【悪魔の哄笑と策士の狂宴】
【悪魔の哄笑と策士の狂宴】
雨が、ネオンの海を冷たく濡らしていた。
深夜の東京・六本木。
摩天楼の頂点、地上二百メートルに位置する超高級ホテルの最上階。
そのフロア全体を貸し切って構築された米国・国家超常事態対策局『エクリプス』の極秘前線指揮所『エクリプス・アイ』。
分厚い特注の防弾・防魔ガラスの向こうには、雨に煙る東京の夜景が、まるで無数の宝石をぶちまけたかのように煌めいていた。
エクリプス極東支部司令官、ヴィンセント・オーウェンは、最高級のキューバ産葉巻を指に挟みながら、眼下に広がるその光の海を冷徹な瞳で見下ろしていた。
鍛え抜かれた長身を包む、一切のシワを許さない仕立ての良いスリーピース・スーツ。
五十代前半とは思えぬ若々しい肉体と、百戦錬磨の戦士のみが持つ、人を射抜くような鋭い眼光。
だが、今の彼の横顔には、これまでにない深い「焦燥」と、胃の腑を煮え滾らせるような「苛立ち」が刻み込まれていた。
「……静かすぎる。あまりにも、不気味なほどにな」
オーウェンは独りごちて、紫煙をゆっくりと吐き出した。
本来ならば今頃、この眼下に広がる煌びやかな首都は、文字通り『地獄の業火』に焼かれ、阿鼻叫喚の惨状を呈しているはずだったのだ。
「何が狂ったというのだ、オーウェンよ。かつて天下を欺き、あの暴君・董卓を討ち果たした稀代の策士、『王允』の転生体ともあろうこの男が」
己の過去生の名を口にした瞬間、ギリッと奥歯が鳴った。
後漢末期、絶望的な暴政を敷いた董卓に対し、養女である貂蝉を使った『連環の計』で見事その首を討ち取った司徒・王允。
その魂と記憶を受け継ぐオーウェンにとって、謀略とは芸術であり、絶対の自信を持つ領域であった。
ふいに、スイートルームの空間そのものが、ガラスを爪で引っ掻くような「軋む」異音を立てた。
部屋の隅に落ちていたオーウェン自身の影が不自然に隆起し、物理的な法則を完全に無視して渦を巻き始める。
漂っていた濃密な紫煙が、強烈な重力に引かれるようにその影へと吸い込まれ、やがて空間が真っ二つに割れた。
ぞわり、と。
SSクラスの異能者であり、エクリプスの頂点に立つオーウェンの肌すらも粟立つほどの、絶対的で根源的な『死』と『絶望』の気配。
地獄の最奥に座す、ソロモン七十二柱の第一位。東方の悪魔王――『バエル』の意志が、極小の『窓』を通じて現世たる東京のど真ん中へと漏れ出したのだ。
「……バエル卿か」
オーウェンは振り返ることなく、窓ガラスに映る暗黒の空間を見据えた。
強大すぎるがゆえに現世に顕現できない悪魔王。
だが、こうして念話を繋ぐだけでも、周囲に張り巡らされた最高位の対魔術結界が「ピキ、ピキピキッ」と悲鳴を上げているのがわかる。
『すべては貴様の描いた盤面の通りに進むはずであった。……違うか?』
鼓膜ではなく、脳髄を直接鷲掴みにするようなバエルの重低音が響く。
荘厳でありながら、聞く者の魂をヤスリで削り取るような冷酷な響き。
「ああ、その通りだ。私が張り巡らせた現代の『連環の計』は、完璧に機能するはずだった。あの忌まわしき転生体――恋問持子の中に巣食う『董卓』の魂を、七星宝刀という規格外の呪具を使って封印する。そこまでは、我々の介入と誘導も含め、寸分違わず計算通りだった」
オーウェンは窓枠に手をつき、窓ガラスが軋むほど強く握りしめた。
「だが……その直後に起こるはずだった『最悪の事態』が、起きなかった」
『第六天魔王マーラの暴走、か』
