【神域の巫女と、交差する偽りの記憶】
持子編
氷川神社の神々しき巫女と、交差する記憶の欠片
聖夜のトラウマと、同志への誓い
正月二日。冷たく澄み切った冬の空気が、帝都・東京の空をすっぽりと覆い尽くしていた。
都内でも有数のパワースポットとして、また古くからこの地を霊的に守護してきた要石として知られる氷川神社の境内は、初詣に訪れた大勢の参拝客でごった返していた。色とりどりの晴れ着や、厚手のコートに身を包んだ人々が、白い息を吐きながら本殿へと続く長い列を作っている。出店から漂うベビーカステラや焼き鳥の香ばしい匂いと、新年の華やいだ笑い声が交差する、平和で長閑な日本の正月風景。
そんな喧騒の中、ひときわ異彩を放つ、体格の良い若者たちの集団があった。
私立聖ミカエル学園・合気武道部の面々である。
「いやー、それにしてもすごい人ね! 並んでるだけで足腰の鍛錬になりそうよ、これ!」
小柄で愛らしい童顔の女子生徒でありながら、道着の下にバキバキに鍛え抜かれた鋼の肉体を隠し持つ、三年生にして合気武道部主将・千手美貴が、ケラケラと笑いながら周囲を見回した。
「こら、美貴。初詣に来てまで筋トレのことばっかり考えるなよ。神様に呆れられるぞ。少しは周りの迷惑も考えろ」
その隣で苦笑いをしているのは、同じく三年生で副主将の森盛夫だ。彼は千手と秘密の交際をしている仲でもあり、武道馬鹿として暴走しがちな彼女の良きストッパー役を担っている。
「でもさ、森。今年の正月はなんだか、すっごく変な感じがするわね。ほんの数日前……クリスマスイブの夜に、私たち、マジで死にかけてたのよ?」
千手の言葉に、周囲にいた一年生たち――阿部、門、佐藤陽翔、高橋、南原たちも一斉に顔を青ざめさせ、深く頷いた。
彼らの脳裏に、あのクリスマスイブの絶望的な惨劇が蘇る。
前半は、まさに天国だった。代官山の超高級タワーマンションの最上階にあるペントハウスで、セクシーなメイド服に身を包んだ絶対的エース・恋問持子が、ご主人様、お嬢様と媚びながら手料理やシャンパンを振る舞ってくれたのだ。門が密かに想いを寄せていた高橋に告白を成功させ、南原が佐藤への告白のタイミングを逃して殺意を滾らせるなど、合気武道部の青春の絶頂のような狂騒空間だった。
しかし、突如として地獄は訪れた。
持子の様子が急変したかと思うと、その身体を純粋なる愛欲と破滅の神格『第六天魔王マーラ』が完全に乗っ取ったのだ。ペントハウスは外界から遮断された『愛欲と死の固有結界』となり、ピンク色に濁った極彩色の瘴気が充満した。
マーラが放った致死量の『魅了』の波動を受け、佐藤は胸を掻き毟って床でのたうち回り、阿部は甘い吐息を漏らして意識を手放した。そして千手、森、門、高橋、南原たちも、抗う間もなく次々と瞳を虚ろにし、快感の中で魔力と生命力を吸い取られて倒れていったのだ。
文字通り、マーラに操られた持子によって、パーティー会場にいた全員が愛欲の中で生気を吸い尽くされ、殺されかけたのである。
「思い出しただけで寒気がするッス……。俺、あのままマジで干からびて死ぬかと思いましたよ……」
佐藤が、自分の腕をさすりながら震え声で言う。
「ああ。俺たちの命を吸い上げるあの時の持子先輩の瞳……完全に底なしの化け物でした。……でもよ」
門蒼真が、隣に立つ高橋の手をギュッと握り締めながら、真剣な表情で言葉を継ぐ。
「雪社長から聞いたろ。持子先輩の魂の中に封じられていた呪いの神格が、限界を超えて暴走した凄惨な事故だったって。……そして、持子先輩は俺たちを助けるために、マーラから一瞬だけ自我を取り戻して、自分の胸に深々と腕を突き立てて自傷したんだ」
