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【元日の終わりと、下僕たちの次なる目的】

【元日の終わりと、下僕たちの次なる目的】


 ――午後九時。


 怒涛のような大晦日の夜から始まった、氷川神社の恐るべき元日(一月一日)の奉仕が、ようやく終わりを告げた。


「はぁぁぁぁ……っ、お、終わったぁぁ……っ!」


 更衣室に戻るなり、JK持子は、巫女装束のままペタンと床にへたり込んだ。


 早朝の元始祭から始まり、絶え間なく押し寄せる家族祈祷の列。

 一時間に何回も、休む間もなく神楽鈴を鳴らし、舞を奉納し続けたのだ。

 合気武道で鍛えられた体力がなければ、とうの昔に倒れていた激務であった。


「……お疲れ様です、持子お姉さん。初めての巫女舞で、一日中よく持ち堪えましたね。偉いですよ」


 隣で着替えの準備をしながら、風間楓が、いつもの冷徹なトーンの中にほんの少しだけ労いの色を滲ませて言った。


 彼女もまた、持子と交代で一日中舞い続けていたのだ。

 さすがの特級エージェントも、少しだけ目元に疲労の色が見える。


「えへへ……。楓ちゃんと一緒だったから、最後まで頑張れたよ。一人だったら、絶対途中で泣いてたもん」


 持子が、疲れた顔にふにゃりと「ひだまりのような笑顔」を浮かべる。


「……バカなこと言ってないで、早く着替えてください。明日もありますから、まずは食事をとりましょうね」


「うんっ!」


 楓は、プイッと顔を逸らして着替えを促した。相変わらずの不器用なツンデレである。



     * * *



 私服に着替えた二人が向かったのは、神社に併設された大広間(食堂)だった。


「カンパーイ!!」

「いやぁ、今年の初詣はえげつない人の数だったな!!」


 ガラリと戸を開けると、そこは完全に『大宴会』の真っ只中であった。

 氏子総代、崇敬会、そして地元の青年会といった面々が、大広間に所狭しと並べられた長机を囲み、顔を真っ赤にして大盛り上がりしている。


「うわぁ……。なまらすごい熱気……」


 持子が圧倒されて立ち尽くしていると、楓がスッと横に並び、小声で耳打ちした。


「……いいですか、持子お姉さん。さっさとご飯を食べて、逃げますよ。私たちは明日も早朝から奉仕(仕事)が続きますからね」


 楓の超現実的で冷徹な判断に、持子は「なるほど……」と深く頷いた。


 一方、大広間の奥にある厨房は、まさに戦場のような忙しさだった。


「はい、唐揚げ揚がりました! 次、おでんの追加お願いします!」


 かっぽう着姿の風間桐子が、完璧な笑顔と無駄のない優雅な動きで、婦人会のお手伝いの人たちを取り仕切りながら、大量の料理を次々と捌いていた。

 まさに「完璧な正妻」にして「氷川神社のヒエラルキーの頂点」の面目躍如である。


「ねえ、楓ちゃん。桐子お姉さん、なまら忙しそうだよ? 私たち、手伝わなくていいの?」


