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【素直になれない氷の少女と、熱を帯びる冬の夜】

【素直になれない氷の少女と、熱を帯びる冬の夜】


冬の刺すような冷たい夜風が、街のイルミネーションを鮮やかに瞬かせていた。


「だったら凛花、お前が男だとしたら、あの極寒ツンデレ女と付き合えるッスか!?」


「無理! 絶対めんどくさい!」


阿部凛花の身も蓋もない即答に、佐藤陽翔は「間違いないッス!」とガハハと笑う。そのまま緊迫感の欠片もなく夕飯のモードへと切り替わった二人は、赤提灯の揺れるたこ焼き屋へと仲良く入っていった。


「…………っ」


公園の暗がりから、そっと二人の後を追ってきていた南原紗良は、その一部始終を見てギュッと唇を噛み締めていた。


(『無理! 絶対めんどくさい!』……って)


圧倒的な童顔に冷たい知性を宿した眼鏡の奥で、南原の瞳が微かに揺れる。

悔しくて、腹が立って、でも……論理的に分析すれば、二人の言うことは完全に正しかった。


自分から歩み寄ろうともせず、素直な言葉の一つもかけられない。そんな面倒くさい態度を取り続けていれば、距離を置かれるのは当然の力学的な帰結だ。


(……少しだけ、頭を冷やしましょう)


胸の奥の痛みを理詰めで抑え込み、南原はコートの襟を立てて一人、夜の街へと歩き出した。


喧騒から少し離れた、静かな通りに差し掛かった時のことだった。

ふと、見覚えのある二人のシルエットが目に入り、南原は無意識に電柱の影へと身を隠した。


合気武道部の主将である千手美貴と、副主将の森盛夫だった。


『……二十歳になったら、結婚しよう』


夜風に乗って、森の低く真剣な声が聞こえてきた。

その真っ直ぐすぎる言葉に、千手は顔を茹でダコのように真っ赤に染め、潤んだ瞳で森を見上げて『……はいっ』と幸せそうに頷いていた。


(……プロポーズ、ですか)


南原は、眼鏡のブリッジを中指でクイッと押し上げた。


小柄で童顔な可愛らしい外見の千手先輩だが、その実態は体脂肪率5%以下というバキバキの肉体を持つ、無自覚な戦闘狂バトルジャンキーである。笑顔でえげつないノルマを課し、合気武道と戦闘以外の日常生活においては驚くほどのポンコツだと聞いている。


ストイックで寡黙な森先輩と付き合っていることは知っていたが、南原の理詰めの分析では「いずれ日常生活の破綻から関係が崩壊する」という予測が立っていた。


それなのに、あんなにも幸せそうに、永遠の誓いを交わしている。


胸の奥にざわつきを抱えたまま、南原は再び歩き出し、今度は大通りへと出た。


すると今度は、格式高い重厚なマホガニーの扉を持つ、三ツ星の高級イタリアンレストランへ吸い込まれていく二人の影を目撃してしまった。

丸太のような腕を持つ無骨な門蒼真と、彼にエスコートされて微笑む高橋玲央の姿だった。


(……高橋さんまで)


同じ芸能科に所属する高橋玲央は、同性から見てもため息が出るほど美しく、テレビドラマへの出演も決まっているほどの逸材だ。しかし彼女は、自他共に認める究極の完璧主義者であり、プライドが天よりも高い。


これまでにも数多の男たちが彼女の美貌に惹かれて声をかけてきたが、彼女の求める「完璧な型」と高すぎる理想についていけず、少し話しただけで皆、去っていったのを南原は知っている。


(論理的に考えて、あんなに他人に厳しく、自分にも高い理想を課す高橋さんに、男ができる確率など天文学的数字だと思っていました……)


しかし、無口で不器用な門の隣を歩く彼女は、普段の「完璧な女優」の仮面を外し、ただの恋する乙女のように、素直で愛らしい笑顔を浮かべていたのだ。


南原は立ち止まり、冷たい冬の空気を深く吸い込んだ。

頭の中で、猛烈な勢いで思考が回り始める。


(二人とも、個性的で問題点も山積みのはずです。高橋さんは完璧主義すぎて面倒くさいですし、千手先輩は武術以外の生活能力が皆無です。……相手の男が、良すぎただけ? 門くんや森先輩が特別だから? それとも、ただ私の巡り合わせが悪いだけで、私が好きになったあのサルが、圧倒的に鈍感で救いようのないアホだから……?)