「そうです! 持子先輩は、自分の魂ごと地獄へ引きずり込まれる覚悟で、忌まわしい七星宝刀の封印を自らの手で破壊して、あの化け物を吸い込ませて私たちを救ってくれたんです!」
阿部もまた、涙ぐみながら強く頷いた。
彼ら合気武道部の部員たちにとって、魔王(董卓)としての持子の傲岸不遜な態度は、もはや一種の愛すべき個性であった。「わしを誰だと思っている!」と偉そうにふんぞり返るが、彼女は常に圧倒的な力で自分たちを導き、一番危険な敵をぶっ飛ばしてくれる。
クリスマスの夜、自分たちを無残に殺しかけたのは持子の中に巣食っていた「別の化け物」であり、持子本人は血を吐きながら俺たちを守ってくれたのだ――そう、彼らは微塵の疑いもなく信じ切っていた。
(※実際にはこれは立花雪の完璧な隠蔽工作であり、現在の持子が魔王としての記憶を全て失った16歳の少女であることや、影武者が暗躍していることなど、彼らは全く知らない)
「ええ、間違いないわ。持子は私たち合気武道部の大切な同志よ。早くあの子の『わしは天才だからな!』って偉そうな顔が見たいわね。休みが明けたら、また道場で一緒に汗を流さないと!」
千手がニッと笑って本殿の方へ視線を向けた、その時だった。
――シャン、シャラン……。
喧騒を切り裂くように、どこからか妙に惹きつけられる、神聖で清らかな鈴の音が響いてきた。
「ん? なんだ、あの音……」
「神楽殿の方からッスね」
部員たちが一斉に音の鳴る方へ目を向ける。
そこは、本殿の横に設けられた立派な神楽殿だった。新年の特別祈祷の一環として、参拝客に向けて「巫女舞」が奉納されているのだ。
緋袴に千早という正装を身に纏い、手にした神楽鈴を優雅に振り鳴らしながら舞う一人の巫女。
烏の濡れ羽色のような艶やかな黒髪を背中で一つに束ね、透き通るような白磁の肌と、奇跡の黄金比で構成された絶世の美貌。
「…………え?」
「おい、嘘だろ……」
千手と森が、ポカンと口を開けて立ち尽くした。
一年生たちも、全員が雷に打たれたように硬直している。
舞っているのは、他でもない恋問持子だった。
だが、彼らが知る持子とは何かが根本的に違った。
クリスマスの夜に見た、あの極彩色の瘴気と淫靡な色香を振り撒く化け物の姿でもなければ、普段の傲岸不遜な暴君の姿でもない。
あるのは、ただひたすらに純粋で、穢れのない清らかな『神気』だけだった。目を閉じて天を仰ぐその表情は、慈愛と祈りに満ちており、まるで本物の女神が地上に舞い降りたかのような神々しさを放っていた。
合気武道部の面々は、周囲の寒さも、初詣の列に並んでいることも完全に忘れ、ただただその奇跡のような光景に魅了され、魂を奪われたように息を呑むことしかできなかった。
特級エージェントとの遭遇と、見えない戦略
「あけましておめでとうございます。合気武道部の皆さん」
不意に、背後から氷のように透き通る涼やかな声がかけられた。
「ビクゥッ!?」
部員たちの背筋に、尋常ではない強烈な悪寒が走った。
弾かれたように振り返ると、そこには持子と同じ巫女装束を纏った、黒髪の美しい少女が静かに佇んでいた。
TIA(超法規的異能機関)特級エージェント、風間楓である。
「あ、あ、あけましておめでとうございますッ!! 本年もよろしくお願いいたしますッ!!」
千手や森をはじめとする全員が、直立不動の姿勢をとり、体育会系の腹の底から出すような馬鹿でかい声で一斉に挨拶を返した。
彼らの額には、真冬だというのに滝のような冷や汗が流れている。
無理もない。彼らは以前、この可憐な少女が放つ「本物の殺気」を肌で味わったことがある。この黒髪の美少女は、その気になればいつでも、いとも簡単に自分たち全員の首を刎ね飛ばすことができる化物だと、本能レベルで理解しているのだ。それは紛れもない事実であった。
