【影の魔王の再教育〜奴隷が見た三つの真実〜】
【影の魔王の再教育〜奴隷が見た三つの真実〜】
代官山の一等地にそびえ立つ、要塞のごとき高級タワーマンション。
その最上階にあるペントハウスは、現在、立花雪の拠点として機能していた。
巨大なガラス窓の向こうには、まるで宝石箱をひっくり返したかのような東京の煌びやかな夜景がどこまでも広がっている。しかし、大理石の重厚なテーブルを囲む者たちの間に満ちているのは、その華やかな景色とは完全に対極にある、ひりつくような冷たい緊張感だった。
現在、この広大な部屋にいるのは、作戦の立案者にして司令塔である立花雪と、彼女に従う四人の下僕——本多鮎、花園美羽、エティエンヌ、アスタルテのみである。
「……以上が、『影持子』を用いたダンジョン攻略作戦の最終確認よ。各員、自分の役割は頭に入ったわね?」
雪が冷徹な声で作戦の締めくくりを宣言すると、静まり返った部屋の中で、本多鮎がスッと手を挙げた。そのレンズの奥の瞳は、極めて冷静に事態を分析している。
「雪様。作戦の全容は理解いたしました。ですが……一つよろしいでしょうか?」
「私も同じ疑問を抱いておりましたわ」
鮎の言葉に同調するように、金糸の髪を揺らしてエティエンヌが進み出る。彼女の碧眼には、隠しきれない疑念が宿っていた。
「なぜ、この重要な最終会議の場に、シャーロットが呼ばれていないのです? 彼女の持つ『未来視』の能力は、未知のダンジョン作戦において不可欠なはずですが」
二人のもっともな問いかけに対し、雪は表情一つ変えずに淡々と答えた。
「彼女を仲間外れにして排除したわけじゃないわ。ただ、意図的にこの会議の時間を『二時間遅らせて』伝えてあるの」
「二時間……? それは、一体なぜです?」
「作戦を、確実に維持するためよ」
雪は腕を組み、重々しい溜息をついた。
「原因は、他ならぬ彼女の『未来視』の能力そのものにあるわ。今のシャーロットの視界には、致命的な矛盾が同時に存在してしまっているの。魔王としての力を完全に失ってしまった『本物の持子』。七星宝剣の中に封印されている『董卓としての持子』。そして……私たちが作り上げた魔王の代替品である『影持子』」
「っ……!」
下僕たちは一斉に息を呑んだ。
真実と虚構、過去と現在が入り混じる異常な視界。それが精神にどれほどの負荷をかけるか、想像に難くない。
「真実と現実の強烈な矛盾が、彼女の精神を確実に崩壊させているわ。もし彼女の精神が崩壊し、能力が暴走した場合……彼女の精神ダイブが、神社にいる『本体の持子』に直接干渉してしまうリスクがある。朔夜が外出前に視た霊視でも、今のシャーロットの魂の色は極めて危険な『灰色』……激しい不穏と揺らぎを抱えていたわ。彼女の忠誠は元々恐怖をベースにした不安定なもの。魔力供給が途切れている今の状況じゃ、いつ裏切ってもおかしくないのよ」
雪はテーブルに両手をつき、鋭い視線を下僕たち一人一人に向けた。
「だからこそ、彼女には『再教育(再洗脳)』が必要なのよ」
「再教育……具体的には、どうするおつもりですか?」
鮎がゴクリと喉を鳴らして問う。
「『影持子』に擬似的な魂を作るの。その過程の陰陽術による下準備は、すでに私と朔夜で完了しているわ。あとは……あなたたち下僕の魔力を注ぎ込み、影持子との間に『擬似魂のパス』を形成し、影持子自身を強化する。それが成功すれば、影持子からシャーロットへと強固な魂のパスを繋ぐことができる」
雪の淀みない説明に、下僕たちは真剣な表情で頷いた。
「なるほど……私たち下僕の魔力で、影持子を強化するのですね」
「ええ。ただし、その魔力の譲渡を行うのに、一番効率が良い方法をとるわ」
雪はふっと目を伏せ、そして、衝撃的な言葉を口にした。
「あなたたちが……魔力を使い、『影持子』の身も心も作り変えるように激しく攻めなさい」
「…………は?」
「…………え?」
ペントハウスの空気が、完全にフリーズした。
あまりにも予想外の単語に、四人の下僕の思考回路が一時的にショートする。
「そ、攻め……!? 私たちが、持子様のお姿をした影の全てを剥き出しにし、激しく……攻め立てる!?」
「そうよ。そして、あなたたちが十分に影持子を責め立てて、限界に達した絶好のタイミングで、今度は強化された『影持子』がシャーロットを完全に屈服させ、その瞬間にパスを通す。これが、再教育の全貌」
驚愕で固まる下僕たちに対し、雪はさらに声のトーンを落とし、凄みを効かせた。
「よく聞いて。影持子を強化し、擬似魂のパスを繋げないと、この作戦は絶対に失敗する。そして、持子を救うためには……失敗は絶対に許されないの」
雪の『持子を救うため』という言葉に、下僕たちの肩がビクッと跳ねる。
「影持子は持子と瓜二つの姿をしているから、あなたたちも手を出そうとした瞬間に躊躇するかもしれない。激しく責め立てれば、あの姿、あの声で『もう無理、助けて……っ!』と泣き叫んで懇願してくるはずよ。でも……絶対に手加減は駄目。泣こうが喚こうが、パスが完全に通るまで、情け容赦なく攻め通しなさい。途中で止めたら、持子は助からないわよ」
その言葉を聞き終えた瞬間。
下僕たちの脳内で、すさまじい速度で情報が処理され始めた。
(普段……私たちが、絶対的な存在である持子様を『攻める』ことなど、万に一つも許されない……! 触れることすら恐れ多い、至高の存在……!)
