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【ラーメン二郎と、影の魔王との同棲(?)生活】

【ラーメン二郎と、影の魔王との同棲(?)生活】


 ――ズズズズズッ!! ワシワシワシッ!!


 都内某所にある『ラーメン二郎』の薄暗い店内。

 大晦日の夜というのに、黄色い看板の下には信者ジロリアンたちの熱気が渦巻いていた。


 そのカウンターの片隅で、信じられない光景が繰り広げられていた。


「フハハハッ! 素晴らしい! この暴力的なまでの豚の脂! 脳天を突き抜けるニンニクの刺激! 絡みつく極太麺! まさに五臓六腑に染み渡るわい!!」


 神が計算し尽くしたような黄金比のプロポーションと、絶世の美貌を持つ黒髪の少女。

 『世界的トップモデル・恋問持子』と完全に瓜二つの外見を持つダミー――**影持子**が、ニンニクアブラカラメ増し増しの大豚ダブルという狂気のマシマシを、恐るべき速度で胃袋へと吸い込んでいるのだ。


 周囲のむさ苦しい男たちは、その神々しいまでの美貌と、おとこすぎる食べっぷりの凄まじいギャップに、完全に畏敬の念を抱いて箸を止めていた。


「ぷはぁーっ!! 食った食った! 完食だ!」


 影持子は、最後にスープを丼から直接ゴクゴクと飲み干すと、バンッ! とカウンターに丼を置き、満面の笑みで口元を拭った。


「おい朔夜! 見ろ、この圧倒的な満足感を!」


 隣の席で、普通サイズ(それでも常人には致死量)のラーメンを何とか平らげた**土御門朔夜**の肩を、影持子がバシバシと叩く。


「わし、ラーメン二郎は幾度となく食っておるはずなのだが……何故だろうな! 今日の二郎は、まるで『生まれて初めて食べた』かのような、とてつもない感動があったぞ!! 細胞の隅々まで歓喜しているのが分かる!」


 黄金の瞳をキラキラと輝かせ、無邪気に力説してくる影持子。

 その言葉を聞いて、朔夜は引きつった笑いを浮かべながら、内心で冷静にツッコミを入れた。


(……そりゃそうだろ。お前、今日の昼過ぎに雪先生の陣から『生まれたばっかり』なんだから。肉体として初めての食事なんだから、そりゃ感動もするだろうさ)


 己が今日生まれたダミーであることなど一片も疑っていない影持子の、あまりにも純粋な反応。

 朔夜は、胃にもたれる背脂の重みとは別の、どこか切ないような、むず痒いような感情を胸の奥に抱えながら「……そうだな。美味かったな」とだけ短く返した。


     * * *


 二郎の強烈なニンニクの匂いを漂わせながら、二人は芸能事務所『スノー』の所有する超高級タワーマンション――広大なペントハウスへと帰還した。

 ここが、世界的トップモデルである持子の住まい(城)である。


「ふぅ。やはり我が城は落ち着くわい」


 ガチャリ、と玄関の扉を開け、影持子は自分の家のように堂々とリビングへと入り、そのまま寝室へと向かっていった。朔夜も当然のように、その後ろについて寝室へと足を踏み入れる。


「……む?」


 影持子が、不意に足を止め、怪訝そうな顔で朔夜を振り返った。


「何故、朔夜も一緒にわしの寝室に入ってくるのだ? 貴様は副マネージャーだろう、リビングで控えておれ。わしはもう、さっさと風呂に入って、『水曜どうでしょう』のDVDを朝までぶっ通しで見るのだ」


 影持子は、腕を組み、ドヤ顔で言い放った。


「正月といえば、風呂上がりに暖かい部屋で大泉洋様のボヤキを見る。これぞ、正しい道民の正月スタイルなのだ! 異論は認めん!」


(……絶対に正しくないだろ。どんな偏った北海道の知識だよ)


 魔王の威厳と、北海道の田舎娘の感覚と、スケベなオッサンの感性が入り混じったカオスっぷり。完全に『董卓としての恋問持子』の魂の複写が成功している証拠であった。


「……どうした朔夜」


 ツッコミを我慢して黙り込んでいる朔夜を見て、影持子が急に眉を寄せた。

 そして、少しだけ顔を赤らめ、ツンとそっぽを向いて言い放った。


「貴様、そんな真剣な顔で見つめてきおって。……言っておくがな、付き合う話は保留だぞ!」


「…………は?」


 朔夜は、思わず間抜けな声を出してしまった。


「な、なんだその顔は! わしは世界的トップモデルで、貴様はただの陰陽師の小童だ! 今日は一日、わしのエスコートをよくやったとは思うが、だからといってすぐに男女の仲になどなれるわけが――」