「ふふっ。そんなに緊張なさらないでください。ここは神域ですし、今日の私はただの巫女ですから」
楓はクスッと静かに微笑み、丁寧にお辞儀を返した。
「皆さんも、持子お姉さんの無事な姿を見に来てくださったんですね。……持子と、これからも仲良くしてあげてくださいね」
「も、もちろんですッ!!」
千手が食い気味に、顔を真っ赤にしながら答える。
「持子ってば、たまに無茶苦茶なこと言うし、すぐ私たちのこと呼び捨てにして顎で使って偉そうにふんぞり返るけど……あの子は私たちの仲間ですから! 何があっても、私たち合気武道部の大事な同志です!」
「ええ! 俺たち、ずっとあいつの背中を追っかけて、共に戦い抜きますよ!」
森や一年生たちも、恐縮しつつも力強く頷いた。
その言葉を聞いて、楓の美しい瞳の奥に、ほんのわずかな思惑の光が差した。
(同志……共に戦い抜く、ですか)
楓の内心は複雑だった。
彼女は、大陰陽師である立花雪から、今後の恐るべき戦略をすでに聞かされている。後日、ダミーである『影持子』と下僕たち、そして目の前にいる合気武道部員やTIA志願者たちを引き連れ、東京ダンジョンの最深部へ「魔王健在」をアピールするための危険なデモンストレーションを行うという作戦だ。敵対組織であるエクリプスや悪魔たちを欺くための、壮大な大芝居である。
目の前にいる合気武道部の面々が慕い、背中を追っている『傲岸不遜な同志』は、今やキメラのダミーとして代官山のペントハウスに存在している。そして、今彼らが神楽殿でその美しさに見惚れていた純真無垢な持子は、オリジナルではあるが、二年間の一切の記憶を失った無力な少女に過ぎないのだ。
(彼らは、持子お姉さんが記憶喪失であることも、影武者の存在も知らない。……そして、それを今、私の口から伝えるべきではありませんね)
楓は、現在の持子の真実を彼らに伝えるべきではないと冷静に判断していた。
それは、立花雪の高度な情報統制と戦略を邪魔することになる。彼らに真実を伝えるタイミングは、すべてあの氷の女帝がコントロールすべき事柄なのだ。
何より、彼らの持子に対する『純粋な仲間意識』は、今後の偽装作戦においてリアリティを持たせるための最高のスパイスとなる。
「……そう言っていただけると、私も安心します。持子も、きっと喜びますよ」
楓は、完璧なポーカーフェイスで微笑みを崩さずに言った。
「せっかくですから、皆さんも本殿で新年祈祷を受けていかれませんか? いつも持子がお世話になっているお礼です。初穂料は結構ですから、こちらへどうぞ」
「えっ! マジっすか!? すげえ! やったー!」
楓の穏やかな態度にようやく安堵した一年生たちが、子供のように歓声を上げる。
「おいバカ、お前ら静かにしろ! 楓さん、お言葉に甘えさせていただきます。本当にありがとうございます!」
千手が一年生たちの頭をバシバシとはたきながら深く頭を下げ、合気武道部の一同は、楓の案内で厳かな社殿の中へと足を踏み入れた。
神々しき祈祷と、同志たちの決意
社殿の中は、暖房が効いているにもかかわらず、ピリッと引き締まった神聖な空気に包まれていた。
祭壇の前に整列して正座する合気武道部の面々。
斎主を務めるのは、氷川神社の宮司であり楓の祖父でもある風間助平だ。そして、その傍らで祭祀の補助を務めるのは、先ほどまで神楽殿で舞っていた恋問持子であった。
「……かけまくもかしこき、氷川の大神の、おおまえにまおさく……」
助平による、腹の底に響くような祝詞の奏上が始まる。
朗々とした声が社殿に響き渡り、邪気を払い、新年の清らかな気を呼び込んでいく。
そして、祈祷の締めくくりとして、再び持子による巫女舞が奉納された。