「そうだ。持子の肉体は、【貂蝉の肉体】【董卓の魂】【第六天魔王マーラの力】が混ざり合った、常軌を逸した神造キメラだ。董卓という強靭な『軛』が宝刀によって引き抜かれた瞬間、残された魔王マーラの力は主導権を失い、完全に暴走するはずだった。自我を持たない純粋な破壊衝動の塊となって、この東京という街を一夜にして壊滅させる。……それが、私の描いた完璧なシナリオだ」
オーウェンは忌々しげに、いまだ平和な光を放つ東京の街を睨む。
「魔王が暴れ狂い、数百万の命が散る。日本政府の手には負えなくなったその絶望のどん底で、我々エクリプスが大義名分をもって大々的に軍事介入する。混乱に乗じて七星宝刀を回収し、持子の肉体という『鍵』を使って、地獄の門を完全に開く。貴様をこの日本という蛊毒の壺に顕現させ、その見返りとして……ルチアの魂を救い出す」
ルチア。
その名を口にした瞬間、オーウェンの冷徹な仮面の下から、狂気にも似た父親の執念がドロドロと漏れ出した。
不慮の事故で命を落とし、地獄の底で永遠の苦しみを与えられている愛娘。
彼女を救い出し、もう一度この腕に抱きしめること。それがヴィンセント・オーウェンのすべてだった。
『世界は秤だ。どこかを救えば、どこかが沈む。ならば“救える側”を選ぶのが、知性だ』。
日本という島国一つを犠牲にして、悪魔王をそこに顕現させ、閉じ込める。
結果として娘が救われ、アメリカが、世界が救われる。
彼にとって、それは極めて合理的で冷徹なマキアヴェリズムであった。何百万の日本人が死のうが、彼の心は微塵も痛まない。
「……だが、現実を見ろ。東京は信じられないほど平和だ。魔王マーラによる破壊の痕跡など、どこにもない。エクリプスが介入する大義名分が、完全に失われた」
オーウェンはデスクに向かい、ホログラムの戦術マップを起動させた。
空中に青白い光の粒子が舞い、東京の立体地図が構築される。
「第一の誤算だ。あろうことか、あの土御門朔夜という天才陰陽師と、立花雪という魔女は……董卓の魂だけでなく、『魔王マーラ』の力までをも、一緒に七星宝刀の中へ封じ込めてしまったのだ。……物理的な容量が足りないはずだというのに。完全に、だ」
『神殺しの業、か。人間どもの執念も、時に我らの理解を超えるものよな』
「笑い事ではない! だが、それだけではない。私が自らこの東京に乗り込んできた理由……それは、状況があまりにも『不可解』すぎるからだ」
オーウェンはホログラムの映像を切り替え、代官山にある芸能事務所『スノー』の拠点、および彼女たちが住まうペントハウスの周辺マップを映し出した。
しかし、その一帯だけが、まるで真っ黒なインクを零したように、ひどいノイズに覆われている。
「第二の誤算。情報の完全なる断絶。立花雪の張った結界は異常だ。遠隔透視も、最新鋭の軍事衛星のセンサーも、無意味なノイズしか拾わない」
「そして第三の誤算。内部に送り込んでいたスパイ――シャーロットからの連絡が、ここ数日完全に途絶えている。……私が手駒の生死すら把握できないなど、前世を含めても、初めての屈辱だ」
オーウェンは深く葉巻を吸い込み、強烈なニコチンで無理やり思考をクリアにする。
「……だが、最も理解し難い『第四の誤算』がある。これが、私の論理的思考を根底から狂わせている」
彼は一枚の隠し撮りされた写真をデスクに投げ出した。
そこには、夜の東京の街角を歩く、もう一人の恋問持子の姿があった。
その周囲には、明らかに常軌を逸した『極黒の魔力』の残滓が漂っており、かつての魔王・董卓と遜色のない覇気が宿っていた。
「……『影持子』だ。魔力を持たないただの少女となってしまったオリジナルが存在している一方で、魔王の力と覇気を完全に纏った『もう一人の持子』が存在している。理屈が合わない! 物理法則も魔術の理も、すべてが破綻している!!」
