【完璧なダミーと、迷宮攻略の甘い罠】
【完璧なダミーと、迷宮攻略の甘い罠】
――一月二日、朝。
代官山。芸能事務所『スノー』が所有する超高級マンションのペントハウス。
朝の東京を文字通り「飛ぶような速度」で急行してきた圧倒的な顔面偏差値と魔力を誇る五人の美女――本多鮎、花園美羽、エティエンヌ、アスタルテ、そしてルージュが、広々としたリビングに集められていた。
ガチャリ。
その時、リビングの重厚な扉が開いた。
――ビリビリビリッ!!
部屋の空気が、一瞬にして重く、禍々しく、そして甘美な『極黒の魔力』に塗り潰される。
「待たせたな、貴様ら」
傲岸不遜な声と共に現れたのは、絶世の美貌と黄金の瞳を輝かせる魔王・董卓――『恋問持子』であった。
その後ろには、大陰陽師・立花雪と、天才陰陽師・土御門朔夜が付き従っている。
「「「「持子様ぁぁぁぁぁっ!!(持子さんにゃぁぁぁっ!)」」」」
圧倒的な魔王の覇気を浴びた瞬間、鮎、美羽、エティエンヌ、アスタルテの四人は、弾かれたようにソファーから飛び起き、弾丸のような速度で影持子へと駆け寄った。
記憶を失った気弱な持子を見ていた彼女たちは、この圧倒的な魔力と威厳を見て、「持子様が記憶と魔王の力を取り戻された!」と完全に錯覚(狂喜)したのである。
――ギュムゥッ!!
「ああっ、持子様! 記憶が戻られたのですね! 今日も麗しいですわぁっ!」
「持子さん! 持子さんの匂い、最高ですにゃーっ!」
「我が神……っ! お傍にお仕えさせてくださいませっ!」
四人の美女たちが、前後左右から影持子に抱きつき、その豊満な身体をすり寄せる。
自分が記憶を失っていた(オリジナル持子が戻っていた)ことなど知る由もない影持子は、突然の熱烈なハグに「ぬっ!?」と少しだけ驚いたように目を丸くした。
(……なんだ? 神社で会ったというのに、えらく興奮しておるな。……まあ良い)
影持子は、フッと妖艶な笑みを浮かべ、自分にすがりつく四人の頭を撫でた。
自分こそが本物の魔王であると疑わない彼女にとって、下僕たちのこの狂信的な態度は日常の光景に過ぎない。
「フン、相変わらず騒々しい犬どもだ。……だが、正月早々、神社の奉仕でよく働いておるようだな。特別に『ご褒美』をくれてやろう」
影持子は、黄金の瞳を細め、まず一番近くにいた鮎の顎をクイッと持ち上げた。
「え……っ、持子様……?」
「大人しくしておれ」
――チュッ……、ンチュュ……。
「ひぐぅッ!?」
影持子の桜色の唇が、鮎の唇を塞ぐ。
ただのキスではない。魔王としての圧倒的な支配欲と、絶世の美女のテクニックが混ざり合った、とびきり甘く、深く、蕩けるようなディープキス。
「んんっ……あ、あぁぁぁっ……♡」
鮎の瞳がトロンと潤み、全身の力が抜けて影持子の腕の中に崩れ落ちる。
「次は貴様だ、美羽」
「にゃっ!? んんんっ……ちゅ、れろ……っ♡」
美羽もまた、息もつかせぬディープキスを奪われ、腰を砕いてへたり込む。
「エティエンヌ、アスタルテ」
「あぁんっ! わたくしも……っ、んちゅっ、はぁっ、もっと……っ♡」
「神様ぁっ……んんぅっ、頭が、真っ白に……っ♡」
エティエンヌとアスタルテにも、等しく極上のキスが与えられる。
リビングには、甘い水音と、乙女たちの蕩けきった吐息だけが響き渡った。
「ふははは! どうだ! わしのキスで骨抜きになったか!」
影持子は、腰を抜かして床にへたり込む四人を見下ろし、ドヤ顔でふんぞり返った。
「……あの、雪先生」
後ろで見ていた朔夜が、頭を抱えながら小声で雪に念話を飛ばす。
(早く止めてください)
(分かったわ……朔夜、影持子を頼むわ)
(はぁ……了解です)
朔夜はコホンと一つ咳払いをして、影持子の前に進み出た。
「おい、持子。少し席を外してくれ。雪先生から、こいつらに大事な話がある」
「あん? なんだ朔夜。わしを仲間外れにする気か? 許さんぞ」
影持子が不満げに黄金の瞳を吊り上げる。
「そう怒るな。……ほら、表参道に新しくできた、行列の絶えない『特製ふわふわリコッタパンケーキ』の店があるんだが……今から、俺が奢ってやる」
「……な、なんだと!?」
影持子の耳が、ピクンッ! と大きく反応した。
「行列の絶えないパンケーキだと!? しかも全部奢りか! 生クリームとマカダミアナッツソースはトッピングできるのか!?」
「ああ、好きなだけトッピングしていい。俺からの『命令』だ。さあ、行くぞ」
「ふ、ふんっ! 貴様の命令など聞く気はないが……パンケーキに罪はないからな! わしが特別に付き合ってやるのだ、感謝しろ!」
チョロすぎる魔王は、キスの余韻など秒で忘れ去り、パンケーキの誘惑に完全に敗北して、そそくさと朔夜と共にリビングを出て行ってしまった。
