【すれ違う運命と氷川神社の初詣】
【すれ違う運命と氷川神社の初詣】
東京ダンジョン最深部攻略、そしてエクリプス殲滅のための極秘作戦会議。
張り詰めた空気に包まれていた高級マンションの一室は、立花雪の「解散!」という明るい柏手によって、ようやく日常の温度を取り戻した。
続々とメンバーが部屋を後にし、リビングに残ったのは四人だけ。
社長の立花雪、陰陽師の土御門朔夜、未来視のシャーロット、そして――本物の持子を守るための身代わりとして生み出された『影持子』である。
「さて、シャーロット。今後の予測についてだけど……」
雪が深刻な表情でシャーロットと打ち合わせを始めると、ソファでふんぞり返っていた影持子が、不満げに黄金の瞳を細めた。
「ええいっ、退屈だ! わしは魔王ぞ! こんな部屋でジッとしているなど、覇道に反するわ!」
バンッ!とテーブルを叩き、子供のように暴れ出す影持子。
雪は呆れたようにため息をつき、傍らに立つ朔夜へ視線を向けた。
「朔夜、影持子を連れ出しなさい。外の空気でも吸わせてあげて」
「……はあ。わかりましたよ、社長」
朔夜は肩をすくめると、「行くぞ、持子」と影持子の腕を軽く引いた。
「ふんっ! 貴様がエスコートするというなら、付き合ってやらんこともないぞ!」
偉そうな口調とは裏腹に、朔夜と二人きりで出かけられる事実に、影持子の瞳は嬉しそうに輝いていた。
***
冬の冷たい空気が心地よい昼下がり。
朔夜と影持子は、宛てもなく東京の街を歩いていた。
クレープを頬張り、ウインドウショッピングを冷やかす影持子の姿は、魔王というよりは年相応の無邪気な少女そのものだった。
朔夜もまた、そんな彼女の笑顔を前に、陰陽師としての冷徹な顔を崩し、満更でもない表情を浮かべている。
ダミーである彼女の寿命が長くないと分かっていながらも、二人の間には確かに甘い空気が流れていた。
楽しいひと時を過ごしながら歩いているうちに、二人は偶然にも立派な鳥居の前に辿り着いた。
「ここは……氷川神社か」
朔夜が呟く。本物の持子が巫女として関わっている場所だ。
(本物と鉢合わせたらマズいな……)
朔夜が内心焦ったものの、境内を見渡すと、運良く本物のJK持子は休憩中で不在のようだった。
拝殿の奥では、神事の奉仕をしている風間洋助と風間楓の姿が見える。
朔夜と影持子は彼らと目が合うと、軽く会釈だけを交わし、足早に神社を後にすることにした。
だが、運命の悪戯は帰りの参道で待ち受けていた。
「……ッ」
すれ違おうとした大柄な青年の姿に、影持子の足がピタリと止まった。
精悍な顔つき、野生の獣のような鋭い瞳。
高倉竜だった。
(な、なんだ……!? 胸が、苦しい……ッ)
影持子の中にある、本物の『恋問持子』の血と記憶。それが、目の前の青年に対して激しく反応していた。
幼い頃から共に汗を流し、ずっと大切に想ってきた初恋の相手。その狂おしいほどの『恋しい』という感情が、影持子の意志とは無関係に溢れ出してくる。
(違う! わしは影だ! わしが恋しているのは、朔夜のはずなのに……!)
朔夜への想いと、本物の持子から受け継いだ竜への強烈な思慕。二つの感情が入り混じり、影持子の心は激しく混乱した。
朔夜も竜の存在に気づき、内心で舌打ちをして焦りを募らせる。
「……あ、あけまして、おめでとう」
動揺を隠すように、影持子は強がって新年の挨拶を口にした。
竜は立ち止まり、目の前の絶世の美女をじっと見つめた。
その瞳には、かつての幼馴染の面影を探すような、何か言いたげな色が浮かんでいる。
数秒の沈黙の後、竜は低く応えた。
「ああ……おめでとう」
その声を聞いた瞬間、影持子の内側で張り詰めていた糸が切れた。
竜のその懐かしい声と眼差しが、彼女の中の『持子』を激しく揺さぶる。
「わしは持子だ!! そんな目で、わしを見るなッ!!」
耐えきれず、影持子は自分でも驚くような大声で怒鳴りつけていた。
突然の剣幕に、竜は目を丸くして驚いた。
だが、彼はそれ以上何も言わず、深く追求することもなく、無言で背を向けて参拝へと歩き出していった。
「おい、行くぞ持子!」
事態の悪化を防ぐため、朔夜は影持子の腕を強く引っ張り、逃げるようにその場を走り去った。
***
竜が参拝を終え、境内の外へと消えていく。
その巨大な背中が見えなくなった直後、社務所の方から、休憩を終えた本物のJK持子が巫女装束を揺らして小走りで戻ってきた。
「楓ちゃん、お待たせしました! 交代します!」
「ええ、お願いしますね」
運命の悪戯か。
竜と本物の持子は、ほんの僅かな時間の差ですれ違い、再会を果たすことはなかった。
二人の距離は、交わることなく再び遠のいていく。
冷たい冬の風が吹き抜ける拝殿の前。
本物のJK持子は、パンパンと柏手を打ち、目を閉じて新年の願い事を胸に浮かべた。
(私と雪さん、それに新しい家族の皆が、今年も安全で健康でありますように)
そして、遠く海を越えた異国にいるはずの、たった一人の大切な幼馴染へと想いを馳せる。
(アメリカに行った竜も、安全で健康でありますように。そして……また、いつか会えますように)
そこまで祈ってから、持子の頬がポッと赤く染まる。
(できれば……いつか、竜のお嫁さんになれますように……っ)
(……って、お嫁さんはいくらなんでも言い過ぎだよね。もしかしたら、アメリカでもう金髪のいい人とかできてたりして……うぅ、考えただけで嫌だぁ……)
神前で、一人乙女らしい妄想を膨らませて身悶えするJK持子。
自分の身代わりである影持子が、つい先ほど彼とすれ違い、激しい感情の波に揺らめいていたことなど知る由もない。
青く澄み渡った新年の空の下。
それぞれの恋心とすれ違う運命を乗せて、少女たちのカオスで騒がしい一年が、静かに幕を開けたのであった。