『ククク……ハハハハハッ!』
バエルの低い笑い声が、空間を震わせる。
『いかに不可解であろうと、本質は変わらぬ。七星宝刀があり、あの肉体(鍵)がある。ならば、それを奪い、地獄の門を開くまでよ。……我が娘ルチアを、永遠の業火の中で泣かせ続けたいわけではあるまい?』
「――ッ!!」
ルチアの名を出され、オーウェンの冷静な仮面に決定的な亀裂が入る。
ギリッと、さらに強く歯を食いしばった。
「……わかっている。ルチアは、必ず私が救い出す! 状況がブラックボックスならば、無理やりにでもこじ開けるまでだ。準備しろ。エクリプスの誇る『執行部隊』をスノーマンションへ向かわせる。圧倒的な物理的暴力で、結界ごと全てを白日の下に――」
その時だった。
『……オーウェン様……聞こえ、ますか……』
オーウェンの脳内に、直接微弱な念話が飛び込んできた。
オーウェンの手がピタリと止まる。
「……シャーロットか。生き残っていたようだな」
『は、はい……。雪社長の結界が強固すぎて、通信の隙を作るのに……これほど時間がかかってしまいましたわ……』
息も絶え絶えなシャーロットの声。
しかし、彼女がもたらした情報は、オーウェンの脳内に渦巻いていた全ての「矛盾」と「謎」を一瞬にして氷解させるものだった。
『……現在、ペントハウスに本物の持子サマはおりません。風間楓を護衛につけ、すでにパリへと渡航しております……』
『そして、街を歩いている魔力を持った持子サマは……エティエンヌをはじめとする下僕たちが、己の命と魔力を削って極限まで強化した『レプリカ(影持子)』ですわ……。そして彼女たちは今、東京ダンジョン最深部へと降下しています……!』
通信が再びノイズに飲まれ、切断される。
数秒の、完全な静寂。
オーウェンは虚空を見つめたまま、微動だにしなかった。
やがて、その肩が小刻みに震え始める。
「……フッ。フフフフ、アハハハハハハッ!!」
深夜のホテルに、オーウェンの狂気に満ちた高笑いが響き渡った。
張り詰めていた焦燥感が嘘のように消え去り、その顔には再び、全てを支配し、他者を盤上の駒として弄ぶ冷徹な策士の笑みが戻っていた。
「そういうことか。謎はすべて解けたぞ、立花雪、土御門朔夜! 貴様らが持子を守るために作り上げたその『完璧な偽物』……それこそが、我々に勝利をもたらす最高のピースとなる!」
オーウェンはすぐさまコンソールを操作し、執行部隊のマンション強襲作戦をキャンセルした。
「バエル卿。舞台を変更します。……地下へ参りましょう」
* * *
数十分後。
東京の地下深く――エクリプス極東支部の最深部に位置する、光すら吸い込まれるような仄暗い特別室。
地上から数百メートル地下に作られたこの空間は、分厚い鉛と呪術的な防壁で何重にも覆われており、外部からの探知を完全に遮断していた。
巨大なホログラムモニターが放つ青白い光だけが、室内に立つオーウェンの端正な顔立ちを照らし出していた。
バエルの気配もまた、彼に付き従うようにこの地下空間へと移動し、重厚な声を響かせている。
『……クク、我を現世へと招き入れるための器が、のこのこと我らが領地の底へと向かっているそうだな』
「ええ。シャーロットからの報告の通りです。あまりにも完璧すぎて、内部にいるシャーロットの目すら欺いている最高傑作の『レプリカ』。……ですが、我々にとって彼女が本物か偽物かは些末な問題だ。これほどまでに練り上げられた精巧な器と擬似魂ならば、魔王を復活させるための器として全く問題ありません」
オーウェンは眼鏡のブリッジを中指で押し上げ、口元を三日月のように歪めた。
