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【完璧主義な彼女と不器用な彼のデート】

【完璧主義な彼女と不器用な彼のデート】


冬の澄んだ冷気が、街のネオンをより一層きらびやかに見せている。


行き交う人々がコートの襟を立てて足早に過ぎ去る中、門蒼真と高橋玲央は、繁華街の喧騒から少し離れた落ち着いた石畳の道を歩いていた。


二人の間には、不器用なほどぎこちない、けれど確かな温もりがあった。

門の丸太のように太く武骨な手が、高橋の華奢な手をすっぽりと包み込んでいる。


(完璧、ですわ……今日の私の装いも、メイクも、歩く姿勢も。すべてにおいて完璧な型を保っています……っ!)


高橋玲央は、眼鏡の奥の瞳を前方に向けたまま、内心で必死に自分を奮い立たせていた。


彼女は芸能科の女優志望であり、何事にも『完璧な型』と『美しさ』を求める究極の完璧主義者だ。合気武道部での稽古も、学業も、そして芸能のレッスンも、他人が遊んでいる時間をすべて努力に費やしてきた。

その真面目さゆえに、周囲からは「近寄りがたい」「自分の世界に入り込んでいて隙がない」と思われがちだ。本人もそれに気づかず、ただひたすらに高い理想を追い求めてきた。


だが、今は違う。


繋いだ手から伝わってくる、門の熱い体温。

その男らしい感触だけで、彼女が積み上げてきた『完璧なクール・ビューティー』の仮面は、内側からトロトロに溶かされそうになっていた。


(でも……門くんの手、すごく大きくて、温かい……。だめ、顔がニヤけてしまいそうですわ。完璧な女優たるもの、デート中も洗練された振る舞いを……っ)


必死に平常心を装う高橋の横顔を、門は静かに見下ろしていた。


朴訥として無口。まるで昭和の銀幕スター、高倉健のような硬派な雰囲気を漂わせる彼だが、その胸の内には高橋への深い愛情が静かに、しかし熱く燃えている。


門は元々、お調子者の悪友・佐藤陽翔と共に「持子先輩のおっぱい」という煩悩を原動力にして過酷な稽古を乗り越えてきた。

だが、あの『東京ダンジョン(大禍つ炉)』での絶望的な死闘の中、傷つきながらも決して自身の美学と型を崩さず、気高く敵に立ち向かう高橋の背中を見た瞬間――彼の心の中で何かが明確に切り替わった。


『……護りたい』


それが、男としての本能だった。


持子先輩への思いは、もはや「手の届かない神への純粋な信仰(あるいは憧れ)」へと昇華されていた。

現実の、自分のこの太い腕で抱きしめ、護り抜きたいのは、いつも一人で歯を食いしばって完璧であろうとする、この不器用で努力家の少女なのだと確信した。


そして、その想いを決定づけたのが、本多鮎先輩と大泉洋がW主演を務めた大ヒット映画だった。


スクリーンに映し出される、命の有限さと、愛の尊さ。


『機会や縁があるうちに、行動しなければならない』


そのメッセージを不器用な心で真正面から受け止めた門は、クリスマスの夜、一切の誤魔化しなく、真っ直ぐに高橋へと思いをぶつけたのだ。


『俺は、お前が好きだ』


一切の誤魔化しもない、真っ直ぐな言葉。


「大禍つ炉での戦いで、お前の背中を見て確信した。俺の合気で、俺のこの腕で、必ずお前を守る。だから……俺と、付き合ってくれ」


その告白を高橋が「完璧な型(告白)ですわ!」と涙ぐみながら受け入れてくれた日のことを思い出し、門の口元にわずかな笑みが浮かんだ。


「……高橋」


「は、はいっ!? なんですの、門くん!」


突然名前を呼ばれ、高橋は肩をビクッと震わせて門を見上げた。

完璧を取り繕おうとしていたが、声は裏返り、眼鏡の奥の瞳はウサギのように揺れている。


「……手が、冷たいな。寒くないか?」


「そ、そんなことありませんわ! これは、その……末端冷え性というか、緊張しているわけでは決してなく……っ」


早口で弁解する高橋。

彼女は常に「完璧な自分」を見せようとするあまり、自分のことで精一杯になり、空回りしてしまう癖がある。


「あのね、門くん。これから行くイタリアンは、雪社長がわざわざ予約してくださった三ツ星の超有名店ですのよ? ドレスコードはもちろん、カトラリーの使い方も完璧にしなければなりません。私は昨日からマナー本を三冊読み直して、完璧なシミュレーションを……」


「……」


「右手にナイフ、左手にフォーク。スープは手前から奥へ。食事中の会話のトーンは周囲の迷惑にならないデシベルを保ちつつ、上品な微笑みを絶やさず……っ、ああっ、もしソースを服にこぼしたらどうしましょう!? せっかく門くんに見てもらうために、一番似合うワンピースを選んだのに……!」


ブツブツと呟きながら、一人でパニックに陥り始める高橋。


真面目すぎるがゆえに余裕がなく、他人の目線よりも「自分の理想の型」に囚われて自爆しかかっている。

傍から見れば少し面倒くさく見えるかもしれないその姿が、門にはたまらなく愛おしかった。 


門は歩みを止めると、繋いでいた高橋の手を少しだけ強く握り、ぐいっと自分のコートのポケットへと引き入れた。


「えっ……?」


門のコートのポケットの中で、二人の手が重なり合う。

外の冷気が遮断され、門の体温が直接伝わってくる。


「……無理、しなくていい」


「か、門くん……?」


「……マナーとか、そういうのはよく分からないが。俺は、お前と一緒に美味い飯が食えれば、それでいい。ソースをこぼしたって、俺がお前を綺麗だと思う気持ちは、1ミリも変わらない」


嘘がつけない男の、計算など一切ないドストレートな言葉。


「っ……〜〜〜っ!」


高橋の顔が、一瞬にして茹でダコのように真っ赤に染まった。

完璧な女優の仮面も、お嬢様風の強がりも、すべてが木端微塵に吹き飛んだ。彼女の脳の処理能力は限界を突破し、言葉にならない恥ずかしさと喜びでショートしてしまう。


「あ、あ、あの……っ、も、門くんって、本当に……そういうところ、ズルいですわ……っ」


「……そうか?」


「そうですっ! バカッ……! ……でも、ありがとう」


眼鏡の奥で潤んだ瞳を伏せ、高橋は門のコートのポケットの中で、彼の手をぎゅっと握り返した。


その顔には、普段の「完璧主義で隙のない美少女」の面影はない。

ただ一人の男に惚れ込み、不器用に甘える「恋する乙女」の、最高に可愛らしい素顔があった。


「……よし、行くか」


「……はいっ」


ポケットの中で手を繋いだまま、二人は再び歩き出す。


夜風は冷たかったが、完璧な型を少しだけ崩した高橋の足取りは、先ほどよりもずっと軽く、そして幸せに満ちていた。


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