シャン、シャラン……。
澄んだ鈴の音が、社殿の静寂に吸い込まれていく。
間近で見る持子の舞は、神楽殿で遠目から見た時よりもさらに圧倒的だった。
一つ一つの所作が流れるように美しく、指先の微かな動きにまで祈りの神経が行き届いている。瞳を伏せ、神に祈りを捧げるその横顔は、普段の「天上天下唯我独尊」を地で行く暴君のそれとは対極にある、普通の、あまりにも純真で可憐な女の子の表情だった。
(すげえ……持子って、あんな顔もできるのね……)
(ああ。いつもは俺たちを睨みつけてきたり、偉そうにふんぞり返ってるのに……今の持子先輩、マジで女神様みたいだ……)
祈祷を受けながら、千手や男子部員たちは言葉を交わすことなく、ただひたすらにその神々しさに心を奪われていた。
クリスマスの激闘でささくれ立っていた彼らの精神が、マーラに殺されかけた恐怖のトラウマが、持子の纏う清らかな神気によって、内側から優しく洗い流され、浄化されていくような感覚だった。
神事であるため、祈祷中はもちろん、終了後も持子と直接言葉を交わすことは許されなかった。持子もまた、巫女としての役目に集中しており、彼らに「久しぶり!」と手を振ったり、微笑みかけるような真似はしなかった。
しかし、神社を後にする彼らの胸の中には、清々しく、そして熱いものが満ちていた。
「いやー、すごい体験しちゃったわね……」
氷川神社の巨大な鳥居をくぐりながら、千手が大きく伸びをして白い息を吐いた。
「ああ。なんだか俺たちまで浄化された気分だ。持子のやつ、普段の『俺様』な態度も頼もしくていいが、今日みたいな神聖な姿は別格だな。あいつ、やっぱすげえわ」
森が、満足そうに頷く。
「へへっ、鼻が高いッスね!」
佐藤が誇らしげに胸を張る。
「よし! あんたたち、正月気分は今日で終わりよ! 明日からまた血反吐を吐くまで鍛錬するわよ! 魔王だろうが女神だろうが、あの子は私たちの同志よ! 今年も持子と一緒に、合気武道部で高みを目指すわよ!!」
「「「オオォォォーッ!!」」」
千手の号令に、部員全員が熱い雄叫びを上げた。
彼らは、持子の身に起きている数奇な運命や、暗躍する影の存在など知る由もない。ただ純粋な闘志と、絶対的な同志への絆だけを胸に刻み、冬の空の下を力強く歩き去っていった。
記憶の欠片と、巫女の思案
一方、その頃。
氷川神社の社務所裏にある、巫女たちの控室。
連続する祈祷の合間の短い休憩時間を利用して、持子と楓は温かいほうじ茶をすすって一息ついていた。
「はぁ〜、お茶が美味しいね、楓ちゃん。……あ、そうだ。さっき祈祷を受けてくれた人たち、合気武道部の部員さんたちだよね?」
持子が、湯呑みを両手で包み込みながら、無邪気な様子で楓に話しかけた。
「ええ、そうです。持子お姉さんの部活のお仲間ですね。皆さん、とても礼儀正しい方々でしたよ」
楓は、穏やかに微笑みながら答える。
現在の持子は、立花雪から「あなたはここ二年間ほどの記憶が抜け落ちているの」と説明を受けている。そのため、自分が記憶喪失であることをきちんと理解していた。自分のスマホに残された記録や、手書きのノートを見て、自分が聖ミカエル学園の三年生であり、合気武道部に所属し、トップモデルとして活躍していた事実は頭では把握しているのだ。
「私ね、スマホの写真や動画で彼らのことを見た時は、あんまり実感がなかったんだけど……さっき社殿で実際に顔を見たら、頭の中にポンポンッて彼らの名前が浮かんできたの!」
持子は、嬉しそうにパァッと顔を輝かせ、指折り数え始めた。
「私と同じ三年生で同級生の、千手ちゃんに森くん。一年生の後輩の阿部ちゃん、門くん、佐藤くん、高橋ちゃん、南原ちゃん……あっ、そういえば今日はいなかったけど、みんなの顔を見たら卒業したOBの岩田先輩の顔も思い出したの! 顔を見た瞬間に、彼らとの思い出の欠片みたいなのがフラッシュバックしたの!」