「我々の真の目的は、レプリカの肉体を使って『魔王』を復活させること。最深部という特異点で魔王が目覚めれば、その強大な魔力波長が『地獄の門を開ける鍵』となります。……門さえ開けば、その向こう側からバエル卿、あなたはこの現世に顕現できる」
『フハハハハ! 痛快極まりない! 奴らが己を守るために作り上げた完璧な偽物が、我の通り道を開く鍵となるか!』
バエルの歓喜の哄笑が、ビリビリと空間を震わせる。
「実を言うと、この作戦をアメリカの首脳陣やエクリプス本部に承認させるのには骨が折れましたよ。結界で守護された東京の中心で大規模なドンパチを起こすわけですからね。『もし失敗すれば、君の席は南極支部の窓際に用意する』とまで脅されました。ハハハ! 左遷どころか、失敗すれば我々は間違いなく消されるでしょう。ですが……それゆえに、この悪巧みはたまらなく刺激的だ」
『……狂った男よ。して、門の鍵を回すための七星宝刀はどうする? マンションの結界は強固なままなのだろう?』
「そこで、立花雪という稀代の魔女の目を完全に欺くための、極上の『撒き餌』が必要です」
オーウェンの眼光が、獲物を狙う蛇のように冷たく細められた。
彼は手元のコンソールを操作し、エクリプス極東支部の全回線、ひいては立花雪たちが『必ず傍受するであろう』特殊暗号チャンネルに向けて、一つの指令を一斉送信した。
仄暗い空間に、赤々とした警告文字のホログラムが浮かび上がる。
> 【極秘特級指令:作戦目標・立花雪およびスノー拠点】
> 【米国本国より、機動殲滅兵 オメガ・センチュリオン(SS+)の投入を承認】
>
> ・プロメテウス財団開発・対超常存在用完全サイボーグ。
> ・全火力を以て、目標拠点を完全物理殲滅せよ。
> ・【警告】当該座標周辺にて、原因不明の大規模悪魔災害(クラスS・スタンピード)の発生予測あり。本機体は、悪魔群を含めた全脅威を地上にて浄化・殲滅すべし。
『……ほう? 機動殲滅兵だと?』
バエルが興味深そうに低い唸り声を上げる。
「ええ。本国が保有する正真正銘のバケモノです。全身の九割を未知の特殊合金と超高出力魔力炉心で置換し、感情も痛覚も排除した殺戮機械。単体での物理的火力『だけ』ならば、あの魔王・董卓にも匹敵するでしょう。こいつを、実際にスノーのマンションへ投下します」
『なるほど、本物のバケモノをけしかけるのだな。だが、指令書にある【悪魔災害の発生予測】とは何だ? エクリプスは対悪魔組織であろう。自ら悪魔を召喚するなどと書けば、怪しまれるのではないか?』
「ご名答。だからこそ、この一文は『悪魔を召喚する』のではなく、『悪魔災害が起こるからサイボーグで処理する』という【体裁】をとっているのです。……そして、これこそが私が仕掛ける情報戦の真髄。現代版の連環の計ですよ」
オーウェンは口元を三日月のように歪め、冷笑を深めた。
「立花雪たちはこの指令を傍受した瞬間、二つの絶望に直面します。一つは、迫り来るオメガ・センチュリオンの規格外の武力。そしてもう一つは……『エクリプスが警告している通り、このマンションに悪魔の大群が押し寄せてくる』という完全なる誤認です」
『……クク、ハハハ! なるほど! 奴らはエクリプスの公式指令(本物)を盗み見たがゆえに、自ら「地上こそが最大の激戦区になる」と思い込み、一歩も動けなくなるというわけか!』
「その通りです。立花雪は『サイボーグ』と『見えない悪魔の大群』の双方を警戒し、全防衛戦力をマンションの地上戦に釘付けにせざるを得なくなる。……その飽和攻撃と大混乱の隙を突き、内部に潜むシャーロットが七星宝刀を奪取します。……ですからバエル卿」