 持子が申し訳なさそうに尋ねた。しかし、楓は静かに首を振った。


「あれは、桐子お姉さんのお仕事です。私たちは、巫女舞をしっかりと舞うのがお仕事です。素人が下手に手を出せば、逆に邪魔になります」


 楓の的確で合理的なアドバイスに、持子は「あちゃー」という顔をしてペロッと舌を出した。


「わかった。……楓ちゃんは、なまらしっかりしているね。これからも色々教えてね」


 持子は、純粋な尊敬の眼差しで楓を見つめた。


「…………」


 楓は、その一点の曇りもない、素直すぎる「お姉さんからの信頼」に、一瞬だけ言葉を詰まらせた。

 そして、ポンッ、と。楓の手が、持子の頭の上にそっと乗せられた。


「……持子お姉さんは、可愛い人ですね。……本当に」


 ワシャワシャ、と少し不器用に、楓が持子の髪を撫でる。


「ひゃうっ!? や、やめてよー、楓ちゃん! 私がお姉さんなんだから……っ」


 持子は顔を真っ赤にして言いながらも、その手は全く抵抗せず、嬉しそうに目を細めていた。


「ふふっ。はい、しっかり食べましたね。それじゃあ、持子お姉さんは先にお風呂へ移動していてください。私は少しだけ残って、皆さんの様子を見てから行きますから」


「うんっ! わかった、先に行ってるね!」


 持子は元気よく返事をすると、一足先に大広間を後にして、お風呂へと向かっていった。



     * * *



 持子が部屋を出てから数分後。

 完全な『すれ違い』のタイミングで――ガラッ!!


「ふぅぅぅ〜っ! 終わりましたわぁっ!」

「足が棒みたいですぅ〜っ!」


 大広間の入り口から、神社の法被や巫女装束を着崩した、圧倒的な顔面偏差値の美女軍団――スノーの『下僕たち』が、疲れ切った様子でドヤドヤと帰ってきたのだ。


「あれ? 持子様は……?」


 鮎がキョロキョロと周囲を見渡す。憧れの主の姿を見つけることはできなかった。


「持子お姉さんなら、もう事務所寮のマンションへ帰りましたよ」


 一人残っていた楓が、涼しい顔で淀みなく嘘をついた。

 本当は今頃、神社のぽかぽかのお風呂で鼻歌を歌っているはずなのだが、これは立花雪からの厳命であった。


 雪の指示の真相は、『記憶を失った無垢なJK持子オリジナルと、下僕たちを絶対に接触させるな』というものだ。

 下僕たちには、今日境内で圧倒的な極黒の魔力を撒き散らしていた影持子こそが、完全復活した「本物の魔王」であると信じ込ませたままにしておく必要がある。

 お風呂に入ったことなど内緒にして、さっさと帰ったと嘘をついて撒け、というのが雪の完璧な隔離策だった。


「ええっ!? すれ違い……! お疲れの持子様のおみ足を揉ませていただこうと思いましたのに……っ!」


 嘆く鮎たちを冷めた目で見つめつつ、楓は居住まいを正し、深く頭を下げた。


「皆様。本日は長時間の過酷なご奉仕、本当にお疲れ様でした。そして、ありがとうございました。直会なおらいのお食事が用意されておりますので、どうぞ召し上がってください」