バタンッ。
* * *
影持子と朔夜が退室し、リビングには雪と、五人の下僕(ルージュ含む)だけが残された。
「……はぁ、はぁ……っ、も、持子様のキス……最高でしたわ……っ」
鮎が、床に這いつくばったまま恍惚の表情を浮かべているが……その瞳の奥には、どこか『鋭い違和感』が宿っていた。
「みんな、落ち着いたかしら?」
雪が、ソファーに優雅に腰を下ろし、扇子を広げた。
「……雪社長。これは、どういうことですの?」
ルージュが、床の四人を代表するように、冷ややかな声で尋ねた。
「あの持子……姿も、声も、そしてあの圧倒的な極黒の魔力も、間違いなく本物でしたわ。昨日、神社で会った時も、わたくしたちは完全に騙されました」
ルージュの言葉に、鮎たちがゆっくりと立ち上がる。
その顔からは、先ほどの恍惚感が消え、歴戦の戦闘狂(化け物)たちの鋭い眼光が戻っていた。
「……ええ。外見と覇気だけなら、完璧でしたわ」
鮎が、口元の唾液を手の甲で拭いながら言う。
「ですが……さきほど『キス』をされて、確信しましたわ。あれは、持子様ではありません。精巧に作られた偽物ですわね?」
「私にも分かりましたにゃ。……あんなに深く口づけを交わしたのに、持子さんとの間に繋がっているはずの『魂のパス』が、一切感じられませんでしたから」
美羽も、真剣な顔で頷く。
「ふふっ。ご名答よ」
雪は、パチンと扇子を閉じた。
「逆に言えば……直接キスをして、魂の奥底を探らない限り、あなたたちでさえ『偽物』だと見抜けなかった。ということね」
「「「「…………っ!」」」」
四人が息を呑む。
「説明するわ。あれは、エティエンヌが創り上げた『影騎士(アンドラスの骸)』をベースに、私と朔夜の陰陽術を加えて構築した、持子の擬似身体よ。反応や自我は本物の魔王・董卓そのものだけどね」
雪は、眼鏡の奥で冷徹な光を放ち、五人を見据えた。
「昨日、あのダミーを連れ回したことで、裏社会には『魔王は健在である』とアピールできた。でも連中は疑り深いわ。だから、あなたたちに命じるわ。あの『影持子』と一緒に、東京地下ダンジョンを攻略してきなさい。そして――」
雪は、言葉を区切り、妖艶な笑みを深めた。
「影持子とあなたたちとの間に、『魂のパス』を作りなさい」
「魂のパス……ですの?」
鮎が不思議そうに首を傾げた。
「ええ。本来なら魂のない影持子にパスを繋ぐことなど無理だけれど……そこは私と朔夜が、事前に陰陽術で『擬似魂』を創り、仮のパスの基盤を構築してあるわ。あなたたちの魔力を注ぎ込んで、影持子と下僕を強固に繋ぎ止めなさい」
雪は立ち上がり、静かに、しかし絶対的な威厳を持って言葉を続けた。
「これは、ダンジョンでの戦闘の連携を完璧にするためだけではないわ。あなたたちの魔力と感情を極限まで注ぎ込むことで、この空っぽのダミーは、より『本物の魔王持子』の性質へと近づいていく。そして何より、同じ主を共有し護り抜く、あなたたち下僕自身の『強固な結束』を育むためにも、このパスの構築が必要不可欠なのよ」
「なるほど……わたくしたちの愛で、あの方を本物へと近づける、と……!」
エティエンヌが、感極まったように息を呑む。
そんな彼女たちを見下ろし、雪は扇子で四人を指し示して、とどめを刺すように妖しく告げた。
「いいこと? 愛を持って攻めて、強引にでもパスを繋ぎなさい。そして――パスが繋がった暁には、今度は愛を持って『受け』なさい」
大陰陽師からの「命令」という大義名分と、究極の指令を聞いた瞬間。
鮎、美羽、エティエンヌ、アスタルテの四人は、ゾクゾクと甘い震えを背筋に走らせ、瞳の奥にギラギラとした野獣の光を灯した。
「「「オッケーですわ!!(にゃ!)」」」
即答する四人。
そして、四人は固く結託した。
本物の魔王様には畏れ多くて絶対にできない『下剋上(攻め)』の欲望を、このダミーで満たすこと。
空っぽの器である彼女に、愛と極上の快感、そして四人の魔力を限界まで注ぎ込むことで、強引に『疑似的な魂のパス』を構築し、自分たちと繋ぎ止める。
そして、見事パスが繋がり、彼女がより本物の魔王へと近づいた暁には――今度は自分たちが愛を持って、魔王の激しい寵愛を『受ける』こと。
それが、これから行われる淫靡な儀式(ダンジョン攻略の裏作戦)の真の目的であった。
「パンケーキからお戻りになられたら……愛を持って、たっぷりとパスを『繋がせて』いただきますわ……♡」
大陰陽師の恐るべき策謀と、魔王の姿をした完璧な器を愛と快感で支配し、そして支配されようと企む乙女たちの決意。
裏社会を欺くための、前代未聞の『偽物魔王を擁したダンジョン攻略』という名の甘い罠が、今、高らかに幕を開けたのである。