(しかし……相手は本物の持子様ではなく『影』……だからこそ、下僕である私たちが触れることが可能……!)
(しかも、これは単なる欲望の発露ではない! 『敬愛する持子様を救うための、絶対に失敗が許されない作戦』であり、『尊い使命』なのだ……! 泣いて命乞いする持子様(の影)を、大義名分を持って徹底的に蹂躙できる……!?)
——カチリ、と。
下僕たち全員の、理性の箍が完全に外れ去る音がした。
「あ、ああ……持子様を、この手で……っ。持子様のため、持子様のため……!」
鮎の呼吸が急激に荒くなる。その瞳には、すでに知的な理性の光は微塵もなく、ただ飢えた獣の爛々とした輝きだけがあった。
「っ……! これは作戦……そう、すべては敬愛する持子様をお救いするため……! このエティエンヌ、身命を賭して、無慈悲なる『攻め』に徹しましょう……!!」
エティエンヌの白い頬は限界まで紅潮し、口元からは妖しい吐息が漏れ、指先がわなななと震えている。
美羽も、アスタルテも同様だった。
『主人を救うための尊い行為』という最強にして最凶の免罪符を得た彼女たちは、罪悪感という重しを完全に取っ払い、ただひたすらに発情期を迎えた獣へと変貌していた。
部屋中を満たしていた張り詰めた緊張感は、いつの間にか、むせ返るような濃密な魔力とドピンク色の欲望のオーラに塗り替えられている。
その時だった。
——ガチャリ。
ペントハウスの重厚な扉が開き、廊下から足音が近づいてくる気配がした。
外出していた土御門朔夜と、何も知らない無垢な『影持子』が帰還したのだ。
「あ……っ!! 持子様っ……!!!!」
獲物を見つけた飢えた獣たち——完全に発情しきった下僕四人が、血走った目で一斉に扉の方へと振り返る。その口元には、だらりと涎すら浮かんでおり、今にも飛びかからんとする勢いだった。
(しまっ……このままじゃ、持子が喰われる!)
下僕四人の常軌を逸した暴走具合に、作戦の立案者である雪は顔を引きつらせた。
物理的な力で、発情した化け物じみた下僕たちを正面から抑え込むことなど、到底不可能だ。
「急々如律令……ッ!」
雪は咄嗟に懐から呪符を引き抜き、空中に放った。
陰陽術によって召喚された強力な式神が瞬時に空間を歪め、分厚い半透明の結界の壁となって、下僕たち四人を部屋の隅にすっぽりと覆い隠した。
姿も気配も完全に遮断する高度な隠蔽結界である。
直後、結界の内側からドスドスと壁を叩く音と共に、不満げな声が響き渡る。
「雪さん! なにをするのですか! 早く、早く私を持子様の元へ……ッ!」
「開けなさい! 私は一刻も早く持子様に魔力を……!!」
発情しきった下僕たちのやかましい文句に対し、雪は額に青筋を浮かべながら、結界越しに低い声で一喝した。
「あんたたち、鏡見てみなさい! そのドピンクのオーラを垂れ流した発情顔を見たら、持子がドン引きして逃げるでしょ!!」
雪は言葉を切り、大きく深呼吸をしてから、猛獣を宥めるように続ける。
「いい? ちゃんと『ご褒美』……最高のシチュエーションで攻められるように私が上手く誘導してあげるから! 準備が整うまで、今は絶対におとなしくそこに隠れてなさい! ……待て!!」
雪の鋭い「待て!」という命令が響き渡る。
『持子を確実に、最高の状況で攻めるため』という甘美な条件を突きつけられた下僕たちは、ピタリとその動きを止めた。
「……っ、分かり、ました……っ」
「待ちます……持子様を、逃がさないため……っ」
ドスドスと結界を叩く音は止んだ。
雪は一つ安堵の息を吐き、足音を立てて近づいてくる朔夜と影持子を迎え入れるために表情を取り繕った。
しかし。
静かになったのは物理的な行動だけであり、結界の内側——外部からは見えず聞こえないその狭い空間の中では、発情した下僕たちの欲望が、妄想という形で大爆発を起こしていた。