オーウェンはホログラムの表示を切り替え、東京ダンジョン最深部の立体マップを映し出した。
複雑に入り組んだ地下迷宮の最下層。そこに、光点として表示されたレプリカと下僕たちの姿がある。
「あなたには悪魔の群れをマンションではなく、東京ダンジョン最深部へと一斉投入していただきます」
『見事な二重の罠よ! 偽の【防衛予測情報】で地上の魔女を釘付けにし、本物の悪魔どもは地下のレプリカを急襲させる! 策士という人種は、本当に反吐が出るほど邪悪だな!』
「最高の褒め言葉として受け取っておきましょう。いかにレプリカを守る下僕たちが規格外の化け物でも、地下という閉鎖空間で無尽蔵に湧き出る悪魔との連戦となれば、必ず魔力と体力を削り取られる。……そして、下僕たちが疲弊しきった絶好のタイミングで、この男を介入させます」
オーウェンはホログラムに、険しい顔つきの若き武人のデータを映し出した。
鍛え上げられた肉体、揺るぎない信念を感じさせる真っすぐな瞳。
「高倉竜……持子の幼馴染であり、兄弟弟子でもある男。彼には、これからこう命じるつもりです」
オーウェンは歪んだ笑みを深め、これから高倉に告げる残酷な嘘をなぞるように口にした。
「『竜君……。先ほどの観測データで、最悪の事態が判明した。地下に潜った持子君から、かつてないほど強烈な「董卓」の気配が観測されたのだ』」
『……ほう?』
「『持子君の魂は今、董卓に完全に喰われようとしている。このままでは彼女は自我を失い、真の魔王と化してしまう。彼女の気高き魂を救う為には……君の手で、持子君を殺すしかない。ターゲットはあくまで持子君だ。だが、彼女を囲み護っている董卓の下僕達が邪魔をするようなら、迷わず排除しろ』とね」
『……クク、ハハハ! 愛する者の魂を救うという名目で、その想い人に刃を向けさせ、邪魔立てする下僕どもを惨殺させるか。どこまでも性格の悪いことだ』
「ええ。高倉は悲壮な決意のもと、持子の魂を救うため血の涙を流しながらも、立ちはだかる下僕たちを斬り伏せるでしょう。下僕たちは高倉を味方や仲間とは思っていませんが、持子の幼馴染として一定の好意は抱いている。まさかその男が、持子に本気の殺意を向けて突っ込んでくるとは予測できない。……高倉竜が身を挺して邪魔者たちを排除し、愛する幼馴染に刃を振り下ろそうとしたその瞬間。絶望の淵に立つ彼の背後から、シャーロットから七星宝刀を受け取った私が最深部へ降り立ち、七星宝刀とレプリカを使い地獄の門を開く」
オーウェンは目を閉じ、これから訪れるであろう光景を脳裏に描いた。
(……ああ、愛する幼馴染の魂を救うために命懸けで振るった剣が、結果として彼女に好意を向ける者たちを手にかけさせ、地獄の門を開く引き金となったと知った時、高倉竜はどんな絶望の顔を見せてくれるのでしょうか)
想像するだけで、腹の底から甘美な喜悦が込み上げ、オーウェンは身震いした。
自身の愛娘ルチアを救うためならば、他者の愛など容易く踏みにじり、徹底的に利用し尽くす。そこに一切の躊躇はない。
「地上ではオメガ・センチュリオンという『本物の鋼の巨人』が、偽りの悪魔災害の囮として踊り狂う。そして地下では、若き騎士が愛のために血反吐を吐いて下僕たちを斬る。さあ、盤面は完璧に整いました」
オーウェンは目を見開き、狂気に満ちた双眸で暗黒の窓を睨み据えた。
「東京の地下深く、この最深部にて、奪った宝刀の封印をレプリカに解き放つ。真の魔王の覚醒と、バエル卿の降臨の儀式を……始めましょうか!」
仄暗い特別室に、全てを欺く策士の狂気と、世界を喰らわんとする悪魔の哄笑が、いつまでも、いつまでも響き渡っていた。