かつて、決死の覚悟で告白しようとした絶好のタイミングで、あのサルはクリスマスケーキに目が眩んで猛ダッシュでスルーした。あの時、南原は『物理法則を無視して粉砕してやります』と絶対零度の殺意を抱いたものだ。


しかし。


冷静な頭脳派である南原の思考回路は、そこで一つの真理に辿り着いた。


(……いいえ。違いますね)


相手の男が良いからではない。

サルが極端に鈍感なだけでもない。

高橋玲央と、千手美貴。彼女たちにあって、自分に足りない決定的な要素。


(あの二人は……好きな男の前では、信じられないくらい『素直』なんです)


高橋は、門の不器用な言葉を受け入れ、完璧な型を崩してでも彼に身を委ねた。

千手は、自身の非力さを認め、森の背中を完全に信頼して頼っている。


どれだけ問題が多くても、どれだけ不器用でも、彼女たちは己の弱さや恋心を隠さず、相手に真っ直ぐぶつけているのだ。


(それに比べて、私は……)


南原は自身の胸に手を当てた。


いつも極寒のシベリアのような毒舌を吐き、理詰めの敬語で武装して、本心をひた隠しにしている。本当は佐藤のことが大好きなのに、照れ隠しで「サル」と呼び、キツく当たって距離を置かれる原因を自分から作っているのだ。


(……物理学的観点から見ても、作用・反作用の法則です。私が冷たく弾き返せば、相手も弾き返されるのは当然の帰結。……問題が多いのは、紛れもなく私自身の方でしたね)


改めて自分を見つめ直し、己の不器用さと愚かさを痛感した南原は、小さく深呼吸をして、来た道を引き返した。


再び、赤提灯の揺れるたこ焼き屋がある通りまで戻ってきた時のことだ。


「……か、帰ろうか」


「……うんッス」


ちょうど店から、佐藤と阿部が出てきたところだった。


なぜか二人の顔は茹でダコのように真っ赤に染まっており、思春期特有の極限の羞恥心と気まずすぎる空気が漂っている。南原には店内で二人が「神おっぱいのエアー揉み特訓」の末に自爆したことなど知る由もなかったが、それでもその異様な雰囲気はすぐに察知できた。


南原は、自らを覆っていた冷たい殻を破る決意を固め、気まずそうにする二人の前へと歩み出た。


「……佐藤くん」


いつも「サル」と呼んでいた彼を、初めて真っ直ぐな名前で呼んだ。


「えっ!? さ、紗良ちゃん!?」


驚きで肩をビクッと跳ねさせた佐藤に対し、南原は少しだけ顔を背け、コートのポケットの中でギュッと手を握りしめる。


「もし、よかったら……温かい缶コーヒー、一緒に……飲んでくれませんか?」


極寒のシベリアのような毒舌はどこにもない。

そこにあるのは、不器用に勇気を振り絞る、一人の素直な少女の姿だった。


そのただならぬ雰囲気を察知した阿部は、ハッと息を呑んだ。


「あ、ああっ! 私、モデルのウォーキング練習しなきゃいけないんだった! じゃあね二人とも!」


「えっ!? ちょっ、待つッス! 逃げるな凛花ッス!」


空気を読んだ阿部がさっと身を翻し、佐藤は慌てて手を伸ばして捕まえようとする。しかし、元バレエダンサー志望の異常な柔軟性と身のこなしを持つ阿部は、滑らかな動きでスルリと逃げ去ってしまった。


「ああっ……行っちゃったッス……」


気まずい空気の中、佐藤が恐る恐る振り返る。

するとそこには、いつも冷たい知性を宿している眼鏡の奥の瞳を潤ませ、ひどく寂しそうな表情を浮かべた南原が立っていた。


「……私といるのは……嫌、ですか?」


ポツリとこぼれ落ちた、弱々しくも切実な問いかけ。


「っ……!」


佐藤の心臓が、大きく跳ねた。

普段の辛辣な態度からは想像もつかない、圧倒的な童顔から向けられたしおらしい姿。


(……なんだこれ。紗良ちゃん……少しだけ、いや、メチャクチャ可愛いかもッス……)


煩悩の塊である佐藤の頭から、先ほどまでのたこ焼き屋での気まずさなど綺麗に吹き飛んでいた。


「い、いや! 嫌なわけないッス! むしろ光栄ッス!」


佐藤は顔を真っ赤にしながら、勢いよく自販機の方を指差した。


「俺が買ってくるッス! だから、ちょっとそこで待ってるッスよ!」


冬の夜風は冷たいが、二人の間に流れる空気は、ほんの少しだけ温かく、そして甘く色づき始めていた。


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