「いや、誰もそんな話してないだろ! なに一人で勝手にフラグ立ててんだよ!」


 顔を真っ赤にして早口でまくし立てる影持子に、朔夜は頭を抱えた。

 だが、その騒がしいやり取りの中で、朔夜の胸の奥に、ズキリと痛むような複雑な感情が広がっていく。


(……本当に、こいつは『持子』じゃないのに、『持子』なんだよな……)


 本物の持子を裏社会から守るために創り出された、この『影持子』。

 今日、雪師匠の命令で、俺はこいつと肌を重ね……セックスまでしてしまった。


 俺に抱かれてメロメロになったその「記憶」は、すでに消去されている。だからこいつは、俺に抱かれたことなど微塵も覚えておらず、こうして尊大な態度をとっている。


(……セックスの記憶は消した。でも……情が湧かないかと言えば、それは嘘になる)


 朔夜は、ギュッと拳を握りしめた。

 自分が支配している式神だと分かっていても、俺の下で声を上げた彼女の姿が、どうしようもなく脳裏に焼き付いて離れないのだ。


「……おい朔夜! 聞いているのか! わしは風呂に入りたいのだ、さっさと出ていけ!」


 朔夜は、ハッと我に返り、スッと副マネージャーとしての冷徹な顔を作った。


「……ああ。入っていいぞ、持子」


 言葉に『術式の縛り(命令)』を込めて、静かに許可を出した。


「む……? なんだその偉そうな態度は。わしは貴様に許可を求めた覚えは――」


 文句を言おうとした影持子だったが、その身体は朔夜の「入っていい」という言葉をトリガーにして、スッと大人しくバスルームへと向かってしまった。


「……フン。まあよい。わしが自分で今入りたいと決めたのだからな。貴様の言葉に従ったわけではないぞ!」


 あくまで『自分の自由意志で動いている』と信じ込んでいる影持子。

 雪と朔夜の命令には絶対に従うというシステムが、彼女の脳内で都合よく認識を変換させている。


「……はぁ。本当に、色々と限界だ」


 朔夜は、誰もいなくなった寝室で、ドサッとベッドに倒れ込んだ。


     * * *


 ザーッ、というシャワーの音が響く中、朔夜は雪に電話をかけていた。


「雪先生、相談なんですが……このメインの寝室、本物の持子が使うんですか? それとも、この影持子が使うんですか?」


『本物の持子は、このセレブな部屋を見て完全にパニックを起こしちゃったのよ。だから、あの子は落ち着いたゲストルームを使わせることにしたわ。メインの寝室は、影持子にそのまま使わせなさい』


「了解しました。じゃあ、影持子が風呂から上がったら、荷物を移動させます」


『頼んだわよ。……あまり情を移しすぎないようにね。あなたは陰陽師で、あの子は式神よ』


 雪の鋭い忠告を残し、電話が切れた。


「……分かってますよ、そんなこと」


     * * *


「ふはぁ〜っ! 良い湯であった!」


 数十分後。バスルームから出てきた影持子は、フカフカのバスローブ姿だった。

 滴る水滴、上気した肌、そして甘い石鹸の香り。朔夜の心臓がドクリと跳ねる。


「持子。風呂上がりで悪いが、少し荷物運びを手伝え。同じ階のゲストルームに運ぶだけだ」


 朔夜が術式による『命令』を下すと、影持子は文句を言いながらも、ひょいひょいと重いダンボールを運び出し始めた。


     * * *


「お、終わった……。荷物移動、完了だ」


 小一時間の引越し作業を終え、二人はメインの寝室へと戻ってきた。


「全く、正月早々……わしの美しい筋肉が疲労してしまったではないか……」


 影持子は、フラフラと部屋の中央にあるキングサイズのベッドへと歩いていく。


「お疲れ様。……俺も、今日は流石に限界だ」


 朔夜もまた、精神的にも肉体的にも魔力がすっからかんの状態だった。


 ――バフッ。


 二人は、示し合わせたように、同時にキングサイズのベッドへと倒れ込んだ。


「む……おい朔夜。何故貴様も、わしのベッドで寝ようとしているのだ」


「……無理。もう一歩も動けない。それに、お前を監視するのも俺の仕事だ」


「フン……。生意気な小童め。まあよい、今日は特別に、このわしの隣で寝ることを許可してやろう」


 影持子は優越感に浸った笑みを浮かべ、フカフカの布団を自分の方へと引き寄せた。


「……あ、こら。布団取るなよ」

「うるさい。わしのベッドだ」


 そんな子供のような言い争いも、数分と持たなかった。

 極度の疲労に襲われていた二人は、あっという間に深い眠りの底へと落ちていった。


 静かな寝室に、穏やかな寝息だけが響く。

 記憶を消された影の魔王と、その手綱を握る天才陰陽師は、互いの背中を少しだけ寄せ合うようにして、泥のように眠り続けるのだった。


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