛花さんは本当に持子姉さんのことがお好きなんですわね」


魔物が跋扈する薄暗いダンジョンの底で、持子(神であり義理の姉)への重すぎる愛とファッションの話題で完全に意気投合した二人は、キャッキャと華やかなガールズトークに花を咲かせていた。


さらに少し離れた場所では、三年生コンビが相変わらずの空気を放っていた。


「んーっ! 美味しい! 蒼真くん、料理の才能あるよ! 盛夫、私たち卒業して同棲したら、毎日こういうの作ってくれ!」


童顔で小柄な主将・千手美貴が、バキバキの筋肉を休ませながら満面の笑みで無茶振りをする。


「……ああ。お前が望むなら、俺が作る。背中の護りも、胃袋も、俺が満たそう」


寡黙な副主将であり婚約者の森盛夫は、表情一つ変えずに、恐ろしく甘く男前なプロポーズの延長戦を繰り広げた。


「も、盛夫……っ! 大好きっ!」


合気武道部の面々と鶴子が展開する、あまりにも尊く、青春の輝きに満ちた夕食の風景。

その光景を上座から見下ろしながら、傲岸不遜な『極黒の魔王』の仮面を被った影持子(六花)は、器に盛られた鮭の切り身をパクリと頬張った。


「ふはは! 下々の者が作ったにしては悪くない味だ! この魔王の腹を満たすに足る、誉れ高き出来栄えである!」


偉そうにふんぞり返り、尊大な魔王口調で言い放つ影持子。

しかし、その内心は全く別の感情で暴れ回っていた。


(美味しい! なにこれなまら美味しい! 鮭の脂とバターのコクが完璧すぎるだろ! 門、お前天才か!?)


影持子の中にある「オリジナルの持子(北海道出身)」の記憶の残滓が、郷土の味に激しく反応しているのだ。


(それに、なんだこの合気武道部の空間! 門と玲央の初々しさ! 陽翔の隣にすっと座る紗良! 凛花と鶴子の華やかなガールズトークに、千手と森のバカップルぶり! 尊い! 尊すぎるだろ! わしは今、最高の青春空間の中心にいるぞ!)


影持子は、顔は最高に邪悪で偉そうなドヤ顔を作りながら、心の中では感動の涙を滝のように流し、見えないペンライトを振り回して大歓喜していた。


――しかし、彼女が「魔王」としての威厳と「青春の尊さ」に浸っていられたのは、ほんの数分間だけだった。


「持子様ぁっ……♡」


突如、背後からねっとりとした甘い声が鼓膜を打った。


「ん? ど、どうした鮎」


「持子様の美しく気高いお口の端に……鮭の汁がついておりますわ。この第一下僕であるわたくしめが、綺麗に舐めとって差し上げますわね♡」


言うが早いか、本多鮎が目を血走らせた狂信者の顔で、影持子の顔を両手で挟み込み、長い舌をぺろりと這わせようと迫ってきた。


「なっ!? き、貴様、何を――」


「あっ、駄犬! 抜け駆けはずるいですわ!」


鮎の行動にいち早く反応した美羽が、鮎を引き剥がす。

そしてアスタルテが、豊穣の女神としての豊満すぎる神乳を揺らしながら、影持子の背後から覆い被さるように抱きついた。


「持子様! このダンジョンの冷気で、あなた様の尊き魔力回路パスが冷えてしまいます! さあ、わたくしのこの豊満な胸の谷間で、たっぷりと温もりを感じてお休みくださいませ♡」


「むぎゅっ!? ア、アスタルテ、胸が、胸が後頭部に――っ!」


「ああんっ、ずるいですわ二人とも! 持子様、私にも! 命懸けで愛する私にも、持子様を癒やす権利がございますわぁっ♡」


さらに、真祖の吸血鬼エティエンヌ(女体化・究極プロポーション)までが参戦し、影持子の太ももにすりすりと頬ずりを開始した。

極度の敏感体質であり、下僕たちからの魔力干渉に異常なほど弱い影持子のキャパシティは、一瞬にして限界を超えた。


「き、貴様ら! どこを触っておる! あっ、ひゃんっ! わ、わしは魔王だぞ……っ! あひぃっ、や、やめ……っ!」


あっさりと魔王の威厳は崩壊し、ポンコツ化した影持子から、甘く情けない嬌声がダンジョンに響き渡る。


(や、やめてくれ! 朔夜ぁぁぁっ! こいつら、過激なスキンシップを仕掛けてきている! だが、ここで「やめろ」と本気で拒絶すれば、魔王の虚勢が壊れてしまう……っ! 耐えろ、耐えるのだ六花……っ!)


影持子は必死に魔王のロールプレイを維持しようとするが、絶世の美女4人に全身を揉みくちゃにされ、理性が溶けかけていた。


スパーンッ!! スパーンッ!! スパーンッ!!スパーンッ!!


その時、闇を切り裂くように、ルージュの操る『血のブラッド・ソーン』がハリセンの形に変化し、発情する下僕四人の頭を正確無比に叩き据えた。


「痛っ!?」

「ああんっ♡」


「あんたたち、いい加減にしなさいな!」


ゴシックドレスを翻したルージュが、こめかみに青筋を立てて絶叫する。


「ご飯の時くらい、さかるのをやめなさい! 鍋が冷めますわよ! 持子も、魔王ならちゃんと威厳を持って払いのけなさいな!」


「はぁ、はぁ……っ! そ、そうである! 貴様ら、さかりすぎだ! この魔王を舐めるな!」


ルージュの的確なツッコミという「救いの手」を得て、影持子は息も絶え絶えになりながら、ようやく魔王としての態勢を立て直した。

その、あまりにもカオスで騒がしい、光と闇の入り交じる野営の狂騒劇。


少し離れた場所で凛花と上品に石狩鍋を食べていた葉室鶴子は、頬に手を当てて、その光景をこの上なく優しく、保護者のような眼差しで見守っていた。


(ふふっ……。影持子、今日もバレないように、一生懸命魔王を演じていらっしゃる……。本当に、偉いですわ)


偽物であると完全に知っていながらも、健気に虚勢を張るキメラの少女の姿に、鶴子は心からの温かいエールを送っていたのである。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