「それは素晴らしいですね。記憶が少しずつ刺激されている証拠です」
楓が頷くと、持子はふと、眉を寄せて不思議そうな顔になった。
「でもね、なんか変なの。私、頭の中で千手ちゃんや森くんのこと、思いっきり『呼び捨て』にしてたの。千手! 森! って。それに、今日はいなかったOBの岩田先輩のことも、なんかすごく偉そうに上から目線で呼んでた気がするの……」
「…………」
楓の口元から、微かに笑みが消えた。
「私、記憶がないから分からないけど……いくら同級生だからって、あんなに偉そうに接してたのかな? 千手ちゃんなんて女の子なのに呼び捨てにしてたし、岩田先輩なんて年上なのに! スマホのメモには『合気武道部は大切な同志であり仲間』って書いてあったのに……なんで私、先輩や同級生に向かってあんなにふんぞり返ってたんだろう? わたし、すっごく偉そう! 私、すっごく性格悪かったのかな!? だからさっき、みんなあんなにガチガチに緊張してたのかな!?」
持子は「どうしよう、私って嫌なヤツだったのかも……!」と、両手で頭を抱えてパニックになり始めた。
その言葉を聞き、楓の美しい瞳に鋭い光が宿る。
(……なるほど。スマホの情報や文字としての記録だけでなく、かつての『絶対的支配者』としての認識が、魂の奥底、本能のレベルで色濃く残っているのですね)
楓は、興味深く持子の横顔を見つめた。
目の前にいるのは、純真で気弱な十六歳の精神を持った少女だ。しかし、彼女の魂の器の底には、間違いなく天下を恐怖で支配した『魔王・董卓』としての覇気と記憶が沈殿している。
(もし、今のこの純真な持子お姉さんが、かつての傲岸不遜な『魔王・董卓』としての自分を完全に思い出し、その二つの人格の恐ろしいほどのギャップを直視した時……一体彼女の精神はどうなってしまうのでしょうか)
楓は思案に暮れた。
今ここで、彼女が合気武道部でどのように君臨し、魔王としてどんな破天荒なエピソードを残してきたのかを話して、さらに記憶を刺激すべきか。合気武道部の面々が、偉そうな魔王持子をそれでも「同志」として受け入れ、慕っていたという真実を告げるべきか。
それとも、彼女自身のペースで、自然に思い出すのを待つべきか。
真実を告げることは容易いが、それが彼女の精神を崩壊させる引き金になる可能性も否定できない。
「……持子お姉さん。それは――」
楓が、慎重に言葉を選び、口を開きかけたその時だった。
「こらーっ!! 楓! 持子くん! いつまで油を売っとるんじゃ!!」
社務所の廊下の奥から、宮司である風間助平の焦ったような大声が響き渡った。
「祈祷が溜まっとるぞ! 初詣の参拝客が、鳥居の外まで長蛇の列になっとる! 早く次の祈祷の準備をせんかー!」
その言葉に、持子はビクッと肩を揺らした。
「ひゃあッ! ご、ごめんなさい宮司さん! 今すぐ行きます!」
持子は慌てて立ち上がり、千早の乱れを直す。
楓は、思わず小さく息を吐き、静かに微笑んだ。
「……ふふっ。お話の続きは、また後でですね。行きましょう、持子お姉さん」
「うんっ! 頑張ろうね、楓ちゃん! 私、もっと神様のために綺麗に舞えるように頑張る!」
記憶の底に眠る魔王の真実。
そのパンドラの箱を開けるタイミングは、今はまだ早いということなのだろう。
楓の思案は一時保留となり、二人の美しい巫女は、新年の希望に満ちた参拝客たちが待つ、神気あふれる社殿へと再び向かっていくのだった。
交差する記憶の欠片が、いつか完全に一つに結ばれるその日を、静かに待ちわびながら。




