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【湯船の語らいと、深すぎる業(BL)】

【湯船の語らいと、深すぎる業(BL)】


 ――ちゃぷん、ちゃぷん。


 氷川神社の社務所の奥にある、少し大きめのお風呂。

 大人四人が足を伸ばしてゆったりと入れるほどの広い湯船に、真っ白な湯気が立ち込めている。


「ふはぁ〜っ……。極楽、極楽……」


 恋問持子は、肩までしっかりと熱いお湯に浸かりながら、蕩けるような声を漏らした。


 早朝の元始祭から始まり、夜の九時までぶっ通しで巫女舞を奉納し続けた身体は、お湯の温もりによってじんわりと解れていく。


「持子お姉さん、本当にお疲れ様でした。足、かなり張ってますね」


 隣に浸かっていた風間楓が、持子のすらりと伸びた白い足を引き寄せ、ふくらはぎから太ももにかけて、プロのエージェントとしての的確な指圧で揉みほぐし始めた。


「ひゃうっ!? ……あ、痛っ! で、でも、なまら痛気持ちいい……っ!」


 持子が、少しだけ涙目を浮かべながらも、心地よさに身を捩る。


「ふふっ。一日中、あの神楽鈴を振ってステップを踏んでいたんですから、しっかり揉んでおかないと明日筋肉痛で立てなくなりますよ」


 楓は、普段のツンとした冷徹な表情を和らげ、年相応の優しい笑みを浮かべた。


「楓ちゃん、ありがと……。ふにゃぁ……気持ちいいよぉ……」


 持子は、楓の絶妙なマッサージに完全に身を任せ、自分でも二の腕や肩をモミモミと揉みほぐした。


 静かで、温かい時間。

 しばらくお湯の音だけが響いていたが、やがて楓が、少しだけ真面目なトーンで口を開いた。


「……持子お姉さん」


「んー?」


「お昼に賽銭箱の前で会った、『もう一人の恋問持子』のことなんですが」


「あっ……!」


 持子は、ハッとして目を見開いた。

 あの、自分と全く同じ顔でありながら、神のように美しく、圧倒的な覇気を放っていた『絶世の美女』の姿が脳裏に蘇る。


「あれは……その、土御門朔夜が創り出した『式神』なんです」


「し、しきがみ……?」


 持子は、小首を傾げてパチクリと瞬きをした。


「えっと……魔法、みたいなもの?」


「はい。陰陽術という、日本の魔法ですね」


「ええっ!?」


 持子の脳内で、とんでもない方程式が組み上がった。


「ってことは……朔夜君も『魔法少女』なの!? あんなに可愛い顔して、すっごい美少女に見えるのに……でも、朔夜君って男の子だよね!? えっ、男の娘の魔法少女!?」


「…………」


 完全に明後日の方向に想像を膨らませてパニックになっている持子を見て、楓は小さくため息をついた。


「……男女の枠組みは、今は気にしなくていいです」


「う、うん。ごめんね」


「いいですか、持子お姉さん。今のあなたは、記憶と一緒に、自分の中にあった『魔法』の力を失っています。……私たちや、スノーのみんなが全力でお姉さんを守りますが、もし闇の勢力が『魔王(持子)はもう魔法が使えない』と理解してしまったら、ここぞとばかりにやたらと襲ってくるようになります」


 楓の説明に、持子はコクリと頷いた。


「そこで、朔夜先輩や雪社長は、お姉さんを守るために……『持子お姉さんが魔法を使えていた時の姿』を、あの式神として完璧に再現したんです。そうやって、闇の勢力に『魔王は健在だぞ』と圧力をかけたんです。……分かりますか?」


 楓は、あえて「董卓」では「魔王」といった物騒な言葉を避け、持子が理解しやすいように噛み砕いて説明した。


「……そっか」


 持子は、お湯の中でギュッと両手を握りしめた。


「朔夜君……凄いね。私のために、そんな大変な魔法を使って、私を守ろうとしてくれてるんだ……」


「はい。彼も、なんだかんだ言って、お姉さんの副マネージャーですから」


「……楓ちゃん」


 持子は、湯船の縁に顎を乗せ、少しだけ遠い目をした。


「私ね……あんなに自分が『美女』だったんだって、今日初めて実感したんだよ」


「えっ?」


「記憶がない二年間で、私が世界的なトップモデルになってたって聞いて……写真とか動画とかで自分の姿はいっぱい観てたんだけどさ。凄いなーとは思うけど、なんか自分のことじゃないみたいで、全然実感が湧かなかったんだよね」


 持子は、自分の白い肌を見つめながら、ポツリポツリと語る。


「でも……今日、本物の(式神の)私に会ってみて、その凄い迫力と魅力にビックリしちゃった。……あんなに綺麗で、かっこよくて、キラキラしてるんだもん。同じ顔なのに、全然違う」