「ハァッ……ハァッ……持子様……持子様のお姿をした影……っ。あぁ、なんて素晴らしい作戦でしょう。雪様は天才です……!」
本多鮎が、眼鏡のブリッジを中指で押し上げながら、荒い息を吐き出して口を開いた。
「私は、まず魔力で編んだ拘束糸を使います。持子様の影の手足をベッドに縛り付け、身動き一つとれない状態にしてから……そうですね、まずは首筋から耳裏にかけて、じっくりと魔力を込めた指先で這うように触れます。持子様が『んっ……やめっ……』と身をよじる姿……その微細な筋肉の動きすら、この目で克明に観察し尽くすのです」
「鮎、あなたにしては随分と悠長ですわね」
エティエンヌが、両手で自らの頬を包み込みながら、うっとりとした熱っぽい声で割り込む。
「私なら、そのようなまどろっこしい真似はしませんわ。神聖なる持子様の御身……そのすべてを、私のこの唇と舌で浄化し、魔力を直接叩き込みます! 持子様の柔らかな肌から、徐々に……『ひあっ!? エティエンヌ、そこは……っ!』と可愛らしい悲鳴を上げる持子様を押さえつけ、『これも持子様をお救いするためなのです、どうかお許しを』と懺悔しながら、情け容赦なく攻め立てる……あぁっ! 想像しただけで、私の奥が疼いて熱い……っ!!」
「ずるい! エティエンヌばっかりずるいですよ!」
花園美羽が、地団駄を踏みながら顔を真っ赤にして主張する。
「美羽だって、持子様をいっぱいいっぱい可愛がりたいです! 美羽はね、持子様のあの綺麗な黒髪に顔をうずめて、いっぱい匂いを嗅ぎながら、いじめるんです! 魔力を流し込みながらいじめたら、絶対に『あっ、あぁっ……美羽、もう無理、やめてぇっ……!』って泣いてくれますよね!? 泣いて命乞いする持子様の顔……ああっ、ゾクゾクします! 『駄目ですよ持子様♡ これは持子様のための治療なんですからね♡』って言いながら、もっともっと激しくしちゃうんだから……っ!!」
「ふふっ……美羽、あなた案外ドSなのね。でも、魔力を効率よく譲渡するなら、弱点を的確に突くのが一番よ」
アスタルテが、悪魔のような、それでいてひどく妖艶な笑みを浮かべて舌舐めずりをした。
「私は持子様の魔力回路の急所を的確に狙い撃つわ。影とはいえ、体質は同じはず。腰のくぼみから背骨に沿って魔力を這わせれば、一瞬で腰を砕いて泣き叫ぶわよ。『もう無理、助けて……っ』なんて甘い言葉、私の前ではただのスパイスにしかならない。パスが通るまで決して許さない……持子様の体がビクビクと痙攣して、涙とよだれで顔をぐしゃぐしゃにするまで、徹底的に快楽の底に沈めてあげる……!」
四人の妄想は留まることを知らない。
密閉された結界の中は、彼女たちの吐き出すピンク色の熱気でサウナのように温度が上昇していた。
「素晴らしいですね、アスタルテ。では、あなたが背後から攻めている間、私は正面から持子様の視界を奪い、聴覚と触覚だけで恐怖と快楽を与えましょう。『助けて』と泣き叫ぶ口を、私のキスで塞いで差し上げます……!」
鮎が興奮で震える手で空を切る。
「ああ、それなら私が逃げられないように固定しますわ! 持子様のあられもないお姿……すべて私が独占します!」
エティエンヌが息巻く。
「じゃあ美羽は! 美羽は持子様の耳元で、ずっと愛の言葉を囁きながら、全身をべろべろに舐め回しちゃいます! 持子様が美羽の魔力で頭がおかしくなっちゃうまで、ずーっと、ずーっと……!!」
「「「「あぁ……持子様……ッ!! 早く、早く私たちに攻めさせて……ッ!!」」」」
結界の中で、四人の下僕たちはすでに完全なトランス状態に陥っていた。
彼女たちの脳内では、すでに数万パターンの『持子様(影)の泣き顔とシチュエーション』が演算され、実行に移すその瞬間を、今か今かと待ちわびている。
ただひたすらに、主人への倒錯した愛と欲望を煮詰めながら、猛獣たちはその『待て』の解除命令が下るのを、涎を垂らして待ち続けていた。