 完璧な礼儀作法での労いに、下僕たちも慌てて姿勢を正し「いえ、こちらこそ」と頭を下げる。


「この後ですが、神社の客間に泊まっていただいても、ご自宅に帰られても自由にしていただいて構いません。お好きな方をお選びください。……ただし」


 安堵する美羽たちに、楓は淡々と続けた。


「明日の朝、事務所寮の高級マンションに全員集合してください。立花雪さんと土御門朔夜さんがお待ちです」


「明日の朝、マンションへ……?」


 不思議そうに首を傾げる下僕たち。

 しかし、次の瞬間、彼女たち(鮎、美羽、エティエンヌ、アスタルテ、ルージュ、シャーロット)の瞳に、ギラギラとした狂信と歓喜の光が点灯した。


 無理もない。彼女たちは今日、境内で強大な闇の魔力を放つ『影持子』と直接会い、言葉を交わしていたのだ。


「……なるほど。そういうことでしたのね」


 鮎が、興奮で震える声で呟いた。


「今日、授与所で持子様が仰った『正月の奉仕が終わったら、たっぷりと可愛がってやる』というあの約束……ッ!」

「にゃあああっ! そういうことにゃ! つまり明日の朝、魔王様の極上のご褒美タイムが待っているということにゃーっ!!」

「ああぁっ! 昼間、甘酒の屋台でいただいたあの至高のハグに続いて……ッ! ついに、完全復活された魔王様の御前会議が開かれるのですねわぁぁっ!」

「Oh! Maou Mochiko! Tomorrow morning! Let's get ready!!」


 傲岸不遜な態度で自分たちを下僕と呼び、頭を撫でたりハグをしてきたあの圧倒的な姿。

 下僕たちの間では「持子様は記憶と力を取り戻し、冷酷無比な魔王に完全復活された」という認識で完全に一致していたのである。


 先ほどまでの疲労困憊など嘘のように、瞬時に『魔王の下僕モード』へと切り替わり、勝手な解釈で鼻息を荒くする美女たち。


「……詳しくは雪さんからメールが届いていますので確認して下さい。では、私はこれで失礼します」


 (相変わらずチョロい人たちですね……)と内心で呆れつつ、熱狂し始めた下僕たちをこれ以上相手にするのは面倒だと判断し、楓は涼しい顔で一礼すると、本物の持子が待つお風呂へと足早に向かって歩き出した。



     * * *



 楓が去った後。大広間に残された下僕たちの熱狂は、疲労を吹き飛ばすどころか、かつてない大宴会へと発展していった。


「さあ皆様! 今宵は我が神の完全復活を祝う、最高の宴ですわ! 飲みますわよーっ!」


 エティエンヌが、どこから持ってきたのか日本酒の一升瓶を片手に高らかに宣言する。


「当然ですわ! 我が神の温もり(ハグ)を思い出しながら飲むお酒……至高の味がしますわぁぁっ!」


 アスタルテも顔を真っ赤にしてジョッキを掲げた。


 圧倒的な顔面偏差値の美女たちが、突如としてテンションMAXで酒盛りに乱入してきたものだから、氏子総代や青年会の男たちは「おおおっ!?」と色めき立った。


「おじ様たち、今日はお疲れ様でした♡」


 ルージュやエティエンヌが、機嫌よく極上の色気を振りまきながらお酌をして回り、男たちは鼻の下を伸ばして「こりゃあいい正月だ!」と大喜びである。


 一方、部屋の隅では、元大公爵のシャーロットが涙目でビールジョッキを煽っていた。


「ぐすっ……わたくしの完璧な『未来視』が外れるなんて……っ! ご主人様(魔王)の力が消え去った未来しか視えなかったのに、なんでですのーっ!」


 そして魔王持子の魔力が無くなったとオーウェンに報告までした虚偽とされ報復を受けるかもしれない。

 自身の未来視が外れたショック(やけ酒)と、恐怖で完全に出来上がって泣き笑いしている。


 そんなドンチャン騒ぎの中心で。

 未成年の本多鮎と花園美羽は、ウーロン茶とオレンジジュースの入ったグラスを手に、顔を見合わせて微笑んでいた。


「ふふっ。皆様、本当に持子様のことが大好きなのですね」

「にゃはは、みんな嬉しそうで、美羽もとても嬉しいにゃー!」


 さすがに数百年、数千年を生きる人外組の酒盛りテンションには、素面シラフの未成年二人は完全にはついていけない。


 だが、種族も出自もバラバラで、普段は我が強すぎる下僕たちが、こうして『持子の復活』というただ一つの理由で、心の底から喜びを爆発させている。

 その姿を見るのは、鮎と美羽にとってたまらなく幸せな光景だった。


 自分たちと同じように――いや、それ以上に、皆が持子を深く深く愛しているのだと実感し、喜びが何倍にも膨れ上がっていくのを感じた。


「さあさあエティエンヌ、アスタルテ! わたくしも注がせていただきますわ! 今日は飲んで、明日の朝に向けてテンションぶち上げていきましょう!」

「シャーロットも、泣いてないでもっと飲むにゃ! ほらほら、なみなみ注いじゃうにゃー!」


 鮎と美羽は、お酒は飲めずとも心は完全に酔いしれた状態で、満面の笑みを浮かべながら先輩下僕たちへせっせとお酌をして回った。


 かくして、氷川神社の長くて激動の元日は、かつてないほどの多幸感に包まれながら更けていく。


 『魔王・恋問持子』という一人の少女が、どれほどまでに配下から深く愛され、狂信的に求められているのか。

 その圧倒的なカリスマの余韻を大広間に残しながら、下僕たちは明日の朝の「ご褒美」に向けて、幸せな宴を続けるのだった。


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