「持子お姉さん……」


「あのね、鮎さんや美羽さん……私の『下僕』って言ってる人たち。最初はヤバい人たちだと思って怖かったけど……あの魅力なら、魅了されちゃうのも不思議じゃないなって思ったの」


 持子は、ふふっと笑って楓を見た。


「あんなに綺麗な女の子(私)に迫られたら、女の子同士でもドキドキしちゃうよね。ああやって『百合』みたいになっちゃうのも、納得っていうか……」


 持子の純粋な感想に、楓が「まあ、あの人たちの愛は百合というより狂信ですが」と内心でツッコミを入れようとした、その時。


「――でもね、私は『百合』じゃないよ?」


 持子は、ビシッ! と人差し指を立てて、真剣な顔で主張した。


「私はね、女の子同士より、男の子同士の恋愛……『BLボーイズラブ』を読むのが大好きなんだから! 昔は自分で薄い本(同人誌)とか作ってコミケで頒布してたし!」


「…………」


 楓の動きが、完全にフリーズした。


(あぁ……そうでした。この人は、魔王として覚醒する前からゴリゴリの腐女子(BL好き)でしたね)


 楓の脳裏に、数ヶ月前に代官山の高級マンションで起きた大惨事の立花雪からの報告がフラッシュバックする。

 魔王・董卓として覚醒していた時の持子は、ウォークインクローゼットの最奥に封印されていたみかん箱から、かつての自分自身(JK持子)が描いた『猛獣の檻 ~董卓×呂布~』という極めて激しいBL同人誌を発見してしまったのだ。


 中身が男の魔王(董卓)は、自分の前世の息子である呂布との間に「わしの松明たいまつで焼かれたいか」という衝撃的なやり取りが描かれているのを見て、トラウマで絶叫。

 大量の泡と魂のエクトプラズムを噴出し、白目を剥いて痙攣しながら精神的自爆(気絶)を遂げていたのである。


(中身が男の魔王(董卓)は、過去の自分が描いたBL同人誌のせいで発狂するほど苦しんでいたというのに……器であるJK持子は、生粋のBL好きにして、その元凶のサークル主本人……。なんという、深すぎる『業』……!)


 楓は、全く同じ肉体でありながら、中身の魂によって天国と地獄が反転するこの奇妙なバグに、目眩を覚えた。


「……楓ちゃん? どうしたの?」


「い、いえ。なんでもありません。持子お姉さんは、どの持子お姉さんでも……私は好きですよ」


 楓は、業の深さをそっと心の奥底にしまい込み、小さく微笑んだ。


「これからも、あの『美しい持子』と会うこともあるでしょうけど……仲良くしてあげてくださいね」


「うんっ! もちろんだよ!」


 持子は、パァッと花が咲いたような笑顔になった。


「また会ったら、たくさんお話ししたいな! 私もあんな風にかっこよくなれるように、色々教えてもらおっと!」


(……式神ダミーの自分から女磨きを教わるオリジナル……。やっぱりカオスですね、この状況)


 楓は内心で苦笑しながらも、「じゃあ、のぼせる前に上がりましょうか」と立ち上がった。



     * * *



 お風呂から上がり、ポカポカに温まった二人は、楓の自室へとやってきた。


 今日は大晦日の激務に備え、持子もペントハウスには帰らず、楓の部屋で一緒に寝泊まりすることになっていたのだ。

 和室の畳の上に、お布団が二つ、仲良く並んで敷かれている。


「わぁ……修学旅行みたい!」


 持子は、パジャマ姿のままテンション高く布団にダイブした。


「こらこら、埃が立ちますよ」


 楓も呆れながら、自分の布団へと潜り込む。

 パチン、と部屋の明かりが消され、常夜灯のオレンジ色の光だけが室内を照らした。


「……ねえ、楓ちゃん」


「はい?」


「今日、一日一緒にいてくれて、本当にありがとう。……私、楓ちゃんと家族になれて、なまら嬉しいよ」


 暗闇の中、持子の優しく、温かい声が響く。


「……私もです。持子お姉さん」


 一日中、神楽鈴を振り続けた疲労は、温かい布団の中で一気に二人を夢の世界へと引きずり込んでいく。

 スゥ……スゥ……という、穏やかな寝息が交差し始める。


 数時間後。


 深夜の静寂の中、寝相の悪い持子が、モゾモゾと布団を抜け出し、無意識のうちに隣の楓の布団へと潜り込んでいった。


「んぅ……楓ちゃ……あったかい……」


 持子は、抱き枕のように楓の身体にギュッと抱きつき、幸せそうに頬を擦り寄せる。


「……ん……持子、お姉さん……」


 楓もまた、普段の警戒心の強さを完全に忘れ、寝ぼけながら持子の背中に腕を回し、優しく抱きしめ返した。


 ツンデレの妹と、純真で気弱な姉。

 激動の元日の夜。二人の少女は、同じ布団の中でピッタリと抱き合いながら、平和で温かい夢の続きを見るのだった。


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